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世界転戦記☆連載:記事一覧

2009.3.25

●世界転戦記☆第28話~金メダリストのお食事

あこがれのモーグルスキー金メダリストのお父さんに出会った夜は、そのお父さんお勧めの地元レストランに行った。


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後にレースでの世界転戦の本拠地をパリに置いたときにも驚いたが、フランスでは意外にスポーツ科学が発達している。特に食事や屋外でのトレーニングなどのノウハウはすばらしい。

数々の金メダリストをおくりだした環境の雄大さと厳しさを知った私は、アスリートが子供のころからどんなものを食べて育ったのかもとても気になった。


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金メダリスト達が通ったレストランでは、まずワインで体を温め、チーズフォンデュをはじめ数々の乳製品をふんだんに使ったお料理がでてきた。

「大自然の水、そしてその恩恵を受けた新鮮なものを食べなきゃ大きくなれないぞ!」

その頃モデルのアルバイトをしていた私は、日本人としてもスレンダーなほうで、フランス人のおじちゃんからは“アジアからやってきた小さなチャレンジャー”に見えたのだろう。


そして・・・・

「明日の朝、小屋の前においで。」

とおじちゃんは帰り際に声をかけてくれた。


私は翌日おじちゃんに言われた小屋の前に行くと、温かいカプチーノとクロワッサンを出してくれた。


「この後滑りに出たらすぐにお腹が空くから、そうしたらまたランチしにくるがいい。日本人にとっては昨晩の食事は重いだろうから朝はこれだけだ。たくさん食べないとパワーが出ないけれど、胃腸のコンディションをくずしては良い滑りはできない。」


へぇ・・・・。あんな小太りのおじちゃんなのに何でも知っているんだねぇ!


スキー雑誌の撮影で訪れたフランスでは、思いもよらない出会いでアスリートのスキー合宿かのようになった。


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金メダリストが育った雄大で厳しくもある環境を少し垣間見ることができ、大きな刺激を受け、それが後のレース生活でのヒントとなった。

刺激を胸に日本に帰国すると、成田の到着ロビーで一本の電話が鳴った・・・・


to be continued・・・・・

今までのストーリー

2009.3.24

●世界転戦記☆第27話~金メダリストのお父さん

翌日、スキー用具をレンタルするためにスキーショップへ。

恰幅のいいちょっと強面のフランス人のおじちゃんが出てきた。


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スキー板とブールを借りたいと申し出ると、どれくらい上手く滑れるのか?と聞かれた。私は、

「どんな斜面でも滑れます!」

と強気な発言をすると、ニヤッと笑いながらおじちゃんは何種類かのスキーブーツを持ってきた。私が

「どれでもいいです!」と言うと、おじちゃんは

「駄目だ。」

と言って丁寧に一種類ずつスキーブーツを私に履かせた。
そして、私のひざを曲げさせたり姿勢を見たり・・・・。

初のフランスで早くスキーをしたい私は、内心どれでもいいから早く滑りたいんだよぉ・・・と思っていると、ショップのドアが開き、入ってきたガイドのスチュワートが

「KEIKO、この人はモーグルスキー金メダリスト・エドガーグロスピロンのお父さんだよ。」

と教えてくれた。
エー!ただのしつこいおっちゃんかと思えば!
さらに

「それじゃぁ、とっておきのモーグルバーンに連れて行ってあげるよ。」

と言われ、ガイドと共にリフトを上り、上級者のマークであるブラックダイアモンドの斜面にさしかかると!
下を見たら足がすくんだ。


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日本では主要なスキー場は行ったことがないところがないというくらい大学時代に多種多様な斜面を滑り、どんな急斜面でも自信があった。
ところが、そのブラックダイアモンドの斜面は45度を越え、真下に真っ直ぐのびるこぶのライン。超急なモーグルバーンだった。

振り返ってニヤッと私に微笑んだおじちゃんは、そのまま超難関モーグルバーンを急降下していった。
私も続いてトライしたが、3こぶ滑るとスピードを体で吸収することができず、スキー板を制御不能。
なんとか下に下りるとおじちゃんは、

「KEIKOもここに住めば金メダルをとれるよ!うちの息子はただただ毎日ここを滑っていたのさ。」

おじちゃんとのたった一本だけのスキー体験、そして広大で優雅な自然環境。


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私がレースデビューしてすぐに海外武者修行に行くことを決意するきっかけとなる出来事だった。

to be continued・・・・・

今までのストーリー

2009.3.23

●世界転戦記☆第26話~フランス人の助手席で

スキー雑誌の撮影で初めて訪れたフランス。
スイス・シャモニーの南方、イタリアと国境を接するフランス中部のスキーリゾート・バルディゼール&ティーニュに到着した。
ここは、フランスのスキーアルペンの3冠王キリーのふるさとで、モーグルスキーでは、オリンピック金メダリスト・エドガー・グロスピロンの地元でもある。
すでにモーグルスキー選手になる夢はあきらめ、レーシングカーに乗りたい!と思っていた私だが、どんな環境でスキーチャンピオンの彼らが育ったのかとても興味があった。


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到着すると、日本ではあまり見かけたことがないフォルムをした車が広場に停まっていた。記念写真を撮ろうと水色の車によりかかると持ち主がやってきて、
「ハイKEIKO!僕は明日のガイドを勤めるスチュワートです。」
と話しかけてきた。
彼はその車に私を乗せて街を一周してくれた。
初めて体験する石畳の道路と雪道。そしてレトロな車に外国人の運転。
日本車とは全く違った乗り心地や、古い車を何年も何年も大切にして実際に走らせていることに驚いた。
そしてスチュワートは、エンジンの調子が悪くなかなかスタートできなかったり、雪道で滑りながらもあわてることなく運転。

外国人ってたくましいなぁ・・・・・


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バルディゼールの村の日も暮れ、私は明日の撮影に備えホテルに帰った。
翌日感激の出会いがあることを予期することもなく。

to be continued・・・・・

今までのストーリー

2009.3.10

●世界転戦記☆第25話~左に行かねば死ぬ道

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スキー撮影で来たフランスで雪山に向かう途中の大渋滞。
見たことがない標識が・・・・!

どうやらその標識付近で事故は起こっていた。
あまりにも長い時間待っても全く車は前に進まないので、車を降りてスタッフと渋滞の先まで歩いて行ってみた。
すると、標識付近で半分崖から落ちそうな車とその後ろに玉突き衝突している車が数台。


あわわわわわ!


崖の下を除くと、「さぁいらっしゃい」と言わんばかりに美しい湖が数百メートル下に広がっていた。
すぅっと上から下へ鳥肌が立った。
標識には”左へ”のマーク。そしてその横には小さく

”左に行かなければ死ぬ”

と書かれた看板。
崖から半分落ちかけた車はきっとおしゃべりかなんかをしていて左に行き損ねたのだ。


こわーい。。。
海外で運転するっていうのは・・・・


このときは後にフランスに住むことになり、こんな雪路を同じレーシングチームに属するチームメイトとドリフトしながら登っていけるようになるとは思ってもいなかった。

玉突き事故で通行止めになったまま車内で道が開通するのを待っていると、渋滞のまま足止めをくらっている前後の車からフランス人がみんな降り始めた。

澄んだ空気の晴れ間の山中。

車から降りたフランス人達は体をストレッチし始め、車の屋根にクッキーを広げだした。
私も降りて前の車に近づくと、


「クッキーはいかが? どこから来たの? 今日はビューティフルディね!」


とフランス人夫婦が話しかけてきた。
英語もフランス語も全く話せない私は、身振り手振りで会話しながらクッキーをいただいた。
そして後ろの車のフランス人達は、カーオーディオの音量を上げてみんなで外に出て踊りだした。
それにつられる様にして前後数百台の足止めをくらった人たちが集まって手拍子したり、車の上で日光浴を始めたり・・・。


なんて大らかな自然と大らかな人達なんだ!


