ミニカーホビダス(ロゴ
TOP	ショッピング ミニカーニュース ミニチャンプス ホットウィール モデルカーファイル ホビダストップ
 

初代編集長 平野克巳の「猫の耳に大仏」湘南鎌倉便り


モデルカーズの生みの親、平野克巳氏による目からウロコの模型小噺。さぁどんな話が飛び出しますか。乞うご期待。

« 年末歳時記遠く | トップ | 正月風景遠く »

2005年12月30日

昭和は遠くなりにけり


写真左:モデルカーズ5 MC's CLUB 読者投稿のヤマダのライトニング(上)/モデルカーズ5 1988年1月号より抜粋
写真右:モデルカーズ4 「マルサンの残像」記事中の在りし日の五島 彪氏/モデルカーズ4 1987年8月号より抜粋



 モデルカーズ創刊以来の古い読者の方ならあるいはご記憶かもしれぬが、モデルカーズ5(1988年1月号/通巻105号)の読者投稿ページ“MC's CLUB”でご紹介した山田模型のライトニングと云うモーターサイクルモデルをご存知だろうか。これは当時も今も非常に珍しいキットであり、私も未だに完全なキットフォームを見た事のない幻のキットのひとつである。当時、日本模型1/15ホンダ・スーパーカブを記事に採り上げた事を切っ掛けに、関東在住のN氏が編集部宛に投稿して下さったもので、立川の模型店店頭に飾られていた完成品をN氏が譲り受けたものだった。キットの素性が分からぬがこれは何でしょう、と写真をお送り戴いたのだが、当時、これを見た私は“学会に発表されていない全く新種の恐竜の化石を見た思い”で倒れんばかりに驚いた事を記憶している。前述のとおり、山田模型のライトニングは初期のカタログに掲載されていたのみで、その実態はまるで不明なキットであったからである。ただ資料によれば「マブチ15モーター内蔵で、グリップを回すとエンジン音が出、後輪が回転する(走らない)」と云う中々にユニークなギミックを持ったキットである。この時はこれで話が終わってしまったのだが、あれから20年近くも経った今年、そのライトニングの完成品を私の近しい友人が入手する事に成功した。しかも放出されたのは何とあの時のN氏ご自身であった。あれからずっとN氏の元にあった事だけでも感動ものだが、たまたま知人が譲り受けたと云うのも、奇妙な運命の巡り合わせを感じざるをえなかった。知人は既にインストラクションを入手していたので(残念ながらパッケージは未だ入手出来ずにいる)早速検証してみると、設計製図 H・KAMBAYASIとクレジットが記載されていた。初期の山田模型にはユニークなギミックのキットが多く、例えば自動潜水浮上装置付の伊号400やUボート、衝突するとバラバラになるビックリ分解自動車、カムで数種の走行パターンが選べるトヨタ・ランドクルーザーなどがあり、このライトニングも伝説のプラモ設計者の手になるものに違いあるまいとピンときた。多分、神林さんと云う方なのであろう。この方はご存命であろうか。もしお元気であるならば是非、お目にかかってこれらユニークな設計の数々について伺ってみたい。早速、古くからの業界の方々にコンタクトを取り、神林さんの行方を追った。元日東科学のS氏、元マルサンのI氏、S氏、童友社のU氏など、思い付くまま片っ端から伺ってみた。すると残念な事にちょうど一年ほど前にご逝去されていた事が分かった。既に山田模型の社長も鬼籍に入られており、これでライトニングについての検証への望みは全て水泡に帰してしまった。そして、神林さんの所在を調べる過程で分かった事だが、元マルサンの重鎮、五島 彪氏もお身体を悪くされ入院中である事が知れた。ならば一度お見舞いにと思っていた矢先の10月31日、急逝されたとの知らせが届き、私も余りのショックに暫し虚脱感に襲われてしまった。思えばモデルカーズ4(1987年8月号/通巻98号)で私が全精力を上げて取り組んだ特集“マルサンの残像”で知り合ってから、五島氏には有形無形、実に様々に良くして戴いた。人嫌いの気難し屋の噂もあったが、私には何かにつけて優しく接して下さった。いつも船橋のご自宅へ気持ち良く迎えて下さって、何時間でも飽きる事なくマルサン時代の想い出を語って下さった。戦前の商船員時代のお話がお好きで、実に楽しそうにお話になる姿が忘れられない。古い1/12カウンタックLP400のトイラジを下さったが、送信機が見つからない事をいつまでも気にかけて下さっていた。マルサン1/50F-4B/Cファントムのキットを残しておけば平野さんにあげられたのになあ、と何度も残念そうに言って下さったのも忘れられない。パソコンがお好きで私が持っていないと言うと、直ぐにソフトをコピーして送っても下さった。船橋の五島氏のところへは一体何度通った事だろう。またひとつ伺う事の楽しみな場所が減ってしまった。近所で一緒に軽い食事をし、私のクルマでご自宅までと申し出ると「歩いて帰れるから送ってくれなくても良いよ」と、夕暮れの歩道で見送って下さった。あれが五島氏のお姿を見た最期となってしまった。寂しい限りである。今では戦えるフィールドを持たず、また現在の出版不況の中で、ただいたずらに無作為に時間の経過ばかりを眺めているだけの腑甲斐ない私にとって、時の流れほど残酷なものはない。あの時代を戦い抜いた武士たちが、櫛の歯が欠けるようにして一人、また一人と居なくなってしまう。貧しかったが輝かしかった昭和の、そしてプラモデルの時代が、確実に歴史の中に埋没していこうとする現状で、ただ手を拱いて見ているだけの私自身が情けない。このままでは国産プラモデルの歴史の全てが霧散して消えてしまいそうだ。少しでも何かを後世に伝えなければ…そうした使命感に胸は焦がれている。

投稿者 平野克巳 : 2005年12月30日 16:48

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.hobidas.com/blogmgr/mt-tb.cgi/5311


« 年末歳時記遠く | トップ | 正月風景遠く »

モデル・カーズTOPへ

最近の記事

  • モデルカーズ的こころ(13)
  • モデルカーズ的こころ(12)
  • モデルカーズ的こころ(11)
  • モデルカーズ的こころ(10)
  • モデルカーズ的こころ(09)
  • モデルカーズ的こころ(08)
  • モデルカーズ的こころ(07)
  • モデルカーズ的こころ(06)
  • 日本模型人が書いた私的昭和史
  • モデルカーズ的こころ(05)
    • > もっと見る

月ごとの記事一覧

  • 2007年10月
  • 2007年09月
  • 2007年08月
  • 2007年07月
  • 2007年06月
  • 2007年05月
  • 2007年04月
  • 2007年03月
  • 2007年02月
  • 2007年01月
    • > もっと見る
ホビダストップ|ショッピング|ニュース|ブログ|ホビダスオート|鉄道ホビダス|ミニカー|ペット|雑誌サイト|趣味の本
ホビダス
ご利用ガイド|会社案内|求人情報|広告について|出店する|プライバシーポリシー|サイトマップ|ネコ・パブリッシング
Copyright (C) 2005-2008 NEKO PUBLISHING All Rights Reserved.