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2008年7月

2008年7月 3日

PORSCHE 911 TURBO

TAKU'S CARS「911 TURBO」 http://shopping.hobidas.com/shop/hobidas-direct/item/ICH00010.html
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一度だけ、ドイツのアウトバーンを走ったことがあります。
「速度無制限」と言うことで、走る前はかなり緊張していましたが、基本的に3車線、スピードのアベレージが高いというだけで、実に快適にドライブできました。
それにヨーロッパのドライバー、ライダーは大変運転が上手で、日本は一般道から高速道路、あらゆる道路で「ヒヤリ」とさせられるのは日常茶飯事ですが、そういう場面に出くわす事は殆どありませんでした。アウトバーンではボロボロのVWゴルフに乗ったお婆さんに抜かれたりしましたが、実にスムーズに車を操っていました。

アウトバーンを走って向かった先は、あの「ニュルブルクリンク」。数々の名勝負が戦前から繰り広げられてきた伝統のあるサーキットです。体験走行もできることで有名な20数キロに及ぶロードコースを走ることは叶いませんでしたが、現在F1や2輪のGPレースが行われているメインのコースで、モペットで遊ぶ事ができました。思いの他アップダウンがきついレイアウトで、モペット如きではエンジンが悲鳴をあげていましたが、翌日に行われるGPレースの下見をしていたバレンチーノ・ロッシが、スクーターでウイリーをしながら追い越して行きました。
ニュルはサーキット周辺の村も大変綺麗で、食事やビールも美味しく、住む人々も親切で良い思い出ばかりです。

ドイツに出かけて以来、アウトバーンやニュルのコースで鍛えられたであろう
911を見かけると、親しみの気持ちすら湧いてくるのです。

2008年7月10日

LOTUS ELAN

TAKU'S CARS「ELAN」http://shopping.hobidas.com/shop/hobidas-direct/item/ICH00008.html%E7%94%BB%E5%83%8F%20138.jpg

ドニントン・パーク思い出のスナップと、パドックパス。ストラップのユニオン・ジャックがお洒落でしょ?
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先日行われたF1イギリスGP、ハミルトンが地元で見事優勝を決め、ウィリアムズの中嶋一貴選手は父上にとっても縁の深いシルバーストーンで、雨に翻弄されてスピンを喫しながらも完走、入賞を果たしましたね。

来年のF1GPのカレンダーでは、イギリス戦はシルバーストーンではなく、ドニントン・パークで行われるという話を聞きます。自分はかつて、二輪のGPレースのお手伝いで、フランスのキャレイ港から船に乗り、ドーバー海峡を渡ってイギリスに渡り、ドーバーの美しい港町を抜けてドニントンを目指しました。
流石イギリスは自動車文化の国、ドニントンに到着するまでにブランズハッチ、カドウェルパーク等…ハイウェイの行き先表示にいくつもサーキットの名前を見つけました。狭い国土の中に大小いくつものレーストラックがあるのでしょう。

中嶋悟さんが始めてF1をドライブしたのも、実はドニントン・パークだったそうです。87年にチーム・ロータスに正式加入する以前、82年に全日本F2選手権のチャンピオン獲得のご褒美に、ドニントンでJPSカラーのF1マシンをドライブしたそうです。
まだコーリン・チャップマンも存命で、中嶋氏のドライブに割り当てられた日はみぞれ交じりの生憎の天候だったそうですが、寒さの中チャップマンは中嶋氏を歓迎し、気遣ってくれたと言います。

セヴン、エリート、エラン、ヨーロッパ…レースへの情熱だけでなく、イギリス人のクラフツマン・シップを体現し、スポーツカーを生産する企業として自らのブランドを大躍進させたチャップマン。彼が心臓発作で亡くなったのは、中嶋悟氏をドニントンで迎えたわずか二週間後のことだったそうです。

2008年7月20日

NISSAN SKYLINE GTR

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以前、ある玩具メーカーの依頼で、ディフォルメ・テイストのトイカーのデザインワークを担当した事がありました。自分にも、かのディブ・ディールhttp://www.hobidas.com/news/contents/Big_Deal/index.htmlのような仕事ができる!俄然モチベイションはアップし、モチーフとなる車種の資料の収集、現車の取材等も自ら精力的に行い、作業に勤しんでいたのですが、その企画自体「保留」となってしまいました。大量生産のマスプロダクトという前提があり、予算等一筋縄では行かない事情があったにせよ、自分のデザインを形にして世に出すべく必死になってやっていたのに、かなり凹んだのも事実です。こういう話は良くあるんでしょうけどね…

写真は自分の手元に残った、検討用のラフデザインとマケットです。今こうしてマケットを手に取ってみても、愛着はひとしおです。TAKU'S CARSとして発表しているレリーフだけでなく、こうした企画にもまた縁があることを祈ってやみません。

2008年7月24日

さようなら2ストローク

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日本のオートバイレースの運営団体、MFJから、「2009年度をもって2ストローク250、125cc両クラスの全日本選手権格式におけるレースは終了する」という旨の発表がなされました。http://www.mfj.or.jp/user/top/info/detail.php?aid=1209

これは世界のオートバイレースを統括するFIMの方針に則った決定事項と思われ、世界最高峰の2輪レースであるMotoGPからも、2ストロークの250、125ccクラスのレースが廃止となり、世界的にもいよいよ2ストロークのレーシングバイクが姿を消して行く方向になる事を意味しています。