快晴ながらも氷点下の中即座にアイドリングストップして
自然の空気をすいましょ!
と渋滞に苛立つことなく食べたり踊って体を温めたり、おしゃべりしたり。


結局、崖から落ちそうになった車は引き上げられ間一髪で誰も怪我することはなかったが、飛行機でのVIP気分は一気に吹き飛び一瞬寒ーい気分になった。

しかし、全く違う人種の温かく陽気な一面にふれて楽しい気分になり、初めて訪れるフランスでの撮影旅行は続いた。

to be continued・・・・・・


これまでのストーリー

2009.3.09

●世界転戦記☆第24話~人生初のVIPシート♡

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うわぁ! 初フランスだ。
スキー雑誌の撮影でフランスへ。
ウキウキで成田のラウンジに座っていると・・・


ピンポンパンポーン♪


「お呼び出しを申し上げます。井原慶子様・・・・・。」


あっ私ぃ?何か問題でもあったのかとカウンターにかけよると、


「お客様申し訳ありません、あいにくオーバーブッキングで大変申し訳ありませんが別の席をご用意させていただきました。」


別のお席ぃ? 
機内に入ると・・・   キャー!!!もしかして別の席ってファーストクラス?


私はサラリーマン家庭の娘なので家族旅行でもファーストクラスに乗ったことはない。
こうして初フランスへは、初ファーストクラスで移動することになった。

素敵な陶器ででてくるお寿司にステーキにワイン。♡
そして窓からは浮かび上がる太陽。

うわぁーVIPじゃな~い?

うれしくってずーっと起きていようと思ったのにワインのほろ酔いでいつのまにか爆睡。。。
気がついたらシャルルドゴール空港に着陸するところだった!

エー! まっまさかっ?
人生初のファーストクラスを堪能しようと思っていたのに・・・


「お客様、まもなく着陸しますのでお布団をお預かりいたします。」


お布団?
うわぁ!いつの間に私の体には羽毛布団がかけられていて羽毛枕まであった。
あれ?何これ?テーブルにおいてあったポーチを開けてみると最高級ブランドの化粧品セットが!
これもらって帰っていいの?

あー・・・ ざっ残念すぎる。。。

ファーストクラスを体感したのは離陸後の2時間足らずのみで終わってしまった。

そして・・・・。

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すごーい!

シャルルドゴールからさらに地方空港へ。そこからはレンタカーを借りて撮影部隊と共に雪山を目指した。
日本では見たことがない切り立った山々に感動し、かわりゆく雄大な風景をレンタカーの車窓から眺めていた。


すると突然雪山を登る山中の道で大渋滞に・・・・・。


そしてその渋滞の先には見たことがない標識が!


to be continued・・・・・


今までのストーリー

2009.3.07

●世界転戦記☆第23話~女子大生卒業間近の日々♡

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サイパンの撮影から帰国すると大学卒業まで残り数ヶ月。

私は相変わらず、新聞の取材で編集長のイスをジャックしてみたり・・・
イメージガールを務めていた企業のCM撮影をしたり・・・
時にはイベントのための期間限定ユニットで音痴ながらも歌を歌ったり・・・

モーグルスキーの遠征費用にと始めたモデルのアルバイトもいつしかレーシングカーに乗るための貯金に変わり、着々と仕事もこなしていた。


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大学4年生になれば、卒業論文が待っている。
そして、卒業前にサークルの仲間とモーグルスキーにも行きたい。
私はこの頃から撮影で海外に頻繁に行くようになり、成田空港とスキー場と大学の図書館をトライアングル上に行き来していた。
もちろん移動手段は愛車のシルビア。移動中は、かかさずいつも車を丁寧に操作することや、ヒール&トーの練習を繰り返していた。


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そんな中、スキー雑誌の取材でフランスに行くことに。
見たことがない車、そして想像もつかなかった価値観。
そこで私は、新たな世界を知ることになる。


to be continued・・・・・

今までのストーリー

2009.3.05

●世界転戦記☆第22話~初ヘルメットの異臭の後に・・・

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大学に入学して始めたモデルのアルバイトも最初は全くオーディションに合格せず肩を落として帰ることも多かった。不合格のたびにどうして落ちたのか?どんなイメージでオーディションに行けばよいのか?などを分析しているうちに合格率アップ↑。

そんなモデルのオーディションを数々こなしていたおかげで実技では失敗してしまったもののカーメーカーのドライビングインストラクターに合格した。
大学卒業間近にして、レーシングカーに乗ってみたい!という目標を達成すべく、相変わらずモデルのアルバイトに励んでいた。

そんなモデルのお仕事で度々撮影に訪れたサイパン。
今回は、観光局のイメージビデオやポスター撮影と飲料メーカーの撮影が重なり長期滞在となった。

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中休みの日にショッピングモールに出かけた際、いつも不思議と”原チャリ”が何十台も走る音が聞こえる場所があった。
車を降りて林の外から覗いてみると、ゴーカートがたくさん走っていた!

へー・・・こんな南国にゴーカート場があるなんて!

私は子供の頃からデパートの屋上に置いてある100円を入れて乗る車や遊園地のゴーカートに乗るのが大好きだった。
親にねだるように撮影スタッフに「みんなで乗ろう!」とせがみ、本格カート場でのゴーカート初体験となった。

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ヘルメットをかぶると・・・

臭ーい。。。

レースって汗臭いスポーツなのね!?

初ヘルメットは臭かった。そしてモデルの細い首には重かった。
しかし、早く乗りたいので我慢して与えられたヘルメットをかぶると早速発進。
恐るおそるアクセルペダルを踏むものの遊園地にあるものとはずいぶん違い、目線が低いことから体感スピードめちゃくちゃ速く感じた。

うわぁ・・・・きもちいい!!! なんて素直な車なんだろう?
ハンドルをきればきった分だけ即座に曲がり、ブレーキをかけると強烈に止まるぅ!

