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初代編集長 平野克巳の「猫の耳に大仏」湘南鎌倉便り


モデルカーズの生みの親、平野克巳氏による目からウロコの模型小噺。さぁどんな話が飛び出しますか。乞うご期待。

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2006年08月

2006年08月29日

特報!




 1/24モペットコレクションに続く新シリーズ、エフトイズ1/24ビンテージバイクミュージアム、ビッグバイクコレクションがいよいよ今秋登場する。モデルは'69ホンダドリームCB750K0、'69カワサキ500-SSマッハスリー、'70ヤマハスポーツ650XS1、'71スズキGT750の4機種で、CB750K0がキャンディレッドとキャンディブルー、マッハスリーがピーコックグレーとキャンディレッド、XS1がキャンディグリーンとキャンディオレンジ、GT750がイエローオーカーとブライトレッドと、各モデル2色のカラーバリエーションによるシリーズ全8種となる。なおヤマハXS1の車体色キャンディオレンジのモデルのみ単なるカラバリではなく、フロントフォークがチェリアーニタイプへと変更されたXS650(XS1B)となっている。また全モデルともフューエルタンクのストライプやエンブレムなどのグラフィックがデカールで付属する予定なので、車体色を他のカラーに塗り替える事も可能だ。もちろん材質は切って削って接着して塗れるABS樹脂を使用しているので、塗装のみならずディテールアップなどの加工修正も出来るようになっている。シークレットは○○○の○バイ仕様。蛇足ながら今回も私がモデルの選定と監修をさせていただいた。既に発売に向けて最終段階に入っているので今暫く楽しみにされてお待ちいただきたい。

F-toys confect. 1/24 VINTAGE BIKE MUSEAM
Big Bike Collection
全8種+? 全9種
価格 各399円(税込)
10月30日中部・北陸以東先行販売予定(関西以西は12月発売予定)
問い合わせ先 エフトイズ・コンフェクトお客様相談室:06-6626-6060

投稿者 平野克巳 : 2006年08月29日 17:23 | トラックバック

2006年08月25日

子猫殺しの賛否


仕事をする私の目の前で背を向けて眠る我が家のサバトラ。心を許しているからこんな風に眠っているのではないのか…こいつを裏切るような事は決して出来ないと改めて思う…。

