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2009年5月

2009年5月 2日

走れ乳母車

このブログでも度々ちょこっと記事にしましたが、
2月にロケハンから参加し、
3月に小道具を制作、撮影にも参加したCMが
完成したみたいです。

このページでご覧になれます↓メイキングもあるよ。(ワールドワンダー半導体篇)
http://www.jsr.co.jp/cm/tvcm.html

劇中に登場する乳母車、
さて、どうやって動いているのでしょうか?(笑)
実はこの乳母車、40年くらい前に生産されたホンモノの
アンティークを、「レストア」しているのです。

ホロや骨組みも最初はけっこうボロボロ…

生まれ変わった!!赤ちゃんはダミー(お人形)です。
まさか乳母車のホイールやフェンダー(?)を、ガン(エアブラシ)で
シューシュー塗装するとは思わなかった。でも楽しかったです。

で、岐阜の宿場町で撮影開始!

若きCMデザイナーのT君。カルマンギアを乗り回す愉快な九州男児。真剣です。

この女優さん可愛かった。

スケジュールもタイトで大変でしたが、昔ながらの宿場町の雰囲気は楽しめました。
たまにはロケもいいですね。


2009年5月 3日

授業をさぼって

突然の訃報、驚きました…

ライブ、NYの街角でハジけっぷり、
何てカッコいい人だったんでしょうか。

この人に比べたら、
最近の
「ミュージシャン」(アーティスト??)
とか、
「芸能人」って、
一体何なんでしょうか。

今夜は毒を吐きたくなります。

そう

かつて、テレビの生放送の音楽番組で、
自分の曲を「放送禁止」にしたラジオ局に対し、

「東京FM!お〇〇こ野郎!!」

と絶叫した彼のように…

日本に「ロック」が存在したとしたら、
「ロックは死んだ」のかもしれませんね。

合掌

2009年5月 4日

「本気」で遊んでいるか?

その友人は、出会った時から半端じゃなかった。

ガンマ、TZ250、ネイキッドの改造車、
4サイクルのシングルレーサー…

バイクなら何でも乗りこなす。レースじゃ必ずトップ争いをする。
原チャリのウィリーもメチャクチャ上手い。

しかもそのウィリーを、TZに乗って筑波のタイトコーナーの
立ち上がりでもやってしまう。
自分にとっては「専門分野」であるはずの、
モトクロスでも「奴」にはかなわない…

そんな友人が、ある日突然レースをやめてしまった。

そして、音信不通になった。

数年の後、ひょんな事から突然連絡がついた。

呼び出された場所はスケートパーク。

友人はBMXを操り、
デカいハーフパイプを縦横無尽に走り、
宙を舞っていた。

エンジンがついていようといまいと、
奴には「関係なかった」のだ。

そんな友人の口癖は、

「みんな遊びだから」

足立区にある、日本有数のスケートパーク、
「キノウチサイクル」は、
3月末を持ってそのカンバンを降ろし、
某スポーツ用品量販店に経営を引き渡しました。

この10年近くの間、

毎日のように「奴」のもとに集まり、
毎日のように繰り広げられた、
ライディングパーティー、
そして呑み…

この日が「ラストパーティー」でした。


「奴」が制作し、レイアウトしたセクションで、
「奴」のライディングに憧れ、集い、
スキルを磨いたライダー達。

彼らを見ていると、
「本気で遊んでいるか?」
と、胸に突きつけられたような気持ちになります。

偏見かもしれませんが、
世の中の「大抵の遊び」は、
その名の通り「ただの遊び」であり、
やろうがやるまいが、
人生に大きな影響はないのです。

ですがこの日、
ここに集った連中は、
額に汗してスキルを磨き、
仕事先や学校では見せないような顔で笑い、
時には痛みに耐え、血も流し、
常に「本気」で
取り組まなければ得られない
「何か」を
自分の中に持っている…

そんな「遊び方」を知っている連中なのです。



↑バックフリップをメイクする猛者と、それを見守る「奴」の背中。


「みんな遊びだから」

そう

そんな遊び方を教えてくれた、
「奴」と

その仲間たちに最大限の敬意と感謝を…


皆さん
本気で遊んでいますか?


