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2006年09月08日
新旧交代を素直に受け入れられない
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私は人生の20年余りを雑誌屋として生きて来た。常々思うのは雑誌は生きている、と云う事だ。生き物なので常に変化し続ける。元気に生き続ける為には時代の空気に敏感に反応していなければならない。そしてどれだけ元気であっても、時代の世相が激変すれば急激に生命力を失う事もある。その雑誌で私が主に提唱し伝承して来たのは「過去の時代の精算」であった。過去とは私たちが辿って来た歴史であり、その積み重ねが現在と未来を造り出す。先を見て生き続けるのが私たちの生きざまではあるのだが、先ばかり見て過去の反省を忘れると未来は危うい。だから過去の歴史を正しく後世に伝えたいと願う。それが私がずっと心掛けて来た基本理念のひとつである。団塊の世代が大量に退職者となる所謂2007年問題はもはや目の前であるが、ここへ来てようやく彼らに向けて各界が動き始めている。その昔、社会からリタイアした者は単に老人と呼ばれ、精々ゴルフと盆栽くらいを楽しみとする無趣味人間として扱われて来た。だが今後、社会の第一線を退く団塊の世代はそうした人種ではない。現代の若者たちが「自分たちこそ社会の最先端に位置する世代」などと考えるのは奢りに過ぎず大いなる勘違いである。現在の風俗文化の全ては団塊の世代によってその礎が創られたもので、現在あるものはその遺産の継承であるに過ぎない。ビートルズやストーンズ、ツィッギーやアンディ・ウォーホール、ピーコック革命やサイケデリック文化、ニューシネマあって、現在の文化は成立していると云える。そうした経緯を踏まえて本も模型も昭和をキーワードに、団塊世代の青春を再考させるようなコンセプトが注目されているようだ。実際、私のところでも何れも他誌で恐縮だが、20世紀のプラモデル物語の書籍化、小松崎茂プラモデル・パッケージの世界や昭和絵師列伝-小松崎茂と昭和の絵師たちの復刊のお話を戴いている。私自身もこうした時代的うねりをひとつの切っ掛けとして、兼ねてより懸案となっている国産プラモデル史を何とか取りまとめて世に残す作業を本格化したいものと考えている。
さて、雑誌が生き物なら、世の中全ても生き物である。毎日、自転車で走っていると街の景観も日々変化を続けていている事を痛感する。湘南貨物駅が廃止されて既に久しいが、その跡地には今は住宅展示場とフットサル、テニスコートが出来上がっている。その脇を走り抜けて行く電車も湘南の人間が慣れ親しんだ橙と緑に塗られた鉄車輌ではなく、ステンレスやアルミの無塗装軽量車輌へと姿を替えてしまった。江ノ電とて気が付けば旧型車輌は引退してしまい、何系と云うのかは知らないが見慣れぬ車輌が何時の間にか走っていた。そんな風だから東京に出るとまるで浦島太郎である。地下鉄路線図は今では象形文字の羅列のようにしか見えないし、どの線に乗ってどこで乗り換えたら良いのやらも皆目見当がつかない。第一、銀座線が黄色くない。赤坂見附で駅に立てば丸の内線が白帯の赤い車輌ではない。今や車輌だけ見たのでは、ちょっと見何線なのかが分からない。あの暗く小さな黄色い鉄車輌の銀座線が懐かしい。クーラーが無く、金属音の軋みで会話も出来ないほどに、暑くてうるさかった銀座線。レール脇の第三軌条から電気を取る古臭い形態の為、キーキーと不快な金属摩擦音の轟く車内、駅間近になると車内の灯りが消え、代わりに非常灯が点灯する不便さ、むしろそうしたものたちが愛おしく懐かしい。私が最も親しみのあるのは渋谷、表参道、外苑前、青山一丁目、赤坂見附、新橋であるが、最近では浅草方面が興味の対象へと変わっている。モガモボの時代を知る日本最古の地下鉄には、やはり黄色い車体が似合っていた。
JRがまだ国鉄だった頃、子供時代は未だ大人の因習で省線と呼んでいた。木製の葡萄色の車体が、線によって色分けされたのが華やかで嬉しかった。最初に慣れ親しんだのはカナリア色の総武線。大人になってグリーンやブルー、オレンジ色にも親しむようになった。やがて湘南電車とスカ線が世間と家とを結ぶ生活電車となった。私は「てっちゃん」(鉄道マニアの俗称)ではないので、何系と云う形式は知らないが、グリーンとオレンジの湘南電車(東海道線)、クリームとブルーのスカ線(横須賀線)に、高校生、大学生、社会人とずっとお世話になって来た。その昔はお面がふたつ窓でドアが前後2箇所の旧式車輌もよく混ざっていた。混雑時にそれがホームに入って来ると溜め息が出たものだ。ドアが前後にしか無いのでとても混雑するのだ。うっかりすると途中下車も出来ず東京駅まで連れて行かれてしまう。木製駅舎なのも如何にも観光地に住んでいる気分がしたものだ。早い時間の下り電車ではボックス席に座り駅弁にお茶で旅行気分も味わえた。だが今では完全に通勤車輌となってしまった。車窓の風景も大船辺りまではそこいらの地方都市とさして変わらぬ。何だかひどくつまらぬものとなってしまった。かつての車体色を僅かに帯にのみ残した無塗装車輌の脇を、私は今日も自転車で走る。恐らく窓の中からは田園地帯を自転車が走る長閑な風景として眺めているのだろう。何だかもう電車に乗る事も楽しみでなくなってしまった。
投稿者 平野克巳 : 2006年09月08日 15:48
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