 日経新聞8月18日夕刊紙面プロムナードにおいて坂東眞砂子氏の書かれた「子猫殺し」が波紋を呼んでいる。私も文筆業の末席に位置する者として、またペット雑誌NEKOに寄稿させてもらっている者として、そして何よりも猫を愛する者のひとりとして、一寸ばかり考えさせられた。元々作家坂東氏のファンであった。作品全てとは言えないが死国、狗神、蛇鏡、山妣、葛橋、蟲などは愛読している。その坂東氏が猫を(犬も)飼っている(私はこの飼っていると云う言葉が嫌いだ)事を今回初めて知ったのだが、それはともかく、坂東氏の今回の主張はかなりダイレクトで衝撃的だ。言わんとしている事は理解出来なくもない。確かに人間ほど奢り昂っていて自分勝手な生き物も居ないと思うが、犬や猫は鷲や狼とは違う。事の善し悪しは別として人間に寄り添って生きなければならない動物である。昔は野犬と云うのが居たが、それとて元々の野生と云う意味ではなく、人との暮らしから離れて野に放たれた結果だろう。その野犬も現在では殆ど存在しないのだろうと思う。まして猫はエジプト文明の昔から人によって家畜化された生き物であるから、野生の猫そのものが存在しない。その猫に対して今さら自然の摂理に反しているから 、と云う主張を展開するのは如何なものなのだろう。確かにこの世の中、森羅万象あるがままなのが最も自然で実際の姿と思われるし、本来それを人間がとやかく口を出して管理しようとするなどは言語道断である。だが現実問題として人間によって文明社会が形成されてしまっている以上、その中で折り合いをつけて生きなければならない。我々人間さえ良ければそれで良いとは決して思わないけれど、人間の都合によってルールが形成され順守されなければ、人間社会はただの烏合の衆でしかなくなってしまうだろう
 猫は好むと好まざるとに関わらず人に寄り添って生きなければならない。人がそうした生き物にしてしまったのであるから、その責任上からも人が扶養しなければならない。猫は自力で生きていく能力も術も持たないからだ。しかし、その為にはやはり人間の暮らしのルールに組み込まねばならぬのが必然だ。本来、猫は望んでいないかもしれないにしてもだ。私はそう思う。だから私の家の猫たちは、いわゆる「室内飼い」と決めた。猫にしてみれば自由に外界と行き来したいだろうし、それが出来ない事で沢山の楽しみや喜びを奪っているに違いないとは思っている。だが一歩表に出れば猫嫌いな人も沢山居る訳で、そうした人たちに不快な思いをさせる事はできない。猫が嫌いなら庭で排便排尿されたり家の中を荒らされたりはしたくないだろう。車庫のクルマに傷を付けたなどのご近所トラブルなどは後をたたないのだ。猫の好きな人の論理と嫌いな人の論理は真逆である事も多いので、やはり嫌いな人への配慮はどうしてもせざるを得ないのである。
 避妊や去勢についても同様だ。まことに勝手な人の都合でしかないと私も思う。だが人との暮らしに深く関わって生きる以上、やはり致し方ないのだと考える。坂東氏は語っている。――獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか―― 確かにそれは正しい。生き物の本質は子孫を残す事にある。それは人生観や思想感云々ではなく、もっとずっと根源的なDNAに組み込まれた本能的な部分だ。だが生まれては死ぬ純粋な「生」の連鎖に支えられた生き物の道理と、我々人間社会、そしてそれに付属しなくてはならぬ動物たちの社会は、果たして同じ土俵で物を語っても良いものだろうか。第一、どこまでいっても結局は人間の一方的な論理の押し付けに過ぎない。元来、犬や猫にどうこうするなどの権利は人間にはない。しかし現状では我々が一定の取り決めを強制するしかないのではないか。
 ただ理屈ではない部分でどうにもならぬ事はある。私はいかなる状況であろうとも子猫が死んでしまっても構わない、ましてや殺してしまおう、とはどうしても思えそうにない。坂東氏はより厳しい生活環境のタヒチと云う住環境が死を肯定化させる起因となっているやに書いているが、それは人が常に使って来た詭弁ではないのだろうか。戦場だから人の死に鈍感になった、と云う弁法は戦争犯罪における永遠の逃げ口上ではないのか。どうあれ私には子猫の命が奪えない。想像するだけで胸が潰れるほどに痛む。猫の生を全うさせてやりたいが為に子猫を産ませて、しかし子猫の命はないがしろにするとはどうした論理なのだろう。子猫の生は問題にはならないのだろうか。私は猫と云う生き物は好きだが、別に動物愛護団体とは何ら関係がない。むしろ、何かと云うとヒステリックな反応を示すああした団体が不得手である。それでも素朴に思う。子猫を殺すなど決して出来そうにもないと。坂東氏のような信念に基づいた強い意志は私にはない。無理だと思う。あの子猫たちの無垢な顔を見てしまったら冷静な判断など出来そうにもない。

投稿者 平野克巳 : 2006年08月25日 17:23 | トラックバック

2006年08月22日

自転車散歩のように生きたいね


こんな打ち捨てられた線路を見ていると、この先に何があるのか確かめたくて、ずっと軌道敷きの中を歩いて行きたくなってしまう。でもあらかじめ決められた道筋は面白くないな、やっぱり…。