この日の模様は、発売中の
三栄書房「ストリートバイカーズ」に、
BMXライダーであり、ライターでもある
タコス氏の手によって紹介されています。
自分もちょっとだけ、取材に協力しました。

2009年5月 6日

青い小鳥

「潤二は女の子達が大好きで、だが同時に大嫌いみたいなのだ。
ナビゲーターズ・シートに女の子を乗せたくて仕方がないくせに、
彼女が腰を降ろしドアをしめたその瞬間に、後悔しはじめるのだ。
一分でも早く女の子を追い出してしまいたくなる。
         (中略)                  
ところで潤二のクルマというのは、ブルーバードSSSという、
当時、すなわち輝ける一九七〇年代の中期においても相当に古い、
オンボロ車であった。例えば、友達から電話がかかってくる。

『今から遊びにこないか?』
『いいね、でも、ちょっと待ってくれ。青い小鳥と相談してくるから。』

そう言って潤二は、専用のパーキングに出かけ、試しににエンジンを
かけてみなければならない。パーキングと言っても、いわゆる駐車場ではない。
坂道の上に、違法駐車してあるのだ。
死にかけたバッテリーをボンネットの中に抱えた、青い小鳥のサイド・ブレーキの
レバーを戻し、シフトをセカンドに入れ、クラッチ・ペダルを踏み込み、フット・ブレーキから
足を放し…なんとか、かろうじてエンジンに生命が吹き込まれる。

やった!今夜は遊びに行けるぜ…」

(山川健一「追憶のルート19」に収録、「遠くをみつめる黒い瞳」より。)

子供の頃はいつでもその辺りに停まっていて、
友達のお父さんも乗っていたような、
くすんだグリーンや、薄い茶色で、
角ばったボディの、丸いライトが四つの顔のブルーバード510…
アメリカのレースで大活躍していたんですね。
「スカイライン」や、「GTR」は昔からアメリカでは売っていなくて、
レースで活躍したZや510ブルーバードが今でも人気があるそうです。

そして先日、このブログに度々登場する、「宝の山」に
顔を出すと、こんな写真パネルが…

これって、運転しているのはひょっとしてこの店のボスであるK君??

「ああ、それ、リニューアルする前の富士。
もう10年くらい前か?もともとは1・6とかだけど、
エンジンも色々やって(笑)ストレートでほとんど3リッター積んでるような、
30Zに何とかついていけた。その写真だって、バトルしてるのは
ハコスカ(2リッター)だからね。」

カ・カッコいいじゃん…
しかしK君、エンジンと車輪の付いてる乗り物なら、
何でもいじれるし、何でも乗れます。
しかも2輪4輪問わずレースに出てるし…
ただのビール好きではないですね。
たぶん乗った事がないのは戦車くらいでしょう。

この数年でハコスカや30Zもすっかりプレミアがついたのか、
値段が高騰し、気軽に、「欲しいね~」と言えないような雰囲気になってしまいました。
そこで思い浮かぶのが、「青い小鳥」…
確かに手を入れられた固体はそれなりの値段ですが、
前述の車種に比べたら、まだ安い。
部品やメンテもK君がいれば…

妄想と皮算用が脳味噌の中を渦巻き…
こういう時の対処法と言えば、そうだ、あれだ…(つづく?)

2009年5月11日

青い小鳥 その2

懐の具合如何に関わらず、
クルマが欲しくて欲しくて仕方がないときは…
そう、オモチャで気持ちをまぎらわすことにします。

出てるんですよ、510ブルーバード。
アメリカンブランドで現在も尚…

こちらはホットウィール。
昨年末にこのモデルはラインナップに加わったそうですが、
バカ売れしているそうです。


ロールゲージ、しっかり入ってます。


こちらはJADA TOYS。
「FOR SALE」というシャレの利いたシリーズのもの。
ブリスターパックのデザインも最高ですね。
大きさはホットウィールより少し大きめです。
前回のブログ記事にも写真を載せた、
日産車(米国内の当時のブランド名はDATSUN)
をチューニングしてアメリカ国内でレース活動していた
BRE(Brock Racing Enterprises)
の車両を模したカラーリングですね。

ホントに「FOR SALE」(笑)

アメリカのミニカーブランドは、才能のあるデザイナーを常に抱え、
実在する現車のカッコよさを十二分に引き出しながら、
「クルマが本当に好きな人」なら、思わずニヤリとしてしまうような
遊び心やユーモアのエッセンスをアイテムにふんだんに取り入れて
商品を展開しています。

