2008年10月10日

息子さん


今日は七番手のタイム。遠慮せず優勝を狙え!それが日本GP!!

晴天の富士から


練習走行、始まりました。

2008年10月05日

oasis GMC


oasisのニュー・アルバムのアドを施した、ヘッドをオレンジに塗られたGMCトラック!

カッコイイ!

from SHIBUYA

2008年10月03日

LAMBORGHINI MIURA P400

「SuperFly」と言う映画をご存知でしょうか。
70年代にアメリカで数多く制作された、黒人が活躍するアクション映画のジャンル、「ブラック・ムービー」と言われる作品のひとつで、先日亡くなったアイザック・ヘイズが主題歌を担当した「SHAFT」と並び、「SuperFly」ではカーティス・メイフィールドがサウンドトラックの名盤を生んでいます。

「SuperFly」と言えば、同名の歌手(?)が国内でヒットを飛ばしていますが、
オリジナルはこっちだよ、と言ったところで最近の若い人は知らないでしょうね。ボーカルの女の子の歌唱力は日本人離れしていて、なかなかだとは思いますが。


この「SuperFly」、続編も制作されており、一作目は最近DVD化され、http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=11674早速入手して楽しみましたが、続編の映像はなかなか見るチャンスがありませんでした。ですが…見つけてしまいました。

前作のラストでNYのハーレムを去ったコカインの売人、「SuperFly」ことプリーストはなんとローマで、NYで一緒に暮らしていたガールフレンドを乗せてランボルギーニ・ミウラを走らせている!!

前作の冒頭でも、ベースの車がなんだか分からない程ドレスアップしたド派手なアメ車のセダンに乗って街を走っていましたが、ミウラとはやられましたね。カッコイイ…

ミウラは、ジャズ・トランペットの「伝説」、マイルス・デイビスの愛車だったことも有名ですね。そう言えばヒップホップのPVには最新の「跳ね馬」と同じくムルシェラルゴやガヤルドが良く登場します。

ブラックミュージックと「成功の証」…ちょっとやそっと成功したところで、「暴れ牛」は手に入れられるものではないですけどね…と思いつつ、憧れを胸に今日も自分の作品「MIURA」に色を塗ります。


TAKU'S CARS 「MIURA」
http://shopping.hobidas.com/shop/hobidas-direct/item/ICH00001.html

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2008年09月28日

valentino rossi

先ほど栃木県のもてぎのコースで行われたmotoGP日本ラウンド、
ヤマハを駆るバレンティーノ・ロッシ選手がスピードで勝ると思われるイタリアのドウカティやホンダに乗る若いライダーをじっくりと料理し、レース終盤にトップに立ち、見事優勝で6度目の世界チャンピオンを獲得しました。

初めてロッシに会ったのはもう12年前、motoGPがまだWGPと呼ばれていた時代のこと、レースシーズン開幕間もない春の鈴鹿ラウンド、パドック裏でついさっきまで、骨折した片方の足だけギブスの上から大きなサイズのブーツを履き、トップ争いをするという離れ業をやってのけた日本人の125cc世界チャンピオン、坂田和人選手と話をしていたところ、ベージュ色のセーターを着た、背の高い金髪の可愛らしい顔をした若者が、イタリア語らしき言葉で
「カズト、大丈夫か?いたくないのか?」
と、とても心配そうに坂田選手に話しかけてきました。
あまりに可愛らしい顔立ちだったので、冗談抜きで「女の子かなぁ?」と自分は思いましたが、胸のふくらみはないようだし、背は高い…坂田選手は優しい言葉をかけてくれたその若者に、流暢なイタリア語で、
「大丈夫、大丈夫、まだちょっと痛いけど…」と、答えていました。
その金髪の長身の若者が、坂田選手と同じ125ccクラスに参戦する、イタリアのメーカー、アプリリアのワークス・ライダーだという事を自分が知ったのは、その後GPレースのお手伝いで渡欧した後でした。ゼッケンは当時から「46」、彼のラッキーナンバーでした。


写真は98年のイギリスGP、当時250ccクラスで活躍していたロッシのマシンです。
アプリリアのGPマシンは、ロッシのバイクに限らずどれも痺れるくらいカッコ良かったんです。左の写真でマシンを触っている太っちょの男は、アプリリアのワークスチームに在籍していた「名物」メカニック氏。今日のmotoGPでも3位に入賞した、ダニ・ペドロサ選手のメカニックを務めている友人は当時、
「ビヤ樽みたいな体や」
と言っていました。しばらくGPレースにも行っていませんが、ビヤ樽氏(失礼!)も元気でしょうか。

そう言えばロッシはレース中もいつもピアスをしていますね。
自分も坊主頭にピアスなのですが、バイクに乗るときはヘルメットの内装に引っかかって痛いので、ピアスは外しています。ですがロッシはレース毎と言っていいほど違うデザインのピアス、イヤリングを着けている…痛くないのかな?

