消えるブランド? 「ポンティアック」

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 ポンティアック・GTOといえば、元祖マッスルカーとして1960年代を席巻した1台。その後もポンティアックはカマロとプラットホームを共有するファイヤーバードを輩出した他、近年はミッドシップ・スポーツカーのフィエロや、2シーター・ロードスターのソルティスなど、常に革新的なスポーツモデルを生み出してきたブランドです。

 GMの再建計画により、ブランド消滅の危機に瀕していますが、是非ともこの歴史あるブランドは、なんらかの形で残して頂きたいところです。

 本日は、そんなポンティアックの歴史的なモデルを、GMヘリテイジセンターのアーカイブの中からご紹介していきましょう。

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▲上:1969ポンティアック・GTO。GTOはGMのインターミディエイトカー誕生と同時、1964年にテンペストのオプションとしてランナップされ、以降マッスルカー黄金期の終焉と共に1974年に消滅。その後、2004年に復活しました。

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▲上:ポンティアック・フィエロ(FIERO)。写真の個体は最終生産車両で1984年に生産開始。1988年に生産終了。ちなみにポンティアックには1926-1938年にもポンティアック・フィエロというモデルが存在しています。

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▲左上:フルサイズコンバーチブルの1973年式グランドビル(Grand Ville)。▲右上:映画トリプルXにも登場した1967ポンティアック・GTO。

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▲上:1964年に誕生したGTOは、翌1965年から1967年までの3年間縦目のフロントフェイシアを採用。この縦目のモデルは人気の高い1台です。ちなみに1968年でフルモデルチェンジ。よく見ると、ボディのシェイプは同じAボディのシェベルによく似ていますね。

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▲左:おそらく1920年代のポンティアック。▲右:コンパクトカーとして誕生した1961-1963年の初代ポンティアック・テンペスト。

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▲左:ポンティアック・グランプリの最終モデル。モデルチェンジ毎の最終モデルも保管されています。▲右:GM・Gボディを使ったポンティアック・グランプリ・2+2。ビュイック・グランドナショナル、シボレー・エルカミーノなど1980年代のGボディは名車がズラリと並びます。

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▲上:2002年に終止符を打ったファイヤーバード・トランザムの生産最終モデル。

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▲上:1994年に製作されたファイヤーバード"トランザム(TRANS AM)"の25周年記念モデル。WS6というハイパフォーマンスパッケージがベース。

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▲上:こちらは1999年に製作された同じくトランザムの30周年モデル。ラムエアー・エンジンを搭載。

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▲上:1911年のポンティアック。

3 Comments

秋元さん、今晩は。

WS6、ボンネットの鼻ずらはポパイの力コブ(ちからこぶ)でアイコン的なところがありますね。
信号、ハイウエーで隣に並んだドライバーに、親指立てて(Cool)の合図をすると、大概にやりとされました。
気合いの入った方だと、スモークを上げて急加速を見せてくれましたね。

日本で乗っていたら、ノー天気な奴と思われるでしょうが、
一度は乗ってみたい車ですね。

岩井様
いつもコメントありがとうございます。早速ですが、WS6に限らず、アメリカの交差点ではけっこう親指立てる人が多いですね。昔、取材でハマーH1に乗っていたら、消防車の後部運転席から消防士が親指立ててくれました。アメリカには本当にクルマ好きが多いなぁと感じる瞬間ですね。

小生にとって印象的なポンテアックは日本で一時期盛んに(ヤナセが)売りまくった二代目グランダムです。
GMのNカー・シリーズの一翼を担った同車、初期型に積まれたクアド4・2.3Lがパンチある加速感の反面フィーリングが粗野で粗野で、ともかくGM側はグランダムを単なるエコノカーとして割り切っているのだと感じさせられました!
さすがにモデルサイクルの後期ともなると日本車勢(アコードやカムリ等)の攻勢にGM側も目を覚ましたのか粗野だった4気筒ツインカムに二次バランサーを入れてブルーバード用2.4L程度のスムーズさを実現し、V6 3.1Lのテコ入れ共々、軽快でカジュアルなキャラクターと相まってバリューフォアマネーな商品へと成長していったものでした。
価格も今思えば驚くほど安く、V6で200万円台の後半、4気筒2.3Lで200万円台半ばでした。
スペースユーティリティ?真面目に考えると笑っちゃうものでした。アコード並みの外寸でシビックやカローラ並みの室内空間、スタイリッシュさと引き換えに室内空間の方も見切っていたものと思われます、今流行の4ドアクーペの魁なのかも知れません。
そんな「良くも悪くも気軽さ満載」のグランダム、日本でのポジションに置き換えると決して1.8L中心のコロナやブルーバードではなく、カローラやシビック?これも難しく、当時のトヨタターセル/コルサ、或いは三菱ミラージュといった1.5Lクラスのコンパクトセダン的位置づけという印象がありました。故にアメリカでは一人か二人で乗るコミューターカーという役どころで女性ユーザー(OL等)も多かったと記憶します。
そうした意味ではグランダムを筆頭とするGMのNカー・シリーズ、アメリカ文化のひとつの代表と取れましたが1990年代も終りに近づくと初代クライスラー・シーラス(1995年度のMotor Trend誌のカー・オブ・ザ・イヤー)やフォード・コンツアー/マーキュリー・ミスティーク兄弟(欧州フォード・モンデオがベース)といった本格的な造りの日本車を意識したライバル群に押されて古さが目立つようになってきました。そこで1998年に生まれ変わった3代目Nカー、今度はオールズモビル・アレーロとポンテアック・グランダムの二兄弟という編成でした。両者のスタイリッシュさは小生の目にも鮮やかで、新開発3.4L/V6(170ps)も激烈なトルク感が魅力でした。
この通り先代と比べて見違えるように進歩したポンテアック・グランダム他GM・Nカーでしたが、相変わらずどこか安普請な印象がつきまとい価格なりの仕上がりと言う印象でした。一次安全性もコーナリング性能も、とにかく剛性感そのものがソコソコという印象で、それがユルさの個性として憎めない反面、それが小生自身をして型落ちの1992年式メルセデスW124型・260E(2599cc/165ps)に乗り続ける原動力たらしめたものです。
当時、1998年頃、一度真面目に検討したメルセデスE430(W210型:4300cc V8/279ps)への乗り換えが予算の事情等で不可能になり、それまで乗っていた260Eに乗り続けることに決まった際、失望するどころか「当時最新のGM Nカーやクライスラー・シーラス/ストラトスがあのぐらいの水準なら型落ちのメルセデス260Eの方が100倍上等だ!」と新たなpride&joyを体感し、いわばこれらアメリカ車のミディアムサイズ群がW124型メルセデスの引き立て役となった格好です!
「型落ちながらもこのクラスの中堅レベルに座するW124型ミディアム・メルセデス=偉大な一台」、そんな認識を皮肉にも小生に植えつける原因となった(当時最新の英国ローバー800系やイタリアのアルファロメオ166と並んで)GM系インターミディエイト車、あれから十年以上が経ち倒産というショックを経てGM自体が土壇場からの逆襲に転じた今、欧州車や日本車をリードして今後世界の最前線に立つことがないとは誰が断言できるのでしょうか。
by「メルセデス乗り変じて2009年式レクサスIS350+2004年式ヴィッツ1300オーナー」

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