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初代編集長 平野克巳の「猫の耳に大仏」湘南鎌倉便り


モデルカーズの生みの親、平野克巳氏による目からウロコの模型小噺。さぁどんな話が飛び出しますか。乞うご期待。

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2006年09月29日

昭和プラモデル物語(4)




 駄菓子屋店内の客と店主の相関関係は対照的だ。勇んで飛び込んで来るガキどもは意欲満々、元気溌溂、大人には死んでも真似の出来ないような異常なハイテンション。対して暖簾を掻き分け出て来るおばさんは戦意消失、意気消沈、アンニュイな午睡のあとのよう。なにしろ外宣スピーカーのごとくにひたすらただうるさいだけの子あり、その言葉しか知らぬかと思えるほどに「これいくら」ばかりをやたら連発する子あり、いつまでも村はずれの地蔵のようにじっと佇む子あり、駄菓子屋における子供の生態はまさに百科繚乱、多種多様、千変万化、まるで動物園の猿山を見るようだ。伸びたランニングシャツの山猿や刈り上げおかっぱのこまっしゃくれに対峙するのは、駄菓子屋の主人たるおばさんである。おばさんと言っても子供たちの目で判断する「おばさん」であるから、意外にも若かったりする。歳の頃なら30でこぼこか。それに今と比較すると当時の人たちは老けて見える。「ちょーだーい!」の声に促されて、いかにも渋々といった風情で出て来るおばさんは、大抵の場合、前掛けで両手を拭き拭き現われる。なにせ今、たらいと洗濯板で勤め人のご主人のワイシャツを洗っている真っ最中だったりする訳だ。駄菓子屋を営むがごとき一般庶民には未だ電気洗濯機は行き渡らない。だから家計の助けになればと内職のつもりで始めた駄菓子屋に、実は生活が振り回される辛酸をなめていたりするのである。つい露骨に「あんた買うの?」と本音を吐いてしまうのも中年に差し掛かった女の性の嫌らしさであったりするのだが、子供たちはそんなことには頓着しない。「おばさん、今日は機嫌悪いや」と心の中で呟いて、あたり構わず物色を始める。今日は何か新しいものが、握った銅貨が惜しくないものがありはしないかと、半ば泳いだ目を店の隅から隅まで走らせる。あれ、一昨日まであった青い軍配がない! 向こう町のガキどもにやられちまったか…。店の表では数人がしゃがみ込んでろう石で道路に抽象画を描いている。男の子なら汽車、女の子ならお姫さまが渡り相場である。その脇を玩具の色めがねをかけ、首に風呂敷を巻き付けた月光仮面なのかまぼろし探偵なのか少年ジェットなのか正体不明のイガグリ頭が棒きれを振り回しながら走り抜けて行く。駄菓子屋の周辺はかくも子供の人口密度が高い。学校が終われば誰もが一目散に空き地か駄菓子屋に馳せ参じた時代。塾に通うような子はクラスに僅かに居る秀才のみだった時代。あるいは算盤塾が精々であった時代だ。
 ボクは駄菓子よりも駄玩を好む子供であった。でも大抵は1回5円のくじを2回ひくか、1個5円のゴムまりを2個買って三角ベースをするか、1箱5円(だったか?)の銀玉を補給して戦争ごっこをするかだった。そしてある日、それがボクがいくつで何年何月だったかは忘れてしまったが、暗い土間でプラモデルと出逢った。それまで店で見ていた駄玩とは違って箱が華やかだったのでとても目を引いた。なにしろ新しい玩具には敏感だった。飛行機のリアルな絵。それは少年雑誌のグラビアのように、一瞬にしてボクを魅了したのだった。箱を開けると小さな飛行機がバラバラになって出て来た。組み立てるものなのだということは瞬時に理解した。バラバラなのに出来上がった姿がありありと脳裏に映った。細かい彫刻が施されたそのリアルさ加減といったら木製模型の比ではなかった。爪の先で叩くとコツコツと硬質な感じがして、しかもピカピカと表面が光って見えた。今風に言えばボクの全身をアドレナリンが駆け巡った。凄い。こんな模型があったんだ。いっぺんに夢中になった。その時ボクは一瞬にしてプラモデルに恋したのだ。20円のキャラメルの箱より更に小さな横長の箱には黄色地にVのマーク。そしてロケット弾を発射するF-51ムスタング。背景の地平線が傾いているからロールをうちながら爆進しているのだと思った。こんな小さな世界に臨場感が溢れて見えた。それまでの玩具にこんな写実的な箱絵があっただろうか。そして、それに違わず実物を彷佛とさせる模型の中身。箱を裏返すと展開図のような部品の組み合わせ方が描かれていた。片隅には30.-の鉛筆の走り書き。おばさんが書いた値段だ。30円は余りに高い…しかしもうボクはプラモデルの虜だった。それが三共のピーナツシリーズとの、そしてプラモデルとの本格的な出逢いの最初であった。果たしてその時、ボクは三共ピーナツのムスタングを買ったのか。その記憶は残念ながら残っていない。多分、買わなかったろう。いや、買えなかったろう。10円銅貨1個しか握り締めてはいなかった筈だから。20円を獲る為に何とか母を説得出来はしまいかと、おそらく夢中になって川べりに続く桜並木の下を自宅目指して走っただろう。そんなことはありはしないと分かっていても。それは昭和35年夏頃のことだったろうか。だとすればボクが満7歳、小学校2年生の時だった筈だ。そして、それからのボクはとても禁欲的な少年となった。2日間はじっと我慢して過ごし、3日目になると10円銅貨3枚をぎゅっと握り締めて桜並木の下を走る「天野屋エクスプレス」と化した。今日こそは恋い焦がれていたメッサーシュミットを買うのだ。どうか売れてしまっていませんように、と祈りながら一目散に走る。その時ボクは風になった。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2006年09月29日 14:46

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