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2009年8月

2009年8月 1日

IGNITE 配布店になりました。

アメリカの自動車文化を中心とした、
ファッション・サブカルチャー等を、
超イケてるグラフィックデザインで包み込み、
年四回、東京の高円寺から発信されている
フリーマガジン、「IGNITE


7月31日にVOL.16がリリースされました。

実はこの号から、TAKU'S CARSもIGNITEの「配布店」になりました!
でも「配布店」と言ったって、うちは店舗構えているわけではないので、
ご希望の方には何らかの方法でお渡ししたいと思います。

このフリーマガジン、自分も数年前にその存在を知ったのですが、
自動車系のフリーペーパーとしては内容、デザイン共、
「日本一」の充実度だと思います。
中身もさることながら、表紙に使われている紙の材質、
イケてるロゴデザイン、そして素晴らしい写真…
自動車、オートバイのイラストレーターとして有名な、
中沢ヨシオ画伯のイラストも毎号新作が掲載されています。

最新号にはTAKU'S CARSの紹介記事も載せていただいて
いますです。

昨今、世間ではフリーペーパー多いですが、
「捨てずに揃えてとっておきたくなる」
ものって、なかなか無いですよ。

IGNITEマガジン、ご希望の方は、
taku-yz85@m2.dion.ne.jpまで
メール下さい。
TAKU'S CARSにあるのは30部。
なんらかの形でお渡ししますよ!

2009年8月 4日

光の国から

久しぶりにこのジャンルのお仕事です。

しかし、

「光の国」も風通しの悪い場所になってしまった…(色んな意味で)

ま、言いたいことは沢山ありますが、
永遠不滅のヒーローの為に、ガンバッテヤリマス。

2009年8月10日

変身!!

昨日も旧友I君宅でパソコンの
ご相談&お勉強。

お忙しいのに、有難うございました。

I君のご子息も、
「最新のハードウェア」を、
使いこなしている…流石だ。

カシャッ!!


♪♪♪♪♪♪♪「KAMEN RIDER!!」
おお、TVの劇中と同じSEが!!
劇中小道具より良く出来てるんじゃないの?(笑)

おじさんの知っている仮面ライダーのカードは
ありませんか?と聞くと、
素早くこれをチョイス。おおお、「変身!!ブイスリャー!!」
ですね!


2009年8月11日

ビンテージ私物

東京、阿佐ヶ谷にある
レザークラフトショップ
So jake。

店内インテリアに「私物」を提供させて
いただきました。
自分の部屋で眠っているよりこういうカッコイイ
場所にある方がいいもんね~



これらのアイテムと時代的に「ビンゴ」な
コマーシャルフィルム。
ブーツ屋さんのCMですね。
喋っているのは「モトクロスの神様」
ロジャー・デコスタ
今はUSスズキチームの監督さんです。

2009年8月13日

自転車と肩凝りと密談

先月くらいから、10kmから15kmくらいの移動は、
大きな荷物のあるときを除き、
全てBMXで走ってみる、というのをやってみましたが、

「車輪の小さいチャリンコで、さぞかし疲れるでしょう?」

と言われたりしますが、

これが意外や意外。快適なのです。

それに、何よりも驚いているのが、

長年自分を悩ませ続けた、
肩凝りがウソのように軽くなったのです。
長時間、作品制作で机に向かった後などは、
それはそれは肩が重かったのに、
今ではそうでもないのです。

自分でも信じられないですが、
これは本当です。

基本的にBMXはスケートパーク等で遊ぶ
「オモチャ」であり、
今まで移動に使うと言っても、せいぜい
近所か、一駅分くらいの距離でした。

ちなみにスケートパークで、
ハーフパイプを走ったり、
ジャンプしたりすると、
さすがに翌日は筋肉痛になります。
ただ移動でテレ~ンと走るのと違い、
思い切り筋肉を使って乗るからです。

しかし、この長距離移動と肩凝りの
意外な関係…
ママチャリでやっても同じ効果が
得られるのだろうか?

そんな事を考えながら、先ほど、TAKU’S CARSの
「影の仕掛け人」とも言うべきH氏と、
自宅近くのファミリーレストランで「密談」すべく、
待ち合わせると、いつものようにH氏は、
シルバーの初期型ロードスターに乗って来るのかと
思いきや…

なななんと、彼も自転車で登場!!
しかも20インチ!ですが、自分と違い
かなりオシャレなスイス製ミニベロ!!
こんなの持っていたの知らなかった!

