ボブ・ラッツという男
ここ数年のアメリカ車からは、なかなか「欲しい」と思わせるニューモデルが現れなく、残念な思いをしているアメリカ車ファンの方も少なくないのではないでしょうか?
特に自動車業界最大手のGMからは魅力的なモデルがほとんど生まれてきません。
でもね、大丈夫ですよ、きっと。GMにはあの人がいますから……。そう、本日2月12日で75歳の誕生日を迎えられた生粋のカーガイ……。
彼がいる限り、GMは我々を楽しませてくれる魅力溢れるモデルをきっと生み出してくれるはずです。
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ここ数年のアメリカ車からは、なかなか「欲しい」と思わせるニューモデルが現れなく、残念な思いをしているアメリカ車ファンの方も少なくないのではないでしょうか?
特に自動車業界最大手のGMからは魅力的なモデルがほとんど生まれてきません。
でもね、大丈夫ですよ、きっと。GMにはあの人がいますから……。そう、本日2月12日で75歳の誕生日を迎えられた生粋のカーガイ……。
彼がいる限り、GMは我々を楽しませてくれる魅力溢れるモデルをきっと生み出してくれるはずです。
今週末にはグレートなジャパニーズドライバーの祭典「タイムマシーン・フェスティバル」が富士スピードウェイで開催されますが、じつはその前に、本日3月24日はアメリカのとあるグレート・レーシングドライバーが永眠された日でもあります。
そう、スピードトライアルの偉大なるレーサーだったフレッド・ラーセン氏の3回目のご命日なのです。
フレッド・ラーセン氏は、(ご存知の方も多いと思いますが)ストリームライナーと呼ばれる最高速度記録専用のレースカーをドライブし、ユタ州のソルトフラッツで1992年に時速307.227マイル(時速約492キロ)を記録した偉大なるレーサーでした。
彼は1989年からムーンアイズのスポンサードを得てボンネビルにエントリーし、ブルーのボディに「MOONEYES OF JAPAN」のサインが入ったストリームライナーでソルトフラッツを走り続けました。
何よりもアキモトの頭の中では、真っ白なボンネビル・ソルトフラッツの大地の上に、空よりも真っ青なボディのストリームライナーが写っているムーンアイズのカタログ写真が印象的で、まさに夢のようなレースで活躍している偉大なるレーシングドライバーだったのです。
昨日、3月19日は自動車史上に残る永遠の名車、「デロリアン」の生みの親であり、同時にGM在籍時にはポンティアック・GTOの開発に寄与したジョン・デロリアン氏の1周忌でした。
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で一躍有名になったデロリアンこと「DMC12」を生み出したジョン・デロリアン氏がなくなったのは、昨年の3月19日。
心臓発作により、80年の人生に幕を降ろしたそうです。
ということで、本日はそのデロリアンについて。
あの悲しい事故から、もう5年の歳月が流れました……。
アメリカン・モータースポーツ史上に輝くスーパーヒーロー"Dale Earnhardt(本名ラルフ・デイル・アーンハート/以下デイル・アーンハート)"が、レース中の事故により亡くなられたのは、2001年の2月18日。
当時はまだNASCARウィンストンカップと呼ばれていたストックカーレースの開幕戦で、その悲しい事故は起きたのです。
アキモトにとって世界中でもっとも敬愛していたドライバーのひとりであり、もちろんアメリカ合衆国を代表するスーパーヒーローでもあった彼の死は、今でも忘れることのできない衝撃的なものでした……。