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初代編集長 平野克巳の「猫の耳に大仏」湘南鎌倉便り


モデルカーズの生みの親、平野克巳氏による目からウロコの模型小噺。さぁどんな話が飛び出しますか。乞うご期待。

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2007年05月22日

昭和プラモデル物語(43)




 '67年暮れに発売されたタミヤ1/12ホンダF-1(RA273)が国産プラモデル史上に残る傑作であることは既に有名だ。この年には1/35ハンティングタイガー、キングタイガーも発売され、タミヤの他を圧倒する技術力が発揮された年でもあった。これをして1967年/昭和42年を“国産プラモデルのベル・エポック”と称する由来である。そして翌'68年、タミヤはホンダF-1に続いて1/12ロータス49を発売する。未だ前年のホンダF-1ショック覚めやらぬ当時のモデラーたちが、このキットにどれだけ大きな期待を抱いたかは想像にかたくない。そしてその期待は裏切られることなく、再び多くの自動車ファンを狂喜させた。合理性の権化のようなコーリン・チャプマンの設計手法は、そっくりそのままこの1/12スケールモデルに投影されていた。モノコック構造の葉巻型ボディシェル、そして名機DFVエンジンそれ自体を車体構造材として用い、それに取り付くリアサスペンション。まさに革新的設計のロータス49がそのままモデライズされていたのだ。しかも少ないパーツで作り易い構成は、パーツが細分化されて複雑なホンダRA273とは好対照を見せた。それはまさしく実車の特徴をそのまま再現したともいえた。それは模型が単に外観を模したに過ぎないものから、実物のコンセプトまで追求した「実写主義」に大きく様変わりした瞬間であった。ただ当時のプラモデル開発は目まぐるしく進化を続ける実車の世界にはとても追い着けず、常に年次落ちモデルであったことがモータースポーツファンにとっては大きな不満でもあった。
 '68年シーズン、ティームロータスは既にボディカラーをナショナルカラーのブリティッシュレーシンググリーンから、ゴールドリーフカラーのスポンサードカラーへと変更しており、またマシーンそれ自体もマイナーチェンジが施されていた。最も大きな変更点はコクピットを取り囲むウインドウスクリーンが大型化されたことと、流行の兆しを見せ始めていたウイングを装備したことであった。当時、F-1の最強ティームであったロータスである。プラモデルファンがこれを見逃さぬ筈はなかった。そしてそれに応えるようにタミヤの情報誌「タミヤニュースVol.12号」('68年11月)の「これだけは作ろう」でロータス49Bへの改造が紹介された。当時、これだけは作ろうの頁はモデラーにとってバイブル的存在であったが、如何せん1/12の大型モデルであり、何よりも透明パースペックス製ウインドウスクリーンの自作は、当時の一般的モデラーの技量では手におえぬ改造であった。車体を赤/白/金に塗り替えてウイングを立てただけではもはや納得出来るモデラーも少なかった。これだけを作ろうを何度も繰り替えし読みながら、どうしても消化不良のような思いは消えることがなかったのだ。
 しかし更に遅れて'69年、ロータス49はロータス49Bへと改修されてキット化された。ウインドウが改められて、最も困難な改造も必要なくなった。前後ウイングもパーツで付属され、ついでにグレアム・ヒルの乗車姿勢フィギュアまで奢られたのだ。これにはロータスマニアならずとも狂喜乱舞の態であった。このタミヤの企業努力にはいくら「天晴れ」と叫んでも叫び足りることがなかった。プラモデルは、取り分けレーシングカーは「旬」が大切である。当時は特にそうであった。確かにロータス49は老兵となった3シーズン目の'69年も第一線に留まり続けた名機であったことにも助けられたが、ひとつのキットをこれだけ熟成を続けたのはそれまでの国産プラモデルとしては稀なケースであり、タミヤの企業理念がどれだけ「本物指向」であるのかが伺い知れる事象であった。こうした地道な努力がユーザーをしてタミヤを信奉させる原動力となったのだろう。そしてまた、そうした開発努力があったからこそ、タミヤ1/12ロータス49並びにロータス49Bは永遠不変の名作キットとして、現在でもその存在意義を失っていないのだろう。
 枝葉末節で恐縮だが49BからはギアボックスがZFからヒューランドに変更されており、キットでもちゃんとその辺りも手直しがされている。そうしたキットへのアフターケアがマニア心をくすぐるのもまた事実である。かつてモデルカーズ6(NO.114/1988年8月号)でもロータス49、'67年モデルのR2号機、そして'68年モデルのR4号機を冒頭特集している。年月を経ても如何にタミヤ1/12ビッグスケールシリーズが色褪せないかの証明であろう。出来ることなら今度はロータス49Bをそのような形で改めて作り、誌面で紹介する機会を持ちたいものだと思う。ジム・クラーク、グレアム・ヒルの名前を知る向きも少なくなってしまったかもしれぬが、DFVエンジン全盛期のF-1はF-1史上の黄金時代でもあった。まだエフワンが自動車であった時代への記憶は忘れ去られてはならない。このキットを見る度に良き時代のF-1が甦るのだ。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2007年05月22日 12:35

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