 自転車で走っていると既に降り注ぐ陽射しの中に秋の気配を感じるようになった。また胸に吸い込む風と空気の匂いにも真夏の激しさとは違うものが混ざっている気がする。梅雨がいつまでも明けなかった年の夏は本当に一瞬だ。今年も(つーか既に行かなくなって久しいのだが…)一度も海にもプールにも行かずに夏が終わろうとしている。やはり一寸寂しい。もう何年かすれば孫を海に連れて行ってくれ、みたいな事も言われるかもしれないが、冗談ではないと思う。その頃には既に気力も体力も衰えて、そんな事はご免被りたい気分である。
 こんな鎌倉の地でも年々開発が進み、蝉時雨も次第に音量が小さくなっている、と言うような事を先般書いたが、ここのところ目立って増えたのが蝉の屍骸である。畦道から山道、市街地の舗装路と、道と言う道の至る所に蝉の屍骸が落ちている。あるものは未だ生きていて「ジッ」と断末魔の鳴き声をあげながら脚を必死にジタバタしていたりする。その光景は「死にたくねーよー」と足掻いているようにも見えるが、実際には生存本能がそうさせているに過ぎないのだろう。一番多く見られるのはアブラ蝉なのだが、茶色い羽根を開き白い腹を出して転がっている姿は何とも哀れである。やがてアリにたかられ腹が空になっていき、羽根と黒い背中ばかりが残される。またあるものはクルマやその他諸々に轢き潰されて道にぺしゃんこになった姿を晒す。蝉は7年(最近は諸説あるようだが、私は学校でそう習った)もの間土中で過ごし、ようやく地上へ出て成虫となるのだが、それからの蝉の生涯は僅かに1週間から10日余りと短命だそうだ。7年もじっと暗い土中で我慢して、それはないだろうと子供心に同情もしたものだが、その上、あんな惨めな死に際は何とも哀しい。それが自然界の摂理なのだろうから致し方ないのだが、せめてもう少し優しい死に方はないものだろうか…。まあ、そんな甘チャンな事を言ってるのは人間だけなのだろう。生き物の死に際の本質は元来が野垂れ死にである筈なのだ。人間だけが変に文明など持ってしまったが故に介護されベッドの上で息絶えるようになってしまった。あ、いや、最近は犬や猫、その他諸々、人と暮らす生き物もその傾向があるにはあるようだ。などと言ってる先から、路上で猫が死にかけた光景に遭遇した。自転車で舗装路を横切ろうとしたその刹那、視界の端に猫が見えた。可愛い黒猫であった。赤い首輪が何とも愛くるしい。しかし、その黒猫はセンターラインの辺りに座って動かない。首輪からして近所の飼い猫で、余り外で恐い思いをしていないのかもしれなかった。その道を横切りながら、私は直感的に嫌な予感に襲われた。案の定であった。その直後、白いスカイラインGTが私の背後を走り抜け、軋むような金属的なブレーキ音を響かせて急停車した。狭い路地なので幸いにも余りスピードは出ていなかった。猫は轢かれる事なく無事であったが、何事が起こっているのか分からぬ様子で、ぼんやり座ったままクルマのグリルを見上げている。ドライバーは中年の奥さんであった。怒鳴ったりホーンを鳴らしたりする事もなく、じっと猫が移動するのを待っている。その間およそ10数秒…。やがてフリースから解けた黒猫はゆっくりと道端へと歩き出し、白いスカイラインGTも猫の安全を確認したのち、何もなかったかのようにゆっくりと動き始めた。結構な時間のように感じられた。しかし長閑でのんびりとした良い光景だと思った。去って行く黒猫の後ろ姿を見つめながら、ひとり微笑んでいた。ハレクリシュナ…。
 そんなこんなを哲学(笑)しつつ今日も今日とて自転車を漕ぐ。毎日のように自転車に乗ると、一寸大袈裟に言えば人生観も変わってくる。かつての自分が「なんて生き急いだ世知辛い奴だったのか」と思われる。それに道を間違えても何とも思わなくなった。かつてうっかり袋小路にでも迷い込んでしまおうものなら「ちっ。無駄な労力と時間を使っちまった」と腹を立て、来た道を引き返す間中、失望感と焦燥感のようなものでいらついたものである。そういうものが今はない。最近は迷う事が大好きで、知らぬ路地など見る度に入ってしまう。当然、変な回り道をしてしまったり他人様の家の玄関で回れ右をせねばならなかったりの確率も高い。そうした無駄に腹が立たない。リセットし直せば良いと思えるようになった。路地で遊んでいる幼児に「行かれません」と叫ばれても「ほんとだ。行かれませんだったね。ありがとう」などと笑って自然に言えるようにもなった。気負わず怖がらず進め。だけど時には失敗もあるから、そんな時はもと来た道へ一遍戻れば良い。人生もそんなものかと考えてみる。ただ50の坂を超えた今、そんな悠長な事を言っていて良いものかと思ったりもする。だが焦っても仕方あるまい。所詮人生とはそんなもの。地図もなく目的地まで一目散なんて出来よう筈もない。地図を見たって迷う時は迷う。ならば焦らずゆっくり行きましょうや。自転車を漕ぐがごとくゆったりのんびりと。辺りの風景を楽しみながら、疲れたら立ち止まって休むも良いし、坂道は無理せず押して歩けば良い。