臭くて重いヘルメットのことは忘れ、無我夢中で走り回った。
私はこの本格カート初走行で車を自由自在に操る喜びを知ってしまった。

しかし・・・

降りた後、突然フラフラになった。そしてホテルに戻ると睡眠薬を飲んだかのように眠くなってベッドに倒れた。
この頃は、モーグルスキーの大会に出場したりテニスなどをバリバリやっていたものの、たった数分のゴーカート走行で今まで経験したスポーツではありえないぐらい疲れることに驚いた。


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マシンを自由自在に動かせた時の快感、そして15分しか走っていないのに疲労したこと。
私はますます本物のレーシングカーに乗ってみたくなった。


to be continued・・・・・

今までのストーリー


2009.2.26

●世界転戦記☆第21話~オーディションの合格発表で・・・

カーメーカーのインストラクターになるためのオーディション。
ドライビングテストの8の字旋回でスピンしてしまう大失敗。

絶対に受かるわけないものの、宝くじが当たるような大どんでん返しがないか?と1パーセントの望みを持ちつつ合格発表をする面接官の言葉に耳をかたむけた。


「今回は4名の方にお願いします。」


雑誌などで活躍するクルマのエキスパートの女性約30名が集まった今回のオーディション。

4名しか合格しないのぉ???
絶対無理だわ。

意気消沈しながら合格発表をうわのそらで聞いていると、


「○○さん、○○さん、そして井原さんにおねがいします。」


えっ?私?井原さんて呼んだ?
キャー!!!受かっちゃったのぉ???なんで?


私は奇跡的に合格した。


合格発表が終わった待合室のざわめきの中で、

「絶対運転の審査とか関係ないよねぇ。モデルだから合格したんじゃない?」

お姉さま方の怖いささやきが聞こえてきた。


うわぁ・・こわっ!


トイレでも行って帰りをずらそっ!
確かに大失敗した私が合格したのはまさに宝くじが当たったようなものだが・・・。
昔はそんなことでよく傷ついていたが、モデルの世界で少しは慣れたもの。
それより何より、これからいっぱいクルマに乗れることが嬉しかった!

よーっし!これから忙しくなるぞぉ!

大学の卒業も控え、同級生との卒業旅行に雑誌の海外ロケ。
そこでまた新たな出会いが!


to be continued・・・・・

●世界転戦記☆第20話~オーディションで大失敗

カーメーカーのオーディション会場。
8の字旋回のドライビングテストで車を発進させたが、うまく車で8の字を描けない。

すると

「もうちょっとハンドルをきりこんでごらん。」

助手席に座るカーメーカーの審査員の方がアドバイスをしてくれた。
言われたとおりに無我夢中でステアリングをきりこんでいくと、車は突然思うように曲がった!

「そう!そうしたらもっと待ってからハンドルをきってみて。」

さらに言われたとおりに必死に操作した。
すると・・・・

車が横に倒れそうになってスピンしはじめた!

うわぁ!!!ストップ!ストップ!ストップ!

急いで私は車を止めた。

「すいません。。。」と汗びっしょりにポツリ小声で言うと、

「いいんだよ。違いがわかったかな?」とやさしく話しかけてくれた審査員。

「あっ、はい。車が倒れそうになってびっくりしました。」

「そう。じゃぁもう戻っていいですよ。」

えっ?もう終わり?
汗びっしょりのまま車を降りて待合室に戻った。

あー・・・絶対だめだぁ。。。不合格だぁ。。。

戻った待合室では、ジャーナリストのお姉さま方達が
「審査員の人さぁ、何も言わないから10周も8の字旋回して目が回っちゃったよー。」
などと言いながら余裕の笑い声。

やっぱり無理なんだ・・・。もっと練習を積んでからくればよかった。

頭に浮かんでくるのはネガティブな考えばかり。早く帰りたい気分だったが面接審査が残っていた。

「それでは、井原さんこちらへ入ってください。」

3人の面接官が並ぶ静かな会議室へ入った。
モデルのお仕事で最初は落ちまくっていたオーディションも自己分析やPRの仕方などを少しずつ研究して大企業のイメージガールなども合格するようになった。面接なら!と自信を持っていた審査も運転のテストでうまくいかず、すでに面接審査も自信がない。

「あー緊張しないで大丈夫ですよー。」と面接官。

鏡を見なくても私は暗い顔をしていたのはわかっていた。
しかしやさしく話しかけてくれた面接官のおかげで
とりあえず覚えてきた知識をうまく説明してみよう!と思った。
「まずドライビングの3原則ですが・・・・。」
つっかえながらも一通り覚えたインストラクションのポイントを説明し終えて自己PR。
審査員全員がいろいろ質問してくれた。


面接審査を終え、30分ほど待合室で合格発表を待つことになった。
レーシングカーを運転したい!という夢に向けてカーメーカーのインストラクターになることは、運転する機会やいろいろな車に乗ってみることができることから一歩前進する絶好の機会だったのに、不合格は間違いない。
ほとんどあきらめた私は待合室で合格発表を待つ間、携帯電話で今日の晩御飯の約束をとりつけていた。

そしてしばらくすると、


「お待たせしました。今日は一日ご苦労様でした。それではインストラクターをお願いする方のお名前をお呼びします。」と今日の合格者を伝えに面接官が現れた。
そして・・・。


to be continued・・・・・

2009.2.24

●世界転戦記☆第19話~ジャーナリストのお姉さまに囲まれて・・・

モデルとして撮影に行った現場で出会った自動車評論家の方から、カーメーカーのインストラクターになるためのオーディションを受けないか?と誘っていただいた。
自動車免許を取りたてだった私は、

『受かるわけはないけれど頑張ってみよう!』

とオーディション会場に足を運んだ。

日本を代表するカーメーカーが、セーフティードライビングからアドバンスドライビングまでを教える女性インストラクターを初めて募集するということから、会場には30人ほどの女性が集まっていた。
ほとんどの応募者がすでに自動車雑誌等で活躍しているジャーナリストのお姉さま。

待合室での会話はクルマ用語が飛び交い、免許取りたてで新米ドライバーの私は圧倒された。

「普段何やってるのー?」お姉さまの一人に話しかけられ、

「あっ、モデルですぅ。ポスター撮影とかレースクイーンとかぁ・・・。」

と私が答えると、鼻で笑われて「絶対あんたは受からないよ」と言わんばかりのリアクションで

「じゃあクルマのオーバーステアーとか対処できる?」などと聞かれた。

「あのぉ・・・クルマの後ろがすべる感じですよねぇ?」

一応レーシングカーに乗りたい!という目標をかかげてレースクイーンのお仕事を続けていた私は、少しずつ車の勉強をしていたので何とか話をつなげた。
すると、
「はは、難しいよね。もういいや。」とお姉さま。


こわぁ・・・。
しかも
感じ悪ぅ・・・。


応募者最年少の私は、なるべく話しかけられないように黙ってオーディションの順番を待つことにした。
実技試験では、あらかじめ渡されていたインストラクションのポイントをうまく聴衆に説明できるかを問われる試験や実際にクルマに乗って運転するテストがあった。

「それでは次、井原さん車に乗りこんでください。」

キャー・・・私の順番がきたぁ。。。
パイロンの周りを8の字に運転するテストの順番が回ってきた。
超緊張しながら車に乗り込んでシートベルトを締めて・・・・
なんとか発進。助手席に乗っているカーメーカーの審査員の方の無言な表情が私の運転操作を硬くさせる。

大きなセダンで小さな空間を8の字に旋回するのはとても難しかった。
なかなか曲がりきれない・・・。どうしよう・・・!

to be continued・・・・・

2009.2.17

●世界転戦記 第18話~枝毛が気になるギャルにチャンス到来!?