「天気さえ良ければ、最近は職場にもこれで行くんだよ。」

H氏の職場は秋葉原。自分がBMXで行くようになった、
渋谷、新宿より更に遠い…この辺りからなら20kmは
あるはず…

でも試乗させてもらって納得。
サドルに座ったポジションはとても楽で、
タイヤも20インチながら、設定されたギヤ比の
おかげで24インチ~26インチとあまり変らない
ペースで走れる…こりゃ~快適だわ!


自分のBMXはサドルを、ハーフパイプで乗るときに
「邪魔にならないくらいの」高さにセットしたまま
街乗りしているので、かなりお尻が低い位置に…
これはこれで慣れちゃったけどね~
ブレーキもリヤだけですが、

「後ろブレーキだけで大丈夫?」

なんて心配してくれる人が多いんです。
しっかり調整したBMXのブレーキの、
「制動力」はハンパじゃないですよ~
ドンキホーテやホームセンターで売ってる、
折りたたみのやつや、ママチャリのブレーキと
一緒にしないでね~


普段の日は節約して、自転車に乗って身体もほぐし、
休みの日は思い切りガソリン使って遊ぶ…
これからはこれだな!


密談では、秋にTAKU’S CARSとして、
「面白いことをやろう!」
という事で意気投合!これもお楽しみに…


2009年8月16日

祖父と「POP」の英語

64年目の終戦記念日が終わりました。

わが家族は幸運な事に、父方、母方ともに
祖父は出征したものの、終戦後に帰還を果たしており、
どちらの祖父も自分が幼少の頃から良く遊んでくれました。

母方の祖父は大変なドライブ好きで、自分が中学生の頃、
なんと北海道までキャンプ旅行に連れて行ってくれた事が
ありました。確か当時、祖父は70を過ぎていたと思いますが、
背筋もシャンとしていて、老人とは思えないエネルギーで、
数百キロの運転はもちろん、テントの張り方から自炊まで、
様々なことを自分と弟に教えながら北海道を回ってくれました。

どこかの海岸沿いのキャンプ場に立ち寄った時の事、
すぐそばに外国人のツーリングライダーがテントを
張り始めると、祖父はその白人に近づいて行って、
突然、流暢な英語で挨拶や、世間話をはじめたのです。
これには驚きました。

日本のオートバイ、四輪のエンジンチューニングパーツメーカーの
草分け、「ヨシムラ」の創設者である吉村秀雄氏も英語が堪能で、
終戦後、九州で開業した際、地元の基地に進駐してきた若い米兵達が、
「あそこのバイク屋は英語が通じる」
と、自分達が乗るバイクの面倒をみてもらう為に押し掛け、
吉村氏を慕ううちに、「POP」(親父)という愛称で呼ぶように
なり、そのニックネームが「ポップ吉村」として語り継がれるように
なったそうです。

自分の祖父と吉村氏、何故英語が堪能だったのか?

二人には共通点がありました。
戦時中、東南アジアに出征していたのです。
地元の街などで通じる言葉は英語であり、それで英語を覚える必要に
迫られた…ポップ吉村氏はインタビュー等でそう語っていましたが、
祖父に英語を話せる理由を聞いても、

「一生懸命勉強したからや。」

と、言うだけでした。

そんな祖父がただ一度だけ、出征先での思い出を
話してくれたことがあります。

「基地にあったアメリカ製のダビットソンで
遠出をしたことがあった。山の中を走っていたら、
エンジンが壊れた。コンロッドがクランクケースを
つき破って、それでオシャカや。
仕方がないから、近くの小川を行き来している地元の
小船に頼んで乗せてもらい、それで基地まで帰ったんや。」

まだ戦況もそれほど激しくない頃の、のんびりとした日の
出来事だったのでしょう。

吉村氏が他界した3年後の98年に、
祖父は91歳の天寿をまっとうしました。

自分の「乗り物好き」のDNAは、間違いなく祖父から
受け継いだもの、そうに違いありません。


30年以上前の鈴鹿8時間のレース。
レース開始から最後の最後まで、
ピットウォールでストップウォッチを持って
立ち続けた吉村秀雄氏。
祖父と言い、ポップ吉村といい、戦争を乗り越えた
男のエネルギーに、自分のような腑抜けた現代人が
適うはずもありません。

2009年8月18日

PLYMOUTH 'CUDA

またまた盗撮シリーズです。(笑)


夕暮れ時に自宅付近を散策中に発見。

最初は’72~’73あたりのチャレンジャーかと思ったんですが…

このエンブレムを発見。

クーダも丸目4つのタイプがあるんですね。
340cu.inと呼ばれるタイプなのでしょうか。


このヤレ具合、どれくらいこのままの状態で置かれているのでしょう。
パッと見はクリームイエローみたいな色に見えますが…
ボディの艶はすっかり消えているし、もうすこし鮮やかな色だったのかな。
車高も「下げてある」のじゃなくて、「下がっちゃってる」んですね。
買取り業者のチラシが何枚も張られていて…ちょっと可愛そうです。
JADA・TOYSの「FOR SALE」
そのものですね。



