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2010年11月

2010年11月 1日

ポップ吉村の伝説

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今は平和な時代ですが、昔は日本刀を抜きあい
一対一の対決があったわけです。こういう場合、
戦いの原則としてもう俺は負けだと思った方が完全にやられます。
戦闘機の戦闘でも同じことです。
戦いに臨む前は過信ではダメですが、十分敵を食えると言うもとに
走らなければダメです。日ごろのトレーニングをきちんとこなしながら、
さらに自分の戦闘に対する精神の持っていき方をうるさく言ってきました。
いきつくところはそこですね。我々は、命張って戦った経験を、
今のライダーに伝えたい。我々の同期生を含んだ海軍の戦闘機パイロットの
技量は世界に誇れるものだったんですね。

吉村秀雄

(ライディングスポーツ1995年6月号特集『さようならゴッドハンド』より抜粋)

(写真)
上から3枚:伝説のマシン
4枚目:吉村氏が素手で加工した4輪のレース用カムシャフト
5枚目:氏直筆の書と、有名な愛用の麦わら帽子
6枚目:吉村氏ゆかりの品々 左の帳面は海軍パイロット時代の飛行記録
7枚目:在りし日の姿

2010年11月 2日

全日本ロードレース最終戦MFJグランプリ

久しぶりにサーキットに行ってきました。
今回は名選手の引退レースでもあり、
鈴鹿の友人も訪ねたかったので、
深夜バスで土曜日の予選から乗り込みました。
なんと最近では、新宿発で鈴鹿サーキットに最寄の
近鉄白子駅着のバスが運行されているのです。
鈴鹿も安く簡単に行けるようになったもんだ。
座席も独立式で大き目のリクライニングシート。
結構寛げます。

白子駅で友人と待ち合わせ、
「朝飯食ってから行くか?」
連れて行ってもらったのは鈴鹿インターの近くにあった、
ひなびたカフェ風のお店。
そこで頼んだモーニングが下の写真。
和食のプレートに、右のパスタやゆで卵等、もちろん
飲み物が付いて640円!!
店構えばかりカッコ良くて、量も少ないくせに高くて不味いものを平気で
出す店が多い東京の外食事情はダメだな、と痛感です。

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昨年設備が大幅にリニューアルされた鈴鹿サーキット。
入り口も、「ここはどこだ?」言いたくなります。
そんな浦島太郎な自分を撮影する鈴鹿のアニキとそのジュニア。

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ピットが3階建てじゃん!!
路面は濡れていましたが、雨は上がっていました。

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アニキとジュニアと対面する「プロジェクトX」で有名なモリワキエンジニアリングのマネージャー。
「かわいいわね~お父さんそっくりね~」
右の帽子の後姿は、モリワキの御大。


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山口辰也選手、発進!!

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S字コーナー

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土曜日はお客も少ないな~

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ピットウォークも開催。
ライダー、マシンとファンとの交流の時間。
もちろん、傘持ったお姉さんも。

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カワサキ使いのベテラン、柳川明選手のZX-10R。
カッコ良さは一等賞でしょう。

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何故かこんなマシンが飾ってあった。
レプリカかと思ったら、本物らしい。
このマシンが鈴鹿で優勝したときも、
ヨーロッパで走る姿も見た。でもたとえこのマシンが
動いたとしても、もう二度とその姿は見られない。

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鉄フレーム、外装カウルはあえて無し。
旧車バイク風のタンクとシート。
お遊びではない。このチームは昔から大真面目だ。
その証拠にこのマシン、決して遅くはない。

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セブンシーの指揮官、F氏。
日本国内有数の二輪レース技術者であり指導者。
あの富沢祥也選手をプロライダーへと育てた。
恐れ多い話ですが自分も昔モトクロス車の改造で大変お世話になりました。
大所帯のチームを率いて忙しそうです。

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セッションの合間に整備を受けるバイクからも、
エネルギーが発散されている。
それがレーシングマシン。

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125マシンを駆る、高杉奈緒子選手。
男ばかりのオートバイのレースの世界で闘うだけでも
大変ですが、彼女はそれ以外にハンディキャップを背負っています。
でも彼女はいつも笑顔。周りの人も笑顔、笑顔。

