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2006年12月19日
昭和プラモデル物語(24)
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駄菓子屋によって始まったボクのプラモデル生活も次第にいつしかグレードアップしていった。小学校高学年の頃にはもはや三共や三和の30円プラモは余り店頭でも見られなくなり、より豪華で本格的な、と言うことは財政的にはよりキツいプラモデルとの日々が始まっていた。世情は東京オリンピック後の証券不況などで一時的に落ち込んではいたが、もはや一般庶民の懐を直撃するようなこともなく、「いざなぎ景気」を直前にして生活水準はかなり豊かになりつつあった。我が家も父が終戦で軍務(父は軍人ではなく海軍軍属であった)から解かれたのち、戦後の就職には色々と苦労したようであったが、この頃には某民間放送局に勤めて生活も軌道に乗り安定した。平凡だが中流サラリーマン家庭の倅となったボクも、そこそこの小遣いも貰えるようになっていた訳である。まあ、それでも小遣いは月に500~1000円程度の時代であったので、プラモデルを買う回数は必然的に減ったということだ。以前のように3日に明けず駄菓子屋へ走るようなことは無くなった代わりに、プラモデルを置いている近所の書店や雑貨屋などで200~500円のキットを月にひとつやふたつ、時間をかけて慎重に吟味しては買うようになっていた。
そもそもボクの買った初めての「本格的」自動車キットは何だったろう。記憶の中ではミツワモデルの1/24アストンマーチンDB3Sが最も幼い日に買った自動車プラモのような気もするのだが、印象に強く残っているのはやはりミツワモデルの1/24シボレーコルベットスティングレイである。恐らくは外国製品のコピーだったろうから、ボディのプロポーションは当時の言葉で表現すれば「本物みたい」であった。要するにスケール性に富んだリアリティある仕上がりであったということだ。ボディが真っ赤なモールドだったことにも強烈なインパクトを感じさせた。シボレーコルベットは“スパイキャッチャー J3”('65年10月から'66年3月までNET/現テレビ朝日系列で放送されたスパイアクションTVドラマ)の主人公J3、壇 俊介(川津祐介がカッコ良かった)が劇中で颯爽と活躍を見せる愛車で、いわば和製ボンドカーのような存在で当時の少年たちには人気があった。ブラウン管の中で見るコルベットはまるで別世界のクルマのようにカッコ良く、J3ファンはこぞってコルベットのプラモデルを欲しがったのだった。そしてボクのテリトリー内ではたまたまミツワのコルベットが売られていて、それにボクが飛びついたという格好である。
さて、スパイキャッチャーJ3のようなスパイもののブームを生み出したのが、毎年冬の最大の娯楽、映画“007ジェームズ・ボンド”シリーズであったのは今更言うまでもないが、その本家スパイカーたるアストンマーチンDB5の人気たるやコルベットの比ではなかった。ただ実車の世界ではコルベットは国内に輸入されたが、DB5は余りにも高級車であった為むしろ馴染みが薄く、どちらかと言えばコルベットのほうが注目されたかもしれない。007シリーズ(当時はダブルオーセブンではなくゼロゼロセブンであった…)は'62年の第1作「007は殺しの番号/のちに007 ドクターノオに改題」に始まって、'63年「007 危機一発/のち007 ロシアより愛をこめてに改題」、'64年「007 ゴールドフィンガー」、'65年「007 サンダーボール作戦」と立て続けのヒットとなった。そして007に感化されシークレットエージェントに憧れた当時の少年たちにとって、ブリーフケース、ワルサーPPK、そしてボンドカーは三種の神器となった。'65年のシリーズ第4作「007 サンダーボール作戦」公開時には今井科学がプラモデルにおける版権を取得し、幾つもの007劇中メカがキットとなって登場した。その白眉はやはり何といっても1/24アストンマーチンDB5ボンドカーであったろう。劇中車の秘密装備を再現したギミック満載のキットで、これさえあれば気分はもうジェームズ・ボンドであった。しかしこのキットは500円と高価で、おいそれとは手の出ない高嶺の花であった。なにせおよそひと月分の小遣いを投入するのであるから、それはもう並々ならぬ熟慮、英断、思い切りが必要だったのだ。他にも欲しいものは一杯あるし…。そこで渋々ながら1/32スケールの、つまり小型モデルのDB5で我慢した。しかし、こちらには防弾版も助手席射出装置も飛び出しスピナーもない。フロントグリルからパチンと弾丸を発射し、ライセンスプレートがクルクルと回って3ケ国のナンバーが偽装できるだけ。そのナンバーもステッカーがすぐめくれて剥がれてしまう(まあこれは大型モデルも似たようなもの…) 結局は「安物買いの銭失い」みたいな結果となってしまうのだった。だが、こうした経済活動(?)の中からボクたちは「世の中は思うようにはならない」という現実を学んでいったのだった。それにつけても1/24モデルの欲しかったことよ…。(続く)
投稿者 平野克巳 : 2006年12月19日 21:23
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