デビューした史上最強のランボルギーニ、レヴェントン。
幸運にもROSSOは、日本人唯一となるレヴェントン試乗の機会を得た!
果たしてレヴェントンに100万ユーロの価値はあったのか?
ROSSO 2008年2月号の記事を再構成してお届けする。
2007年11月23日。イタリア北部、ミラノからは東、ランボルギーニが本拠を構えるサンタアガタ・ボロネーゼからは北に位置するブレシアの軍事空港にて、前代未聞の加速レースが行われた。挑むは我らがランボルギーニ・レヴェントン。迎え撃つはイタリア空軍所属のトルネード戦闘機(A200-A)である。
軍事空港内の滑走路を使って、3kmの加速を競い合うというこのレース、序盤はレヴェントンがリードを保ったものの、最後の数mでトルネードが追いつき、レヴェントンの最高速である340km/hを超える速度でかわして離陸した、とされている。
なぜこのような催しが企画されたのか、詳しい情報は得られていない。しかし、『航空機を連想させるレヴェントンのスタイリングを強調するための理想的な場所』と表現されており、ランボルギーニによるレヴェントンの強烈なアピール、と考えていいだろう。
レヴェントンがデビューを果たしたのは、その約2ヶ月前となる9月中旬のフランクフルトショーでのこと。事前の予告は一切ないサプライズデビューだった(事前に100万ユーロカーが出るという噂はあったが)。筆者も会場で対面を果たしているが、エッジの効いたデザインはひと時代未来を先取りした印象であり、ワンオフのコンセプトカー、つまり次期ムルシエラゴのデザインスタディといわれてもそのまま納得するほどの仕上がりと感じた。その佇まいからは強烈なオーラが感じられ、20台限定で車輌価格100万ユーロ(税別・邦貨約1億6000万円)と聞いても、個人的には素直に受け入れることができたのである。
その後、東京モーターショー(プレスデイのみ)→LAショー→ボーロニャショーと世界のモーターショーを行脚することとなるが、すでにフランクフルトショー開幕時点で20台は完売していたというから、昨今のランボルギーニ人気はすさまじい。聞いた話では、購入のオファー時にはまだ実物は完成しておらず、よくても1/4スケールモデル、なかには写真すら見ずに購入というケースもあったようだ。なお20台の行き先は、10台がアメリカ、1台が日本、残り9台が欧州圏だという。
レヴェントンは、今回の対戦闘機イベントが物語るように航空機をモチーフにデザインされたモデルである。2006年ジュネーブショーでムルシエラゴLP640が発表された時に、イタリア空軍とのコラボレーションだというボディカラー“グリージオ・テレスト”を纏っていたが、以来ランボルギーニはプロモーションなどにミリタリーイメージをたびたび活用してきた。おそらくは、そこから連想させる“戦い”のイメージがランボルギーニの逞しさや精悍さを高めると考えたのだろう。同じ戦いでも、F1のイメージを使用するフェラーリとはまた別のアプローチである。この流れを理解していると、レヴェントンのデザインや今回のイベントには全く違和感を覚えない。
ROSSOでは、いち早くレヴェントンの詳細をお伝えするべく試乗取材の申し出をしていたのだが、正直なところ許可されるとは夢にも思わなかった。何せ20台限定の100万ユーロカーである。ところが、直前になって最終的なゴーサインが出たのだ。締め切り時期と重なってはいたが、これを断る理由などあるものか。私は文字どおり飛び乗るように機上の人となり、サンタアガタ・ボロネーゼに向かったのである。それは、戦闘機との対決イベントが催される1週間前のことだった。
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ランボルギーニ ガヤルドスパイダー
ランボルギーニ ガヤルドスパイダー

