1972 LOTUS ELAN S4 SPRINT の記事
2010年10月 6日
ピーター・ウォーさん、やすらかに
かつてティーム・ロータスのマネージャーとしてコーリン・チャプマンの
女房役を長年務めたピーター・ウォー氏が、月曜日自宅の庭で心臓発作を起こし
亡くなったそうです。享年72歳。
今や往時のロータスを知る、数少ない生き証人であるウォー氏に
なんとしてもインタビューしたいと思い、その願いが叶ったのは
2008年の春のこと。英国B-Revの藤原さんがクライブ・チャプマンから
連絡先を聞き出し、ニューマーケットという町のホテルで
奥村カメラマン、藤原さんとともにお会いしたのです。
我々のインタビューの後は、英国MOTOR SPORT誌や、日本のメディアにも
出演されたので、ご記憶の方も多いかもしれませんが
僕の編集人生の中でも、ひと際印象に残った取材でした。
ご冥福をお祈りします。
2010年9月21日
グッドウッド・リバイバル 2010
こんばんは。
只今、英国グッドウッド・リバイバルから帰ってきました。
行きたい、行きたいと熱望してたこのイベント、
ちょうど編集部の締め切り時期にあるので、その夢は中々叶えられませんでしたが
晴れて自由の身(?)となったので、卒業旅行的なノリで行って参りました。
まぁ、スゴいスゴいとは聞いていましたが......
こんな光景はザラです。
しかも想像の倍以上、速いんです!
サーッと見事なサイドウェイをきめて走る姿を見ると
鳥肌が立ちますよ。
それでも「ただのコスプレイベントだろ?」
なんて思ってる皆さん。いやーその徹底ぶりは想像を超えてます。
だってペースカーがこの2台なんですから!
さらにイザという時のレッカーまでこんな感じ。
ひえ〜〜〜〜〜。
そんなグッドウッドの裏話はMotor Pressの方でもご紹介しております。
無論、カー・マガジンやレンシュポルトにも掲載しますよ(ねぇ編集長)!
お楽しみに〜。
2010年9月 8日
遭難寸前(エラン)
台風9号による記録的大雨で静岡県小山町で1時間に120ミリの雨量を記録!
......実はワタクシ、その最中におりました。
取材で訪れた富士スピードウェイは朝から豪雨。
パドックから脱出するのも大騒ぎだし
そっから御殿場市内に抜けるのも至難のわざ。
なにせミニ太君でしたからね。
しかも東名は通行止め、ちーん。
雨降って欲しいなーとは思ってましたが
これはチトやり過ぎ。
↑ ん? このマークは!!
その答えは
Motor Press
コチラへ。
※追伸 この週末に予定されていたSUPER GTが8日の豪雨の被害により
中止となったそうです。オートスポーツWEBにその惨状が載っていますが
FSWおよび小山町の被害は甚大みたいです。
我々がFSWを脱出した時は、まさに間一髪だったのでしょう。
冒頭に載せた写真は土砂崩れ現場通過直後の写真。
被害にあわれた皆さんにお見舞い申し上げます。
2010年9月 2日
まだまだ夏休み(エラン)
ジェイが酷暑の東名をBRDCカップに向け
ひた走っていた頃。
我が家には久しぶりに両親が上京(川崎でも上京っていうのかは別として)。
23歳の時、はじめてヨタハチを新車で買ったオヤジは
いまフォード・エコノラインでエコとは遠い日々を送っている。
最近背格好がなんとなく似てきたオレも還暦すぎたら
こんなクルマ欲しいとか騒ぐようになるのだろうか?
で、週明け火曜には世田谷のエコスカーズへ遊びに。
居合わせたファリーナ中村ちゃんともども、そろそろ他のにいったら〜?
