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2006年11月24日
昭和プラモデル物語(20)
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昔、ロバのパンというパンの街頭販売があった。その名のとおりロバがパンを載せた荷車をひいて売っていた。ただ実際にはロバではなく馬がひいていたようだ。ボクも見たことがあるが、ロバではなく巨大な馬がひいていた。馬は間近で見ると驚くほどにデカい。だから「ロバがひいてやって来るパン屋さん」という愛らしいイメージとは裏腹に威圧的で恐ろしかった。そのうすらデカい馬と荷車が蹄の音も高らかに「かっぽかっぽ」と道路の真ん中を歩くのだから、自動車が増え始めた'60年代にはもはや生き残る術はなかったろう。第一、馬糞を道路にボテボテと振りまいて歩くのだから、食べ物商売としてはイメージだけでなく実害もあったろう。そんな訳で'51年から始まった馬車による移動販売は'64年に全廃された。やはりここでも東京オリンピックがひとつの契機となったようだ。しかしロバのパンは子供たちには人気があったようで、'55年には「パン売りのろばさん」という歌がレコードとなって発売されている。これが移動販売中にはテーマソングとなってスピーカーから流されていた。♪ロバのおじさん、チンカラリン…という歌だ。当時の子供にとっては懐かしい。このロバのパンは'31年にビタミンパン連鎖店としてチェーン展開し、現在も京都に本部があって健在だ。
昔、下水道が完備されていなかった時代、トイレは水洗式ではなく汲み取り式だった。バキュームカーは'51年に川崎市が導入したのが始まりと言われているが、ボクの子供時代にはバキュームカーさえ無く、肥樽を天秤棒で担いだ「おわい屋さん」が定期的にやって来て、肥柄杓で汲み出してはリヤカーに載せて帰って行った。ちなみに料金は前もってチケットを買う。この人糞、当時は売買されていた。畑の肥料に使うのである。だから肥樽を満載した大八車を牛がひいて行く姿は良く目にしたものだ。ロバのパンに続いて恐縮だが、やはり牛も巨大な糞を道に落として歩いた。当時の道は殆どが土道か精々砂利道で、アスファルト舗装など滅多に見られるものではなかった。だから道を歩く時には常に神経を配った。昨今ではコンビニの前どころかそこいらの路地でさえも高校生のぼっちゃんじょーちゃんが猫のようにぼろぼろ落っこちているが、当時はとてもでないがそんなことは出来なかったのである。第一、人様だってどこでも構わず立ち小便していたような時代だ。
犬や猫は言うに及ばず、鶏、山羊、豚、牛、馬などの家畜が生活圏の中に幾らでも居た。しかも前述のとおり、そこいらで行き交っても余り不思議には思わなかった時代である。養豚場から豚が逃げ出したり、屠殺場から逃げた牛が悲痛な叫び声をあげて路地を駆け抜ける、なんてことさえあった。ヒルマン監督でなくとも「シンジラレナ~イ」と口走ってしまうような時代であったのだ。
さて動物が身近であったならプラモデルでも動物モノが盛んであったのかと言えば豈図らんや、答えは否である。まあ硬質なプラモデルには動物は相応しくないと思われていたであろうし、動物は縫いぐるみか節供人形が定番で、現在のように通称フィギュアといった概念もなかった。レベルやオーロラなどの海外メーカーには多く見られたものの、国産キットでは皆無と言っても良かったろう。そんな中、国産プラモの動物モノでは今井科学の「歩くシリーズ」が最も馴染み深いものかもしれない。歩くというのはモーターやゼンマイなどの動力を用いず、重力によって前進する仕組みを意味する。正確な名称を知らないのだが、現在では俗に「のこのこ」と呼ばれるものだ。下り坂の上に置くと自重によって左右の足を交互に前後させ、それによって進むからくりである。今井の歩くシリーズは熊、象、サイ、剣竜(ステゴサウルス)、恐竜(ティラノサウルス)があって、1頭入りと2頭入り(色違い)で売られていた。熊はそのシリーズ1で、ボックスアートは梶田達二氏の迫力に充ちたものだが、キットの中身は何とも可愛げのある平和なものだった。熊と言うよりはクマちゃんといった感じである。箱と中身は大違い、これは当時のプラモデルの常識のひとつでもある。ボクはこの歩くシリーズが大好きで、熊、サイ、剣竜を買い、卓袱台を斜めにしては異種格闘技ならぬ異種動物競走でひとり遊びを楽しんだ。なにしろモーターも電池も必要ないのにプラモデルが「動く」のがとても嬉しかった。取り分け擬人的に微笑みの表情を見せる熊がお気に入りで、当時のプラモデルとしては珍しく数年もボクの元で生き永らえた。他に三和のトラ、ブルドッグ、カメ、ワニなどもあったが、こちらはモーター、電池が必要で、しかも箱を開けると子供心にも「あまりの生物感の無さ」に愕然とし、とても大枚を投じる価値はないと判断した。その辺りの子供の判断基準というものは、改めて現在考えてみても、厳正でありなおかつ不可思議ではあった。
(続く)
投稿者 平野克巳 : 2006年11月24日 20:06
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