古くから愛されているアメ車、
最新のスーパーカー、そしてこの510のような日本のスポーツカーも
同じラインナップで、同じ「味付け」をされているのが非常に面白く、
イカしていると思います。
このあたりは日本や欧州のミニカーブランドには
無い魅力ですね。しかもどれも安価なんです。

で、国産のモデルカー、ミニカーで510ブルーバードはどうなのかと、
調べてみたとことろ、43分の1スケール・リアルモデルで有名な、「エブロ」から、
前述のBREカラーのモデルが数年前に発売されており、
完成度も高いと評判だったので、某オークション等で探しましたが…
もともと定価は4千円しないくらいだったはずなのに、
法外なプレミアが付いているのか、とんでもない値段に吊り上りました。
入札しかけたんですが、バカバカしくてやめました。

自分はただ、ブルーバードというクルマの「形」が好きで、
それが欲しいだけですが、こういうものの値段を吊り上げているのは、
オモチャを箱から出すこともせず、「プチ資産」のように抱えておくような類の
人なのだと思えてなりません。
以前トイイベントに参加した際、小さな子供があるブースに並べられている
ブリキのオモチャに手を伸ばそうとすると、そのブースの主人らしき人が、
「触るな!!」
と、子供相手に本気で怒っていたのを思い出しました。
高いんだか資産的価値があるんだかなんだが知りませんが、
触って欲しくなければ、「そんな場所」に持って来なければ良いのです。
「オモチャ」は、「子供が遊びたくなるように作ってある」ものなのですから。

古かろうが新しかろうが、ひとつのオモチャに大金を払うつもりはさらさら
無い自分は、これらのミニカーたちを手に取って、
勇ましく走る「青い小鳥」の夢でも見ようと思います。

2009年5月13日

いつだって、どこにいたって


1972年頃に発売された、
日産スカイライン2000GTXーE/1800スポーティ・デラックス
のテレビCMです。
これが流れていた頃、自分は3歳くらいなんだけど、
この曲のメロディーと、外人の若い男の人と女の人が歩いている雰囲気は
何となく記憶にあります。このCMのおかげで、今日までこのタイプ(C110型)は
「ケンメリ・スカイライン」と呼ばれていますよね。
小学校に上がるくらいになると、スーパーカーブームが来ましたが、フェアレディZや
ケンメリの格好良さは絶対に「外車に負けていない!」と、思っていました。

それにしても、どのパターンもシンプルな演出ながら物凄く印象に残りますよね。
当時の若者はこのCMを見て、誰もがスカイラインを欲しがったでしょう。
クルマ自体の形もスマートに、分かりやすくクローズアップしています。
昔はフィルム一発取りのライブ撮影だから、今みたいに撮れた映像を後から
イジッたり、ゴテゴテ何かを付け足したりできません。
カメラマンや照明さんがとても優秀だっていうのが分かります。

現在流れているクルマのテレビCMで、
「深く印象に残り、そのクルマが欲しくなる」
ものがひとつでもあるでしょうか?

「現実」との境界線

こんなニュースを目にしました。

http://response.jp/issue/2009/0507/article124209_1.html

ゲームソフトの販売促進キャンペーンとしては中々面白いと思いますが、
「獲得賞品」として「現実」のツーリングカーレースの出場権を得た後、
4ヶ月もの間、著名なレーシングドライバーの指導をみっちり受け、
実際にレース車両に乗る訓練をレーストラック等の施設で行った、というのが、
この話の一番「肝心」なところだと思います。
大なり小なりレースをしてみたいという人間が、長期間、「最高の指導」を受けられれば、
ある程度、「良い結果」を生むのは当然です。
ゲームが上手であるとか、そういう事とはあまり関係ないはずです。
まあ、こういう企画が実現するのも、モータースポーツが「文化」として根付いている
ヨーロッパならではだと思いますが。(ゲームは日本製でしたっけ?)

