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2007年09月18日
モデルカーズ的こころ(09)
「日本プラモ今昔物語」はのちに高い支持をいただく人気連載シリーズとなったが、創刊号の時点では国産プラモデルの総括をテーマとした単発企画であった。当時、未だ独身であったボクは実家の元はボクの部屋であったひと部屋にプラモデルを詰め込んだままにしていた。その頃は未だ元気であった父はその倉庫と化した部屋の惨状を見ては「こんなもん、早く捨ててしまえ」とことあるごとに憤慨した。そのプラキットたちがモデルカーズという本によってボクの仕事の材料であり糧となってからもその姿勢は変わらず、いつまでオモチャなんかに熱を入れこんでいるのだ、この半端モンが…とでも腹の中では思っているらしいふしがあった。父の世代にとって男の趣味とは酒であり盆栽でありゴルフであるらしかったが、少年期に培われた趣味を成長したのちも深めるという思想そのものが無かったように思われる。それは大人と子供を垣根で囲って区別する古い社会通念だったかもしれない。だからプラモデルは言うに及ばず、社会人になってからもモーターサイクルに乗ったり、家庭を持ってもGTだのSRだのといったスポーティクーペを欲しがる者たちは、どこかで真っ当な社会人からは逸脱した「ダメ男」の烙印を押されるような風潮が強かった。
そうした世相が残されていた当時、プラモデルを作らずに溜め込んでいるような行為は、大人になれない未成熟さの為せる業と思われても致し方なかったのかもしれない。そもそもプラモデルとは作って壊して捨てるものと誰もが考えていた時代であったから、同好の士の中でもキットフォームのままで溜め込んでいる(当時はコレクションとは呼ばなかった)ようなマニアは極端に少なかった。当然、記憶にはあっても現物は無いのが普通であったので、例えパッケージのみを羅列して掲載する誌面内容であっても、受け取り側にとっては懐かしかったり新鮮だったりしたのかもしれない。ともかく反響の大きかった記事だった。個々にそれぞれの思い出が甦って懐かしかった、という感想をのちに随分といただいた。
誌面に登場したキットの大半はボクの所蔵品であったが、当時でも既に貴重な存在となっていた極初期キットに関してはコレクターT氏の協力によるものであった。T氏は元プラモデル設計者で代表作にはグンゼ1/20トヨタ2000GTなどが挙げられる実力者だが、早い時期からモデルカーズには有形無形の多大な協力をいただいた。当時、彼の自宅は東京の外れに在って、Mクンと良くお邪魔した。キットはカメラによる複写で、当時は未だモノクロ撮影であった。今ならパソコンのスキャナーで簡単に取り込めてしまい修正加工なども容易いのだが、パソコンが存在していなかった当時、良好なコンディションのキットを探すのが必須でありながら最も困難なことでもあった。オークションなどの通信ネットワークも存在していなかった故、ただひたすら人伝手に情報をたぐるような手間のかかる時代であったのだ。情報が限られていた時代なればこそ、他力本願では何もやれないと痛感していた。そこに自らがコレクターとならざるを得ない実情が存在していた。この記事を切っ掛けにしてボクは過去のキットも可能な限り蒐集していく決意を固めた。そして、それはやがて1万数千にも及ぶ膨大なキット数へと脹らんで行くのだった。(続く)
投稿者 平野克巳 : 2007年09月18日 16:08
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