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2005年09月09日
時代の推移で失うものと得るもの
当該ブログはパソコン上で見ていただいている。つまり自家用コンピューター(笑)が無くては見られない訳だ。当たり前である。たかだか10数年ほど前、パソコンが普及し始めた頃には、プラモデルを好む大人たちはアナクロな人種が多いはずなので、プラモデルやミニカーなどホビーの世界では、パソコンの普及にはかなり時間がかかるだろうと予測されていた。しかし、その予測は見事に外れ、今や模型人口におけるパソコン普及率はかなり高いようである。技術の進化速度は加速度的に速くなっているようで、新たにCD/コンパクトディスクが実用化された時、いずれは取って替わられる時代が来るにしても、未だ当分はレコードは無くならないよ、などと多くの音楽ファンは思ったものだった。しかしCDの普及はあっと言う間であった。今や“レコード屋”など死語となってしまっている。ビデオテープからDVDへの切り替えも短期間で進んでいる。VHSだベータだと論争したのも今は昔、現在のブルーレイかHD・DVDかの覇権争いも直ぐに決着を見るのだろう。しかしVHS空テープも当初は5,6千円だかして、とても使い捨てられるようなものではなかった。デッキにしても初期は25万円ほどもした記憶がある。我が家で最初に買ったVHSはたしかゴジラとイージーライダーだったが、どちらも1万2千円ほどもしたはずだ。全く世の中の技術変革の流れは信じられぬほどに速い。
そういえば自動車も随分と進化した。多くの部分で機械式から電子制御へと変化したのも大きな変化であるが、なによりもオートマチック・トランスミッションが当たり前になってしまった。ほんの30年ほど昔、自動車は乗り手がマニュアルで変速機を操作するのが当たり前で、そうでなくては効率的に走らなかったし、そうすることで楽しむものであった。当時、自動変速の普及はほんの僅かに過ぎず、それを選ぶのは運転技量に自信が無いドライバーか運転を楽しむという感覚そのものに頓着しないドライバーと思われていた。運転操作を楽しみたくて仕方のなかった若者たちは4速よりは5速を求めたし、わざわざ面倒な1速ノンシンクロのドグミッションにグッときてしまうのだった。しかし自動車はいつしかファン&ステータスな嗜好品から、テレビや冷蔵庫と同じ日用家電品のごとき存在となり、クラッチなんて煩わしいものはご免被る時代へと変貌してしまった。レーシーでスパルタンなハイパフォーマンス・スポーツカーに到ってはアナクロニズムの象徴のような存在へと追いやられ、クーラー(時にはヒーターさえも)が備わっていないのがカッコイイなんて感覚も絶滅してしまった。私が免許を取得した頃でさえ、クーラー(エアコンではない)はダッシュボード下に吊り下げる、後付けオプション設定の贅沢品であった。なにしろクルマ本体を手に入れるだけで「いっぱいいっぱい」な時代であった。オーバードライブ付5速ミッション仕様が欲しくても4速ミッションで我慢したし、GTに憧れつつもGLを買ったような時代だった。まだ土埃が舞い立つ砂利敷き未舗装だった頃の真夏の伊豆山岳路で、2+2ボディにムサい男たちばかりが4人も5人も乗って、クーラー装備車を気取って窓を締め切り疾走する。車内は汗だく、汁だく、男臭さの嵐である。そして我慢の限界を超えると、一斉に窓を全開にする。その時の涼風吹き込む開放感たるや言語には尽くせぬ快感であった。こんな遊びが楽しかった。なによりドライブそれ自体が楽しかった。
そんな時代だったから大衆車の代表格であったカローラやサニーでさえ、現実には高嶺の花であった。にも関わらず免許取り立て、ヤル気満々の私たち、若き貧乏青年たちは、身のほども弁えずスポーティモデル、ホットモデルを渇望していた。そうした需要に応えて一時代を築いたのが、大衆車をベースとしたスポーティバージョンであった。その代表格となったのがトヨタ・カローラで、当初はカローラ・スプリンターがその役目を担った。そしてスプリンターがミニのモーリスとオースティンのような関係となって独立分離したのちは、一連のSL/SR/レビンが登場して若者を狂喜させることとなる。しかしその実態は「父と共用の1200DXで我慢する」くらいが関の山で、自分専用のクルマを持つなどということは夢のまた夢であった。だからこそプラモデルやミニカーには大いなる魅力が存在したのだ。本物に対する代償行為、言ってみれば疑似体験みたいなものである。'60年代末から'70年代にかけて、そうした国産車ブームに呼応するようにして自動車プラモデルが台頭し、1/20スケール、モーターライズ走行、オール開閉可動のキットたちが全盛期を迎えたのだった。その先頭を走ったのがバンダイであった。バンダイの1/20シリーズはエンジン、車室内など実車を精密に再現し、また実車顔負けの開閉可動アクションで高い人気を誇ったが、中でも初期作品のひとつであるカローラは記憶に残る。バンダイのカローラは当初2代目クーペ1200SL/1970年が登場したのだが、直ぐに実車のバリエーション追加に合わせてクーペ1400SR/1971年へとキットが改修された。それほど最上級スポーティモデルへの人気と憧れは強かったのだ。スポーツカーが衰退しミニバン全盛の昨今では、自動車に対する格別な憧れは失せてしまった。プラズマか液晶かなどの選定基準はあるだろうが、今日、テレビを選択するのに東芝か松下かシャープかソニーかサムソンかなどと真剣に悩むことは余りないだろう。クルマもそうした時代となっている。家電化してしまってステータスの消失した自動車には、もはや憧れをプラモデルで味わう、という要素は霧散してしまった。まあ確かにエアウェイブでもオデッセイでもどうでも良いような気はするが、その分、旧いクルマはますます現実には手の届き難い存在となりつつある。自動車も歴史が永くなればなっただけ、実際には目にすることの出来ぬモデルが増える。そういうクルマにこそプラモデルやミニカーが無くてはならないのだろう。
投稿者 平野克巳 : 2005年09月09日 16:26
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