ミニカーホビダス(ロゴ
TOP	ショッピング ミニカーニュース ミニチャンプス ホットウィール モデルカーファイル ホビダストップ
 

初代編集長 平野克巳の「猫の耳に大仏」湘南鎌倉便り


モデルカーズの生みの親、平野克巳氏による目からウロコの模型小噺。さぁどんな話が飛び出しますか。乞うご期待。

« 昭和プラモデル物語(37) | トップ | 昭和プラモデル物語(39) »

2007年04月17日

昭和プラモデル物語(38)




 国産プラモデルの始祖マルサンについては多くの人が個々それぞれに様々な思い出を持っていることだろう。ただ駄菓子屋でプラモデルと出逢った世代は、思いの他にマルサンとの接点は希薄で馴染みが薄いのが実情であるかもしれない。と言うのもマルサンは30~100円といった低価格帯のプラモデルを余り世に送らなかったからだ。追々、マルサン初期のプラモデルに馴染みのある向きとは、当時既に中学生以上の年齢であったか、もしくは裕福な家庭の子息であったかのどちらかに当てはまる場合が多い。「最初に作ったのはマルサンの1/50飛燕だなあ」などと聞けば、「ああ、この人はボクより幾つか年齢が上か、それとも育ちの良い人なのだなあ」などと見当をつける訳だ。なにしろ'60年代初頭、駄菓子屋に出入りしていたような世代の子供たちには、200円、250円などの価格帯のプラモデルは高嶺の花で、とても手の出るような代物ではなかったからである。
 そんな時代にマルサンは1/50スケールの飛行機シリーズを大々的に展開していた。当時、模型と言えばイコール飛行機のような時代であったので、その選択は当然であったが、子供たちには憧れのプラモデルでもあった。マルサンの1/50飛行機シリーズは米リンドバーグやモノグラムなどのデッドコピーも多く、それを称して海賊版などとも呼ばれてマルサンの評価を少なからず落としたことは事実だが、同時にまたオリジナルキットの名作も世に残している。このオリジナルキット誕生に深く関わったのが橋本喜久男であった。橋本はマルサンに乞われて企画から開発、設計、製図、そしてパッケージのボックスアートに至るまで一手に引き受けた、国産プラモデル界草創期における傑出したブレインであった。橋本がマルサンの為に設計した数々のキットの中でも、零式三座水偵、百式司偵、F-86Dセイバーは1/50スケールにおける傑作三部作と言われるが、取り分けノースアメリカンF-86Dセイバー(セイバードッグ)はマルサン1/50における、橋本喜久男設計における国産プラモデルの金字塔として記憶される。当時、プラモデル後進国であった我が国が、リンドバーグやレベル、モノグラムに「追い着き追い越せ」を目標に、持てる力と知恵の全てを、いやそれ以上を注ぎ込んだ「渾身の一作」であったのだ。機体のプロポーションとディテールの正確さは無論のこと、胴体後部を取り外しJ47ジェットエンジンが脱着可能、ノーズコーンを取り外し機首レーダーが見られる、キャノピー開閉式、スラット、エルロン、フラップ、ラダーなど全ての補助翼が可動、前後脚収納可能、胴体下ロケット弾ランチャー可動など、本家のギミックモデルを凌駕するオール可動が実現されていた。そして更には胴体後部のドリー、運搬トラクタ、ロケット弾、パイロット乗降用ラダー、地上クルーなど、アクセサリーも豊富に備わって、まさに外国製品に対抗しうる「国産プラモデルのプライドの結晶」となっていた。
 ただ航空自衛隊における実戦配備期間が短く、その後の名機F-86Fセイバーの不動の人気に「株を奪われた」格好で、脚光を浴びたのは短期間に過ぎなかった。マルサン消滅後はフジ、アーカンシェル(韓国)で細々と生き延びはしたものの、現在では完全に絶版となってしまったようだ。実機、キット共に不遇な役回りを強いられた非運な存在であったが、それゆえに永い間、唯一の本格的キットとしてマニア間で珍重され続けたことも時代の皮肉であった。
 このマルサン1/50F-86セイバーを想起するとき、昨今のトランペッターなどの中国事情が連想される。時代は巡るとは良く言ったもので、現在の中国のプラモデル事情はまさに'60年代のあの頃の我が国にとても良く似ている。恐らくは「打倒日本製プラモデル」を旗印に精魂傾けてプラモデル創りをしているに違いない。
 三丁目の夕日のような時代背景の中、打倒アメリカ製プラモデルに燃えたマルサンと橋本の情熱は熱く強固なものであったろうと想像される。1/50F-86Dセイバーを見れば、それが嫌でも伝わってくる。だが、少年たちには余りにも贅沢で豪華なキットに過ぎたので、多くのプラモデル少年たちには単なる遠い憧れの存在でしかなかったやもしれぬ。マルサンのブランドネームが伝説と化した今、改めてハチロクデー・セイバーを組んでみたいと望む向きも少なくないだろう。オール可動や豊富なアクセサリーが再評価されている昨今では、ことさらこのキットと向き合ってみたい願望も強かろう。しかし、既にキットは市場にはない。無ければ欲しいの無い物ねだりは私たち人間の煩悩のようなものである。ただ、そう熱望させるだけの魅力を持っているキットはそうそうあるものでもなかろう。けだし傑作、なのである。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2007年04月17日 20:14

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.hobidas.com/blogmgr/mt-tb.cgi/16465


« 昭和プラモデル物語(37) | トップ | 昭和プラモデル物語(39) »

モデル・カーズTOPへ

最近の記事

  • モデルカーズ的こころ(13)
  • モデルカーズ的こころ(12)
  • モデルカーズ的こころ(11)
  • モデルカーズ的こころ(10)
  • モデルカーズ的こころ(09)
  • モデルカーズ的こころ(08)
  • モデルカーズ的こころ(07)
  • モデルカーズ的こころ(06)
  • 日本模型人が書いた私的昭和史
  • モデルカーズ的こころ(05)
    • > もっと見る

月ごとの記事一覧

  • 2007年10月
  • 2007年09月
  • 2007年08月
  • 2007年07月
  • 2007年06月
  • 2007年05月
  • 2007年04月
  • 2007年03月
  • 2007年02月
  • 2007年01月
    • > もっと見る
ホビダストップ|ショッピング|ニュース|ブログ|ホビダスオート|鉄道ホビダス|ミニカー|ペット|雑誌サイト|趣味の本
ホビダス
ご利用ガイド|会社案内|求人情報|広告について|出店する|プライバシーポリシー|サイトマップ|ネコ・パブリッシング
Copyright (C) 2005-2008 NEKO PUBLISHING All Rights Reserved.