
愚息の通っていた保育園では、5歳児と6歳児はアイススケートが必須科目でありました。
恥ずかしながら小学校、中学校と、いずれ本気でアイスホッケーをやるつもりで
スケーティング技術を磨いていた時期がありまして、
これまで何の役にも立ったことのなかった、このスケート技術をいかすべく、
6年ほど前ですが、保育園のスケート教室のお手伝いを買って出たわけです。
で、やはりホッケーシューズの購入と相成ったのですが、
昔と違って、多少は金銭が自由になった大人ですから、
少年の頃、欲しくても買えなかったホッケーシューズを購入することに。
20年以上昔になりますがCCM派の私は、「いずれタックス!」と決めてたんですね。
もうひとつの勢力はBAUER。
ちょうどエッジのステー部分がパイプから樹脂のものに取って代わられた時期です。
当時は無骨だけれども安定感あるデザインのCCMは、「メルセデス」。
二つ穴で、軽快なイメージのBAUERは「BMW」と、いったイメージでした。
さて、これまでCCMのシューズを何足か使った経験がありましたが、
タックスを買うのは初めて。
かつて憧れていたのは、「スーパータックス」や「ウルトラタックス」などでしたが、
そもそもいまでも「タックス」という名称が使われているのか否か……。
ホッケー用品を売っているショップでも浦島太郎状態でしたので、とりあえず、
「一番高いタックスをお願いします」とオーダー(あ〜、大人買いと同じだ)。
で、店員さんが持ってきてくれたのが、「プロタックス」というものでした。

持ってみると、びっくりするほど軽い!
それもそのはず、なんとソール部分にカーボンが使われているではありませんか。
たぶん、そのほかの部分でもかなりの軽量化がなされているのでしょう。
そのままお会計、というわけにもいかず、「サーモフォーミング」なるシューズをいったん暖めて、
それから私の足に合わせて形状を記憶する、という技術が投入されてました(確か)。
これが6年ほど昔の話。
さて、愚息が小学校に進学し、「アイスホッケーを本格的にやりたい!」と言い出しまして、
さっそく、地元のジュニアティームの入団テスト(というと大げさですけど)して参りました。
愚息はこれまで、保育園のホッケーシューズを使っていたので、
急遽、このテストのために保育園からホッケーシューズを借りてきたのですが、
CCMでもBAUERでもない、聞いたこともないメーカーに驚いたのではなく、
そのシューズの素材に驚かされてしまいました。
なんと、カーボン調(笑)。
ここまでカーボン調の波が押し寄せていようとは……。

カーボン(ドライ)のパーツは、レースシーンではお馴染みで、
自動車のアフター業界でも、ここ10年ほどですこぶるラインナップが増えました。
リアルカーボンではなく、フェイクの方が多数派だったりするのですが……。
なかには「シルバーカーボン」なるものもあって、このカーボン調ブームはなかなかに奥が深い。
ちなみにシルバーカーボンは、カーボン繊維ではありません。
テキサリュウムというガラス繊維とアルミ繊維、もしくはアルミを蒸着した繊維を織り込んだものです。
しかし、シルバーカーボンはクロス繊維を用いて、ウエット・カーボンとほぼ同じ工程でパーツが作られるので
まだ気分的にはオッケー。
カーボン・パーツの、軽量化という目的からは外れてしまいますけど。
しかし、カーボンクロスの平織り・綾織りという織り目の美しさだけを拝借してプリントしたものを見ると、
率直に申し上げて、チープ感が出てしまっていただけません。
ただし、「意外といいなあ」、と思っていたのは、カーボン調のレザー。
これも自動車のアフター業界では、何年も前から珍しくも何ともないものなのですが、
ブラック・レザーの質感ともやけにマッチしていて、
まるでドライ・カーボンのようにも見えたりもします。
同じレザーを張る部分になら、重量も変わらないですし、これはこれでアリ。
このカーボン調レザー、自動車メーカーも採用するようになってきまして、
最近だと、アルファ・ロメオ・ミトなんかにも使われてました。
間違いなくミトのインテリアを十分にスポーティに演出(しかもチープ感なく)する一助となってます。
くらべてレクサスIS Fのインテリアは、ちょっと……。
そもそもフェイクのシルバーカーボンのさらにフェイク……、でしたから。
ホンモノのリアル感がまったっくそこには感じられません。
カーボンについては、語り出すと長くなるのでいずれまた。
外観だけから、インテリアのレーシーさを想像できる、ランボルギーニ・スーパーレッジェーラ(冒頭写真)。
それに外観フツーなのに、座ると凄いんです、のBMW E46 M3 CSL(下記写真)。
軽量化という機能面、そして見た目の美しさという両面を兼ね備えてこそのカーボン・パーツの正しい使われ方、です。

さて、一時はスケートセンターにマイロッカーまであった私ですが、
どうしてアイスホッケーを本格的にしなかったかといいますと、
当時住んでいた地域では、ジュニアのホッケーティームがなかったんですね。
転勤族の父を持つ私は、西日本を中心に高校生まで生活してましたが、
とくに九州では、アイスホッケーなんてマイナー中のマイナーな競技でした。
いずれ高校か大学で……と思い、スケートセンターの社会人ホッケーティームの人たち等々から、
個人的にスケーティングの技術を教わっていたのですが、
中学2年までで、スケートに対する情熱は冷めてしまったのでした。
鉄は熱いうちに打て、とはよくいったもので。