「ずっとバイクの仕事をしていたいんだ。そして出来れば、
世界で仕事がしたい…」

Sという、これまた付き合いの長い友人がいます。
20年前にこんな話をしていた友人が、
その夢、そして目標を叶えようとしています。
20数年前、時はバブルの真っ只中、
バイクブームも最高潮。
バイクメーカーからは毎月のように新型車が発表され、
街には若者の乗ったスポーツバイクで溢れていました。
当時発売されていたバイクの多くは、今の若者が好むような
形だけハデで、乗り物としては「妥協の産物」でしかない
ビッグスクーターと違い、各メーカーが最新の技術を投入した、
素晴らしいデザインと性能を兼ね備えたものばかりでした。
テレビをつければ二輪のレーサーがCMに登場し、
「バリバリ伝説」等のレースマンガも大人気。
すっかり影響された十代のハナタレ小僧の自分は、
「俺にはこれしかねぇ」
と、近所のバイク屋さんに駆け込み、ホンダNSR250Rという、
今考えるとかなり分不相応な最新スペックのスポーツバイクを
注文してしまったのです。
都内某所にあったそのバイク屋さんは、レースのチームも抱え、
外人選手も招待して走らせているような大きなお店で、
7~8人いた従業員の中で、大学を卒業したばかりで就職していたのが、
その友人Sでした。
Sとはすぐ仲良くなり、彼はバイク初心者の自分に色々な事をを教えてくれました。
度々一緒にツーリングに出かけ、二人そろってまんまと公僕に捕まったりも
しました。
やがて自分はツーリングだけには飽き足らず、現在は某テーマパークを中心とした
リゾートエリアになっている埋立地で、夜な夜な皮のレーシングスーツを着込み、
レーサー気取りで走り回っていました。今では考えられませんが、週末ともなると
その場所には自分と同じようなバイク好きな若者が100人くらいは集まっていたでしょうか。
4輪も来ていました。
そして、当然のごとく自分は転倒し、大怪我を負い、バイクは全損。
自分が救急車で病院に運ばれた翌朝、軽トラックで無残な姿になったNSRを引き上げに
行ってくれたのもSでした。
怪我が治り、退院しても懲りずにまたスポーツバイクを買い、走り回っていましたが、
一般公道で速いバイクを乗り回すのに飽きてきた自分は、
オフロードバイクに買い替え、河川敷でタイヤを滑らしたり、
ジャンプをしたりして遊ぶようになります。
「こっちの方が面白いじゃん!」
同時期にSもモトクロスバイクを購入。お店の休みの日には、軽トラックにSのバイクと
自分のバイクを二台積んでもらって、千葉の本格コースまで出かけるようになりました。
すぐにのめりこんだ自分は、Sに相談します。
「レースがしたいなぁ、今のバイクじゃもう限界かなぁ」
「そうだよ。本格的にやりたいんだったらモトクロスバイク(競技専用車)にしたら。
レースもやりたいなら自分で車も持ったほうが良い。」
Sの提案で、自分の気持ちが決まりました。と言うか、その後の人生の
「楽しみ方」の方向性がここで決まったのです。
間もなく自分は当時最新モデルだった、スズキRM125という
モトクロスバイクと、ハイエースを揃ってローンで購入。
これがレースの世界への「入り口」でした。

自分にとって最初の「レース車両」だったスズキRM。
それまで乗っていた「街乗り用」のオフロードバイクとは別物でした。
90キロに満たない軽い車体、低速から地面に食いつくようなエンジン、
いくら大きく、遠くへジャンプを飛んでもへこたれないサスペンション…
「これなら何でも出来る!!」
夢のような乗り物でした。Sの提案が示した通りでした。
Sは自分にレース用のバイクの整備も教えてくれました。
カストロールのレーシングオイルとガソリンを使って、混合ガスを作る方法。
エンジンのシリンダーを下ろし、排気バルブを分解、ピストン、ピストンリングの
交換…全部Sが親切丁寧に教えてくれたのです。
今度は自分のハイエースに、Sのバイクも二台積んで度々練習に
行きました。泥んこになった帰り道、車の中でSはよく話してしました。
「バイクの仕事、ずっとやっていたいよなぁ」
Sはその頃からパソコンで図面を描き、勤めるお店のチームの
レース用のパーツや、お客さんのカスタムバイクのパーツを
自分でイチから作っていました。
やがてSはステップアップの為、関東近郊にある有名なレースコンストラクターに
転職します。その時は今までの恩返しとばかりに、ハイエースで引越しを手伝いました。
その後、十数年に渡ってSはバイクパーツの製作の技術を磨き、数年前に
鈴鹿にあるバイクパーツの国内トップブランド、そして有名レースコンストラクターである
モリワキエンジニアリングに移籍。自分も鈴鹿8耐やF1開催時には、
必ず彼を訪ねるようになりました。
鈴鹿8耐のときは、彼自身もチームスタッフとして忙しく働いているにも関わらず、
「ちょくちょく遊びにきなよ。」
「飲み物持ってくか?ステッカーは?」
と、ピットエリアでもてなしてくれるのです。
昨年もこのブログで紹介しましたが、その彼も開発に携わった
新世代のレーシングバイクが、ついにコースで実走テストを開始したのです。
同じ600ccでも、全日本選手権等で見慣れた市販車改造のマシンとは
明らかに違う、MotoGPマシンそのものと言った「爆音」を轟かせています。

「バイクの仕事をずっとしていたい。できれば世界で…」
自分がSと出会ったバブルの頃、バイク業界ではやたらと、「大きな事」を吹聴する人達が
けっこういました。でも、結局振り返ってみれば「口だけ」で終わってしまった人が多いよう
に思います。それもバブルという、世の中の雰囲気に煽られただけだったのでしょう。
ですが、Sが当時から口にしていた「夢」や「目標」は、現実のものとなりつつあるのです。
この「筆立て」は、Sが以前勤務していた会社で、レース用のパーツ(!)
を使ってこしらえてくれた「逸品」です。自分にとって「宝物」であるこの筆立てには、
Sの技術者としての高い「資質」はもちろん、「自分の見たい世界を見るために」
歩み続ける彼の純粋さが詰まっているような気がします。

「君たちに不可能はない」というモリワキエンジニアリング代表の言葉は、
Sの意思と見事にシンクロしているのです。
自分も早く、MD600がコースを疾走しているのをこの目で見たい気持ちです。
日本のモータースポーツの将来性、そしてSの夢を乗せて、爆音を轟かせて
コースに飛び出して行くマシンの姿を…