投稿者 平野克巳 : 2006年08月22日 19:04 | トラックバック

2006年08月18日

私的 本当にあった怖い話




 鎌倉はどこを掘っても人骨が出ると言われる。いたる所が古戦場なので、云わくの無い所を探すほうがむしろ難しい。私が普段散歩に使う山中の切り通しもかつては鎌倉武士たちが死闘を繰り広げた現場そのものにほかならない。そんな鎌倉では幽霊話や心霊話があとをたたない。実際、珍しくもないと言う住民も多く、幽霊怖がってたら鎌倉なんぞには住めない、と豪語する人も多い。これからお話するのは私の実体験である。

 私が未だ高校生だった頃だ。陽が落ちて暗くなった時分の夕刻、いつものように帰宅した。すると母が「あら、あんたさっき帰ったんじゃなかったの?」と台所から出て来て言う。玄関横のガラス戸を開けて家にあがり、確かに2階に向かって階段を昇って行った音を聞いたと言う。怪訝な顔の私を、青ざめた顔の母が凝視している。私の背後に身の丈2m以上もあろうかと言う、真っ黒な人影があると言う。それは全身に折れた矢の刺さった鎧甲冑姿で仁王立ちする漆黒の人影であった。

 大学生時分の事だ。ある時から私の寝室には夜な夜なやって来る物が居た。それは人の姿はしているがこの世のものではなかった。毎夜、2階に上がって来ては、部屋の入り口のカーテンの影に座って、じっと私の部屋を寂しげに覗くのである。若い男のようだった。だが全く見覚えのある顔ではなかった。幾晩も幾晩も同じようにやって来ては寂しげに部屋を覗いた。不思議なもので私もそれに次第に慣れてしまい、「あ、また来た」くらいにしか思わなくなった。どれくらい続いたろう。もう覚えていないが、ある時からふと現れなくなりそれきりになった。

 子供も所帯道具も多かった私は一時期、上下別所帯となっている一軒家を上下とも借りて住んだ。別所帯の造りとなっているので家の中で1階と2階は連絡しておらず、2階へは独立した別玄関から階段を昇るようになっていた。2階は主に私の仕事場兼資料庫、そして夫婦の寝室に使っていた。ある夕刻、いつものように2階でワープロに向かっていると、玄関を開け階段を昇って来る足音がする。足音はそのまま奥の寝室に入り、洋服箪笥をカタンカタンと開け閉めしだした。妻だと思った。洗濯物を持って上がって来て、箪笥にしまっているのだろう。しかし、暫くすると音は止み、それきり静かになってしまった。寝室に確かめに行くと誰も居なかった。妻は上がって来てはいなかった。それから暫くの期間、決まって夕刻になると階段を昇り寝室に入り、箪笥を開け閉めする音が続いた。見に行くと音が止んで誰も居ない。だが仕事場でその音を聞いていると女の気配が確かに感じられた。何か忘れ物があるのか、思いを残しているのか…だが土地の人に聞いてもこの場所で不幸な思いをした女の人は思い当たらないと言う。別段害を及ぼす訳でもないのでそのままにしておいた。やがて数カ月ほどしてその気配と音はぱったりとしなくなった。

 古いお屋敷街を抜けて自宅へとクルマで向かっていた。深夜というには未だ早い時刻だった。遥か前方に黒いスーツ姿の若い女性が歩いていた。僅かなカーブでブラインドになった一瞬ののち、その女性の後ろ姿はかき消すように居なくなっていた。大きなお屋敷ばかりの街並である。入り込めるような路地や木戸などは見当たらず、ただずっと長い黒塀ばかりが続いていた。

 ある時期住んでいた家の真上には源頼朝の墓所があった。その怨霊でもあるまいが、その地では庭にやって来る昆虫がことごとく5本足であった。ただムカデは足が足りなかったのか否かは判らない…。

 とある深夜のこと、胸苦しさを覚えて目が覚めた。すると眼前にじっと私を見据えた光る目と大きく裂けた口があった。恐怖に凍り付き叫ぼうとしても声も出ず、ただ硬直する身体を怖気が駆け抜けた。だが覚醒し、よくよく見れば我が家の猫が私の胸の上で香箱を作ってじっと見下ろしていた…。そんなとこでふらふらバランス取りながら座ってることねえだろうが…。

結局そんなオチかよ…。

投稿者 平野克巳 : 2006年08月18日 19:20 | トラックバック

2006年08月15日

全国絶賛拡大ロードショー!