「ゲームでできたんだから、実際にも簡単にできるじゃん」
という考えが横行しているのは、非常に良くない傾向だと思います。

アメリカの学校内で、度々生徒の少年による銃乱射事件が起きたり、
日本国内でも、飛行機操縦のバーチャルゲームに没頭した若い男が、
ライセンスも取得せずに旅客機を操縦しようと犯罪を犯したりするのも、
「ゲーム」と「現実」の境界線すら分からなくなってしまった結果、
生まれてしまった恐ろしい事態です。

「ゲームでは俺は撃墜王だ。」

「この街にいる奴は全員撃ち殺した。」

そのまま「現実の世界」との「境界線」が無くなったとしたら…

下の写真は、前述のニュースで、4ヶ月もの間「ゲームの上手な」若者に、
親切丁寧に「最高の指導」を行った「先生」が、
18年前の鈴鹿のF1レースで大活躍している姿を撮ったものです。
チームは今は無きロータス。日本のスポンサーがいっぱいでしたね。

プロのレーシングドライバーや二輪のレーサーの中には、
「レースに出る前にゲームでコースを覚える」
という人もいますが、それはあくまで、「現実の運転」を
体得し尽くした上で、「イメージトレーニング」として行っているのです。


自分も大昔、ゲームセンターで、ナムコの「FINAL LAP」という
F1のゲームにはまった事があります。
でも、やればやるほど、いくら神経を研ぎ澄ましても、
ゲームの側の「プログラムの都合」で、
ある「一定の線」を、それ以上超えられないように「出来ている」のに
気付き、すぐに飽きてしまいました。
それ以来、ゲームはほとんどやりません。

最近のレースのゲームの出来がどれほど良いのか知りませんが、
現実に「肉体」や「頭脳」を駆使して、バイクに乗ったり、
モトクロスのレースで走ったりする方が、面白いに決まっていますからね。

こんな映画もありましたね。まだまだ「CG」が、「物珍しかった」時代の作品。
わざわざ劇場に見に行ったっけ…まあ、「作り話」で留めておくのが良いってことですね。
「ゲームのやりすぎ」は、目にも良くありませんよ。

2009年5月17日

LANCIA LC2 MARTINI

中古ミニカーショップの片隅で発見。格安でした。

LANCIA LC2をモデルにしたと思われるディフォルメ・トイカーのプラモデル。
他に956ポルシェを模したロスマンズ、黄色いNEWMANもありましたが、
自分が手に取るのはやはり「MARTINI」でしょう!
中身が店頭で見る事ができなかったので、帰宅してドキドキしながら開けると…

予想はしていましたが、チョロQのまねっこ商品でした。
マークも紙の「シール」。ちゃんとMARTINIマークが入っているのは良いですが、
何で屋根がグリーンなんだろう…
パッケージのイラストは可愛くて好きなんですけどね。

スタートして先頭切ってポルシェを抑えこもうとするLC2。
2:10あたりのピットアウトのシーンを見てください。
美しいクルマですね。
この頃のポルシェのスポーツ・プロトタイプは車体が角張っていて、
いかにも「良く出来た工業製品」って感じですが、
LC2はフェンダーや、リヤ周りもなめらかな曲線で…
やっぱりランチアのクルマは綺麗ですね。
自分が中学生の頃、富士の耐久レースにも来ていたんですよね。
あの長い長い直線を駆け抜けるMARTINIカラーのボディと、
フェラーリ・エンジンの音を聞きたかったな…

もうすぐ6月ですね。
ル・マンも始まりますが、自分もまたひとつ歳をとります。
今年は無理だけど、このレースも絶対に見に行きますよ。
初夏なのにうすら寒くて、天気も安定しないフランスに…
レースが好きなら、行かなきゃね。

TAKU’S CARS 「037 GROUP B」 (2005・非売品)

2009年5月18日

お知らせ

現在このブログの右側のバナーから飛べるように
なっております、TAKU’S CARSのHPがありますが、
このHPのトップにあります、「市川拓の作品、多数出品中!」と、
表示されているボタンの、ホビダスのTAKU’S CARS販売ページへのリンク先に
販売作品が表示されなくなっております。

現在のホビダス内の販売ページはこちらになります。

尚、HPトップからこのブログへのリンクは生きております。
今後とも宜しくお願いいたします。

TAKU’S CARS
市川 拓

2009年5月19日

見習います。

日本の「芸能人」や「ミュージシャン」の中には、
それはそれは高いクルマを所有している人も多いでしょうが、
「東洋一のサウンドマシーン」を自称する、
クレイジーケンバンドの横山剣さんほど、クルマやモータースポーツを、
「本当に愛している」人はいないんじゃないでしょうか。

