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2011年2月

2011年2月12日

生きてます2011

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ご無沙汰でございます。

年が明けてから、一度も
ブログ更新していませんでした。

何か忙しいのと、書く気になれなかったのと...
せっかくこんな場所を提供していただいているのだから、
やり続けないとダメですね。

正月は自宅でゆっくりしましたが、
すぐにTVCMの仕事、
そして何故かジブリの○×△▽...を
お手伝いして、

自宅では昨年から手掛けている、
「跳ね馬」とは別の、「赤の名機」が
テーマの作品を進め...と思ったら
フィギュアも作る事になったり...
これがまた面白い企画なんだなあ。

昼夜逆転の引きこもり作業か?
と、思いきや、首都高で
夜明けを迎えたりもしています。

今更何言ってんだって感じですが、
物を作るのって本当に面白いですね。

今年も楽しみます。

2011年2月15日

700×23c+固定ギヤ+降雪20cm=問題なし!!

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昨日は朝から調布市のスタジオで作業。

予報によると夜は雪...

当然自転車で出掛けましたが、
帰りは電車かなあ、明日も同じ場所で仕事だし...
と思っていました。

夜も遅くなり、予報通りの、東京にしては激しい雪!
一緒に仕事をしているスタッフ達は、

「バイクで来たけど、置いて帰るよ。」
「電車動いているかなぁ?」

と、こんな感じ。

自分も電車かな...面倒くせーな...
と思って、ふと窓の外を見ると、
傘をさして、よろよろと走るママチャリの姿が...

それを見て

「行けるかも?」

気がついたら、
漕ぎ出していました。

すると、

寒さを忘れるくらい

面白かったんです。

700×23c(外径700mm)の
細タイヤが、雪の中で、

滑るどころか、

予想外に進む進む!!
と言うか、滑ったところでちっとも怖くないし。

むしろ、

路面μの低そうなラインを選んで、
ペダルを逆踏みし、(固定ギヤですから)

ドリフト大会です。

車道に出ると、ノロノロと、
立ち往生しそうな車が邪魔で、

怒鳴りながら走ってました。

バイクもまっすぐ走らない。

泥の海で、

30台でよーいドンでレースを
する事に比べたら、

楽勝です。

シクロクロス用のタイヤなんか
履いていませんよ。

三千円くらいで買える、
チューブ式のセミスリックタイヤです。

俺、シクロなんかに出ても、
結構走れちゃうんだろうな。

あんまり楽しかったんで、遠回りして、
井の頭公園に乗り入れちゃいました。

ああ楽しかった。

顔がしもやけに

なりそうですけどね。

2011年2月16日

二匹の蛇の抜け殻

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「人生を楽しむ」とは
どういう事なのでしょうか?

一言で述べるのは簡単ですが、
それを言葉通り、実行できるている人は
少ないような気がします。

昨年、作品制作を通じて出会う事の出来たZ氏(仮名)は、
筋金入りのクルマ好き。若き日にイタリア・ミラノの蛇の毒にやられ、
それ以来、彼の人生には常にとろけるような真紅のスポーツカーがあり、
社会人、家庭人としても見習うべき立派な人物ですが、
家族サービスをするための4ドアのファミリーカーさえ、
そのフロントにはミラノ市の紋章に絡みついた蛇がいるのです。

Z氏ほどの人なら、家族のためにはプリウスでも買って、
それ以外に電子制御バリバリの、サルでも運転できそうな
ドイツの高級スポーツ車でも転がせるでしょうに、そんなものには目もくれない。
彼の心の中には、あの少し湿った、甲高いツインカムの音が
常にこだましているのです。

TAKU'S CARSの作品を愛して下さる方の中には
クルマを愛していると言うことは勿論、遊ぶこと、食べる事、
「人生を楽しむ」という事が上手な人が本当に多い。
それは物質的に恵まれているという事より、
心から、「人間らしく生きる」という「強さ」を
持っているからなんだ、と思うのです。

尊敬してやまないそのZ氏が、ブログを開設しました。その名も、

二匹の蛇の抜け殻

Z氏らしい、粋なタイトルです。

クルマへの愛、そしてアルファロメオへの愛、
そして人生を謳歌する「達人」であるZ氏のブログを、
是非とも訪れて見て下さい。

電気冷蔵庫みたいな車と、ビッグスクーターしか売られていない
今の日本で、クルマをテーマに作品を作り続けると言うことは...
と、考えてしまう事も多くなりましたが、

昨年はじめて出会った日に、

「TAKUさん、ラーメンが美味しい店があるんです。これから行きましょう!」

と言い、RZザガートの幌を上げ、
地下のパーキングから自分を乗せて、
寒空の下、お台場へと向かう通りにアクセルを踏んで飛び出した
Z氏の事を思うと、
へこんだりしていられないな、と
つくづく励まされる思いです。


2011年2月21日

 Toshiさん、元気ですか?...そしてシーズンが始まる。

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自分がハナタレ小僧だった10代の頃、
当時TVCMにも登場するほどの、バイクレースのスター選手だった
平忠彦選手の写真集や雑誌の写真に、
いつもライダーの傍らにいて世話を焼いている日本人のスタッフの姿がありました。
後にその人物は、ヤマハNV(ヤマハ発動機のオランダ現地法人)に
所属する、荒木氏という人物だと言う事を知りました。
ライダー、そしてメカニック以外にも、こういったマネージャーが
GPレースを支えているんだなと、憧れでしかなかったグランプリの世界に
思いを馳せていました。