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男性誌のクルマページの撮影で大磯ロングビーチに到着。
海風がこたえる真冬の寒空の下、私は今日もおかまいなくミニスカートで登場。
雹が降る日にサーキットでハイレグ水着を着て笑顔をふりまくことを考えれば、ミニスカートなんて全く苦ではない。


そこに用意されていた車は、オープンカー対決という誌面企画でユーノスロードスターとロータスエリーゼだった。
ユーノスロードスターは知っていたけれど、ロータスエリーゼはどこの国の車か?どこまでがメーカー名なのか?も知らなかった私。


撮影現場には、モデルの私以外に自動車評論家の方が来ていた。


一通りの撮影を終えて、お次は箱根まで車を運転しているシーンの撮影。


自動車評論家の方が
「慶子ちゃん、せっかく自動車運転免許をとったんだからこの車を運転してみれば?」と言ってくれた。
えー!人の車を運転するなんて大丈夫かなぁ?と少々不安に思いながらもうれしくて早速運転させてもらうことにした。


ホロを全開にしたユーノスロードスターの運転席。それも撮影車。そして助手席には自動車評論家。
超緊張の中、シートベルトのカチッという音やサイドブレーキをしっかりおろすなど一つ一つを確認しながら発進。
「うわーめちゃくちゃ緊張しますー。」
などと言いながら大磯の海辺を恐る恐る箱根へ。
「慶子ちゃん、なかなかスムーズだねぇ。」と助手席からお褒めをいただくと、私はギャルらしく運転の緊張よりも今度はオープンカーで髪がなびいて絡まってしまわないか?ということのほうが気になりだした。
なんともノーテンキなギャルだったが、無心で走っているうちに車は無傷で大磯に戻ってくることができた。
自動車評論家の方が車を降りてひとこと・・・
「君、運転上手だねぇ。今カーメーカーがドライビングのインストラクターを募集しているんだけれど、オーディション受けてみる?」


え???私が???


髪の毛のからみを気にしながら走っていた私の運転は良かったの?
「あっあっあのー是非お願いします!」
レーシングカーに乗りたくて、どうやったら実現できるか情報収集をするためにも続けていたレースクイーンやモデルのアルバイト。
一歩前進!
早速オーディションまでに車の運転の練習をしなくては!


ところが、オーディション会場では・・・・


to be continued・・・・・

☆第17話までhttp://www.hobidas.com/blog/auto/ihara/archives/cat3438/

2009.2.13

●世界転戦記第17話~女子大生モデルの大学生活♡

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モデルのアルバイトで忙しい大学時代。

「単位が足りない!」
「ノート貸して!」
「どんな問題だった?」

とテスト目前にあたふたする悪い女子大生ちゃんだった私。
学校の授業よりも圧倒的にモデルの仕事をしている日が多かった。
フェラーリやフォーミュラー日本、GTなどのレースクイーンを掛け持ち。そしてTNTTイメージガールお仕事も合わさって毎週全国を地方行脚。
週末に行われるレースやキャンペーンのため、木曜日以降の授業はどう考えても出席できない。


「今週も代返頼むね♡」


などと同級生にお願いして切り抜けていたが、毎年年度末になると単位が足りないので


この世の終わりだぁ。。。進級できなかったらどうしよう。。。親に怒られるわ。。。


と学生なりにかわいい一面もあった。
3年生から入った経済理論ゼミでは意外に「ケインズ経済学」や「アメリカ大恐慌論」などがおもしろくて、モデルの仕事を断って毎回必ず出席。
そしてついに4年生までなんとか留年を免れもうすぐ卒業。

その頃、たまにグラビアでお世話になっていた男性誌編集者からクルマのページのお仕事がきた。
免許も取得してまだ間もなかったので、興味津々に撮影現場の大磯ロングビーチに行った。


そこでの出会いが私のレースデビューへの一つ目の扉を開いた!


to be continued・・・・・

☆第16話までhttp://www.hobidas.com/blog/auto/ihara/archives/cat3438/

2009.2.05

●世界転戦記☆第16話~鉄人レース出場!

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新入女子大生の頃は、まだあどけなさが残っていたせいもあってなかなか合格しなかったキャンペンガール系のお仕事も、レースクイーンで鍛えられたせいかギャルらしくなり、いくつかの企業のイメージガールに決まっていった。

その一つがNTTのイメージガール。

NTTのTVCMに出演したり、ポスターを撮ったり。そしてNTTが協賛するスポーツの大会にもキャンペンガールとしてよく出張した。
度々出張していたNTT全日本トライアスロン大会。ここで私ははじめて本物のアスリートの生活を間近で見ることになる。
大会前日にはホテルや地方の体育館などを借り切って
“カーボローディングパーティー”
がよく行われていた。
普通のパーティーとは違い、置いてある食べ物はみんな消化しやすい炭水化物ばかり。それを自分のコンディションに合わせてチョイスするトライアスロンの選手を見て、ただただすごいなぁ!と思っていた。
そして、前日からすでにコチコチの表情の選手もいれば、全くリラックスしている選手など人それぞれピーキングをしていた。
そんな彼らを2年間のNTTイメージガールの間にたくさん身近で見ることができたのは、後に自分がアスリートになったときに非常に役にたった。

そしてある日の晩・・・。

大会も終わり帰りの飛行機で選手とスポンサー、そして代理店の人と一緒になった。毎月々同じ面子で出張している間にすっかり仲良しに。
そして・・・。
「慶子ちゃん、もうすぐ石垣島のトライアスロン大会があるから出てみれば?」
と。
「え~無理ですよー。」
と言いながらも結局一般枠で出場することに決定。。。

それからは毎日お家の近くのプールで5キロの水泳が日課に。
猛特訓の末に・・・。

きちゃったぁ。。。ついに石垣島だよー。
いつも着ているイメージガールのコスチュームの代わりにスイムウエアーを着て、普段は隣に並ぶ同僚のキャンペンガールにはさまれアスリート気分。♪

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結局海の波の中を泳ぐのは難しく、途中まで意気揚々とクロールで飛ばしていたら失速。最初のスイムは浜に上がる前に平泳ぎになってしまったものの鉄人レースを完走。

鍛えて→挑戦して→完走。

超キモチイー!!!

