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2007年05月16日
昭和プラモデル物語(42)
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プラモデルの検証とは本当に「考古学のようなもの」だと思う。偶然発掘された化石のかけらをつなぎ合わせては往時の姿を可能な限りに再現してみる。それが叶わなければ地道な裏付けを元に想像したりもしなければならない。そして時には発見され尽したと思っていたにも関わらず、すわ新種かと愕然とさせるような骨片が新たに土中から発見されて驚いたりもする。要するに、プラモデルとはそれほどにまで学術研究の成されていない分野なのである。'60年代に始まる国産プラモデルの歴史研究もその全貌は未だ手付かずのまま残されているようなもので、今にしても「80へえ(古いね、どーも)」と感嘆してしまうような事象も決して珍しくはない。
今でこそ国内のプラモデルメーカーもタミヤ、ハセガワを筆頭にして、おおよその勢力分布図が出来上がっているが、草創期の'60年代から'70年代にかけてはそれはそれは戦国時代の様相を呈した多社乱立の時代であった。戦後の自動車やオートバイのメーカーを見ても同様であるが、そうした乱立期を経て淘汰されては弱小が消滅し強者だけが生き残る、そんな摂理によって社会は動いて来た。プラモデルメーカーとてそれは同じである。数限りなくメーカーが誕生しては消滅することを繰り返して来た。それだけにその全貌の把握は極めて難しい。そうした時代背景、事実関係を記録した文献が皆無なだけに、物事の全てが経験則によって語られるしか術がないからだ。それは「たまたま出会わなければ無いこと」に等しいという結論を導いてしまう。まさに国産プラモデルの全貌は未来永劫、霧の彼方であるのかもしれない。
ボクが岡本模型というメーカーの名を知ったのはたまたまである。小学生の頃、叔父一家がお土産に買って来てくれた「関西汽船むらさき丸」によって、そうしたメーカーの在ることを知った。そのお土産を貰わなければ、叔父がむらさき丸を選ばなければ、ボクはずっと岡本模型などは知らずに生きて来たことだろう。近年になってネットオークションにより岡本模型のキットが幾つもあることを知ったのだが、このブログでも過去に書いた「サッカー」もそんな岡本模型のキットであった。勿論、その現物を間近にするまでボクはそんなキットの存在さえ知らなかった。そして更に岡本模型による「新種の恐竜」発掘にボクの目はまたもやテンになった。つい最近のことである。キット名は「剣と鹿」 英訳してもSword & Deer…まんまである。ルームアクセサリーシリーズNO.1…ならばNO.2以降もあったのか?!…残念ながらパッケージサイドにシリーズが紹介されているようなこともないので、その詳細は全く不明だ。若い年齢層では剣と鹿と言われてもピンとは来ないかもしれない。要するに剥製の飾り物である。中世から近代に至る時代の貴族の遊びであった狩猟の獲物で剥製を作って部屋に飾るのは、上流階級の者にとってのひとつのステータスであった。その名残りから比較的最近の時代まで金満家(ボクにとっては概して成り上がり者のイメージがある)の応接間などには「これ見よがし」に動物の剥製が飾られていたように思う。その昔の貴族ではアフリカ狩猟旅行の記念として、虎の全身像やら象の足だけの剥製などを部屋の装飾にしていたり、近年では角が立派なせいか鹿や水牛などの首だけの剥製を壁掛けにして飾るのも見られた。実際、ボクの子供の頃にはそんな剥製が壁に掛かった応接間のある家に行ったこともある。現在ではワシントン条約が厳しく野生動物を保護しているし、第一動物愛護の観点からしてそのような趣味嗜好は廃れてしまった。しかし未だ剥製の壁掛けが上流階級の高級な装飾と見なされていた時代なら、こんなプラモデルの登場も頷ける。何しろ世の中は良い暮らし、上流な生活に憧れた時代であったから、プラモデルがそれらをチープに模した疑似体験の道具としても作用していた時代であった。これでアナタのお部屋も中世の王侯貴族の雰囲気に、ということだろうか。ボックスアートに描かれているように、壁掛け台座を持つ立派な角の鹿の首の剥製と、その角を飾り台とする剣、鉄鎚が再現されている。スケール表示は特になく、また何鹿なのか鹿の種類も分からないので確かなことは言えないが、鼻先から壁までの実寸法がおよそ70mm程度なので、常識的には1/6~1/8程度のスケールであろうか。鹿の首と飾り台座、剣の鞘が茶色、角がクリーム色、剣の刀身と装飾が銀メッキ、剣の柄が金メッキと多色モールドで、他に鹿の眼球用に人形用の目玉、壁に取り付ける為の吸盤も付属するなど、中々にデラックスな内容である。今なら「ナニこれ~」と一笑に付されてしまうような「色物・際物」の類いであろうが、当時は結構、手軽に遊べて楽しめるお部屋のアクセサリーとして珍重されたに違いない…だろう…かもしれない…もしかすると。こうしたプラモデルも許容された国産プラモデルの懐は深くて広い。
(続く)
投稿者 平野克巳 : 2007年05月16日 14:01
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