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初代編集長 平野克巳の「猫の耳に大仏」湘南鎌倉便り


モデルカーズの生みの親、平野克巳氏による目からウロコの模型小噺。さぁどんな話が飛び出しますか。乞うご期待。

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2007年02月06日

昭和プラモデル物語(28)




 神奈川県の突端に位置する三浦市はマグロの水揚げで有名な三崎港があることで知られている。道が混んでいなければこいち時間ほどの距離なので、時たま気分転換に三崎港までプチドライブすることがボクの楽しみのひとつでもあるのだが、やはり此処も他の例に漏れず僅かながらではあるが街並の景観は変化しつつある。その鄙びた漁港の風情が良いなどとは思うけれど、街々の衰退は近年富みに著しく、また安楽亭だのデニーズだのが街道筋に目立つようになって、此処もまたステレオタイプな味気ない風情となりつつあるようだ。ましてや昨今のマグロを取り巻く環境はより一層厳しさを増しているので、この街が更に寂びれ廃れて行くのも時間の問題なのかもしれない。
 もう20数年も昔のことだ。ボクは友人らと定期的に三崎港を何度も訪れたことがある。その頃の目的は旧い街並を愛でることでも旨いマグロ丼を食べることでもなく、古い絶版プラモデルをさがす為であった。三崎港の周辺には玩具店が多かった。この狭いエリアにも関わらず玩具店の密集度は驚くほどであったのだ。そしてまた婦人服を扱う洋装店の数もまた多かった。それは遠洋漁業基地なればこその地域的特徴であったのだろう。数カ月にも亘るマグロ漁から帰ってオカに上がった漁船員たちは、この街で家で待つ妻子の為にお土産を買うのである。なにしろ懐はずっしりと重い。洒落た女性服や子供服、そして普段は買ってやれないような豪勢な玩具をしこたま抱えて久し振りの家路を辿るのである。勿論、今ではとうにそんな習慣も陰を潜めてしまったろう。だから20数年前には在った玩具店も殆どが姿を消してしまった。
 未だ何件もの玩具店が在った頃、ボクはこの街でバンダイ1/20ポルシェ911ターボやら1/20ポルシェ914、1/20ロータス47GT、アオシマ1/25キャデラック、オオタキ1/24ランボルギーニチータ、しまいにはアイハラ1/4武将の名刀までをも買った。如何にも売れ残りそうなものばかりである。だが、とある店で壁際の棚の一番高い所にオオタキ1/12ホンダS800クーペを発見した時には、心拍数も血圧も一気に跳ね上がったのではなかったか。元々オープンに較べて出回った数の少ないキットだったらしく、当時も既にかなりプレミア付きの激レアキットであった。叩き売りで150円で積まれていたバンダイ1/12赤カブは勿論のこと、三崎港周辺で手に入れたキットの殆どは既に作ってしまったり手放してしまったが、このオオタキのホンダS800クーペだけは大事に温存して現在もボクの手元にある。その後、ネットオークションなるものが世に生まれ、オオタキ1/12ホンダS800クーペは10数万円ものプレミア価格で流通したりもしたが、その後、童友社がキットから金型を作り直し改めて販売してくれたお陰でそれも沈静化した。
 今ではボクもマグロ丼(過去のブログで紹介済)を食べる為に行くくらいのものであるが、つい最近になって懐かしさに誘われ当時の友人と連れ立ってかつての玩具店巡りをしてみた。既に記したような状況なので「此処も玩具屋だったよね」を連発する遺跡巡りの様相を呈してしまったが、ホンダS800クーペを見つけた店は健在であった。しかし昔の面影は既になく、陽焼けしてしまった工作教材や電池ボックス、豆球、そして最近のタミヤやハセガワのキットが幾つか並ぶのみで、店内で最も古いと思われるのは精々ヨーデルのオートバイ用ディスプレイケースくらいのものであった。バンダイの赤カブを叩き売りしていた店も当時の姿を留めていたが、此処の主人は諦めがよく気も短いらしく、この時はカワイ1/20のオートバイ(ハーレーだのBMWだのヤマハXVだののアレである)をセット売りで叩き売りしていた。プラモデルが玩具の王様であった時代は終わったのかもしれぬが、「オモチャ」それ自体も斜陽になりつつあることをこの街並の変貌が顕著に表わしている。かつて我々の概念の中に在った玩具とはとても素朴なものであったが、現代における玩具とはコンピュータとそれに不随するソフトをこそ指すのだろう。ピンクや水色や様々な色合いが氾濫していた玩具店店内の賑やかさ華やかさは、遠い郷愁の中にしか無くなってしまいそうである。時代が変化すれば玩具も変わる。そしてそれによって街や人も変わってゆく。石炭から石油へのエネルギー転換による炭坑の閉山で街そのものが死滅してしまった北海道夕張とは事情が違うものの、やはり神奈川県三浦漁港も時代の変貌と推移の中で次第に取り残されて更に活気を失って行くのであろう。ただ石炭もマグロも天然資源である点においては同じで、行け行けどんどんで人も街も潤った時代は既に過去のものとなりつつある。ホンダS800クーペのキットを見る度に、ボクは遠い昭和という活況を呈した日々の潮の香りを嗅ぎ取るのだ。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2007年02月06日 19:50

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