後にレースの世界で“キモチイー”のを通り越して“苦しい”思いをするとはこのときは夢にも思わなかった。

☆写真上:向かって右側が井原
☆写真下:真ん中が井原
第15話までのストーリー


2009.1.23

●世界転戦記☆第15話~キャンギャルの苦悩・・・

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サイパンでのグラビア撮影。天候にも恵まれて早めに撮影終了!
予備日はすべてショッピングデイとなった。
私達モデル集団は、もちろんワンピースからバッグにサングラスまで買い物に走った。
そしてランチ&トークタイム♪
「きょうこちゃんの彼氏元気ぃ?」という彼氏トークから始まり、
「ねえねえこの前あのチームのレーサーから誘われてまじ大変だったよー。」など誘われて困った話もよくある話だった。
レースクイーンやキャンペンガールは本当に誘いが多い。
そりゃぁあんだけ長い手足や素肌を露出していればみんな誘ってくるのもうなずけるが・・・。
私も例外に漏れず、よく誘われた。友人デルモちゃんからの有名人コンパの誘いに始まり、知り合ったスポーツ選手からの誘い、そして撮影で出会ったプロデューサーからの電話などなどいろいろあった。
なかには、「つきあってくれたらレギュラーでこの仕事をやってもらおうと思っているんだ。」などと言う露骨な誘いもあった。
父の転勤で北海道の高校に通っていた私は、大学になって東京に戻ってきた。社会のいろいろな事情を知り、純粋だった私はそんな大人の世界に驚き、よく傷ついていたのを覚えている。

きたない格好をするようになったのはその頃からだった。お仕事の撮影と大学以外の男の人がたくさんいる場所には、できるだけダサくて目立たないような格好をしてメイクもそこそこに出かけるようになった。なるべく目立たないで誘われないように!と。。。

こうして大学時代、モーグルスキーの遠征費用が欲しくてはじめたモデルのアルバイト。そしてレースクイーンのお仕事で出会ったモータースポーツ。
レーサーになるべくモデルでのギャラ(お給料)は、着々と貯金していた。
そして大学に通いながらやっていたキャンペンガールのお仕事で、スポーツのある大会に出場することになった・・・。

to be continued・・・・

☆サイパンのグラビア撮影にて。向かって左から2番目の紺色のコスチュームが井原。
第14話まで←クリック

2009.1.21

●世界転戦記☆第14話~サイパングラビア撮影では・・・

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この頃グラビア撮影と言えばサイパンが定番だった。私はレースクイーンを始めた年から2年間ですでに13回サイパンに行っていた。
今回は少年コミック誌の巻頭グラビアとイメージビデオ撮影。
レースクイーンや企業のイメージガール総勢15名の大所帯での撮影は相変わらずワイワイ楽しかった。
順番に撮影しながら待ち時間にはぺちゃくちゃおしゃべりしたり、記念撮影したり。
私が感じた唯一の苦痛と言えば、お菓子をもらうことだった。
私は基本的にスナック菓子が好きではなかった。むしろこの頃から主食をガッツリ食べたいタイプ。それに対して大抵のモデルはみんな撮影の合間に出てくるお弁当などはほとんど食べない。太りたくないからだ。それなのに信じられないくらい日本のスナック菓子を持ってきては、撮影の合間にみんなで分け合う。
「慶子これあげるよー。」
と言われると、差し出されたスナック菓子を1つももらわないわけにはいかない。それにすでに封を切られたお菓子をもらえば、すぐに食べざるを得ない。
みんなと違ってガッツリ朝から主食を食べていた私は、こうして15人から撮影中順番に回ってくるお菓子も食べていたため、撮影の番が回ってくるとお腹をへこますのが大変だった。

そんなお菓子を食べながらのおしゃべりは、たいてい彼氏の話や誘いの話だった。

to be continued・・・・

2009.1.19

●世界転戦記☆第13話~レースクイーン仲間の言葉に後押しされて・・・

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フェラーリレースクイーンに選ばれサーキットでのはじめてのお仕事。
この頃になるとレースクイーン業務にもずいぶん慣れ、1時間続けて笑顔で手を振っていても顔の筋肉も上腕三頭筋もプルプルしなくなった。
最初にレースクイーンとしてサーキットを訪れて以来、レーシングカーに乗ってみたい!という気持ちには変わりなく、どうしたらレースに出場できるかを模索するために今年もレースクイーンになった。

フェラーリが何十台も実際に走るレースなんて見たことがない!
レースクイーン業務もそこそこに、私はフェラーリレースに興味津々だった。
いよいよフェラーリがピットから出動してレースが始まろうとしている。
一台のフェラーリがイグニッションスイッチをONにした瞬間、私は全身に鳥肌がたった。
なんてきれいなエンジン音なんだろう!
フェラーリ355チャレンジの音は、乾いた甲高いエンジン音ですごく官能的だった。
世界で様々なレーシングカーを乗ってきた今でも、屋根のあるレーシングカーの中では一番好きなエギゾーストノート。

そしていざレースがスタートすると、造形も美しいイエローやレッドのフェラーリが容赦なくぶつかり合うフェラーリチャレンジレース。
とても興奮して
「フェラーリって飾っておくものじゃないんだね。」とあさぎちゃんに言うと、
「だね。」と優しくおっとりした返事。
「あれに乗ってみたいなぁ。」と私が言うと、
「慶子ちゃんなら乗れるかもよ。」とあさぎちゃん。
その言葉に後押しされるようにフェラーリに乗ってみたい!と強く思うようになっていった。
そんなフェラーリの強い印象を胸にサーキットを後にして成田へ直行。
お次はサイパンでグラビア撮影へ・・・・。

to be continued・・・・

2009.1.16

●世界転戦記☆第12話~フェラーリレースクイーン

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この頃は、所属モデル事務所にきたオーディションを次から次へと受けに行っていた。
オーディションのコツを得た私は、この年レースクイーン以外にもいくつかのキャンペンガールをかけ持ちしていた。
NTTイメージレディや外国観光局のキャンペーンガール、そしてGT選手権のレースクイーンなどなど。
その中でも私の将来を変えたのは、フェラーリレースクイーンになったことだった。

フェラーリ355チャレンジというレースの初代オフィシャルレースクイーンに選ばれた。
その名も“レ・レジネ・デル・チャレンジ”。フェラーリチャレンジの女王と言う意味である。
フェラーリのレースクイーンになった時には、そのフェラーリチャレンジ355レースがどんなレースかなんて全く考えていなかった。

そしてお仕事初日、サーキットを訪れると目が点になった。。。
フェラーリが何十台も並んでるぅ!
「え?もしかしてフェラーリでレースするのぉ?」
その頃一緒にフェラーリレースクイーンをやっていたあさぎちゃんに質問すると、
「そうみたいだね!」とおっとりした笑顔で微笑んでいた。
そして・・・。

to be continued・・・・


2009.1.15

●世界転戦記☆第11話~オーディション

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モデルはよくオーディションに行く。仕事にもよるが、10回オーディションを受けて3回受かればトップモデルと言われるほど、落ちることもよくある。
初めは審査されるということに慣れていないので緊張の連続。ぎこちないウォーキングやポージングに引きつった笑顔で、オーディションで選ばれるような大きな仕事は全くとれなかった。
しかし、ファッション雑誌で研究したり、同僚モデルのオーディションの受け方を見ているうちに面白いように合格するようになった。
なかには7時審査まであるようなイメージガールのオーディションなどもあり、まずは書類審査を通過した同じ事務所の同僚モデルと一緒に会場へ向かうこともしばしば。
いつも私の真っ黒シルビアワイワイみんなで向かった。
そんな同僚のなかには、今となってはトップモデルになりファッション誌の表紙をかざる田波涼子ちゃんなどもいた。
そして大きなキャンペンガールの最終審査で会う顔ぶれは、いつも同じ。
当時バレーで鍛えたしなやかなボディの米倉涼子ちゃんや菊川怜ちゃん、片瀬那奈ちゃんなど今では大活躍の顔ぶれが並んでいた。
こうして数々のオーディションを受けていたことが、後々とても役に立つとはこの時全く思っていなかった。
そして翌年受かったキャンペーンが、後の私のデビューレースを決めた。

to be continued・・・・

2009.1.14

●世界転戦記☆第10話~モデルギャルズを乗せて♪

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生まれて初めて大学の先輩から購入した中古のシルビアで向かった先は、雑誌の撮影。
所属事務所のモデルギャルズたちと新宿で待ち合わせをして一緒にスタジオに向かうことになっていた。
交差点付近に行くと、スラッと長い足に超ミニスカートをはいたモデル仲間達が大集合。いように目立っていた。