と悪魔のお誘いが。
ええ。金子さんが乗ってたXタ●プが気になってます。ミニ危うし。
で、連日の酷暑の中、エアコンガンガンで走っていると
さすがのインジェクション・ミニもオーバーヒートします。
しかもこの前は信号待ちで突如エンストしたし。
いいなーX●イプ。
というわけで、エンドレスの夏休みは
自堕落なまま、だらだらと続いてます。
こちらもよろすく。すくすく。
2010年8月30日
1ドル84円ということは(エラン)
丸餅博士、よく熱中症にならないなぁ......。
こんにちはエロです。
先週の円高っぷりはスゴかったですねぇ。1ドル84円だもの。
おかげで、あっちこっちから「51とか買いですよー」と
背中を蹴る(押すんじゃなくて)お誘いがかかります。
いい売り物あるみたいなんだよなー。
車検代も掛からないし。
やっぱ今、買い時かなー。
じゃあついでにこんな素敵なトランポ買いたいなー。
なんつーのは妄想で、現実はオイル減りの早いミニに
オイルを足すのが精一杯の日々。ロト6買わないと(悲)。
さてさて個人ブログの方はまだ続いてます(笑)。
って言います。恥ずかしいのでクラスのマドンナにはナイショにしてください。
......ところでジェイは無事にBRDCカップ行けたのかなぁ。
2010年8月27日
こーゆーのはヤメていただきたい(エラン)
スパークモデルから1/43でウィルメント・ティームの26Rが発売されています。
成り行き上、もう避けることはできないので買いました。
で、今届きました。
最近なんか26Rづいている気もしますが
この26R、これまで世に出たエランのミニチュア史上
最高のデキであると言っても過言ではないでしょう。
ただ......
ニートになってから、こういうスゴいモノをリリースするのは
ヤメていただきたい。もう家族の視線が冷たいんだから......。
でもこの後にもエブロさんからもリリースされるんだよね、エラン。
嬉しいような、悲しいような。
ところでブログはじめました。
Motor Press
お家に帰ったら、お父さん、お母さんにも教えてあげてください。
2010年8月26日
もう1ヶ月経ったのですね(エラン)
今日は8月26日。ということは、もう1ヶ月になるんですね。
夏休みに入ってから。
その間、初めての同窓会に行ったり、友人、知人と会ったり
家族旅行に行ったり、海水浴に行ったり、嫁の実家に帰省したり
花火大会に行ったりと、11年間できなかったコトを
ひととおりやって参りました(遊びばっかじゃん!)。
規則正しくストレスのない生活をしてたら4kgも太りましたが(ジーザス)。
で、気づいたんです。
あ、唯一エランに触ってないやって。
ということでさっき、久しぶりにカバーを外してみました。
そしたら、中にセミやクモの死骸が散乱してて萎えましたが
それよりも、強烈な紫外線にクラクラ。
エンジン掛けるのは夕方にしよっと。
そーいえば、前回の酷暑の時に給油口からガソリン漏れしたんだった。
以来、残量は1/2以下としているので、今年は大丈夫(ホッ)。
皆さんご自愛ください。
さて、そんな自堕落な日々に反省を込めて
今更ながら個人ブログはじめてみました。
いうなれば、極個人的自動車偏愛日記です。
まぁ、ここでは書けないコトもあるじゃないですか(ウソ)。
というか、あれほど書くのが嫌だったのに
しばらく文字を書かないと、反動で書きたくなるんですね。
ということで、まぁ簡単にいえばリハビリみたいなもんですよ。
Motor Press
といいます。よかったら覗いてってください。
ヒマなんでコメントもバリバリどうぞ。
追記
その後、夕方動かしてみましたが、エンジン一発始動
クラッチやブレーキの張り付きもなし。
いやぁ放置プレイの割に丈夫ですな。
まだどっか行く気にはなれないけど。
2010年8月12日
浮谷の26R続報(エラン)
こんばんは。
ご無沙汰ぶりです。
約10年ぶりに海水浴へ出かけ、あまりの興奮に暴れまくり
すっかり背中の皮がぺロっと全部むけたエロです。
紫外線、なめるとヤケドするぜ!
さて、今日家族サービスをかねて久方ぶりにお台場へいってきました。
お台場といえば、発売中のカー・マガジン387号でおなじみ
MEGA WEBに展示中の浮谷東次郎の26R/27ですね!