環境問題に配慮した法律的な理由で、10年ほど前から国内でも市販の2ストロークバイクが生産中止になり、それでも「レースの世界ではまだまだ2ストロークの火は消えない」と思っていましたが、ついに来るべき時が来てしまった、という気がしています。学生の頃から街乗りのスポーツバイクで2ストロークマシンの軽さ、加速、金属音のような甲高いエンジン音等その魅力にとりつかれ、モトクロスレースもライダーとして長年楽しんで来た自分にとって、2ストロークは「バイクの代名詞」であり、MFJの発表を知ったときは流石にショックでした。
昨年の鈴鹿8時間オートバイレースで、TAKU'S CARSのブランドロゴをマシンに入れて走ってくれたレーシングライダー、畠山泰昌は、今年も8耐レースに参戦すべく、準備を精力的に進めていましたが、本人も思ってもみなかった身体の問題で、6月に16年というレースキャリアから引退を発表しました。http://www.hobidas.com/blog/hobidas_blog/taku/archives/2007/07/post_8.html#comments

もともと畠山との出会いは、彼が1996年にWGP(現在のMotoGP)の250ccクラスに参戦した際、彼が駆るホンダRS250とレーシングスーツのカラーリングを、アーティストとして駆け出しだった自分にデザインを依頼してくれたことから始まりました。
バイクが大好きだった自分にとってそれは願ってもない仕事で、GPレースの本場であるヨーロッパを転戦する畠山にに同行し、世界の強豪と闘う彼を応援できた事は自分にとって人生の大きな財産です。
自分のデザインを纏った畠山と、2ストローク250ccのレーシングバイクが甲高い排気音を響かせながら一体となってコースを駆け抜ける姿は、自分の「魂」や「夢」そのものが疾走しているような感じさえしました。

今年も8耐を観戦するため、明日の夜から自分は鈴鹿に向かいます。レーシングライダー、畠山泰昌はもうサーキットにはいませんが、初めて渡欧した際に見た、オランダ、アッセンのコースで曇天の下、マシンのカウルに思い切り伏せてコーナーを立ち上がって来る彼の姿を生涯忘れることはないでしょう。http://www.hatakeyama-yasumasa.com/gallery/thanks.html

2008年7月29日

「新世代」のレーシングバイク


(画像はポップアップします。)

(画像はポップアップします。)

昨日、鈴鹿8耐から帰って来ました。
レースは序盤から予想通りホンダのワークス・チームと、昨年の優勝者であるヨシムラ・スズキの2台を中心とした激しいトップ争いで幕を開けました。
昨年はヨシムラ・スズキの34番車が終始トップを走り、それをホンダのワークス・チームが追撃するような展開でしたが、今回は立場が逆転。11番の清成龍一・カルロス・チェカ組のホンダ車がレース2周目からトップに立ち、それに8耐連覇を達成するために闘争心剥き出しで34番、そして12番の2台のヨシムラが襲い掛かかりましたが、しかし今年はホンダのバイクが大変仕上がりも良いようで、追われる立場になってもライダーの二人を助けているような感じでした。
午後になって突然の雨が降り、トップのホンダは転倒のリスクを避けてペースを落としましたが、加賀山選手の操る34番のヨシムラがチャンスとばかりに猛然とトップを追撃。しかしやはり一時的とは言え大粒の雨の中、溝のない晴れ用のレーシングタイヤで激しい走りをしたためかヨシムラは転倒。再スタートしても追い上げる事を諦めませんでしたが、結果的にはカルロス・チェカ選手が午後7時半のゴールをトップでくぐり、昨年と同じラインナップで挑んだ11番のホンダ・チームが転倒でリタイアした一年前の雪辱を晴らしました。

この8耐ウィーク、パドックでは一台のマシンが展示され、注目を集めていました。
今回の8耐でも6位に入賞した、日本のバイクパーツメーカーのトップブランドであり、世界有数の二輪レースのコンストラクターである「モリワキエンジニアリング」http://www.moriwaki.co.jp/
は、前回このブログでもお伝えしたように、二輪のMotoGPレースから2サイクルの中間排気量のクラスが廃止されることになり、それに代わって4サイクルのマシンで新たに施行されるであろう新レギュレーションのMotoGP「ミドルクラス」への参戦を睨んで、プロトタイプのマシンを発表したのです。

かつて数年前、モリワキエンジニアリングはMotoGPの最高峰クラスに「MD211VF」という、エンジンのみホンダから提供を受けて製作したオリジナルのマシンで挑み、二年余りの開発、レース参戦の結果、大資本の2輪メーカー・チームが凌ぎを削る「二輪のF1」とも言うべきMotoGPでポイントを獲得するまでに至りました。

まだ現時点では、MotoGPの「新クラス」についての詳しいレギュレーションの発表はなされておらず、2011年から開催予定であり、600ccのエンジンを基本としたクラスであるという事しか情報がないそうですが、それでもいち早く「叩き台」としてのプロトタイプ・マシンを発表した所に、モリワキエンジニアリングの、日本の二輪トップコンストラクターとしての心意気を感じます。

写真で見ても分かる通り、現在のレーシングバイクの「主流」であるアルミフレームではなく、鋼管素材を用いた車体となっており、これは前述のMD211VFも同様で、モリワキのレーシングバイク作りのポリシーやオリジナリティが感じられます。

実はこのマシン、自分の旧知の友人が開発に関わっており、個人的にも大変ワクワクしています。3年後に始まるMotoGPの、「新しいクラス」で、バイクメーカーや世界各国のコンストラクターが製作した中間排気量のGPマシンの中に、友人が製作したモリワキの「新世代マシン」がスターティング・グリッドに着く日の事を考えると、胸が熱くなります。

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