ピッピー!
私が真っ黒のシルビアをよせてクラクションを鳴らすと、いっせいにモデル仲間が振り返った。ちょっと迷惑気味な顔をして振り返った彼女達は、運転席の私を見つけた途端、かなり驚き笑い始めた。
「おはよー!」と私が声をかけると、一同爆笑。
「何そのクルマぁ?マジ変な男から借りてきたんじゃないのぉ?」と冷やかされた。
確かにマジクレイジーな大学の先輩から買ったんだけどぉ。。。
「大学の先輩から安く買ったの。」と言うと、
「エーなんでー?まじー?まぁいいやー乗せてぇ。」
シルビア初のドライブは、ギャルズの満員乗車となった。
「えー慶子運転上手くなーい?マニュアルすごーい!」
「なんかこのクルマGT選手権みたいな音しない?かっこいいじゃん。」
カーレースのGT選手権のレースクイーンをしているモデルのフォローもあり、初めはブーイングの嵐を受けたシルビアもこうしてその後はギャルズの足となった。
この頃、いつも行動を共にしていたデルモちゃんの中には今では超有名になった女優さんやトップモデルもいた。


2009.1.13

●これがはじめて買ったクルマだよ♪

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これが黒のS13だよ!
私が生まれて始めて購入した中古マシン。
先日アップした「世界転戦記☆第9話~黒のS13」で書いたマイファーストカーのシルビアです。

箱根を颯爽と走っている写真です。
センターラインよりによっている。(笑)
飛ばしていませんよ!

またあした世界転戦記の続きをアップします。

今日はとてーも寒かったから皆さんも風邪をひかないようにお気をつけくださーい!

2009.1.11

●世界転戦記☆第9話~黒のS13

教習所に行き始めて1ヶ月。学科・実技すべてをストレートで合格し、はれて第1種普通運転免許証を取得することができた。

私に初めてドリフトという動きを教えた走り屋の先輩が、
「慶子、俺のS13を30万円で買わない?」と。
私は免許取りたてで、何でもいいから自分のクルマが欲しかった。
「欲しい!すぐ買う。」
私は即決した。
ワクワクしながらの帰り道。ふとよく考えてみると、先輩のS13ってもしやあの黒い走り屋車?それはまずいよねぇいくらなんでも・・・。一応私、モデルでレースクイーンでしょー。。。うわー恥ずかしくて撮影現場に乗っていけないよ。。。
S13とは、“ハチロク”や“180”と並んで走り屋カーとしても有名な日産“シルビア”。

しかし買ってしまった!
人生で初めてマイカーをゲットして自分の車を運転するのはそれでも本当にうれしかった。
ワンピースに羽織っていた白のジャケットを助手席に置いて、運転席に乗り込んでみると目線が低い。
キャーうれしい!
エンジンをかけてみると・・・ブオーン!すごい排気音。
そしてクラッチを踏むと・・・おっ重い。。。
走り始めれば・・・ガタガタする。。。

クルマを譲り受けた時はよくわからなかったが、実はこの先輩から譲り受けたシルビア、車高を低くしているのはもちろんのこと、エギゾーストを変えている他にも、かなり重い強化クラッチなどたくさんの走り屋チューンが施されていた。
何も知らない私は、なんか教習所で乗ったクルマよりもクラッチが重いし排気音がうるさいなぁ・・・と思いながらも、モーグルスキーで鍛えた足で強化クラッチを何の気なしに踏んでいた。

真っ黒なS13シルビア走り屋仕様。これで初めて向かった先は雑誌の撮影。
その道中で・・・・!

2009.1.10

●世界転戦記☆第8話~ドリフト

第8話~ドリフト
死ぬぅぅぅぅぅ!
先輩は次のカーブを曲がった瞬間アクセルを全開にした。そしてその次のカーブに差し掛かると急ブレーキをかけて、キキキキーというタイヤのスキール音と共にクルマが横滑りしだした。
「うわー何何何何?危ない!危ない!」
先輩は笑みを浮かべながら「慶子、おもしろいだろ!」と自慢げ。
「危なすぎるよ!」怖すぎて半分怒って言うと、さらに信じられない光景が!
カーブの向こうに同じような車高の低いクルマが連なりながら横滑りしている。そして、そんなクルマを見ようと“ギャラリー”と呼ばれる何十人もの人がこんな真夜中12時過ぎにカーブの横に立っていた。

何なのこれ?
闇の世界?映画で見た闇の世界が存在するの?

私はこのとき初めて車が横滑りすることができるのを知り、それが”ドリフト“ということや”ギャラリー“”ななまがり“というワード、そしてその人たちが”走り屋“と呼ばれることも知った。

恐怖を感じながらもクルマが想像を超える動きをすることに驚いた。
公道で同じようなことをしてみたいとは思わなかったが、この世の中にジェットコースター以上に楽しい乗り物があることを知ってしまった。。。

クルマがほしい!今すぐ乗ってみたい!
そして私が購入したファーストカーは・・・。

2009.1.09

●世界転戦記☆第7話~走り屋


モデルのアルバイトを続けながら大学にも通っていた。
私が入っていたモーグルスキーサークルの先輩はボンボンばかり。スキー好きはスピード好きらしく、みーんなスポーツカーか高級車に乗っていた。
大学生の分際でトヨタのセルシオ、日産GTR-VSPEC、ポルシェ、マツダ・RX-7などなど。もちろん大学への通学に乗ってくる。
そんなクルマ好きのぼんぼん先輩集団の中に走り屋がいた。私はその頃、走り屋という言葉さえ知らなかった。

ある日走り屋の先輩が、レースクイーンを始めた私が最近クルマに興味を持っていることを知ってドライブに誘ってきた。しかも夜の10時に大学の校門を出発すると言う。

向かった先は箱根の入り口にある通称“ななまがり”という走り屋のメッカ。
“ななまがり”の入り口にあるヘアピンカーブには神社がある。そこを通過するとき、先輩に「慶子、手を合わせて事故らないようにここを走る前には神様に手を合わせて。」と言われた。
はぁ???今から何が始まっちゃうのぉ?
こんな真夜中に事故らないように走るって・・・?
まだ免許も取得していない私は、かなり心配しながら助手席でドキドキかなり不安。

そして次のカーブを曲がった瞬間、信じられない光景が・・・!