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自分の大好きな、シビックタイプR・UK。
マーシャルカーになっていました。
当たり前ですが、見飽きるくらいガンガン走って
くれました。

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伊藤真一選手、22年間お疲れ様でした。
自分と3つしか違いませんが、
自分が二輪免許を取ったときには
既にバイクレース界のヒーローでした。
未だにチャンピオンを狙えるくらい強いのが本当に凄いです。

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往年の愛車にも乗って引退セレモニー。

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総合2位の伊藤選手。エアホーンで見送るファンの目には涙雨か...

日曜日のスーパーバイク決勝。
午前中のヒート1は快晴。
午後のヒート2は雨。
伊藤選手の涙雨か...
両ヒートとも宇宙人が制しましたが、
どちらのレースもスタート後の第一コーナーを
奪ったのは、ゼッケン33番の青いマシンでした。


今回のレース、各クラス、最終ラップの
最終コーナーまで勝負が分からないような
素晴らしい内容のレースが展開され、
大変満足しました。
台風が来ている割には、天気も大きく崩れなかったし。
しかし...
もう少しお客が来てもいいのでは。
このままじゃ、日本のバイクレースは潰れますよ。
レースが好きなら、
動画サイト漁ったり、ライブなんとかで
マウスカチカチやるんじゃなくて、サーキットに行きましょう。
メディアなんかに本当のレースは存在しないんだから。

伊藤さんのカッコ良さも、
宇宙人の「二輪ドリフト」も、
奈緒子ちゃんの笑顔も、
最先端の、そして往年の名マシンも、

すぐそこに存在している。
同じ空気を共有できる。

そういう意味では、このブログ記事もどうでも良いんです。
大事なのは、この日鈴鹿に居た全ての人と、
自分の胸に残った「何か」

さあ、来年は何回レースを見に行けるかな...

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2010年11月 4日

SHOWROOM

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よく自動車のショール-ムや、バイクショップに
レーシングカーやレーシングバイクが飾られていたりする事が
ありますが、自分はそういうのを見ると、子供の頃に読んだ、
「ちいさいおうち」という絵本を思い出します。
メカニックに手を掛けられ、磨かれ、レーサーと一体になって
思い切りサーキットを駆けていたのに、いつの間にか
場違いな場所に連れてこられ、走りもせず、火も入れられず、
月日だけが過ぎて行く...
それらはまるで、動物の剥製のようでもあります。


「レーシングマシンは生ものだ」
誰かがこう言っていました。
今まさに、リアルタイムで「走るため」に準備されている車両と
いうものは、ピットに並べられ、置かれているだけで、
オーラ、エネルギーを発散しています。
「さあ、走らせてくれ!」そう言っているようです。
役目が終わればそれまで、
それがレーシングマシンの「寿命」というもの
なのかも知れません。

ですが、この場所に置かれていたマシン達には
それを手掛けたエンジニアや、
そのマシンに身を預けたライダー達の「情熱」や「狂気」が
今でもわずかに燻っているように見えました。

それはきっとこの場所が、かつてオートバイやレースというものに、
「本気で魅せられていた」、今では出会うことの少なくなった、
ギラギラと光り輝くような魅力を持った男達が集った場所だから
なのでしょう。

「君に、君達に不可能はない」
青、白、黄色の旗印のもとに...

(これらのマシンは、現在は一般公開されていません。)

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2010年11月13日

 No! Try not. Do. Or do not. There is no try.(スターウォーズ・帝国の逆襲 ヨーダの台詞より)


先月末の鈴鹿のレースの余韻をまだ引きずっています。

F1も、初めて鈴鹿で見た年や、亜久里選手が3位になった時は、
東京に戻ってもしばらくボーっとしてたけど。
良いレースを見ると、「社会復帰」するのに時間がかかるんですよ。

でもやっぱりバイクのレースも自分にとっては「特別」
今の自分を支えている、「原点」です。

それにしても彼女、カッコ良過ぎます。

「やってみる」
なんて言うのは無し。
「やる」か「やらない」か

「女だから」とか
「耳が聞こえないから」
そういう事は、彼女には関係ないんです。

何故なら、目標はずっと先にあるから。

こんな世の中で、身銭を切って
レースをしている人は皆偉いですね。

2010年11月16日

THE PRIVATER

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レーシングライダー・大木崇行選手 

2010年 全日本ロードレースST600クラス
ランキング4位

素晴らしい才能を持ったレーサーがいたとして、
チャンピオンを何度も輩出している有名なチームに
所属したとします。それでも、中々レースの結果に
結びつかない事がよくあります。

それは何故でしょう?