マシンやヘルメット、レーシングスーツやヘアスタイルに至るまで徹底的にヴィジュアルに拘るところも、二輪のスーパーヒーロー、世界チャンピオンの彼の魅力ですね。


これは世界チャンピオンじゃなくて、
東京在住の貧乏アーティストの近影です。


2008年09月24日

夕焼け

「死んじゃうと夕焼けも見られないねぇ」

先月NHKで放送された、宮崎駿監督を特集したドキュメンタリー番組の中で、
宮崎氏が旧知の間柄だったアニメーターの訃報を聞いた後、
夕暮れどきにスタジオジブリのテラスに出て、ため息をつくように語る様子を見ました。

昨日、仕事でお世話になっている工房の屋上から夕焼けを見ました。
前述の巨匠の言葉を思い出しました。

叔父からもらった「物を作る」という情熱を注いで参加したこの映画、
お陰さまで好評のようです。http://ultra2008.jp/index.htm

気持ちに整理をつけるのは少々時間がかかりそうですが、
前を向いて歩かないとダメですね。

2008年09月19日

さようなら

自分の肉親(実の叔父)であり、クリエイターとして大先輩でもある映画監督、
市川 準が昨夜未明、品川区の映像編集スタジオで仕事を終えた後、急逝しました。享年59歳でした。

映像のジャンルの仕事を自分がするようになったのも、叔父がきっかけを作ってくれた事が始まりでした。もっとも自分が志したのは、架空の世界でヒーローや怪獣が暴れる「特撮映画」で、叔父が映画の世界で追求していたのは、彼独特のタッチで描かれる、「人間劇」であり、沢山のファンの方々が存在したのは大変幸運なことだと思います。

ついさっき、世田谷区にある叔父の自宅に向かい、無言の帰宅をした彼と対面してきました。死の直前まで大好きな映画の仕事をしていた叔父の顔は、
「寝てるの?起きてよ」
と、言いたくなるくらい安らかで、まだ血の気も失せていないような感じでした。
物静かで、ユーモアのセンスがあり、意外かも知れませんが「家族」として普通に接していても、どこか常に「人のウケ」を狙っているような所があり、そんなお茶目な所も叔父の魅力だと思っていました。


市川準の遺作となった、「buy a suit スーツを買う」 第21回 東京国際映画祭
日本映画・ある視点部門 公式出品作品 2009年渋谷ユーロスペースで公開予定

映画ファンに愛され、沢山のTVCM、20本もの映画を残した、監督・市川準は大変幸せだったと思います。心より冥福を祈ります。

市川準・劇映画作品リスト

BU・SU

会社物語 MEMORIES OF YOU

ノーライフキング

つぐみ

ご挨拶

病院で死ぬということ

クレープ

きっと、来るさ

東京兄妹

トキワ荘の青春

東京夜曲

たどんとちくわ

大阪物語

ざわざわ下北沢

東京マリーゴールド

竜馬の妻とその夫と愛人

トニー滝谷

あおげば尊し

春、バーニーズで

あしたの私のつくり方

buy a suit スーツを買う


TAKU'S CARS写真集が発売??

否、実はそうではなくて…

昨日聞いた話では、この本に自分が写っているそうです。

http://www.amazon.co.jp/%E9%95%B7%E9%87%8E%E5%8D%9Awith%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AC-%E6%92%AE%E5%BD%B1%E3%83%BB%E5%AE%89%E9%81%94-%E5%B0%8A/dp/4478005575

まだ自分も確認していません…

どういうこっちゃ??

ちなみに自分のマイ・フェイバリット写真集は…

http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/19670085/introd_id/Xmo46Wk9oo659896i81Gi8X86WGX3964/pg_from/u

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この本には、物凄く勇気をもらいました。
モトクロスのレースに出る時に、会場まで持って行って、走る前に見たりしていました。

ル・マン優勝時の関谷氏は45歳…
自分もまだまだやれる事がありますね。


2008年09月18日

若き日の記念




自分は二十代の頃、ある有名な工房で、「怪獣」の着ぐるみを作る修行をしていました。
修行とは言っても、毎週テレビに登場する怪獣を矢継ぎ早に作らなければいけないという「需要」があり、大した経験もないのに、テレビでヒーローと戦う怪獣を一から作っていました。「時間の制約」がある中で、ひとつの物をしっかりと完成させなければいけないという作業の経験は、その後の自分の活動にとって、何物にも替えがたい財産になりました。
嬉しいのは、その頃四苦八苦して作った怪獣が、オモチャの人形になって今でも売られていると言うことです。

バルタン星人やレッドキング等の名キャラクターに混じって、並んでいるそれらを見ると、
「このウロコ、貼るの大変だったなぁ」
「翼の形、上手く出来なくて親方に怒られたなぁ」
など、色々な事を思い出しますが、何よりも「記念の品」であることに違いありません。

今の子供たち、自分の怪獣で遊んでくれているかな?

fromCHYOFU

2008年09月17日

参加作品


最近新しくなった、新宿ピカデリー劇場の前です。
昨年、そして今年上半期と、撮影に参加した作品のポスターが並んでいます。

どちらも大変だったけど…思い入れがあるのはやっぱり手前の方かな。

「最後まで諦めず、不可能を可能にする。それが…!」

お子様のいらっしゃる方等、是非ご家族でご覧になっていただけると嬉しいですね。

fromSHINJYUKU

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プロフィール

市川 拓(いちかわ たく)
1970年東京生まれ。文化学院高等部美術科卒業。1993年頃から立体製作を開始。バイクをモチーフにした作品を雑誌等で発表する。ガメラ、ウルトラマンシリーズ等、特撮映画のキャラクターやミニチュア制作にも多数参加。造型以外のジャンルでは、1996年に二輪GPのホンダ系チーム、「TSRペンギン」のライダー畠山泰昌選手のマシン、レーシングスーツのカラーリングデザインを担当。以後2001年まで同選手を通じてオートバイレースのグラフィックデザインに関わる。クルマをモチーフにした作品は2003年頃から制作を開始する。
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