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初代編集長 平野克巳の「猫の耳に大仏」湘南鎌倉便り


モデルカーズの生みの親、平野克巳氏による目からウロコの模型小噺。さぁどんな話が飛び出しますか。乞うご期待。

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2007年01月30日

昭和プラモデル物語(27)




 ボクが小学校高学年か中学生になった頃のことだ。その頃のボクには行きつけのプラモデル屋が2軒あった。プラモデル屋といっても1軒は雑貨屋で、パンや菓子類と衣料品、刺繍用品、文房具などを一緒に扱っているような店だった。その店では1週間に一度だけケーキが仕入れられる日があって、その日にイチゴのショートケーキを買って貰うのが無類の楽しみであった。まあ、それはともかくとして、前回お話したコグレ1/20ロータス・エリートはこの店で買った訳だ。もう1軒は本屋である。本屋といっても昔の個人営業の書店であるから取り揃えている本の種類はたかが知れていた。当然、本と共に文房具、ファンシー雑貨、そしてプラモデルも扱っていて、この書店はボクにとっては最も贔屓の店であった。毎月、決まった日には待ち切れないようにこの書店に走って飛び込んだ。カーマガジンを買う為だ。勿論、現在のNEKOパブリッシングのカーマガジンではなく、ベースボールマガジン社発行の、式場壮吉氏率いるレーシングメイト編集のあのカーマガジンである。この本については既に何度も書いたのでここでは触れないが、この書店を回想する際にはカーマガジンを定期購読していたこときり思い出せない。多分、他にも違う雑誌など買った筈なのだが、それほどにカーマガジンの印象ばかりが強かったのだろう。
 この書店の入り口レジ付近が一寸した棚になっていて、そこにプラモデルが陳列されていた。いや陳列などといった立派なものではなく、無造作に幾つかが重ねて積まれていた。かつてはどこでもプラモデルはそんな風に扱われて売られていた。精々20~30個もの在庫があれば多いほうだったろう。本を見に行く度にその棚の前で、箱を開けては閉め、閉めては開け、を繰り返したが、店番のおばさん(多分、その店の奥さんだったのだろう。中年で小太りの黒ぶち眼鏡をかけた気さくなおばさんだった)は決して嫌な顔はしなかった。多分、ボクが定期購読をしている常連だったからかもしれない。そこで買ったのを確実に覚えているのはバンダイ1/20ランボルギーニ・マルツァルだ。豪華なキットだったせいか、棚の上に立ててディスプレイされていた。他にも随分買った筈なのだが全く記憶していない。逆に買わなかった、あるいは買えなかったものは今でもはっきりと覚えている。レベル1/48コンベアF-102Aデルタダガーはその筆頭であった。あちこちが開いたり連動したりのギミック満載も凄かったが、トラクタや台車などの豊富なアクセサリーも魅力だった。しかし高価だったせいもあって本気で欲しいとは思わず、しょっちゅう行っては箱を開けて眺めていた。そうしたキットのひとつに今も忘れられないものがある。それがレベル1/72コンソリデーテドPB4Y-1対潜哨戒機だ。1/72B-24Dリベレーターのバリエーションで、モールド色が濃いネービーブルーになり、デカールが変更されたに過ぎないのだが、そのボックスアートの余りの美しさ、臨場感に感動さえ覚えた。何よりも機体の塗装が美しかった。白い胴体に背面、上面だけが目にも鮮やかな青。米軍の爆撃機といえばオリーブドラブかベアメタルしか知らなかった当時のボクにとって、この塗装は驚きであり魅惑であった。まるで鳥類図鑑で見た鷺を連想させるほどに姿かたちが流麗に映った。そしてその機体を鳥瞰図で描いた光景がまた魅惑の美しさだった。白波を蹴立てて全速前進するUボートの上を、低空でフライパスするその一瞬を捕えた情景。機体の両主翼はフレームアウトしていて、それが躍動感を否応無しにもり立てている。エンジンの爆音さえ聞こえてきそうだ。水面には爆撃による激しい水柱が立ち、それが一層機体の青さを引き立てている。美しい。全く美しい。だが蓋を開けると、濃紺のパーツがガラガラと袋の中で躍っている。しかも表面にはまるで「おろし金」のような凸リベットが一面にちりばめられて…。ボクの力ではこのキットを箱絵のように美しく仕上げるのはとても無理だ。胴体をきれいに白く塗り上げることさえ出来ないだろう。ボクは理想と現実のギャップに怖れを抱き、このキットに憧れつつも「ただただ見るだけ」となってしまった。それから一体どれだけの回数あの書店に通っては、このキットを手に取っては眺めただろう。それでも決して「買おう」という勇気はついぞ一度も出なかった。やがてキットは店頭から消えた。恐らく見知らぬ誰かに買われていったのだろう。
 その後もこのキットへのボクの憧れは色褪せなかった。だがあの時の印象がトラウマとなって、未だに一度も作ったことがなく、それどころかキットさえ買ったことがない。ただ今でもこのボックスアートに接すると、少年時代のあの感動が甦る。ボクの中では間違いなく「最も美しい戦闘機」のひとつなのである。誰か作ったものを見せてくれないかな…そんな気弱な気分を引き摺ったまま、ずっと40数年に亘る憧れが止まらない。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2007年01月30日 21:35

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