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2005年9月 3日
富士GCの残像 その1(失われた時を求めて)
今発売中のカー・マガジン328号では、失われた時を求めての連載第18回(不定期連載でごめんね)として、ロイスRM-1と1981年の富士GCの模様を、由良拓也氏の回想とともにお送りしてますが、編集部に送られてきた某レース専門誌(レーシング・オンさんです)にも由良さんが出てました。
そーだ、ロイスの話を聞きに行ったとき、「いやぁ皆さんがノバだとか、ロイスだとかやってくれるお陰で、最近GCの話の取材なんかがくるようになりましたよ」って仰ってたわ。なっとく。
まぁ、他誌の宣伝をしすぎると、社長に怒られそうですが、これを期に'70~'80年代のレース史が再び脚光を浴びるようになれば本望です。マクラーレンM12から足掛け6年(げっ、もうそんなになるの!)に渡ってやってきた甲斐があるってもんです。
いくらローカル・レースとはいえ、誰かが形に残さないと、何も真実がわからないまま、闇に消えてしまいますからね。自分の国のレースの話を放っておいて、「自動車文化の成熟」なんて話をするなんざぁ、ちゃんちゃら可笑しいわけですよ。
さて、永らくこんな企画をやっていると、いろいろなことがあります。
例えばこの写真は、いきなりアメリカから、「オレの持ってるマーチ802はどうやら日本でレースしてたみたいなんだが、調べてくれ」なんてメールが画像付きで送られて来た時のもの。
クルマはOKAMOTO85SC(たぶん)。
1987~89年に掛けて富士GCを岡本金幸さんのドライブで走ってたときのカラーリングですね。
訊けばアメリカでは'80年代にCAN-AMシリーズの弟分として2リッター・クラスのカテゴリーがあって、日本の型落ちのGCカーがかなり持ち込まれたらしいのです。これはそんな1台ということなのですが、どうやらロールバーの高さを追加されたくらいで大きなモディファイを受けていないみたいですね。
ちなみに依頼主はカーディーラーの経営者で、このクルマのヒストリーを知りたいとのこと。
とりあえず、徹底的に調べて(最上位は9位くらいだったかなぁ?)送ってあげたら、結構がっかりした返事が返ってきた記憶がありますね。

コックピットの写真を見ると、なかなか程度は良さそう。
売り物だっていってたけど、もう売れてしまったのでしょうか?
ちなみに岡本さんは、1960年代から富士をベースにレースをしてきたプライベーター。
1971年にはエランをベースにしたOKAMOTO G7というGr.7カーを製作し、以来自作のGCカーに拘って参戦し続けた富士GCの名物男であります。

ちなみに僕が中学~高校生だったころ、学校への通学路の途中、静岡の曲金って場所に岡本さんのガレージがあって、プレハブの工場の屋根に、いろんなGCカーのカウルや型が置かれていたのを興味深く覗いた記憶があります。直ぐ傍に奥さんがやってる「ヘルメス」ってスナックがあったんだよな。
そういう意味でも富士GCって、今思えば“一番近いレース”でしたねぇ。
あ、興奮して書きすぎちゃった。まだ写真も残っているので、この続きはまた、ということで。
あー仕事に戻らないと。(エロ)

投稿者 藤原彦雄 : 2005年9月 3日 19:13
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