一流と呼ばれているお店で、高いお金を出しても、
「本当に美味しいものを食べさせてもらえる」
とは限らないからです。


彼、大木選手は決心しました。

彼自身が尊敬する、ある人物のアドバイスもあり、
今まで沢山お金を払ってバイクに
乗せてもらっていた有名チームを辞め、
このお店の門を叩きました。

彼の選択は正解でした。

不景気とは言え、
今年、彼の参戦するクラスには、
バイクメーカーから契約金をもらっていたり、
マシンを提供してもらっているライダーがゴロゴロいました。

ですが、シーズンが始まると
自分で買った新しいバイクに乗った大木選手の方が、
そんなプロライダー達を抜いてしまうくらい速かったのです。
バイクも、タイヤも自費で購入し、レースウィークは
ハイエースで寝泊りしている彼の方が、です。
これには大木選手本人も驚きました。

それでも自費参戦は厳しく、日本各地のラウンドに
全戦遠征するのは難しい...
しかし、そこは腐っても「全日本選手権」、
常に上位でチェッカーを受ける彼の手元には、幾らかの「賞金」が
残るようになっていたのです。
それを元手に次のラウンドへ...
正しく彼こそ、本物の「賞金稼ぎ」でした。

そして8月の終わりの仙台のレース。
タイからやってきた二人のライダーと、
大木選手の三人が、酷暑の中、レースを掻き回しました。
彼らに負けたメーカー契約のライダーが、
いったい何人いたでしょう?
タイ・ヤマハの二人も、大木選手も、
実は全く同じ仕様のバイクに乗っていたのです。

今年最後の鈴鹿のレースも、ヤマハの契約選手と最終ラップの
最終コーナーまで順位を入れ替え、惜しくも4位に。
レース序盤にはあわやトップか、という活躍を見せていました。
レース後、彼のピットを訪ね、来年はどうするんですか?
と聞いてみると、慌しく延長コードを片付けたりしながら、

「まだ何も決まっていないんです。
とりあえず、借金の清算しないと...」

今年、大木選手に負けたプロの選手は、
ペナルティとして、彼にギャランティを支払った方が
良いんじゃないでしょうか?
「正しい道具」を選ぶのも、ライダーの資質が
問われるという事です。

「本当に美味しいもの」は、
「食べてみなければ分からない」

レースでも、街乗りバイクでも同じです。
本当に美味しいもの、食べたい方は、大木選手が叩いた門
訪れることをお薦めします。

2010年11月24日

欧日坊主対談


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先日、あるカメラマンとひょんな事から
知り合いました。
デンマーク人のJan Buss(ヤン・ブース)
彼のウェブサイトで
作品を見ることが出来るので、是非どうぞ。

「デンマークにいる頃から、映画俳優や監督のポートレートを
撮ることが多かった。でも、被写体が有名人だとか、
良いギャラがもらえるとかもらえないとかは
自分にとって重要じゃない。
自分のポートフォリオに永遠に残せるような作品を撮りたいんだ。」

ヤン自身もまるでモデルか俳優みたいにハンサムなんですよ。
GIANTのロード車で颯爽と撮影スタジオへ...
日本語も上手い。
自分との共通点は、ボウズ頭で痩せていて、
都内の移動は自転車でって事くらいですかね。
世の中にはカッコいい人がいるもんです。

「でもね、昨日、栗山千明と仕事したよ。
話やすくて、良い子だった。」

マジすか?実はタイプなんだよねー
次号だそうです。必見だ。

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