なんですって。先日馴染みの店にイタリア人のサルト(仕立て職人)が来日して、made to measure の受注会があったので遊びに行ってみました。僕がその店に訪れたのは夕方だったので、職人も一通りの仕事を終えお客さんとの世話話モードになってたんです……
そこであーだ、こーだと話していて、彼がこのフレーズをはいたのです。ちなみに僕はイタリア語なんてチンプンカンプンだけど、イタリア人まるだしのサルト(というか陽気なオジサン)はカタコトの英語ならOK。というわけでカタコト英会話での異文化交流となったわけです。
服や靴はもちろん、イタリアの文化や素直で人間くさいライフスタイルが気になってしょうがない僕としては、ちょっとクサくて大ゲサなそのワンフレーズですっかり意気投合してしまいました。何だってそうだと思いますが、効率だけを追い求めていては、なにか大切なものを置き去りにしてしまいがちです。忙しさにかまけて知らず知らずのうちに、彼の言うところの不感症になりかけている自分を反省した次第です。というのもイタリアの服や靴は恐ろしいほどの手間と、離れ業とも言うべき職人の高い技術を当然のように使った仕立て品をもって最上とされるし、考えてみればガレージなんて効率を度外視するから快適な空間になるわけで……。ほんの軽い皮肉なんでしょうけど、真実をついた一言だと思いません?




コメント (8)
はじめまして。仕事柄気になるお話だったので、乱入しました。コスト=品質、良い物=売れるはず。など=でくくれるものは、不感症に近い物なのかも知れません。私もそうゆうモノを作っているのかなと考えさせられました。職人が作るモノはきっと職人の中での「効率」がいいのだろうと思います。手間をかけることが、実は近道。日本にはその意味で職人を「尊敬」する土壌が希薄です。残念なことです。服については、100年くらいの歴史では、まだまだ、追いつけない感じです。食の世界では「日本食」は世界食になりつつあるりますね。ルネッサンス時代の絵画には、田舎の畑でお爺さんがジャケットを普通に生活に着ています。凄いと思うわけです。私も子供の世代へ残せる「モノ」を作っていきたいです。
投稿者: ken2 | 2006年02月15日 12:50
日時: 2006年02月15日 12:50
ken2さん、初コメントありがとうございます! かなり嬉しいです。僕も取材やプライベートで話をしていると、物知りやプロの方に限って「欧米は○○が普通だけど、日本は××だから」とか、「日本はまだ歴史が浅くて…、文化がなくて…、日本人はライフスタイルじゃなくて所詮ファッションだから・・・」なんていうオチになりがちです。確かにそうかもしれないけれど、何か違うと思うんですよね。だってそれを言えばオシマイですもん。そんなことより生産者として何ができるのか、どうやって状況を好転させていくのか、アイディアや戦略を聞きたいです。世の中の流れを冷静に見極めてシビれるような意見や行動力を持ってる人だっているんですもん。それに見てる人は見ているし、物事の価値を正確に判断できるヒトはむしろ増えていると僕は思ってます。
おっと、その前に目の前の原稿を書き上げねば。書きたいことは山ほどあるのですが、今はガレージライフの締め切り直前なんです。この続きはいずれまた。
ああ、でもちょっとだけ。職人の高齢化、こればっかりはかなり切実な問題だと思います。僕も仲良くさせていただいている仕立て職人がいるのですが、後継者はいません。僕がちょっとした既製服のお直しのお願いをしても快く引き受けてくれますし、いつだって目の覚めるような仕事をしてくれます。世の中にはこんな人もいるのかと驚きましたよ。でも最近目が見えなくなってきたらしく、あと1、2年で引退すると言っておられました。熟練の職人が手で縫った素晴らしい仕立て服が手に入らなくなるのは本当に残念でなりません。
職業は違いますが、モノづくりに関わる者として昔かたぎの職人さんから学ぶべきことは本当に多いと思います。嘘か本当かわからない情報が溢れ、忙しい今だからこそ。
投稿者: kouki nojima | 2006年02月18日 02:48
日時: 2006年02月18日 02:48
ガレージライフの校了前で忙しい時期ありがとうございます。
私は婦人服の生産プロデュースの仕事をしています。裏原宿からクチュールまでと。父も婦人服縫製を今年でやめる予定です。
25年前「おまえはへたくそだから、既製服でいけ」と背中を押されたのは、父の優しさと現実の厳しさたっだんです。
野島さんのご指摘の通り「歴史、文化、ファッション」と済ませてしまう事自体逆に自国の文化を認めていないと思います。「オシマイ」になってしまいます。古くは服は「機能性」から発展しました。絵画や彫像が「形態を残す」意図から芸術に発展したのも人の心への問いかけなのかと勝手に思っております。
商売は「利害」が中心ですが、その中でも「美しいもの」を作る心は皆持ち合わせていると思います。
父からは「妥協の無い仕事」を教わりました。大変難しい事ですが、私はマスプロの中で父から学んだ事を実践しようと心がけています。校了後にお話を聞く事が楽しみです。来月の出張にはガレ-ジライフ持って行きます。またBMWBIKESも頑張ってください。
投稿者: ken2 | 2006年02月19日 10:51
日時: 2006年02月19日 10:51
コメントありがとうございます! 自分が書いたことに対して反応があるというのは嬉しいものです。報われます。でもken2さんのコメントは言葉のなかにある情報がとても多いので、このタイトルが示すように「感じるまま」書くとしても、何から話をはじめようかちょっと悩みます。まずは昔の人の服について。
ken2さんはルネサンス時代の絵画を見て、田舎のオジさんがジャケットを着ていてスゴイと書いておられましたが、僕も似たような感覚になったことがあります。僕の場合はボクシングに試合を撮影した一枚の古いモノクロ写真です。50年以上前のアメリカかどこかで行なわれた世界戦だと思うのですが、リング上で打ち合う2人以外はほぼ全員がタキシード姿なのです!
