
パソコンの古いファイルから、子供の頃を書いた自伝のエッセイが出てきた。
ノスタルジック☆エッセイ「グリコ」
グリコのおまけが流行った、三丁目の夕日のちょっと後ぐらいの昭和40年代。
いろいろ面白いハナシがあって思い出して書いたもの。
一度、投稿したんだよな。
どっかに・・出版社、忘れた。
高い評価をもらったんだけど、お金を出せって言われてお蔵入りに。
そのままパソコンのファイルの中に数年間眠ってたんだけど
ここで連載したら皆さんに読んでもらえるかと思ってね。
そのうち映画の原作になったりして。
ちょっと長いよー。
【第1話】アイスクリームの棒

少年の頃、うちの稼業は田舎のよろずや商店だった。
集落の中に真っ直ぐの通りがあって“小宮商店街”と呼ばれた。
商店街といっても写真屋・薬屋2軒・駄菓子屋・食料品店2軒・床屋と7軒の店があっただけ。
うちの“松山商店”の取り扱いアイテムをかいつまんで言うと、魚・野菜・肉・缶づめ・乾物・うなぎの蒲焼・みたらし団子・菓子・タバコ・塩・練炭・文房具・種・便所のちりがみ・ゴム手袋・学校の上履き・電池・釘や針金など金物一般まで何でも売っていて今のコンビニを上回る程の幅広い品揃え。
”さかゑ”という頑固なおばぁちゃんが、この店の支配者で堅実に商店の経営を握っていた。
今、バラすけどおばぁちゃんは古くなったパンを蒸してまた店頭に並べていた・・。
超ケチなおばぁちゃんから、おやつをせがむのが毎日の最大テーマだった。
なかなか孫の要求を聞いてくれないおばぁちゃんから、毎日のおやつを確実に期待できないと
わかった日からこっそり盗むしかないと思った。
当時3人兄弟のうち、盗みを働いたのは多分、次男のボクだけだと思う。
その頃アイスクリームがマイブームだった。
おばぁちゃんの目を盗み、店の冷蔵庫からホームランバーをかっぱらい
堀りコタツにもぐってテレビを見ながら食べた。
おばあちゃんや家の人から見ると、コタツの死角に深くもぐっているために全然見つかる事はなかった。
残ったアイスクりームの棒を隠す場所として、コタツのそばの畳の隙間を見つけて
アイスクりームの棒をそこに“スコッ“と落とした。
それは我ながらのグッドアイデアで、毎日その証拠隠滅作戦は続いた。
畳の隙間に棒が何本でも入っていくから、当然ながら床下に落ちてっていると信じていた。
それから夏が過ぎて、ある日畳の入れ替えで全部の畳を取った時、
そこからおびただしい数のアイスクリームの棒が発見されてしまった。
そして棒の数だけ、何十本分もまとめて怒られた。
やっぱり悪い事は出来ない・・。
つづく
第2話は「11個のシュークリーム」