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2009年9月

2009年9月 6日

「あのゴジラが、最後の一匹とは思えない…」(昭和29年公開『ゴジラ』山根博士/演・志村喬の台詞より)







昭和29年から21世紀の
平成16年まで制作され続けた怪獣映画、
「ゴジラ」シリーズ。

その主役である、ゴジラのキャラクターの「着ぐるみ」ですが、
個人的には、21世紀以降の映画に登場するゴジラの
キャラクターは、全て「ニセモノ」だと思っています。

昭和29年に誕生してから、40年もの間、
ゴジラは、前回のブログ記事に載せた、
昭和初期から東京都世田谷区に存在する撮影スタジオ内の
作業室で、数人の熟練の技術者が現在のように造型専用の材料も
ろくに流通していない時代から、工夫をこらしてその「形」を生み出し、
命を吹き込んでいました。

ところが21世紀になると、どういう事情か詳しくは
知りませんが、そのゴジラのキャラクターの制作元は
「外注」となり、デザインもトゲトゲしく、いかにも
「現代的」な雰囲気へと大幅に変ってしまいました。

自分は縁あって、「昭和のゴジラ」を制作していた部署で、
まさしくその、ゴジラそのものの「形」を生み出していた、
「親父」とも言うべき技術者の下で仕事をしていた時期が
あります。

ですがその仕事は「ゴジラ」関係の仕事ではありませんでした。

「親父」の性格は超ガンコ、

「俺は嫌な奴で名前が通ってんだ」

憎まれ口も叩きますが、その技術は自分からしてみれば
まさに「神業」のレベル。

造型技術の確かさと合理性、
それだけでなく、大工仕事、溶接、
なんでもプロのレベルでやってのけてしまう、
こんな映画人はもう現れることはないでしょう。

ある日、仕事とは関係なく、
ふらっと撮影所に遊びに行き、「親父」を訪ねたときのこと、

「次のゴジラ、また俺が作るかも知れない。
そん時はお前、呼ぶからな。」

既にその時点でゴジラのキャラクターは「外注先」が
制作していましたが、2004年の作品に限っては、
「本家本元」がゴジラを制作することになりそうだ、
そのときは自分を制作助手として呼んでくれる、
というのです。

これはうだつの上がらないレーシングドライバーに、
フェラーリから

「次のラウンドからウチのF1に乗りなさい。」

というオファーが来たのと同じようなことで、
怪獣の着ぐるみが作りたくて業界に入った自分に
とっては願ってもない話でした。

ところが、

これまたどういう風に話がこじれたのか分かりませんが、

「再びゴジラを親父の手で」

という企画は流れてしまい、やはり新作の映画に登場したのは
「外注先」のトゲトゲしいゴジラでした。

黒々とした表皮、
生命感の溢れるギョロっとした目玉。
ゴジラのアイデンティティともいうべき、
あの独特な形の背びれ、
長く、逞しい尻尾…

「本物のゴジラ」はどこに行ったのでしょうか?

います。

「再びゴジラ」の話が流れた直後、
東宝撮影所は大幅な設備や外観のリニューアルをはかり、
その際、新しい撮影所のゲートに置かれる、
象徴的なモニュメントとして、「本家本元」のゴジラが
制作されたのです。勿論「親父」が腕を振るったのは
言うまでもありません。

現在の「親父」のいる部署には、
そのモニュメント・ゴジラの「設計図」とも言うべき、
木板にフリーハンドで描かれた等身大のゴジラの絵が
あります。昔の怪獣は、こうして木板に絵を描き、
それを目安に制作していたのです。
このゴジラのシェイプはや雰囲気は、
ここでしか生み出せないのです。

最近、缶コーヒーのTVCMで、「ゴジラ」の
愛称で、図々しくも呼ばれ続けている野球選手とともに、
ゴジラのシルエットと咆哮がちらっと出ていますが、
あれは残念ながら、「外注」のゴジラでした。

先週久々に「親父」を訪ねると、そのCMを指して、

「あんなのゴジラじゃねぇよ」

と、一喝。

野球選手も「外注」ゴジラも、
「名前負け」しているぞ、
と言うことなのでしょう。

「親父」健在。
ゴジラは不死身なのでした。

2009年9月10日

SUPERCARS

先月からブーブーの広告撮影でドタバタしていたら、
知らない間に夏が終わっていて、
Tipoさんからスーパーカーの本が別冊として
発売されていました。
この本では、TAKU’S CARSも紹介されています。
というか、個人的にはイオタ#4990(ミウラSVJ)の
沢山の写真が載っていて…鼻の穴がおっぴろがります。
やっぱりこの時代のスーパーカーはええな~
「夢」そのものって感じがしますね。


