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2007年07月10日
昭和プラモデル物語(50)
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趣味の世界の醍醐味というか極意というか、奥義のようなものを表すときに、よく釣りの世界では「鮒に始まり鮒に極める」などと言われる。そうした意味においてプラモデルにおける鮒とはゼロ戦ではないかと考えてみたりする。零戦でもなく零式艦上戦闘機でもゼロファイターでもなく、やはりゼロ戦という呼び名がボクらにとっては慣れ親しんだものだろう。昭和30年代より始まった日本のプラモデルの歴史の中で、ゼロ戦ほど多くのキットが登場した例をボクは知らない。何故それほどにまでゼロ戦だったのかを改めて今の人たちに理解してもらうのは案外と難しいことなのかもしれないが、プラモデルが誕生した昭和30年代といえば、大平洋戦争が終戦を迎えて未だたかだか10数年しか経ておらず、人心にもその残滓が鮮明に残されていた時代だったことも深く影響を及ぼしていただろう。そして戦後生まれの少年たちに悲惨な実体験ではなく、過去の歴史認識といったスタンスで戦争を伝えようとする文化が隆盛したことも大きな要因であったろう。それは活字文化の中で戦記ブームというある種のムーブメントを生み出し、ゼロ戦はその世界の中でトップスターとなっていく。それは日本が勝ち戦を続けていた頃の主力戦闘機がゼロ戦であったことによるものだが、日本の軍用機の全生産機数の2/3ほどがゼロ戦であったという事実からしても当然の帰結であったのかもしれない。
多分、当時のプラモデル少年の殆どがゼロ戦を作ったことだろう。三共のピーナツ1/150、マルサン1/150、三和1/120などがその入り口だったかもしれない。その後、100円キットがプラモデルの標準的存在になると日模1/70やLS1/75がボクらのゼロ戦となった。かつて100円のプラモデルというのは国産プラモデルを代表する価格帯であり、最も買い易く親しみのある「プラモデルのカタチ」であったのだ。だが、そうした100円プラモデルの世界にも黒船はやって来る。アメリカ・レベルの1/72シリーズである。レベルといえばイギリス・エアフィックスと共に、かつてプラモデル先進国を代表するビッグブランドであり、プラモデル少年たちには遠い憧れの存在でもあった。そのレベルの1/72シリーズが郡是産業と提携することによって、国産プラモデルと同じ扱いとなり、何と価格も100円で流通するようになった。それまでは輸入品として240円で売られていたキットであるから、まるでダンピングかとも思わせるような驚愕の価格破壊であった。こうしてボクたちはレベル1/72ゼロ戦と出逢うこととなった。今にして振り返れば考証的にもかなり怪しい、いかにも外国人的目線と感覚の元に作られたゼロ戦である。だが何といっても「あのレベル」の製品である。当時のプラモデル少年にとっては神にも等しい説得力があった。この時代のレベルキットは何といってもパッケージのボックスアートが素晴らしかったが、100円キットとなった1/72シリーズもその例に漏れることはなかった。箱は本国版のままでサイド部分だけが日本語になっていたからだ。それだけに形式名称がA6M56だったり、カウリングが黒くなく妙にカーキ色っぽい塗装など一見して不自然な零戦ではあったが、それでも初めてまともなゼロ戦が作れる喜びははかり知れなかったのだ。
だが時代の変遷につれ外国メーカーへの信頼は次第に薄れていった。誰もが期待に胸脹らませたレベル1/32零戦52型辺りからその傾向が強まったように記憶する。そして時代が昭和から平成へと変わり、ゼロ戦という呼び名は死語となり、プラモデルのゼロ戦においての昭和は終わった。現在では新たにタミヤやハセガワから、ボクたちの時代からは想像もつかなかったほどに優れた内容の零戦キットが誕生しているし、アメリカでの零戦の実機考証研究も進み、むしろ日本人より詳しい専門家も存在するほどだ。ロシアでは軍需産業の技術を活かし「リバースエンジニアリング」と称した全くの新造零戦さえ製造されている。かつてボクたちの時代には「敗戦国の象徴」であったゼロ戦が、今や「航空史の傑作」零戦として人類の財産として認知されるに至っている。敗戦から60余年、零戦に対する感情も大きく様変わりした。ずっとプラモデルと関わり続けて来たボクたちも、鳥のヒナが巣立つようにして「ゼロ戦、大和」から別の世界へと旅立って行った。だが昭和のゼロ戦が終わったと感じた今、改めて零戦ではないゼロ戦の時代を懐かしむ気持ちが甦る。21型が凛々しい灰色ではなく、実は薄緑色だったものが褪色した結果だと知れば、より一層明灰白色の21型が懐かしい。そうした論理を突き詰めればカーキ色の52型だってプラモデルとしては時代の色かもしれない。新事実、新解釈の零戦は素晴らしいが、今一度レベル1/72ゼロ戦も悪くないんじゃないか、これからの零戦と向き合う為にも、気持ちと時代の整理をつける為にも…何だか今にしてそんな気持ちが溢れて止まらない。
投稿者 平野克巳 : 2007年07月10日 18:51
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