十代の頃からアメリカの車文化の香り漂う横浜でバイクを乗り回し、
音楽活動の傍ら、港湾関係の仕事にも従事し、
横浜の港で輸出入される中古車の検査もしていたこともあるという
横山剣さん。

現在の愛車はクレイジーケンバンドのアルバムジャケットやPVにも度々登場するマスタング。
バイクの方はサーキット走行も楽しまれる程の腕前。
レースも大好きで。76年、77年に日本で初めてF1の公式レースが開催される以前、
74年にロニー・ピーターソンや、エマーソン・フィッティバルディら数名のF1ドライバーと
マシンが来日し、富士グランチャンピオンレースで「デモ走行」を行った時、
中学生だった横山さんは電車とバスを乗り継いで富士まで駆けつけ、
その二年後に行われた豪雨のF1レースももちろん観戦。
その後はモナコGPや鈴鹿にも度々足を運んでいるというのです。
「生半可な」レースファンではありません。ホンモノです。

そんな彼の作る曲には、クルマやレースへの「愛」が溢れているものが沢山あります。
と言うか、リリースされている曲の半分くらいはクルマの歌なのかも?
自分は、「あるレーサーの死」と
「べレット1600GTヨコスカ仕様」が大好きです。

「血の色跳ね馬275GTB!!」とカッコよく叫ぶ、
「プレイボーイ・ツイスト」もいいですね。
歌の中でこんなにカッコよくフェラーリが登場する曲は、
世界中でもこの曲だけでしょう。

「湾岸線」のPVで、「日本のスーパーカー」トヨタ2000GTを転がす
高田淳二さんの向こうを張って、剣さんが美女を傍らにハンドルを
握っているのはマーキュリー・クーガー。
マーキュリーは、今ではすっかりショボくれた米国フォードが60年代から
展開をはじめていたブランドのひとつですよね。

「最近の(F1)ドライバーは男臭さがないというか、
なんだかアスリートぽい感じがして…
昔はもっと個性的というか、ハント(ジェームス)なんかも、
神経質なちょっとアブナイ感じがあって良かった。
カッコイイ…そう、最近のドライバー、あまりカッコ良くないんですよね、ホントに。」

(レーシングオン特別編集・RACING ON F1 PLUS 004
『ニッポンとF1』より。横山剣さんのインタビューから)


自分もクレイジーケンバンドを見習って、クルマの魅力をたっぷり詰め込んだ作品を
バンバン作りたいですね。イイネ!!

2009年5月21日

「君に、君たちに不可能はない」

「ずっとバイクの仕事をしていたいんだ。そして出来れば、
世界で仕事がしたい…」



Sという、これまた付き合いの長い友人がいます。
20年前にこんな話をしていた友人が、
その夢、そして目標を叶えようとしています。

20数年前、時はバブルの真っ只中、
バイクブームも最高潮。
バイクメーカーからは毎月のように新型車が発表され、
街には若者の乗ったスポーツバイクで溢れていました。
当時発売されていたバイクの多くは、今の若者が好むような
形だけハデで、乗り物としては「妥協の産物」でしかない
ビッグスクーターと違い、各メーカーが最新の技術を投入した、
素晴らしいデザインと性能を兼ね備えたものばかりでした。

テレビをつければ二輪のレーサーがCMに登場し、
「バリバリ伝説」等のレースマンガも大人気。
すっかり影響された十代のハナタレ小僧の自分は、

「俺にはこれしかねぇ」

と、近所のバイク屋さんに駆け込み、ホンダNSR250Rという、
今考えるとかなり分不相応な最新スペックのスポーツバイクを
注文してしまったのです。
都内某所にあったそのバイク屋さんは、レースのチームも抱え、
外人選手も招待して走らせているような大きなお店で、
7~8人いた従業員の中で、大学を卒業したばかりで就職していたのが、
その友人Sでした。

