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2005年12月27日
年末歳時記遠く
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クリスマスが終われば街はたちまち年越し準備へと取り掛かる。今や国営TV放送「行く年来る年」の除夜の鐘中継を楽しみにする者とてなく、晴れ着を着込んで一家でお屠蘇でお祝する家庭など滅多にない。年末は一杯一杯まで仕事が立て込み、暦上の松が明ける前から平常業務が始まっていたりする。餅とおせちでゆったりと家に立て籠る暇さえない。第一、スーパーやコンビニは新年二日には既に通常の営業を開始していて、年末年始は「日本中が休み」であった時代など遥か昔の話となってしまった。その昔は年末になればどこの家庭でも大掃除をするのが慣わしであった。障子を破いて水拭きし張り替える。畳みを表に出して埃を叩いて払う。家中のガラス戸、窓を全て水拭きする。そこいら中で三角巾と割烹着姿の奥さんたちや子供たちが忙しく立ち働いていた。そして商店街におせちの材料を買いに出掛け、一年の垢を落としてすっかりきれいになった台所から煮物の良い匂いが立ち始める頃、台所口には酒屋の集金がやって来た。門松や注連縄の売り声が最期の追い込みを見せ、商店街からは「来年もご贔屓に」などの挨拶が乱れ飛ぶ。大晦日になれば年越し蕎麦を運ぶ蕎麦屋の出前の自転車が忙しく走り回り、街は新たな年を迎えるべく襟を正して静まりかえるのだ。年末年始のテレビも年々楽しみではなくなってしまった。今では「TVガイド」などのTV番組雑誌「お正月特大号」も買わない。ビデオやDVDの普及で、年忘れロードショーだの新春特別映画劇場などと銘打った深夜枠の古い映画なども今では放映されることもない。ゴジラやラドン、トコリの橋やキングコングなどは、こうした深夜番組で初めて観たことを懐かしく思い出す。親戚の家でラットパトロールを初めてカラーテレビで観た日の感動などはまるで昨日のことのようだ。今年の大晦日はどうして過ごしているだろう。私の家では裏手に源氏山が聳えている為、鎌倉古山古寺の除夜の鐘が聞こえない。以前の家では恒例であった鶴が岡八幡宮境内から流れて来る「はい、ロープがあがります。ゆっくり走らずに進んで下さい。八幡宮は逃げません」の鎌倉警察署の拡声器の声も聞こえない。ただしんと静まり返った年越しである。私は今でも銀座和光の時計台で「螢の光」を唱うダークダックスを観ないと、年越しをする気分になれない。クリームシチューやアンタッチャブルと共に新年を迎える気分にはどうしてもなれないのだ。山里に住まわっていてもテレビと云う文明の呪縛から逃れられない哀しさ、口惜しさ…そして、日本古来の伝統を尊ぶ歳時記からは縁遠くなってしまった現代の生活のつまらなさ。派手やかではあるが薄っぺらくなってしまった日本の四季折々が無惨に思える今日この頃ではある。
ところで話題はガラッと変わるが、先日、近隣のスーパーの玩具売場でひとつ目をひいた玩具があった。完成品のラジコン、いわゆるトイラジなのだが、メルセデスベンツSLRマクラーレンなのである。そしてスケールが1/12と大型なのが何よりも私の琴線に触れた。以前のトイラジはボディは良くともタイヤ、ホイールに著しくバランスを欠いているものが多かった。しかしこれは悪くない。今さらラジコンで遊ぶ気はないが、スケールモデルとしてイケルのではないか…そう思った。他にBMW Z4ロードスターとランボルギーニ・ムルシエラゴもある。ランボルはともかくZ4も雰囲気があって、一寸欲しいモデルであった。メーカーはトイコー、メーカー希望価格は7,980円だが店頭売価は6,380円であった。しかしオープン価格が当たり前となったご時世であるから、これで安いとは到底思えない。第一、玩具にそんな金額を投資する余裕などまるでない。このテの高額商品はクリスマスを当て込んだ商品なので、最終的には叩き売りをするのではないか…24日夜に再度行ってみた。ビンゴ! 表示価格より半額となっていた。3,190円! ふむ、これなら想定内だ。懐具合からも何とかなる。ぐふ、ぐふふ。私の目論見は見事当たって、こうして私はリーズナブルにメルセデスのスーパーマシーンのオーナーとなったのだった。いそいそと自宅に持ち帰り、新しもの好きな猫どものアタックを防御しつつ改めて説明など眺めてみると、ヘッドランプが点灯しクラクションが鳴ったりするらしいのだが、そんなことは私にとってみれば「猫に小判ザメの着きようもない」である。それよりも一寸上げ底ではあるが、ちゃんとコクピットも再現されているのがヨイよなあ~などと一人ごちている。プラモデルがすっかり衰退してしまってアテにならなくなってしまった昨今、トイの世界は侮れない。感覚的に云うと「熱海秘宝館」くらいの期待度でしかないのだが、それでも時には驚かされるモノが混ざっていたりもするものである。そう云えば買いそびれてしまったスズキ・ラパンは惜しかったよなあ…などと悔やんだりはするのだが、プレミア価格でまで欲しくはない。やはり安かったから、これが大原則のようではある。クリスマスにはプレゼントを…そんな年末歳時記における別の側面のひとつと言えようか。自分自身へのプレゼント、なのは何だかうら悲しくはあるけれども…。
投稿者 平野克巳 : 2005年12月27日 22:41
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