Disney/PixarあーんどF-toysが贈る感動のアニメモデル巨編! プルバックゼンマイで走る! 違った表情が楽しめるアイシール入り! ブラインドボックス、全6種&シークレット!

エフトイズ・コンフェクト“Dash Car”ダッシュカー
294円(税込)
エフトイズのホームページ http://www.f-toys.net/
カーズのホームページ http://www.cars-movie.com


 なーんてことをいってみたりきてみたり(広川太一郎か!…って知らねーか、もう…) 実を言って私は未だカーズを観ていない。元来、舞台や映画のミュージカルが好きではなかったのと同じでアニメは余り得意ではない。どうしても誇張したリアリティの無さに感情移入が出来ないのだ。だが予告を観る限り観ればどっぷりハマってしまうような気がしている。どうもクルマが主人公というとナイトライダーやクリスティーンくらいしか思い着かないのが関の山だ。クルマが良い感じでスクリーンに登場する映画なら山ほどあるんだけどね…。大体がクルマを擬人化するのは難しかろう。それでもカーズには昔のモデルが登場して、多少なりとも生き物の雰囲気を醸し出してくれている。昔のクルマならフェイスとかマスクとか呼ぶフロントグリルがあって人っぽい。だが最近のクルマは顔と云うのとは乖離した形態になってしまった感が強い。実際、劇中の登場キャラクターでも2002年型ポルシェ911のサリーは無理があるような気がしている…。それはともかく、カーズの登場キャラクターには、自動車ファナティックならクラッとしそうな車種も居るので、是非コレクションしてしまいたいところだ。全長50mm程度、しかも大きさの割りには良く出来た仕上がりで、ミニカーコレクターにもお奨めの逸品だ。けっこう可愛い。


ライトニング・マックィーン 主人公。NASCARだが車種不明。


●メーター シボレーの古いレッカー?
●サリー '02ポルシェ911
●キング '70プリマス・スーパーバード
●ドック・ハドソン '51ハドソン・ホーネット
●シェリフ '49マーキュリー
●??? ????(シークレット)

投稿者 平野克巳 : 2006年08月15日 23:08 | トラックバック

2006年08月12日

鋭意製作進行中!

速報 !! 公開迫る!
2005年度観客動員数歴代第1位! のモペットコレクションに続き、エフトイズが空前のスケールで放つスペクタクル巨編! 誰もが泣いたあの名作「モペットコレクション」を超える感動の超大作!

1/24 Vintage Bike Museam
“BIG BIKE COLLECTION”
10月30日中部・北陸以東先行公開ロードショー予定(関西以西は12月予定)
399円(税込)

―始めから終わりまでずっと涙が止まりませんでした。この感動をより多くの人に知って貰いたいです(36才 会社員)―

―日本にもこんな良い時代があったんだなあと初めて知りました。彼女を誘ってもう一回観に来ます!(21才 学生)― 

―緑XS、青XS、紫XS、赤まきがみ、青まきがみ、黄まきまき、がみ…しっ、舌噛んだあーっっ(××才 F島親方)―

詳しくは月刊「ロードモデルショー」9月号、秋の新作ロードショーめった切り、F島親方の「いやあ~栄華ってほんとに良いものですねえ」のコーナーにて(嘘です)