Sとはすぐ仲良くなり、彼はバイク初心者の自分に色々な事をを教えてくれました。
度々一緒にツーリングに出かけ、二人そろってまんまと公僕に捕まったりも
しました。

やがて自分はツーリングだけには飽き足らず、現在は某テーマパークを中心とした
リゾートエリアになっている埋立地で、夜な夜な皮のレーシングスーツを着込み、
レーサー気取りで走り回っていました。今では考えられませんが、週末ともなると
その場所には自分と同じようなバイク好きな若者が100人くらいは集まっていたでしょうか。
4輪も来ていました。
そして、当然のごとく自分は転倒し、大怪我を負い、バイクは全損。
自分が救急車で病院に運ばれた翌朝、軽トラックで無残な姿になったNSRを引き上げに
行ってくれたのもSでした。
怪我が治り、退院しても懲りずにまたスポーツバイクを買い、走り回っていましたが、
一般公道で速いバイクを乗り回すのに飽きてきた自分は、
オフロードバイクに買い替え、河川敷でタイヤを滑らしたり、
ジャンプをしたりして遊ぶようになります。

「こっちの方が面白いじゃん!」

同時期にSもモトクロスバイクを購入。お店の休みの日には、軽トラックにSのバイクと
自分のバイクを二台積んでもらって、千葉の本格コースまで出かけるようになりました。
すぐにのめりこんだ自分は、Sに相談します。

「レースがしたいなぁ、今のバイクじゃもう限界かなぁ」

「そうだよ。本格的にやりたいんだったらモトクロスバイク(競技専用車)にしたら。
レースもやりたいなら自分で車も持ったほうが良い。」

Sの提案で、自分の気持ちが決まりました。と言うか、その後の人生の
「楽しみ方」の方向性がここで決まったのです。

間もなく自分は当時最新モデルだった、スズキRM125という
モトクロスバイクと、ハイエースを揃ってローンで購入。
これがレースの世界への「入り口」でした。


自分にとって最初の「レース車両」だったスズキRM。
それまで乗っていた「街乗り用」のオフロードバイクとは別物でした。
90キロに満たない軽い車体、低速から地面に食いつくようなエンジン、
いくら大きく、遠くへジャンプを飛んでもへこたれないサスペンション…
「これなら何でも出来る!!」
夢のような乗り物でした。Sの提案が示した通りでした。

Sは自分にレース用のバイクの整備も教えてくれました。
カストロールのレーシングオイルとガソリンを使って、混合ガスを作る方法。
エンジンのシリンダーを下ろし、排気バルブを分解、ピストン、ピストンリングの
交換…全部Sが親切丁寧に教えてくれたのです。

今度は自分のハイエースに、Sのバイクも二台積んで度々練習に
行きました。泥んこになった帰り道、車の中でSはよく話してしました。

「バイクの仕事、ずっとやっていたいよなぁ」

Sはその頃からパソコンで図面を描き、勤めるお店のチームの
レース用のパーツや、お客さんのカスタムバイクのパーツを
自分でイチから作っていました。

やがてSはステップアップの為、関東近郊にある有名なレースコンストラクターに
転職します。その時は今までの恩返しとばかりに、ハイエースで引越しを手伝いました。

その後、十数年に渡ってSはバイクパーツの製作の技術を磨き、数年前に
鈴鹿にあるバイクパーツの国内トップブランド、そして有名レースコンストラクターである
モリワキエンジニアリングに移籍。自分も鈴鹿8耐やF1開催時には、
必ず彼を訪ねるようになりました。
鈴鹿8耐のときは、彼自身もチームスタッフとして忙しく働いているにも関わらず、

「ちょくちょく遊びにきなよ。」
「飲み物持ってくか?ステッカーは?」

と、ピットエリアでもてなしてくれるのです。

昨年もこのブログで紹介しましたが、その彼も開発に携わった
新世代のレーシングバイクが、ついにコースで実走テストを開始したのです。
同じ600ccでも、全日本選手権等で見慣れた市販車改造のマシンとは
明らかに違う、MotoGPマシンそのものと言った「爆音」を轟かせています。

「バイクの仕事をずっとしていたい。できれば世界で…」

自分がSと出会ったバブルの頃、バイク業界ではやたらと、「大きな事」を吹聴する人達が
けっこういました。でも、結局振り返ってみれば「口だけ」で終わってしまった人が多いよう
に思います。それもバブルという、世の中の雰囲気に煽られただけだったのでしょう。
ですが、Sが当時から口にしていた「夢」や「目標」は、現実のものとなりつつあるのです。