これには僕も衝撃を受けましたよ。きっと当時はそれがきわめて普通のことだったのでしょうが、アメリカンカジュアル全盛の今を生きる僕の感覚で見ればやはりスゴイと思ってしまいます。ジーパンにTシャツ、スニーカーで世界中のどこにでも堂々と出かけてしまうのはアメリカ人と日本人くらいのもんです。フォーマルに関しては記号性がばかり先行して、その意味あいがものすごく希薄になっていると思います。あるイタリア人に聞かれました「どうして日本人は都会にいながらリゾート地にいるような格好をしてるんだ?」って。
投稿者: kouki nojima | 2006年02月20日 23:25
日時: 2006年02月20日 23:25
野島さん、ありがとうございます!!楽しく拝見しております、又大変勉強になります。
私の文章が分かりにくくてすみません。
投稿者: ken2 | 2006年02月21日 12:38
日時: 2006年02月21日 12:38
ご返事ありがとうございます。ken2さんの文章、わかりにくくないですよ。言葉よりも気持ちが先にある感じがよくわかります。
ものづくりとビジネスのバランスは難しいですよね。良い物をつくるには様々なコストがかかる、しかしビジネスとして成り立たないと独りよがりのタワゴトに過ぎない。これこそ雑誌づくりにおいて僕が常に直面している問題です。
「手間をかけるほうが実は近道」。これは真実だと思います。僕は仕事がキツくて修羅場になるとアセってしまい、つい楽な道を選んでしまいがちです。でもそれって未熟な証拠なんですよね。そもそも「急ぐ」と「アセる」は同じじゃない。ボスの永山さんには「悠然として急げ」と言われたことがありますが未だ実現できずにいます。「一流の仕事、プロの仕事ってなんだ?」が僕のテーマであり、最大の課題です。
話は変わりますがNHKのテレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」はご存知ですか? 昨晩偶然見たのですが、心のリセットボタンを押してくれる素晴らしい作品でした。
http://www.nhk.or.jp/professional/index3.html
投稿者: kouki nojima | 2006年02月22日 19:40
日時: 2006年02月22日 19:40
野島さん。忙しい時期、付き合っていただきありがとうございます。「プロ」と言う言葉は重いですね。耐震偽造、粉飾決算。プロとはなんなんだと思います。
後輩に「なんで、そこまでするのですか?」と聞かれる事があります。でも、当然だからですよね。「諦めない」ということも、「プロ」の一表現だと思います。先輩からは、99人の人が諦めても、自分1人は、その99の方法を確かめてから結論しろと教わりました。師事できることが実は大変重要な事なんだと思います。また、準備が9割とも教わりました。
一流は一流の中にしか育まれないともいわれます。良い環境を作るのも自分の力なんだと思います。ボス、良い言葉です。
「栴檀は双葉より芳し」とは箴言ですね。子供の頃からの、夢希望を持ち続け実現することは、私にとって人生のプロを目指す事です。実は仕事のプロより重要です。
プロジェクトXの続編ですね。私も良く見ていました。こんど「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見てまた勉強します。
投稿者: ken2 | 2006年02月23日 12:39
日時: 2006年02月23日 12:39
「栴檀は双葉より芳し」なるほど、勉強になります。
仕事と人生。どちらでもプロであることは簡単ではないですよね。とは言え「仕事を取るか、家庭を取るか」という時代は過ぎ、すべてにおいてバランスが求められているように思えてなりません。
やはりあのTV番組はプロジェクトXの続編でしたか。僕が見たのは第6回の放送でしたが、今後のスタンダードになりうる新しい考え方だと思いました。
投稿者: kouki nojima | 2006年02月24日 17:05
日時: 2006年02月24日 17:05