お陰さまでアタクシの稚拙な原稿にも関わらず、世界中(!)から反響をいただいてまして
改めてこの個体の貴重性に気付かされた次第。
で、記事中では確信のなかった内装に意匠については
mic清水さんや、コーティナ乗りのOさんから報告をいただき
日本上陸時の記事が載っているカーマガジン(ベースボールマガジン社刊)に
今と同じ状態の写真が載っていることが判明しました!
しかも当時木箱から出された時のボディ色はグリーン一色だったとか。
ロータスコンポーネンツからデリバリーされたクルマは
すべて白一色ではなかったのですね。
ご指摘ありがとうございます。発見です。
また日本上陸は、僕の推測どおり64年ではなく65年であることも判明
(東急商事のリストの誤植でしょう)。
Oさんによると、エンジンはコスワースMk12でも、Mk13でもなく、
Mk15ではないか? との指摘も。
いやー、やっぱもう一度がっつり取材したいですな。
さてさて、そんな自動車世界遺産の26R/27ですが、一時期MEGA WEBでレストアする......
なんて話が持ち上がったことがありましたが、やはりその「手つかずの希少性」を考慮し
そのまま保存することとなったそうです。
確かに色々な意見があるかと思いますが、この取材に携わった立場から言わせていただくと
やはり、このクルマはそのまま、手つかずで保存すべき個体だと思います。
で、今日もしっかり45年前のままの姿で展示されていました。
(多くのお客さんがつめかけてましたよ!)
こういう自動車文化遺産があるっていうのは、欧米にも誇りうる
われわれの宝ですからね! 皆さんもぜひご覧になってください。
......で、今日ははじめて26R以外の展示もじっくり見れました。
注目なのは、26Rと一緒に展示されているヨタハチ。
船橋CCCでの浮谷車を模して1970年前後に製作されたものですが
実はこれ、シャシーナンバー4(!)の元ワークスカーなんですよ。
ほら、レプリカと書かれて展示されているので、ノーマルを改造したものだと思って
注目する人が少ないみたいですが、実はこれもすごいものなんです!
こっちもチェキラ!
2010年7月29日
Bowさんの47GT/58について(エラン)
こんばんは。引退したエロです。
今月のカー・マガジン387号、
早速多くの反響をいただいております。
ありがとうございます。
そんな今月号のトピックのひとつは
タイプ47の日本におけるオーナーズサーベイでした。
そもそものきっかけは、昨年のもてぎで
Bowさんの47をドライブさせていただいたこと。
そのヨーロッパとは異質のドライブフィールにすっかりハマってしまい、
まったく個人的な興味(失礼!)から始めたプロジェクトだったのです。
さて、そんなBowさんの47ですが、残念ながらシャシープレートが
失われているため、これまで本誌ではフレームナンバーのR19から
47GT/R19と紹介してきました。
が、今回いろいろとアンテナを張り巡らし、調査をした結果、
シャシーナンバーが58であることが判明したのです。
しかも当時北米(ロータス・サウスウエスト)エンジンレスで輸出されたことも判明。
おそらくずっと北米にいた個体なのでしょう。
13年前にイノウエ・オートを通じて北米から輸入された史実からも
すべて辻褄が合っていると思います。
シャシーナンバーはレストアを途中で断念した
アメリカの前オーナーの元にある可能性が高いのですが......。
で、その原稿の中で、現在積まれているエンジンが、
スタンダードのロータスTCであると書きました。
ここで皆さんに誤解を招くような記述をしてしまって申し訳ないのですが
Bowさんの個体に積まれているエンジンは
レストア時にスタンダードブロックを流用したもので
中身は完全なるレーシングユニットです
(確かにTJインジェクションも付属してきたくらいですから)。
というわけでBowさんをはじめ、関係各位の皆さんにご迷惑をおかけする
表現となってしまったことをここにお詫びし、訂正させていただきます。
![]()
WINGED SPORTS CARS & ENDURING INNOVATION JANOS WIMPFFEN著 より
そんな47GT/58でも、まだまだ不明な部分があります。
それは当時の履歴。
一部の資料には、この1968年セブリング12時間に出場した
星条旗カラーの個体? という記述もあるのですよ!