この「筆立て」は、Sが以前勤務していた会社で、レース用のパーツ(!)
を使ってこしらえてくれた「逸品」です。自分にとって「宝物」であるこの筆立てには、
Sの技術者としての高い「資質」はもちろん、「自分の見たい世界を見るために」
歩み続ける彼の純粋さが詰まっているような気がします。

「君たちに不可能はない」というモリワキエンジニアリング代表の言葉は、
Sの意思と見事にシンクロしているのです。

自分も早く、MD600がコースを疾走しているのをこの目で見たい気持ちです。
日本のモータースポーツの将来性、そしてSの夢を乗せて、爆音を轟かせて
コースに飛び出して行くマシンの姿を…

2009年5月25日

遠い昔の話

メディアでやたらと取り上げられて話題になっている、
「国宝 阿修羅展」を見てきました。

40分待ちじゃな~と言いつつも、チケットだけ先に買って、
博物館の前でやっている別のイベントを見物したりして時間を潰しました。
何か氷を削ったり、色んな事して見せる催しらしいんだけど、
雨が降ったりやんだりで気の毒でした。
せめて昨日くらい暑けりゃね~


↑氷のショットグラス。中身のカクテルは秒殺。
真夏の蒸し暑い夜にグィッとやりたい。

で、やっと入場。
実は子供の頃、奈良の興福寺の所蔵の仏像は現地に家族旅行した際に
大体見た事があり、各々のボリュームや雰囲気を「再確認「」したいが為に
今回は出掛けました。

やたらとメディアやマスコミは、「阿修羅が美しい!!」
と連呼しているような感じですが、実は興福寺の阿修羅は、
「八部衆」と呼ばれる八人の神様をモチーフにした「セット」のひとつなんですよね。
阿修羅だけでなく、他の七体の像も各々素晴らしい魅力を持つ作品なんですが、
何故か今回の展示は阿修羅が「四番打者」?もしくは「アカレンジャー」的な
扱いなのが変だな~自分は思いました。

ともあれ、やはり作品(仏像)のボリュームやライン、衣服等のディテールに
細部に渡って施されていたであろう、「超絶技巧」な装飾や着色の名残り、
そして千年以上の時を経ても見る者に伝わる「作り手」の気持ちやエネルギーは
「実物」を目の当たりにしないと分からないものだとつくづく思いました。
「印刷物」や「映像」じゃ肝心なところは伝わってこないんですね。
これはクルマやレースも同じです。

ブログを書いている横でテレビが、「ブラウンGPが速い!バトンが速い!」
何て叫んでいても、やっぱりこの目で見るまで信じられないもの。
あれは「ホンダが使うはずだった」クルマでしょ?
納得行かないですよね。トヨタも「会社を上げて」もう10年近く
やっているのに一回も勝てないし。
「息子さん」はまたクルマぶつけたみたいだし…
フェラーリが来年はやらないとか、
みんな「妥協」して平和にやろうとか、
そんな話ばっかりですよね。

もうF1も終わりかなぁ…
アジップ・オイルの匂いと、
12気筒が残した「耳鳴り」が懐かしいですね。

秋のF1よりも、「真夏の祭典」鈴鹿8耐のパドックに今年もどうやって潜り込もうか
画策しているTAKU’S CARSなのでした。

今日の脳内BGM

2009年5月27日

FERRARI F40

こんなものを見つけました。

どれくらい前に発売されたものなんでしょうか。
パッケージのイラストがとても気に入りました。
これくらいのディフォルメのバランスが好きなんです。
猫が屋根から見ているのもいいですね

各パーツの出来も中々です。
ホイール、エンジンヘッドはメッキパーツ。
バケットシートの形状も〇ですね。
ただ、ボディはボックスイラストよりだいぶリアル志向な気が…
タイヤももっとふっくらしている方が好みですね。
時間が出来たら作って仕上げようと思います。
ちなみにこれ、シリーズとして他の車種があったんでしょうか?
ご存知の方、情報お待ちしております。


こちらはTAKU’S CARSの「F40」
相変わらずHPからのボタンで飛べる、
ホビダス販売ページが何故か空白になっています。
ラインナップはこちらからどうぞ。

