これぞ史上最強のミニカー

今年の10月でいよいよ40歳の大台に乗るかというのに、いまだに物欲が衰えることがないのには、我ながらほとほと呆れている。とにかく欲しいと思ったら、借金してでも買ってしまう。最も堕落していた10代後半の数年間は、学生の身分で自動車を3台も所有していた。それも、ニッサン・フェアレディZ(L28/3.1リッター改の輸出仕様)+マツダ・RX7(SA22C/13Bサイド改パテ埋めポルシェタイプ・フラットノーズFスポ付き)+トライアンフ・スピットファイアというメチャクチャな組み合わせだ。*書き間違いではない、3台同時に所有していたのだ。
ちなみにRX7の記述にわざわざ「パテ埋めFスポ付き」とあるのは、当時エアロパーツの装着は厳しく制限されており、それをパテ埋めして乗っていること自体、「男気」の象徴だったからである……すなわちアホである……正確に記述すれば「整備不良車を転がしているバカ丸出し男」であった。
暴露ついでに当時どうやって借金を返していたかというと、すべて夜のアルバイトで稼いでいた。と言っても水商売をやるほど器量が良かったワケではない。吉野家+地下鉄工事というのが一週間のバイトの基本ローテーション。これに週末になると隧道工事や、スタントマン(といってもエキストラに毛の生えたようなもの)のバイトなど、いくつかのオプションが加わって、毎月たしか21~22万円のローンを返済していたと思う。
特に夜中の地下鉄工事は実作業が終電後の深夜1時頃から朝4時ごろまでの3時間程度。それでいて日給1万円ほどを頂けると言う、じつにワリのいいバイトだった。バイト先の社長が政治結社の親玉だったことと、真冬の綾瀬鉄橋上での作業がまさに凍てつくような寒さだったことを除けば、なかなかいいアルバイトだったと記憶している。
それにしても、弊社「ネコ・パブリッシング」には、鉄道関連雑誌が山ほどあるが、深夜の地下鉄工事現場で、バラスト(砕石)を撒いたり、電線ケーブルを敷いたりした経験のある編集者はまずいないだろう。どうでもいいが、まったくアホな青春時代だった。もう一度やり直せるなら是非ともやり直したいが、残念なことにやり直したとしても、再び同じことを繰り返しそうな自分が怖い。
さて、長い前置きはこのくらいにして、上の写真は、じつは物欲モードが全開になり、見た瞬間「どうしても欲しい!」と叫んでしまった1台のミニカーである。そして、こんなどうしようもない「大人の玩具」を見せて喜ぶのは、何を隠そうホビダス編集部の山田編集長であった。数年前のことだが、この「ホットウィール・レジェンズ・トゥ・ライフ」の第一弾を持って、止せばいいのにデイトナ編集部に見せびらかしに来たのである。
たまたま居合わせてしまったのがいけなかった……。そして、ワタクシはこのミニカーに、見事なまでにズバリ刺さった。完璧に刺さった。嫁を見たときでも、ここまでトキメかなかった。それが「ドキュン!」である。まるで、振り向き様にアッパーカットを食らったような衝撃だった。
むろん、ドン・”ザ・スネーク”・プラドオムが駆る『スネーク』がベースであったこともあるが、バーンナウトからカウルをアップするまでの動き、そしてエキゾーストパイプから放たれる閃光と、クリスマスツリーのリアルな点灯。そして何よりも、当時サウスカリフォルニアに実在した「ライオンズ・ドラッグ・ストリップ」が舞台だと言うこと。さらに、さらに、極め付けが、いかにもな感じの場内アナウンスである。
見た瞬間に欲しくなった。これほどまでに完成された玩具は見たことがない。当然、買った! 弊社にはミニカー・エンスー道を極めているコレクターが多数いるので、あまり大げさなことは言えないが、とにかくそのリアルな動きを見て欲しい。若干画像が粗いが、その素晴らしくもリアルな動きと、臨場感あふれるアナウンスを披露するために、今回は特別に動画付きである。
アップロード可能な動画ファイル容量の関係で、「FILE1」はエンジン始動からカウルのアップまでの動き。そして「FILE2」はバーンナウトからウイリーしながらスタートするまでの一連の動きを収録した。まずは見て欲しい、この完璧でリアルな動きを。ちなみに、カエル・ペティ仕様のナスカー・バージョンもあり。じつはそっちも持ってたりして……。アホ。