イラスト提供:和田 隆良


投稿者 平野克巳 : 2006年08月12日 17:03 | トラックバック

2006年08月08日

東京へはもう何度も行きましたか


黒猫はとっとと行ってしまいました…意味ねー写真ですね。すんまそん…。


 かつて東京恵比須の某酒場では定期的に酒宴が催されていた。そこに集まったのはエディター、ライター、イラストレイター、デザイナー、カメラマン、モデラーなど「仮名文字肩書きな男たち」ばかりで、昭和末期の情報文化の一翼を担った者たちが集う伝説の会合であった。その定期懇談会が自然消滅してはや10数年、当時の幹事長であった某ミスター暗太元店長、猫魅陀萬太郎の音頭で、久方振りに当時の店に当時のメンバーが集まることと相成った。一時は出席者も20名以上を数えたこの集会だが、久し振りの今回はオリジナルメンバーだけでひっそりちんまりやりませう、と相談が決まり、当日結集したのは猫魅陀萬太郎、私こと鎌倉亭雲國斎猫乃家、写真家奈良京都岡仏舎利衛門、編集者野澤菜葉っぱ太郎、現某ぱんつぁふぁすと編集長金子たっちゃん漬け本舗之助、川越ニュース編集局長Mr.Xなど。本来であれば写真家桜井エアレース左衛門、ロバートデニーロ神林、♪おいらはドラマーやくざなドラマー「くわっくわっ」あひるなども参加きぼんぬであったのだが、初版の…好っきやーっっ初版…でなくて…初犯の、こらこら…諸般の事情により欠席であった。さて酒宴の席では孫が子供より可愛いのは何故か(ウソです)とか、早朝は盆栽いじりとラジオ体操のどちらを取るべきか(これもウソです)など、話題が大いに盛り上がったのは言うまでもあるまい。かつてより遥かにお洒落に賑やかになった週末の恵比須だが、この酒宴の席だけは変わらず昭和の風情に包まれていた。
 ところで暫く振りの恵比須である。少し早く着いたこともあって、夕暮れなずむ恵比須の街を少しばかり歩いてみることにした。元々それほど恵比須の街に馴染みがあった訳ではない。ただ仕事の関係上、かつては頻繁にこの街を行き来した。しかしその時分の移動は常にクルマであったので、流れる車窓の風景には馴染みがあったとしても、余り詳細を知る訳ではなかった。取り分け駒沢通りをはさんで恵比須南を私は全く知らない。駒沢通り添いもかつては昔の面影を残した古い店鋪などが残っていたが、流石に今では洒落たレストランやカフェばかりになってしまった。恵比須南側へ一本奥へと足を踏み入れてみようと思った。いつもの裏路地プチ散歩の始まりである。するとそこには別世界がこじんまりとではあったが拡がっていた。再開発されていない路地裏がそのまま残されており、驚くべきことにはいかにも年月を感じさせる木造漆喰の一軒家やアパートが数多く残されていた。ああ、これが昭和40年頃までの恵比須なのだな、と思わせるような、何とも鄙びた下町風情であった。たった数十メートルしか奥まっていないのに、ここまでは駒沢通りの喧噪も届かない。私はこんな時代に取り残されたような裏路地散歩が好きだ。ここ恵比須は勿論のこと、六本木や広尾や青山にもかつてはこんな路地裏があった。どこにでもあったごく普通の庶民の暮らし。都市が再開発を重ねるごとに、街が特化されるごとに、消えていった普通の、ありきたりの街並。壊れかけた集合ポスト、錆びた鉄階段、割れた波トタン、住む人の哀愁までもが漂っているかのようなうらぶれた安普請。しかし流石にどの窓も閉じられており灯りのもれている気配はない。恵比須という土地柄、専業主婦の奥さんの居る家族など住んではいないのだろう。明らかに廃屋かと思われるような建物にも何と「入居者募集」の真新しい看板が打ち付けられていた。してみるとこの路地裏は当面、再開発の予定はないようだ。犬を散歩させる娘さんと行き交った。ここには日々の生活を送る人が間違いなく居るのだと思い、何とはなしに安心した。更に進むと小さな公園があった。緑のない都市には良くある人工的な憩いの空間である。遊具などないが、誰の姿もないベンチがひっそりと佇んでいる。ふと足元を見ると黒猫が肩ごしに振り返ってじっと私を見つめている。黄色い綺麗な瞳。喉元には緑の可愛い鈴が下がっていた。私の注意をひいてしまったことに慌てたように、そそくさと歩みを速めて行ってしまった。今日は黒猫に良く逢う。これで3匹目、いやウチのも混ぜれば4匹か。自由猫ではあるまい。恐らくここいらで飼われているに違いない。猫の居る路地裏、そのシチュエーションだけで、私はこの路地裏が映画のセットや舞台の書き割りではないのだ、絵空事ではないのだと安堵してしまう。ただ私は繁華街に住んだ経験がない。こんな街のただ中に暮らすとはどんなものなのかを知らない。夜通し眠らない街の片隅にひっそりと立ち並ぶ古い住居の群れ。その一画で静かに夜を過ごすとはどんなものなのだろう。そんな灯りと人ごみで不夜城のごとき恵比須からほろ酔いで去り、電車にこいち時間も揺られて郊外へ。もうとうにバスもモノレールも終わり、タクシー乗り場だけに人が並ぶ郊外の駅前ロータリー。見渡す限りシャッターばかりの深夜の風景。閑散としてうら悲しいのは同じだけれど、恵比須の裏路地とは何かが違うこの街並の匂い。それが好きだとは思わぬけれど、私の「分」には合っている。ぼんやりとそんなことを思いつつ、分かれた古い友たちはどんな街並に帰って行ったのかとふと思う。