それから10年くらいたった頃、GP250に挑戦する畠山泰昌選手の
マシンのカラーリングのデザイナー、そして臨時の現地ヘルパーとして
憧れのGPレースの世界に足を踏み入れた自分は、畠山のマネージャーとして
就任してきた人物と対面して驚きました。
他でもない、マルボロのレーシングスーツも凛々しい平選手の傍らに
いつも立っていた、あのトシ荒木その人だったのです。
ヤマハを退社し、フリーのレースコーディネーターとなった荒木氏は、
まだまだ若かったライダー、メカニック、
そしてお手伝いの自分にとってまさに「先生」でした。

畠山にハッパをかけ、メカニックにセッティングをアドバイスし、
そしてアーティストとしても駆け出しだった自分にも厳しい言葉を下さり、
数ヶ国語を駆使してホテルや食事やレンタカーを手配等等...
レースウィークは朝から晩まで、チームのために走り回って下さいました。

そして、マスコミやメディアが「逸話」として語りついでいる
レースの数々にも、現地でレースを見ていた者にしか分からない、
「真実」があると言うことも、Toshiさんから教わりました。

この時から自分は、

雑誌やメディアの情報だけで、
さもレースを見てきたように
語ることは、相当ダサい。

と言うことを思い知ったのです。


Toshiさんと最後に、
イギリスのマンチェスターの空港で別れた際、

「畠山はTAKUさんの事を、
『お兄ちゃん』だと思っている。よろしく頼みますよ!」

と、力強く言い残し、小走りに手を振りながら
去って行くToshiさんの姿を忘れることが出来ません。

畠山をデザイナー,そしてヘルパーとしてだけでなく、
精神的に支えろ、とのメッセージ...

自分はあれから、畠山の助けになれただろうか...
彼がライダーとして引退してしまった今でも、
振り返り、反省することが多いです。

畠山は1996年から3シーズンをヨーロッパで過ごし、
その後は全日本ロードレースに参戦。2008年に引退。
Toshiさんもそれ以後、ワールドスーパーバイクに参戦する、
芳賀紀行選手のマネージャーを務めるようになり、
すっかり疎遠になっていましたが、数年前奇跡的に
某SNSサイト上でToshiさんと再会を果たすことが出来たのです。
今ではお互いに、ブログへコメントを返して下さるようになりました。
大きな喜びです。

先日も、

「SBK開幕まで二週間、テストに行ってきます!」
と、コメントをいただきました。
ますます元気に、世界を飛び回っているのです。

そしてToshiさんに若き日に叱咤激励された、
畠山のチーフメカニックだったO氏も今、バイクレースの最高峰、
MotoGPのレプソル・ホンダで腕を振るっています。

そのO氏からも先日電話で、

「TAKUさん、暫くGPもご無沙汰じゃないですか!
いつでも来てください!パスくらい用意しますよ!」

と、嬉しい言葉...

そしてそのO氏のアシスタントを務めていた、まだ学生だったS君は、
なんとドゥカティ・コルセ史上初の日本人として正社員となり、
ゼッケン「46」の赤いマシンを開発しているのです。

もうすぐレースのシーズンが始まる...

ああ早く、エコノミーの安いチケットでも取って、
みんなの所に行かなきゃ、この目でレースを見なきゃ...
そんな気持ちになる、春先の今日この頃なのでした。


2011年2月27日

NEVER GIVE UP!

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前回記事にした、Toshiさんがマネージメントを務める
日本のバイクレース界のエース、芳賀選手の今年最初のレースが、
オーストラリアのフィリップ島で行われました。
現地からのToshiさんのコメントでは、芳賀選手が駆るイタリア製アプリリアは、
車体の調整の段階で問題を抱えたまま本番を迎えたという事でしたが、
予選14番グリッド、前から四台ずつ並んで四列目からのスタートを切り、
2ヒートで行われる決勝レースを、芳賀選手は9位/7位という結果で
まとめ、世界の強豪がひしめく(今年は本当に凄いメンツ!)市販バイク改造車の
世界最高峰のシリーズ戦の開幕戦を闘い抜きました。

しかし...
日本のスポーツメディアは、
毎日同じプロ野球選手のキャンプの練習風景や、
それに群がる野次馬のことばかり伝えていて
うんざりします。
日本を代表するレーサーのシーズンは、
オープン戦など無く、とっくに始まっているのです。
しかもイタリアのチームに迎えられ、
長年活躍している名選手なのに...
日本のテレビメディアはやっぱり「ふし穴」
なのでしょうね。


昔、Toshiさんがピットからライダーを送り出すときに、
ヘルメットの耳元に向かって伝えていた言葉を思い出しました。

「あきらめるなよ!チャンスはあるからな!」

2011シーズンはまだ始まったばかり、
Toshiさんと、芳賀紀行選手の安全と活躍をお祈りします。


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