2009年5月28日

足を洗うな


「映画監督」デビュー作品として、
「BU・SU」を監督が撮ったのは23年前。
既にTVCMのディレクターとして売れっ子だったこともあるのか、
初監督作品としては異例である、東宝という大看板の
「本社作品」のラインナップに入っていました。

公開当時、自分は高校生。
映画の設定も高等学校を舞台にしたもので、
リアルにひねくれた学生だったせいか、
逆にピンと来なくて、尚且つ近い肉親である
「おじさん」が撮ったという事もあり、
あまり客観的に、「BU・SU」という映画を
見ることができませんでした。

ところがそれからしばらくたって、
社会に出てオッサンに片足を突っ込んだ年齢になると、
この映画の良さがじわじわと身にしみてきました。

仲の良い友達と、
そうでない友達との
「距離感」

何年も会っていない友達に
偶然に会えたときの気持ち。

「東京の中心部で生まれ育った」
市川準にしか撮れない、
東京のトラディショナルな雰囲気…

「デビュー」でこれほどの作品が撮れたのは、
監督の力量のみならず、「現場」で、様々な要素が
よほど上手に転がっていないと成立しないはずだ。
だからこの映画は凄い…
20代の半ばにはもう自分も映画の仕事をしていたので、
余計にそう感じるようになったのです。

以前会って、お酒を飲んだときに、

「俺はやっぱり『BU・SU』が良い。」

と言うと、

「まぁ、『最初にしか出来ない』、
色んなパワーの詰まった、『奇跡』みたいなことだったよな。」

と、監督自身も語っていました。

それだけでなく、
「監督を担う」ということのプレッシャー、
もしヒットしなかったら、当時住んでいた自宅を処分して、
作品を買い取ろうか、とまで奥さんと話したこと…
そんな事まで教えてくれました。
上に張った動画は自分も初めて見ましたが、
今の自分とほとんど同じ歳のくらいだった監督が、
様々な思いを抱えながら、クライマックスのシーンを
演出しているのが見えるような気がします。


昨年の葬儀のときに、
監督がずっと「ご指名」で仕事をお願いしていた
録音技師の「大御所」の方から、

「お前、絶対に足を洗うなよ。」

と言われました。

昨年は沢山あった映像の仕事も、
今年はぐっと減ってしまいました。
これもまた、
「不景気のせいにして」、あちこちで
企画を畳んでいるからだと聞きます。

でも明日から、短期間ですが、話をいただいたので
「現場」に行って来ます。
「奇跡」と言うほどのことを、起こせるのかどうか
分かりませんが、少なくとも、「成立」させる要素の
ひとつでありたいのです。

クルマを作るのは面白い。
自分の作品を作るのは面白い…

でも足は洗いませんよ。


尚、映画「BU・SU」は、過去にVHSソフトが発売されていましたが、
現在は絶版になっているようです。DVD化はされていません。

2009年5月31日

THE RIGHIT STUFF

一昨日の夕方、
急遽「米軍機」のプラモデルを預かり、
何とか「撮影に耐えられる」仕様にするため塗装等をして改造。
そして昨日、三枚目の写真の左側に写っている、日本を代表する特撮監督
総指揮のもと、撮影が始まりました。

中学生の頃劇場で、「ザ・ライトスタッフ」を見た時、
飛行機の飛ぶシーンは全て「実物」を飛ばして
撮影したのだろうと信じて疑いませんでした。
ところが実験機を飛ばすシーンは、
地上での整備等のカットは実物大のプロップを使用。離陸のシーンのみ、
「飛行可能状態」で保存されているB29の実機を
使用しているものの、後はすべて、
「ミニチュアを使って撮影したもの」
なのだと知り、大変驚きました。
あのスクリーン狭しと雲間を飛ぶ、B29やオレンジ色の実験機が
「ミニチュア」だったなんて…

今回集まったスタッフも、
「日本一優秀な」撮影チームです。
本来は「撮影スタジオ」として使用していない
ワークショップが、あっと言う間にスタッフの手によって
特殊撮影スタジオに早がわり。
急ごしらえのB29も、「ザ・ライトスタッフ」に負けないくらいの
クオリティの映像の「要素」として活用してくれます。

彼らが「正しい資質」(RIGHIT STUFF)
を持ったクリエイターである事は、間違いありません。


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