投稿者 平野克巳 : 2006年08月08日 18:45 | トラックバック

2006年08月04日

盛夏到来




 長い梅雨が明けようやく真夏日よりとなった。こんな暑い日は自宅でじっとなどしていられない。彼女を誘って海までクルマでひと走り。沸き立つ積乱雲の下で煌めく水平線を眺めて午後を過ごそう。なんてこたぁある訳もなく、全身を弛緩させて午睡を貪る猫どもの中で、原稿を書くのも模型を作るのも面倒なほどに怠惰になってしまう午後があるきりだ。こんな時は気分転換と健康増進を兼ねて自転車でプチ家出(?)をする。クルマやバイクとは違って狭い裏路地や畦道のような所にまで遠慮なくズイズイ入って行けるので、一寸したご近所探検が楽しめる。へええ~細道の奥にこんな風景が拡がっていたんや~などの発見もあって、普段は同じ所しか通っておらず、同じ一面しか見ていなかったことに気付かされる。ビニールハウスが連なっていて古びた「イチゴ狩り」の看板が立っている。辺りは小さな田園風景が拡がり立派な茅葺きの農家も建っている。トラクターを納めた納屋はあっても、流石にヤギやニワトリまでは見られない。埃の舞い立つ砂利の畦道を走ってモノレールの走る山の下へ。こんな所で豆腐を作っている家が。雑木林には「狩猟禁止区域」の看板が立つ。この看板は一体いつから立っているのだろう。なにしろ雑木林の周辺は軒数は少ないとはいえ、住宅密度は高くないとはいえ、今や立派に住宅地なのだ。恐らくは里で小鳥などに空気銃を向けていた頃、それは多分私が幼児であった時分だ…に立てられて、ずっとそのまま忘れ去られて捨て置かれてしまったものなのだろう。そうかと思えば山の稜線がグルリ360度見渡せた広大な畑地が、少しずつ切り崩され始め宅地化が進んでいる。畑の真ん中に真新しい、しかしマッチ箱のように小さく、なんだか遊園地のアトラクションのようなはすっぱな仕上げの分譲住宅がぽつぽつと建ち始めている。茄子畑の脇に洗濯機が置かれている風景も違和感たっぷりであるが、麦藁帽に野良着姿を背景にジーンズ姿の若い奥さんが携帯で喋っている光景も何だか妙だ。他の街並にも変化は起きていて、去年からの1年の間に山や雑木林は軒並み造成が進み宅地化への拍車がかかっている。次々と身近な緑が削られて土の斜面が露出していくのはとても無惨な光景だ。心なしか去年の夏に較べるとセミの鳴き声も減った。減ったと云うより遠くなったような気がする。蝉時雨しか聞こえなかった去年と比較すると、自転車で走っていても今年は風の音が聞こえるのだ。こんなに次から次へと地球の表面を破壊してしまい、コンクリやアスファルトでコーティングしてしまっても本当に良いものなのだろうか。現在の一軒家を買った時、今は亡くなった父が「庭を土のままにしたら虫だの何だので汚くてかなわん」と言ったことを思い出す。「お前に任せておくと化け物屋敷みたいになってしまう」とも言っていたものだ。だが本当なのか。それで良いのか。私は土が大好きだ。その上を歩くと、コンクリートやアスファルトにはない優しい感触が足の裏に伝わって来て、とても良い気分にさせてくれる。第一、足にも優しい。
 こんな古都を売り物としている観光地でさえ、残された自然への開発は進む。確実に何時も目にしていた緑が少しずつ少しずつ削り採られて消滅していく。もはや人間に任せていては地球に未来はないのではあるまいか。ここはひとつゴジラの乱暴狼藉によって首都圏を一旦灰燼に化すとか、魔人加藤のサイキックパワーで帝都を桜咲き乱れる都へ変貌させるとか、破壊のカタルシスを伴いつつ浄化され再建されるべきではないのか。あ、人が居る限り、結局何も変わりはしないか…ん~地球の未来を猫の惑星に託したら如何なものか。猿だとなまじっか知恵もやる気もあるから、人間の二の舞いになってしまう怖れがあるが、猫ならそれはない。やる気もない、ただ寝て暮らし、気が向けばしょりしょり毛繕いでもしてるだけ…ア~何て怠惰で非建設的な惑星なのだ。
 こんな暑い午後は猫にも行き交わない。奴らはみな暑さを避けてクルマの下などの日陰でお昼寝の真っ最中だろう。ひたすら元気なのは蝶や蜻蛉などの昆虫ばかりである。うかうかしているとこっちも熱射病にでもなりかねない。だが最近ではめっきり頭も風通しが良くなったし(うるさいよっ!)、元々暑いのには強い身体である。ひたすら路地から路地へ、畦道から山道へ、たりらたらりらペダルを漕いで進む。どよんとした暑さに街の風景までもがどろりんと溶けて歪んでしまうような夏の午後。この山の向こう側では水着姿のおねーちゃんたちが今年の夏を満喫しているのだろう。うーむ、私としては今年の夏を満喫する為には何を作らねばならぬのだ(とほほほ…第一文脈が破綻しとるやろう…)やっぱ夏は模型やねっ(嘘つくんでねーよっ)