しかし、「生気」は失せていてもこの存在感…
プレスラインの流麗さ、ダクトの形状、
全てがヤバい…素晴らし過ぎます。
自分が生まれた頃に作られたクルマのデザインとは
思えません。

国から小遣い分けてもらって、
新車のプリウスなんか買うんだったら、
この黄色いクーダを譲ってもらって、
コツコツと、自分で出来る部分は手を施して、
もう一度「命」を吹き込む…

そんな「夢」を買うほうが百万倍マシですね。

「プリウス」なんかより、「プリムス」で!!ってことです。

ちなみにこのクーダがある場所の近くにも、
真っ赤な跳ね馬512テスタロッサが、
「同じような状態」で、雨ざらしで眠っています。
恐るべし隣町。○並区ってなんか変な所だよな…

モトクロス車両 及び運搬車盗難情報です。

今月の6日、
自分と別のチームの所属ですが、
もう十数年も行動を共にしているナジマトモキという
モトクロスライダーの所有するハイエースが、モトクロス競技車
ホンダCRF450と装具、工具等も一式、搭載したまま
彼の経営する自動車販売店の敷地内から盗難されるという
とんでもない事態が起きてしまいました。

オフロードバイク系ポータルサイト、
ダーヌポさんでも情報を載せていただきましたが、
こちらでも車両等の詳しい情報を載せておきます。
このブログをご覧頂いている、特に埼玉及び関東近郊の方には特に、
どんな些細な情報でもあれば、下記のアドレスまでご一報下さい。
宜しくお願いいたします。
このブログのコメントからでも構いません。

enthusiast@ac.auone-net.jp
ナジマトモキ

taku-yz85@m2.dion.ne.jp
TAKU’S CARS
市川 拓


★車両等の情報★

盗難にあった日時:2009年8月6日
場所:埼玉県草加市

車の特徴
●200系ワイドミドルルーフのハイエース(TRH214-0003984)
●ナンバー58。(多分付け替えられていますが・・・)
●塗色、ホワイト
●カーライフオートの特装車です。
●10人乗りの3ナンバーを貨物の1ナンバー登録車です。
●ウインカーミラーの3インチローダウンで、16インチファブレスのメッキアルミとナスカータイヤです。
●フロントガラスの右端にホーネットのセキュリティーランプが付いてます(役に立ちませんでしたが・・・)
●スーパーGLの場合リアバンパーにステップが有りますが、ステップ無しの1ナンバーです。
●写真の車からホイールが変わって車高が落ちています。また、ナンバーが58に変わっています。


積載物
●08モデルCRF450(PE05-1610076)
●ウエアー一式
(アンサー上下、昭栄ヘルメット、オークリゴーグル4個、リアットブレイススポーツ、アスタリスク左右、
アルパインTECH8ホワイト、OGIO9900ブラックバック、オークリゴーグルケース)

被害総額はざっと見積もっても600万円くらいだと思います。

余談ですが、
トモキはパッと見はガラ悪いけど、(ゴメン)
本当に良い奴で、
10代の頃は真剣にプロを目指してモトクロスに
打ち込み、今でも本当に速く、
積み重ねた確かなライディングスキルを持ち、
小柄な体格ながら450ccのビッグマシンを
振り回してレースに出ています。
自分もトモキのコーナリングを見て、
参考にさせてもらったものです。
普段も家業の自動車販売を切り盛りし、
すごく働き者で…

なんでこんな良い奴がこんな目に遭わなければ
いけないのでしょうか。
クルマを、バイクを盗んだ犯人、
絶対に絶対に絶対に許しません。
被害届けを受け取った公僕も、チンタラと無駄な職質や、
ルーティーンワークをやっていないで真剣になって、
この事件の犯人を捕まえてほしいものです。


重ねがさね、
些細な情報でも構いません。
心当たりのある方、
情報、お待ちしております。


2009年8月26日

零式艦上戦闘機二十一型


昨年、サンプル制作に関わった
精密模型が発売されました。
TVCMも流れているので、ご覧になった方もいるんじゃ
ないでしょうか。

そう、お城とかスーパーカーとか軍艦とか、
毎週小冊子とともにパーツがファイリングされて
発売され、全部買い揃えると組みあがるというアレです。

この精密模型、今までのどんなゼロ戦の模型よりも「再現度」に
拘っており、部品の点数もハンパじゃない量です。
全部組みあがるまで、お客さんは一体いくら払うのでしょう?
ちょっと心配になっちゃいます。

