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2006年02月18日
バイクの音のこと
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10代の頃の私である。バイクはヤマハXS650E。前後バンパー、黄色と黒の工事現場風泥よけ、リアキャリアー、そしてヘルメットなしとロングブーツが、いかにも昔の時代を物語っている。
私はクルマやオートバイなどと云ったエンジンの付いた乗り物が幼い頃より大好きであったが、それに反して身の回りにはそうした環境が皆無であった。私が生まれる以前、父はオートバイメーカーのヒラノ(洒落ではなく本当である。また社長などでは無論ない)に勤めていた事もあるが、個人的には自動車にもオートバイにも興味のない人で、ずっと永らく通勤にはカンガルーのフェンダーマスコットの付いた自転車を使用していた。私の家のお隣りの小泉さんはスズライト・フロンテを持っていたが、クラスの友達で自家用車を持っているウチはどこそこの会社重役のウチ一軒きりで、レースのカーテンの付いたマツダ・キャロルに乗っていた。その当時、私の家はパン屋と云うか菓子屋を営んでおり、毎朝菓子パンを配達して来るパネルバンのトラックと浦和駅前の菓子問屋のダイハツ・ミゼットが唯一出入りする自動車であった。駅前には黄色く塗られた日通のトラック(三菱ジュピターだったように記憶している)、大通りに出れば国際興業の路線バス、たまに家の前を埃を蹴立てて走り去る原付(現在のスクーターなどではなく、本当に自転車にエンジンを備え付けたものだ)、内科医院の車庫に鎮座している茄紺色のオースチン・ケンブリッジ、日常の中で見られるクルマと云えばそんなものであった時代である。
前回書いたように中学生まではカーマガジン、オートスポーツを愛読していながらも、実際にクルマに接する事は一切なく、ときたまクラスの友人、西田くん(実名ご免)のお母さんが乗るダットサン1000に乗せて貰うくらいが関の山であった。ただ身障者の叔父がマツダR360クーペに乗っており、一度、千葉大のグラウンドで運転させて貰った事がある。これが私にとっては生まれて初めての自動車の操縦であった。身障者用の改造がされているから、手前に引くとアクセル、前方に押すとブレーキ(だったと思う…)の手動レバー操作だが、本来のフットペダルはそのまま残されていたので、操縦そのものはゴーカートと一緒でさほど難しいものではなかった。遊園地などの乗り物ではない、本物のクルマを初めて自らの手で走らせた日の感動は、今も鮮明な記憶となって残っている。
高校生になるとクルマより先にモーターサイクルの免許を取るのが当たり前であろう。当然、私も授業をさぼって試験場へと通った。当時は中型も大型もなく、単に原付の上は自動二輪免許であったから、試験場のホンダ・カブ90で実地試験に合格すれば、目出度くナナハン・ライダーになれた時代であった。ちなみに普通免許は高校を卒業してから取得したが、私は軽免許に一年遅い世代で残念ながら取得が出来なかった。軽免を取った有福な家の先輩などは学校にVANのステッカーを貼ったホンダN360に乗ってきたりして、その光景を羨ましく眺めたものだった。それはともかく、自動二輪を取った友人から借りたスズキT21(だったと思う…)に乗った。“んぎゃんぎゃらぎゃんぎゃら”とやたら騒々しいマシーンだったが、街中を2本の白い排気煙を引き摺って走るのは楽しかった。初めて自分のマシーンを買ったのはその後で、中古のホンダSL90であった。コブラマフラー以前の前傾単気筒、レッグシールド付の初期モデルである。このSL90は車格の割りにフロントフォークが長く、前から見ると250ccクラスと錯覚する大きさであった。ツーリングに出ると、当時沢山走っていたヤマハDT1やスズキ・ハスラー250のライダーたちが、私に挨拶のサインを送って来たものだった。当時はバイクの台数が極端に少なかったせいか、道で出会うと挨拶し合うのが普通であった。今では信じられない長閑さである。その後はヤマハDX250、ヤマハXS650E、ホワイトダックス70、ヤマハDT250、ヤマハXS650E、ヤマハXT500、ヤマハSR400、ヤマハXV750スペシャルと、ヤマハ一筋に過ごして来た。その頃には家族も出来て、叔父から抜群の程度のホンダ・ライフ360スーパーデラックスを譲って貰ったので、モーターサイクル休止時代となる。まあヤマハ・キャロットやヤマハ・パッソルなどには乗ってはいたのですが…(苦笑) その後、エンジンを降ろしフレームの全塗装をし直したレストア途上のヤマハXS650Eが預けたショップごと夜逃げで行方知れずになったり、庭でバラし始めたヤマハDT1が私の入院の間に土に還ったりの笑うに笑えない不幸が続き、モーターサイクルからは段々と縁遠くなっていった。私は排気騒音規制前の最も排気音がうるさかった時代にモーターサイクルに乗っていたので、今でも排気音には格別のこだわりがある。カワサキW650が発売になった折りにはその復刻デザインの度合と低価格に久し振りにクラッと来たが、“しゅるしゅる”と云ういかにもスムースな音に幻滅した。これではキャブトンを付けても駄目だな(私はスーパートラップが嫌いだ)と即座に諦めたくらいである。やはりW1Sの“べりべりべりべり”でなくてはいけない。現在、この手の音が生き残っているのは、例えエボリューションとなってもハーレーのみで、“どべちどべちどべち”のアイドリング音には聞き惚れてしまう。あ、もう紙面が尽きてしまった。この続きはまたいつかするとしよう。
投稿者 平野克巳 : 2006年02月18日 17:43
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