投稿者 平野克巳 : 2006年08月04日 16:23 | トラックバック

2006年08月01日

TAKAYOSHI WADA ART EXHIBITION 開催のお知らせ




 和田隆良という名のイラストレーターを皆さんはご存知だろうか。湘南が生んだ不世出の天才イラストレーターとして、今やその名を知らぬ者とてない今世紀最大の巨匠にして…え? もうそれくらいでいい? なんか和田さんが怒ってるので、これ以上の「どっこいしょ、よいしょ大会」はやめにして…。冗談はともかく和田隆良の名は昔からのモデルカーズ読者の皆さんにとっては馴染みのある名前であろう。美事なイラストレーションと雰囲気に溢れた完成モデルの組み合わせでご紹介した連載企画“MC's イラストレイテド”のイラストを担当したのが誰あろう和田氏であった。勿論、他でもモーターサイクル雑誌の表紙やハセガワ、タカラのボックスアートなど多岐に渡った活躍をされているので、大概はどこかで出会っている筈である。その和田氏の近年の作品に1930年代を中心としたビンテージエアレーサーを描いたプロファイルシリーズがある。その名のとおり、図面や資料を駆使して側面図として描かれたもので、歴史上の名機であるジービーR-1やZ、コードロン、マッキなど50アイテムほどが揃っており壮観だ。そしてこの度、そのプロファイルシリーズの一部とボックスアート数点の原画が展示される作品展“TAKAYOSHI WADA ART EXHIBITION LEGENDS OF THE SKY”が開催されることとなった。場所は東京港区北青山のSPACE INTARTにて。暑い夏の1日、ロマンティックな空へと想いを馳せれば、暫し涼しさに心が和むかもしれない。

和田隆良作品展 LEGEND OF THE SKY

場所:SPACE INTART
   http://www.forza.co.jp
   東京都港区北青山2-9-15
   地下鉄 外苑前駅下車
日時:8月18日(金)~8月31日(木)
12:00~21:00(最終日は18:00まで)
入場無料
お問い合わせ:和田隆良 0466-30-0823

投稿者 平野克巳 : 2006年08月01日 22:10 | トラックバック

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