その真偽は未確認ですが
各部のオリジナリティの高さからして
47GT/58が素性が良いクルマであることに間違いはなさそうです。
(ほんとはこのクルマだけで4Pくらい書きたかった!)
そんな事実解明を含めた第二弾もできるといいなーと思ってるのですが。
どうすか? 編集長。
2010年7月18日
さて......っと。(エラン)
昨晩......あれ、今朝かな?
7月26日発売のカー・マガジン387号が無事校了しました。
で、ご報告が遅くなりましたが
この号が、僕が関わる最後のカー・マガジンともなりました。
大学4年の秋に内定をもらって、すぐにアルバイトとしてネコの一員になったのが
記念すべきカー・マガジン200号の搬入日。
確か最初にクマネコを書かせてもらえたのは205号でした。
その後総務の身でありながら、ちょくちょく顔を出し、
前任の中尾編集長に引っ張ってもらって編集部の一員になったのが
251号の締め切り間際。
その後、メンバーがガラガラ変わったり紆余曲折ありましたが
以来、編集部に11年(ネコには15年!)もお世話になりました。
まぁ、飽きっぽい僕にしてはよく続いたな......と自分でも思います。
そんな僕が最初に買ったカー・マガジンは145号。
忘れもしないロータス・エランの特集号で、
浪人中に高田馬場のBIG BOXで買ったのでした。
実はロータス・エランというクルマを初めて認識したのはそのときなのですが
鈴木誠男さんの原稿と、キレイにレイアウトされた写真を見て
「おおーこんなすごいクルマがあるのか!
こんな大人っぽい本を作る仕事に就けたら最高だろうな!」
と、18歳の僕は思ったのでした。
あれから20年――
気が付けば、その本の編集長までやらせていただいて
皆さんのサポートの下、ここまでやってまいりました。
まぁサラリーマンとしては、手に負えないエキセントリックな社員だったかと
思いますが、それでもこの15年間にネコで経験できたこと、そして11年の編集部生活で
体験できたこと、知ったこと、見たこと、苦労したこと、泣いたこと、笑ったこと......などなどは、ウソ偽りなく、僕の中の大切な宝物です。
もし、僕がやってきたことが日本のモーターリングに何かを残せたのであれば、
それはとても幸せに思います。
実質編集長という名前では1年ほどの活動でしたが
様々な事情で読者の皆さんに迷惑を掛けることはあれども
マジで楽しい編集者生活を送らせていただけたと思います。
とはいえ、僕ももうすぐ40歳。
296号以降のほとんどの特集には絡んできたわけですし
編集長業務みたいなことは、ココ5年くらいやってきたわけですから
本当にポンコツになってしまう前に、
ここらでちょっと、10年ぶりの夏休みでも取りたいなと。
そう思ったわけです。
......中々言い出せなくてすいませんでした。
でもまぁ、僕の残りの人生がクルマと関係なくなってしまうとは
到底考えられないので、求められる限り、
カー・マガはもちろん、いろんな場所に顔をだしていくつもりです。
あ、ファリーナ中村のオーバーテイカーズのお手伝いも本格的にしなくちゃ!
というわけで、突然のワガママを許してくれた編集部のみんな
会社の皆さん、関係各位の皆さん。そしてこれまでサポートいただいた
クライアントの皆様、取材を快く受けてくれた皆さん
そしてそして何より、毎月の駄文にお付き合いくださった読者の皆様
本当に本当にありがとうございました。
来月からは、澤村を新編集長に迎え、上野&中本が
カー・マガジンをお送りしていきます。どうぞ宜しくお願いします。
ちなみに、このブログとレポートは継続していきますので
また近況は追ってご報告します。
...というわけで、7/26売りの387号は11年間のむさ苦しい想いの丈をぶつけた
渾身のロータス特集であります。どうぞ宜しくお願いします。
この写真は、まぁ役得ということで......。
(でもこのお陰でひとつ発見もあったのですから)
ではでは。
......え? まだ来週レンシュポルトの校了が残ってる?
というわけで、もうちょっと営業中です。