2009年9月13日

Michele Alboreto


ジャンカルロ・フィジケラが、
やっとフェラーリに乗れたくらいで、
大騒ぎしてもらっちゃ困るねぇ…

オレは見ましたよ。
21年前の鈴鹿で、
偉大なるカリスマ、エンツォ・フェラーリが
自ら指名し、「跳ね馬のF1マシン」を与えた由緒正しき、
「カーナンバー27」のイタリア人ドライバーを。

独特の吸気音を響かせて、ミケーレ・アルボレートが操る
F187/88C・V6ターボが走り去る…
思えばあの日は、今日みたいに冷たい雨が
降ったりやんだりしていましたね。

フェラーリを追われ、
F1を去った後は、アウディのワークス・ドライバー
としてル・マンで優勝。ですが2001年に、
ドイツでテスト中に亡くなってしまうなんて、
なんて悲しいことでしょう。
確か奥さんは凄く綺麗な人だったような…

シューマッハが大記録を残そうが、
ライコネンがたまに勝ちを拾おうが、
跳ね馬のドライバーとして、
彼だけは「別格」ですね。

2009年9月17日

ULTRA CARS

近日発売のアイテム。
サンプル、いただいちゃいました。
たぶん百円玉いれて、
ガチャガチャってやるアレかな?
もう店頭に並んでるところもあるかも。


はじめて自分が関わったウルトラシリーズの作品では、
アメ車の輸入車の代理店さんが作品協力してくれて、
なんと劇用車のベース車両はZ28カマロと四駆のブレイザーの
二台体制でした。豪華でしたね。

我々旧来のスタッフが知らないところで
制作が行われている年末公開のウルトラの新作映画、 
残念ながらカッコイイ劇用車は出てこないみたいです。

2009年9月18日

もう一年

昨年の9月19日、
仕事の材料を買出しに、渋谷の東急ハンズに行くために
電車に乗っていて、何の気なしに携帯電話のネットの
ニュースを開くと、見慣れた肉親の名前が目に
飛び込んで来ました。

動揺しましたが、その後とりあえず買い物をすませ、
職場に戻り、夜まで再び仕事をしていたはずですが、
道具や材料を手に取っても、心ここにあらずで…

その後、目黒に車で向かいました。
昼間から降っていた雨はかなり激しくなり、
一時はワイパーをフルに動かして運転しました。

そして、まるで眠っているような
伯父と対面しました。

この世知辛い世の中、
コンテンツだ、権利だと、何かとメディアには
お金が絡んで来るのが当たり前ですが、
伯父の残したたくさんのコマーシャルフィルム、
そしてDVD未発売の映画たちがセットになって、
リリースされることになりました

これは如何に、市川準という人が、彼の作品が
人々に愛されていたかと言うことの証だと思います。
ソフト化に際し、尽力いただいた関係各位に
心から感謝したい気持ちです。

しかし、
一年は早いですね。

2009年9月23日

さようなら「先生」

マグマ大使、帰ってきたウルトラマン、ウルトラマンA、ウルトラマンタロウ、
ウルトラマンレオ、がんばれ!ロボコン、人造人間キカイダー、
西遊記(日本テレビ)ハローキティ、サンリオのキャラクターたち…

40年の長きに渡り、
テレビのヒーロー番組のキャラクターの衣装や着ぐるみを
制作し続け、70歳を過ぎても現役で活躍されていた、
平子 博さんという造型技師が19日にお亡くなりになりました。
享年75才、偶然ながら、昨年伯父が亡くなった日と同じ日でした。

ウルトラマンシリーズや、サンリオのキャラクター制作で有名な、
キャラクター制作会社の老舗、「開米(かいまい)プロダクション」は、
昭和29年の映画、「ゴジラ」で、日本で最初に「怪獣」の
着ぐるみの制作技法を確立した開米栄三氏と、もともとは大工仕事を
専門にしていた平子氏が出会い、昭和40年に設立されました。