to be continued・・・・

2008.12.20

●世界転戦記☆第6話~カナダの大寒波と共に消え去ったギャルの夢

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一方大学では、先日初めて行ったサーキットで取材を受けた週刊誌などにレースクイーン姿が掲載されたのを見て、私がモデルやレースクイーンのアルバイトをしていることが学内に広まり、見知らぬ人からも話しかけられるようになった。
当初、モーグルスキーサークルの遠征費用を稼ぐために始めたモデルのアルバイトも徐々に仕事が増え、貯金も貯まった。
その頃から日本国内のモーグルスキー大会や競技会にも出場するようになり、モーグルスキー選手になりたいなぁ。。。と思うようになる。
そして冬には、念願のカナダへサークルのスキー合宿にも参加できることになった。
そんなカナダへの飛行機の中でのひとコマ。
今ではありえない飛行機の操縦室であるコックピットに連れて行ってもらった。大学の先輩と数人でキャビンアテンダントに連れられて操縦室へ。北極に近い場所でオーロラを見せてもらい感激していた。すると、
「キミ達はカナダに何しに行くの?」飛行機のパイロットが話しかけてきた。
「モーグルスキーをしにバンフに行きます。」
「へー・・・大学の合宿でカナダかぁ・・・すごいなぁ。ナショナルチームとかじゃないよね?」
「いえいえ違います。だって俺らもう年ですから。ナショナルチームの育成チームなんてもっと若くなきゃ入れませんよ。」と先輩。
えっそうなの?そうなんだ!もうモーグルスキー選手にはなれないんだ!
モーグルスキーの選手になりたいと思うようになった矢先、私のその夢は先輩の一言で絶たれた。
その年のカナダは大寒波到来でスキー場は-40度弱だった。一日中スキーをしてホテルに帰ってくると自分の耳が紫色の硬い陶器のように固まり、何かにぶつかったら粉々に割れてしまいそうだった。コカコーラの缶を開けてのどを潤そうとすると、今買って開けたばかりなのに一瞬で氷となり、せっかく買ったコーラーが一滴も出てこない。
行きの飛行機での先輩の衝撃的な一言と本場カナダの洗礼を受け、私のモーグルスキー選手になる夢は大寒波と共にカナダで消え去った。

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帰国してモデルのアルバイトに励んでいると・・・。

to be continued・・・

※写真上:モーグルスキー大会に出場し始めた頃、全日本コーチだった小林さんに傘をさしてもらっての撮影。
 写真下:カナダのスキー合宿でヘリスキー。


2008.12.11

●行ってきます♪

ちょっくら隣の国まで行ってきまーす。♪


ちゃお☆

2008.12.07

●世界転戦記☆第5話~ギャルとおやじ教官

まずは運転免許取らなきゃいけないんだぁ。。。

生まれて初めてサーキットを訪れた翌日、私は自宅近所の自動車教習所に行ってみた。
まず、運転免許を取るのに30万円もかかること、学科や実技講習を毎日いっぱい受講しても1ヶ月以上かかることに驚いた。
しかし、前に進まなくてはあのド迫力のレーシングカーを運転できない。その日私は教習所の入所手続きを終えていくつかの講習を早速受けた。
もちろん選択したのはマニュアル免許。
何時間かの講習を受けた後に初めての実技講習。私が生まれて始めて“車”を運転した瞬間だった。ワクワクドキドキ♪

ところが・・・。

「はい、こんにちは。それじゃあね、まず発進してみて。」と教習所の教官。
私は恐る恐るアクセルを踏むと、ブオーン!とエンジン音だけ高鳴り車は前進しない。
あれ・・・?私はエンジン音にびっくりしてかなり冷や汗をかいた。
「えっ・・・どうやって発進するんですかぁ?」
「えーキミそれも知らないの?クラッチをきってギアを入れないと。」とちょっと馬鹿にした顔の教官。
くっクラッチ?
「あのぉクラッチって何ですか?」
「クラッチ知らないの?じゃサイドブレーキも知らないの?」助手席から苛立った声。
「知りません。それを習いに来たんですけど。。。」
「そこまで知らない人、今時めずらしいねぇ。」と皮肉っぽく言われた。
何このおやじぃ!あんた車のこと教えるのが仕事だろ!ギャルが“くらっち”知ってたらここにはこないよっ!
私はこの教官の態度にかなり腹を立てていたが、免許を取らなきゃレースへの道は始まらない。気を取り直して、
「知っているのは、ハンドルとアクセルとブレーキだけです。確かにゲームセンターより一つペダル多いなぁと思っていたんですけど。」と教官に言ってみると、
鼻で笑いながら、
「あっそぉ。それじゃ最初からやらなきゃだめだ。」
最初から教えるのが当たり前でしょ!あー車内の狭い空間でこのおやじ教官と一緒の空気を吸うのも嫌だよ。早く覚えて帰ろ!

こうして実技の初講習は、やる気のない教官とやる気だけはある何も知らないギャルの一触即発的な空気が車内で流れる中、私は無事、クラッチをはじめサイドブレーキに5速マニュアルなどを覚えて帰った。
こんな嫌なおっちゃんに後29回も教えてもらうなんてレーシングカーに乗れるまでの道のりは長いなぁ。。。
と思いながらも自転車で教習所に通う日々は続いた。

そして大学生活はと言うと・・・。

to be continued・・・

2008.12.01

●世界転戦記☆第4話〜レーサーへの0からの道のり

スターティンググリッド上。
スタートを待つレーシングマシーンが、予選タイム順で2列にずらりと並んでいる。
私はグリッド上のレーシングマシンの前で大きなスポンサーカラーの傘を持ち、テレビや雑誌の取材カメラに向かってドキドキしながらも手を振っていた。

先ほどまでのファンがレーサーやキャンギャルと交流できるピットウォークの和やかな雰囲気とはうって変わり、数分後にスタートするレースに向けて、マシンを整備するメカニックやエンジニア、そしてレーサーなどの表情は一変。スターティンググリッド上には全く体感したことがない緊迫した空気が流れていた。

スタート5分前。
私達キャンギャルは、スターティンググリッドからピットガレージ前に移動して、スタートの瞬間を間近で見ることにした。

いよいよ生まれて初めて見るレースの瞬間。
タイヤを温めながらコースを1周してきたレーシングカーがスタートポジションに着いた。
スタートの合図のレッドシグナルが灯った瞬間、全てのマシンがアクセルをあおってエンジンを全開に。

すっすごい音!

そしてシグナルが青へ。

その瞬間、ものすごい地響きと共にタイヤスモークだけをその場に残してモンスターマシンたちは1コーナーへと消えていった。

何なの?このスポーツ・・・。

非日常的な音、スピード、緊迫感。
ドライバーの極度の集中が、音やスピード、そして空気から伝わってくるのを感じた。

今までの人生で全く体感したことがないこの非日常的な空気が私の感性に大きく響き、我に帰ったときには、やってみたい!私もあのすごいモンスターマシンを運転してみたい!と思っていた。

レースのスタートを見て『やってみたい!乗ってみたい!』というレースクイーンなんていない、とよく言われる。
しかし素直にやってみたい!と思ったので私はすぐに行動した。

「あのぉ・・・あのマシンに乗るには免許とかいるんですかぁ?」
チーム監督に質問してみると、

「そうだよ。自動車の免許のほかに特別なライセンスがいるんだ。」
と教えてくれた。

私、どっちも持っていない。。。
車に全く興味を持っていなかった私は18歳で運転免許を取得しなかった。大学の友人と遊びに行く時もいつも助手席専門。

そっかぁ、明日免許取りに行こっ!

