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2008年05月16日
モデルカーズ的こころ(31)
人生何でも絶頂というものがある。そしてまた潮時というものもある。ボクは16の歳からモーターサイクルとクルマばかりに人生を費やしてきた。だが生活環境が変化したからと言うか、年齢を重ねたからと言うか、そういうものに時間や労力を割く割合いがめっきり減った。今も我が家に居る190Eなぞワックスがけはおろか洗車さえしたためしがない。うっかりすると前回のオイル交換時期さえ忘却の彼方だ。これを「老いる好漢」などとはしゃいでもいられない。3月のひと月間というもの自宅前道路が下水道工事で通行不可となり、歩いて5分ほどの空き地が代替駐車場となった。空き地と言っても雑木林なので自家用車を持つ町内有志が総出(なにしろクルマが無いと生きられない生活環境なので、どの家も2台程度は所有している)で電動ノコまで登場する騒ぎとなった。まさに整地と言うより開拓に近い。屯田兵気分である。そんな場所に停めたので潅木の枝などですっかりボディが傷だらけとなってしまった。まあ、どうせ小傷が一杯だったから…と気にしないことにした。なにしろスーパーの駐車場は行く度に傷が増える魔界空間である。それに我が家は谷戸の中にあるので湿気が酷く、既にボディには腐りも出始めている 。第一間もなくTVRタスカンに買い替える予定だし。嘘である。そんな調子で17年落ちの太古車に乗っている日々である。
モーターサイクルに対しても似たようなものである。現在の我が愛機ホンダCD250改“CBもどき”もまともにいじってやっていない。ほぼ放置プレー状態である。精々乾拭きしてたまに液体ワックス(もうシュアラスターなどとは無縁の日々…)で拭くくらいが関の山だ。時たまメッキクリーナーで錆落としをすることもあるが、十代の頃のようにひとつ錆が浮いても目の敵のようにして擦るようなこともなくなった。酸化は自然の摂理だよなあ、しゃーねーぢゃん、第一が40年選手のバイクだしな~などと達観している。まあ、それでもグリスアップや増し締め、レバー類の微調整くらいはするが、昔のようにキャブをいじったりはもうしない。
なにしろ暑い時でも寒い時でも表でしゃがんでいるのが「しんどく」なってしまったのだ。体力、気力が萎えたというよりは不精になってしまったのかもしれぬ。ならばその分は何に費やしているのか。三線の稽古に邁進している。写経にうつつを抜かしている。盆栽の剪定に余念がない。有田焼を磨いている。どれも縁がない。無策にいたずらにただ時を過ごしている、そんな気がしてならぬ。気持ちがあっても体力がない。体力が有り余っている時には気力がない。これを俗に「慢性怠け腐れ病」と言うそうだ。嘘である。ともかく全てにバイオリズム最高という日はそうそうなくなった。赤蝮ドリンクももはや効かない…ってそれはまた別の話だな…。同じようにしてプラモデルの製作もまるで手につかず捗らない。あれから幾年月、というキットが埃の中でうずたかく積まれたままである。困ったものである。焦る気持ちばかりが空回りする。潮時なのか、などと自問してみるが、未だそうも言っていられない微妙な年齢である。隠居するには未だ早く疾走するには衰えた。老いたライオンはネコと化す。にゃ、にゃおおお~んっっ!(続く)
投稿者 平野克巳 : 2008年05月16日 02:01
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