この模型のサンプルは、3~4人で手分けして制作し、
自分は主に操縦席及び周辺の機器を担当しました。
外板はすべてアルミのプレート、細かい機器類はホワイトメタルで
出来ています。気が遠くなるような、神経を使う作業…
塗装見本に関しては、いかに有名な戦闘機と言えど、60年以上も昔の
飛行機なので、決定的な資料が残っておらず、プラモデルのボックスアートで
有名な画家、高荷義之先生の操縦席のイラストを参考にして塗りました。

ゼロ戦は、真珠湾攻撃等に投入された初期の「二十一型」は、
現在まで、「明るいグレー」が機体に塗られていた、というのが定説
でしたが、実はあの色はもっと濃い色で、当時のゼロ戦の実機の組み立てや、
整備に関わった人の証言では「あめ色」と呼ばれた、茶系の色を薄くしたような、
なんとも言えない独特のカラーリングだったと言うのです。
今回のこの模型では、その「あめ色」の塗装見本や指定塗料を推奨しているのも、
ゼロ戦の模型においては新しい試みらしいです。

この模型、再現度の忠実さもさることながら、制作してみて思うのは、
戦争当時、年端も行かない若者が、これほど膨大な操縦席の機器、
装置を操作して、「戦うために」空を飛んでいたのかと思うと、
様々な事を考えてしまいます。

2009年8月28日

発進


不可能と思う事が、世の中には沢山あります。
レースで言うなら、鈴鹿を2分10秒で走ること、
フレディ・スペンサーを抜くことなどです。
しかし、本当に不可能でしょうか。
1%の可能性も無いのでしょうか、
そんなことはありません。
その問いに対して、不可能=NO、と言わなければ
可能なのです。
(中略)
何も始めていない、何も可能になる方向に考えて
いないのに、なぜNOというのですか?
否定的な考えばかりでは、進歩はありません。
月に人間が行く。現在なら、可能どころか事実です。
しかし、200年前はどうか、
ある人は可能だと考え、多くの人々は、そんなバカな
不可能と言った。可能だと考えた人がいて、トライしていたから、
現在の科学があり、月にも行けるようになったのではないでしょうか。
(中略)
自分が、もうこれ以上速く走れない、怖い、と思っていても、
その自分よりもっと速く走る人間はいます。すると、自分の限界はいったい?
限界はありません。ある、と自分で決めつけてしまっただけです。
本当に自分のポテンシャル=潜在能力が、分かっているのですか。
違うでしょう。だからこそ、予選落ちしても、転倒しても、エンジンを壊しても皆、

「次はうまく行く」

と思ってサーキットへやってきているのです。

(モリワキエンジニアリング代表・森脇 護)


モリワキmotoGP2マシンついに発進。
走れ、どこまでも…


2009年8月31日

東洋一

自分が若い頃から度々仕事で訪れた、
東洋一の撮影スタジオで仕事をしてきました。

土日返上。今日から数日間、ブーブーの広告の仕事です。
結局今月はろくに休めず、このブーブーのプロジェクトに
かかりっきりです。
なんのブーブーかって?それは「シュヒギム」っていう
大人の事情で今はこんなところに書いたりできません。

それはさておき、この撮影スタジオ、

かつては黒澤明が数々の名作を生み出し、

円谷英二が「特撮」というジャンルをこの世に生み出し、

自分に仕事を教えてくれた、怖い怖いオヤジや、

自分が仕事でムチャクチャをやらかしても、始末書を書いて
守ってくれた「恩人」とも言うべき親方も今尚、
この場所で自分を迎えてくれます。

そう、その怖いオヤジが自ら腕を振るったゴジラのブロンズ像も入り口で…


いや~しかし、撮影開始が朝九時で、
終わって帰宅したら選挙速報どころか、F1中継も始まってました。
そればかりか、スタジオの内部でドタバタ一日中走り回っていたら、
知らないうちに日付どころか、政権も変っていたんですね~
ホントの意味で、一体何がかわるのやら…
それでも明日、と言うかもう今日なんですけど、
ブーブーの撮影は続くのでした…

「インドのちから」がどーだこーだとTVは言っていますが、
わずかな睡眠時間の方が大事なので、もう寝ます。
モリワキマシンは無事インディアナポリスを疾走したらしいね!
めでたいっす。

「明日もいっちょう、ブワ~っと行くかぁ!!」

About 2009年8月

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