生まれて初めてレースクイーンとしてサーキットを訪れたこの日、レーサーになる0からの道のりが始まった。

to be continued・・・

2008.11.28

●世界転戦記☆第3話~ハイレグクイーン♡

ブォーン!ブォーン!キキキキー。
生まれて初めてのサーキット。ものすごいレーシングカーの爆音に圧倒される。
「はい、これ着てね。井原さんのコスチューム。」
「えっ!みっ水着ぃ!?とハイヒールぅ?☆☆☆」
聞いてないよー。。。

私は名刺のモデル事務所に所属することになり、オーディションで合格した企業のイメージガールに決まった。その企業がモータースポーツのスポンサーをしいることからキャンペーンの一環で生まれて初めてサーキットを訪れた。
モータースポーツもレースクイーンの存在も知らなかった私は、水もないアスファルトの上で、水着にしかもビーチサンダルではなく12cmのハイヒールを履くなんて・・・そんな不自然さに驚いていた。
プロレスラーみたいじゃない?と思いながら試着。
鏡を見てみると・・・足が長―い!
子供の頃から足が長いとは言われていたが、ハイレグを着ると胸の下まで足?と思うほど腰骨まで見えるコマネッティーな切れ込みの入ったハイレグ水着に感動。

「それでは出番でーす。」
出番???えーっこんな格好で本当に外に出るのぉ?
スタッフに世話しなく先導され、レーシングカーをメンテナンスするピットガレージの前に出て行くと、すごい人だかり。
カシャーッ!カシャー!
私達がピット前に立ったとたん人が集まり、大きなレンズの付いたカメラを持つ人たち(通称カメラ小僧)が一斉にシャッターをきりだした。
隣でポーズを次々に変えながら、慣れた営業スマイルで微笑む同僚のモデル達。私は彼女達を横目に真似ながら直立不動で苦笑い。気を利かせてカメラ小僧に手を振れば、直立不動+苦笑い+お堅い手の振りようでハイレグを着た皇室のよう。何ともおかしな☆しんまいキャンギャル☆だっただろう。

こうして渋谷でモデルエージェンシーのスカウト男から名刺をもらった1年後に私はレースクイーンとしてサーキットデビューした。

初めてのことばかりで、驚きの連続に苦笑いの連続。
着替え部屋に戻ると顔の筋肉がピクピクしていた。45分もの間、人に向かって無理に笑顔を作り続けたのは生まれて初めて。顔にも筋肉疲労があることを知った。
そうこうしているうちに、レースがスタートしようとしていた。そしてこの後の瞬間が私の将来を変えた。

to be continued・・・

2008.11.26

●世界転戦記☆第2話~桃色の大学生活

 桜舞う九段下・千鳥が淵での大学入学式。中西圭三の“フレッシャーズ”♪が辺りで流れる小春日和の武道館。私はまさにフレッシャーズ気分を満喫していた。
入学式の後は、武道館の出口でサークルや体育会などの新入生スカウト合戦が繰り広げられていた。特に女子はもみくちゃにされるほど取り囲まれて、どのクラブからもスカウトされる。
帰りの電車の中で、たくさんもらったクラブの宣伝ビラを見ながら私はテニス&スキーサークルという最も軟派なクラブに入会することを決めた。

私は高校生の時、父の転勤で北海道の高校に転入した。北海道では、体育の授業でスキー授業の課目があったためスキーを始めた。そしてついにはコブ斜面の滑りとエアーと呼ばれるジャンプ技で得点を競う“モーグル”競技にまではまっていた。
軟派サークルでありながら、体育会よりはるかにスキーの技術レベルが高かったスキー&テニスサークル入会には、“モーグル”のレベルが決めてとなった。

そんなサークルの先輩達は、皆セレブ家庭の息子ばかり。高級車で大学に乗りつけ、勉強そっちのけでテニス&スキーに明け暮れる日々。夜になれば大学近くにある行きつけのもつ鍋屋に集まり、1人冷酒を一本空けることもしばしば。練習のない日は学校に集うと誰かが
「北海道のうにが食べたい!」
と言えば、すぐさま学校正門を出発。一応学生らしく高速道路は使わず全行程を下道でのロングドライブ。下道で行けば北海道まで往復2日はかかるので、もちろん学校は自主休校。おかげで日本全国どこでも地図無しで行けるようになった。

そして、スキーシーズンにはカナダへ合宿に行くことに。
セレブ息子達とは違い、普通のサラリーマン家庭に育った私は、お小遣いをふんだんにもらえるわけではなく、スキー合宿の旅費やその頃出場していたモーグルスキー大会への遠征費に困った。それどころか、新しいモデルの板さえ買えない。
何かアルバイトしなくちゃ・・・
ふと思い出したのは、あの名刺。
渋谷でモデルエージェンシーのスカウト男にもらった名刺をベッドの横の引き出しにしまってあったのを思い出した。
モデルのギャラは普通のアルバイトよりバイト代が高いとよく言うし・・・・
以前渋谷で名刺を渡してきた男にTELしてみよう!

「あっもしもし、以前渋谷で名刺をもらった者ですけど・・・」

「それでは、とりあえず事務所に来てください。」ガチャ。

この時、まさか自分がハイレグを着る羽目になるとは思っていなかった。


to be continued・・・

2008.11.21

●世界転戦記☆第1話~スカウト

「受かったぁ!」
大学に合格。長かった受験勉強からも晴れて開放された。
勉強は好きじゃないけど何かやりたいことがあるわけではなかった私は、大学に進学した。大学在学中の4年間で、何かやりたいことを見つけられたらと思っていた。というよりも、まずは休みたかった。。。
大学で一生懸命勉強している人もいる中、私にとっての大学生活は人生の夏休み。小学校から毎日毎日学校に登下校して、勉強して、受験勉強して、試験受けてまた勉強。
勉強はうんざりだぁ!!!
でも今日からはしばらく休めるぞぉ!
さてとっ・・・まずは何するかなぁ???
あっそうだ、やっと大学に合格したんだし、心配をかけた両親にお土産でも買おう!
ということで、渋谷へ。なぜお土産を買うのに渋谷なのだかわからないが、渋谷の街を浮かれて歩いていると、
「すいませーん。」とスーツの男。
良くこの手の男はモデル事務所のスカウトだと名乗って声をかけてくるけど、どうせナンパか何かの勧誘だと決め付けていた私は無視して歩き続けた。すると、
「あのぉ先日もお声がけした“○○エージェンシー“ですが。」
うざいなぁと思いながらも「先日も・・・」と言う言葉にふと振り向くと、数日前に池袋で声をかけてきた男だった。
「先日も池袋でお見かけして声をかけたんですけど、にらまれてしまいまして・・・。あやしい者ではありませんので少しだけお話きいていただけませんか?」
男の説明をひととおり聞くと、モデル事務所のスカウトマンらしい。男は説明が終わると名刺を渡して、
「興味がわいたら僕宛に連絡ください。」と言って去っていった。
ほんまかいな???
ホントかウソかわからないけど、今は大学に合格してやりたいことがいっぱいあるし!
その名刺は自宅のベッド横の引き出しにしまったまま春色の大学生活は始まった。

to be continue・・・