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2006年11月10日
昭和プラモデル物語(16)
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ボクがプラモデルと出会い、本格的にのめり込む切っ掛けとなったのが、近所の駄菓子屋、天野屋であったことは既に書いた。ここでボクは駄菓子や駄玩具を星の数ほども買っては浪費した。しかし、これも既に記したことだが菓子屋の倅であったので、駄菓子よりも圧倒的に駄玩具の割り合いのほうが多かった。いや、恐らくそれは正しくあるまい。菓子屋の倅とて存分に「つまみ食い」なぞ出来る訳ではなかった。なので食い気より色気、でなくて玩具により興味を示す子供であったのだろう。ボクの記憶している最も古い駄玩は弓矢である。弓はプラスチック製だったか竹製だったかは忘れてしまったが、矢の先端のひじりはゴム製の吸盤になっていた。それから針金で出来たパチンコ。パチンコのゴムは生ゴムだったような記憶がある。そして何故か相撲の行司軍配。これはプラスチック製だったが、立派な房付きの飾り紐も付いていた。大抵は友達の誰かが買えば見せびらかしに来て、見せられたものは口を揃えて「いいなあ!」と叫んでは同じものを買おうと駄菓子屋に走った。日替わりで、しかも僅かな時間だけ盛り上がる。まさにピンポイントな期間限定、それが仲間内のブームなのであった。
ビー玉、メンコ、ベーゴマなどの伝統的な庶民の遊びはボクの子供時代には廃れていて、クラスの中でも僅か数人しかやっていなかったように記憶する。牛乳やヨーグルトの瓶の紙蓋を口で吹き飛ばして裏返しにする通称「ぱっちん」がそれに代わって大流行していた。それでもビー玉やメンコを随分と買った記憶はある。他には何を買って遊んだろう。銀玉コルトは言うに及ばず、2B弾、ゴムボール、日光写真、軍人将棋、カチカチ、ブリキバッヂ、くじ、キューピー、潜望鏡、びっくりナイフ、その他諸々、何だか訳の分からぬ怪しげなものまで、いちいち挙げていたら恐らくきりが無いだろう。そうした駄玩は紙や木やブリキで出来たものが大勢を占めていたが、やがてアンチモニー、そしてプラスチックが新たに加わって様相を変えるようになる。その最たるものがプラモデルであったのは言うまでもあるまい。
プラモデルはそれまでには無かった新しい玩具の形態であったから、当初、国産プラモデルメーカーは何れも新規参入の企業ばかりであった。その企業分布は大別すると東京と静岡に二分され、東京の場合は浅草界隈を中心とした駄玩製造業、静岡の場合は木工教材製造業をその前身としている。いわゆる地場産業からの転身である。タミヤの前身である田宮商事合資会社が木材製材業であったのは有名だが、静岡の地場産業である木材製材から木製模型教材、そしてプラモデルへと発展して行ったのはタミヤばかりではない。対して東京のメーカーの多くはやはり地場産業である玩具製造業からの転身で、童友社などもまさにそうしたメーカーのひとつであった。童友社は昭和26年に設立された典型的な駄玩メーカーで、主にメンコや紙製ゲームなど「紙モノ」と呼ばれる紙製玩具を製造販売していた。その童友社が新たな玩具プラモデルに着目し、自らも手掛けることになったのは'60年代初頭のことのようであるが、その正確な時期は記録が残っていないので残念ながら分からない。
ボクの知る限り、初めて童友社のプラモデルを手にしたのは、航空機ペットシリーズ“Fighter Group”であったと思う。これはノンスケールのミニモデルで、F-106Aデルタダート/Fw190D/F-104Jスターファイター/F-80Cシューティングスター/ベルG47J/F-100Dスーパーセイバーの全6種があった。内容的にはマルサンのマッチ箱シリーズ程度だが、こちらには脚もスタンドも透明部品もデカールもなく、どちらかと言えばプラスチック製の駄玩そのものといった感じであった。他に自動車、戦車、大砲のシリーズもあったが、何れも内容的には似たようなものであった。パッケージは前回ご紹介したKSN/緑商会の国産車キットに似たもので、20円の価格もまた同じであった。プラモデルとしての商品クオリティは決して高くはなかったものの、20円で買えるプラモデルはやはり魅力であったので、航空機、自動車、大砲など幾つも買った思い出がある。大体からして草創期の童友社のプラモデルは、プラモデルに対する企業理念と言うかアプローチの仕方が、タミヤやマルサンとは根本的に異なっていたように思う。タミヤやマルサンの場合は当初よりレベルやリンドバーグなどを目標に本格的なプラモデルメーカーを目指したが、童友社の場合はプラモデルという玩具に人気があるようなので、これまでの販路にプラスチック製の玩具も売りたいというスタンスであったのではないかと想像されるのだ。まあ童友社の名誉の為にも付け加えておくが、現在の童友社にそのような姿勢は微塵もない。何れにしてもプラモデルが未だ暗中模索の中に在った時代のことである。
(続く)
投稿者 平野克巳 : 2006年11月10日 19:44
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