自分は開米プロで、怪獣の着ぐるみを作る「修行」を
させてもらったことがあり、子供の頃からテレビで見ていた
キャラクターを作っていた開米氏や平子氏のもとで
仕事をさせてもらえることに、本当に喜びを感じていました。

ちなみに開米氏は、いまだ会長職として毎日工房に出勤し、
自らミシンを操作して作業をし、そればかりか、
従業員の食事の支度もされています。

確かな造型制作の技術だけでなく、
平子さんは若い頃から大工仕事をしたり、
趣味としてソフトボールのチームに所属していて、
孫ほどの年齢のチームメイトとプレーを楽しんで
いるくらいの「肉体派」で、スポーツマンでした。

その証拠に、昨日、斎場でお式に参列したとき、
お骨を収める係の方が、

「こんなに骨のしっかりした男性は珍しいです、
一番大きなサイズの骨壷が、パンパンになるくらい
いっぱいになっています。」

そう仰っていました。

昨年お身体を壊された平子さん、その強い体と心で、
もう一度「職場復帰」するべく頑張っておられたと
ご家族からお聞きし、残念で仕方がありませんでした。

平子さんがかつて手がけた、何百というキャラクターたち、
その中でも自分が好きなのは、「がんばれ!ロボコン」の、
ロボコンを正しいロボットにすべく教育する、ガンツ先生と、
テレビドラマ史上に残る名作、日本テレビの「西遊記」の
オープニングで登場する、「石猿」です。

石から飛び出すシーンでは、堺マチャアキ氏ではなく、
松田優作の「遊戯シリーズ」の殺られ役や、
「ウルトラマンレオ」を演じ、現在では
北野たけし映画のアクションシーンや、暴力シーンを
コーディネートする、二家元辰巳氏(にかもとたつみ)が「石猿」になって
石から飛び出しています。


ロボコンは毎回、
「ロボットとして、正しい行いが出来たかどうか、」
銀色のボディのガンツ先生に採点されます。
100点をもらえると、ロボコンのボディには
ハートのマークが付きます。

自分は平子さんに、100点をもらえるでしょうか?
いや、今の自分では全くダメでしょう。
ロボコンが最終回でたくさんのハートマークをもらえたように、
もっと頑張らなければいけないのです。

偉大なる先輩であり、師であった、
平子 博さんのご冥福をお祈りいたします。

2009年9月26日

モリワキGPマシン、好発進!(全日本ロードレース選手権・第五戦岡山大会)

昨日の夕方、
モリワキエンジニアリングに勤務する友人から、
携帯にメールが…

「岡山大会、本日テストデイでMD600が暫定トップ。」


!!!


しかしこれも、モリワキにしてみれば、
全て「予定通り」。

250のGPマシンなど、
ぶっちぎりで
蹴散らさなければ、
「意味が無い」のです。

今日の予選、
日曜のレースが楽しみです。


速い!


モリワキGP2マシン、
速い、速すぎる。

250のGPマシンと、結構良い勝負になるという
前評判もありましたが、
まともに走ったら、ケンカになりませんな。
これじゃスーパーバイク(1000cc)クラスで走っても、
トップ10はいけたかも。

その250マシンでのトップタイムを叩き出した宇井選手のマシン、
カラーリングがカッコイイですね。
モリワキのマシンは、サイクロン号より速いわけだ(笑)




2009年9月29日

完全勝利&リゾート地へ出張

結局、完全勝利でした。
次はスーパーバイクで出走したら?
次のラウンドはもてぎ、
鈴鹿の最終戦は見に行きたいなぁ!

で…
この週末、自分は何をしていたかと言うと、
軽井沢に出張でした。

リゾート地に出張なんて、聞こえはいいけど、
天気は悪くて寒かった…
軽井沢も久しぶりだったんで、関越高速から、
上信越道への乗換えを間違えて大騒ぎ。
学生時代はツーリングで、モトクロス始めてからは、
軽井沢モーターパークにレースにも度々行ったもんですが。
そうそう、軽井沢、浅間山のあたりは、
戦後の日本のオートバイレースの「発祥の地」
なんですよね。


天気が悪くて霧が濃く、浅間山は見えませんでしたが、
帰り道に「白糸の滝」は見てきました。
水の透明度が凄い。マイナスイオンも出まくりです。
赤いジャケットは、今回一緒にお仕事した着ぐるみ役者のM君。


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