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2008年07月04日
モデルカーズ的こころ(37)
音もなく霧雨が降り続き、庭の紫陽花が色付き始めると、季節は最も鎌倉らしい時期を迎える。家の者が出かけてしまい、猫どもも寝静まる正午前、ボクの生活空間は無音の世界と化す。その余りの静寂さに心細くさえなる。「誰か居ますかーっっ」と叫んでしまいそうになり、思わず口を手で塞いだりもする。それは嘘である。ともかく余りに度を超した静寂は、時に精神の均衡を崩し訳もなく不安にさせることがある。そんな時はギターをかき鳴らして歌う。それはウチの小僧だ。縫いぐるみのサッカーボールをくわえて1階から2階へと駆けずり回る。それはウチの風ちゃんだ。CD250に打ち跨がってプチ家出をする。それが正しい。海岸線でも走ってくるかーっっ。スコ、スコ、スコ、スココ…キックアームが空しく空を切る。結局、うなだれて部屋へと戻る。すると窓の向こうにまた音も無く雨が…あ、ウチのゴン太(CD250の名前だ。もちろん嘘である)雨に濡れたくなかったのね…。ぢゃあ、気を取り直して原稿の続きでも書くか。そういう精神構造にないのはむろんのことである。だったらモケーでも作るか。もっとそういう気分にないことは明白である。えーい、猫のとなりで寝ちゃえー。そういう猫的スローライフが実践できないワタス…。で結局、やるせなすな心を抱えたまま、3分毎と3分の倍数毎にアホになりながら、悶々と仕事を続けるのであった。こんな生活は身体に良い訳がない。おら、こんな村いやだぁ~(古い! 古過ぎるっ!)、はあ、音しねえ、人居ねえ、とんびが何時でもく~るくる…だから誰もわっかんねーっつの。ぬぁーんて日々を過ごしていたら、久しぶりにアレルギーが出た。咳き込んでとまらない。夜になると富みに酷くまともに寝ることも叶わない。医者には「足元を猫が走り回ってる」と言ったら、そりゃ駄目だと笑われてしまった。原因は原稿らしい。嘘である。原因はモケーらしい。それも言い逃れである。正しくはハウスダストであるらしい。おーい、かっぱあーっっ、セーバーまだかあーっっ(ここを業務連絡に使うのはやめて下さいっ:担当B場) 毎日楽しくないのお。天気がこんなだと余計だのお。別に鬱ではないのだ。そうではないが、歳を取るごとに昂揚した気分は減ってゆく。身もあちこち痛くなったり動かなくなったり、心もすっきり爽快でなくなって、何だか何時もぼんやり、どんより、ぼよよんとしてくる。そんな自分の心身が鬱陶しくてならぬ。別に嫌だとか、ましてや死んでしまいたい、などとは微塵も思わない。繰り返して言うが別に鬱ではないのだ。だが煩わしい。それが歳を取るということなのかもしれぬ、と達観している。こんなことを取り留めもなく書いているが、ボクが常道を逸してしまうようなことはないだろう。だが、ちょっとだけ脇道へ逸れるようにして、精神の平静と均衡を失ってしまうと、先日の秋葉原の凶行のような事件が起きてしまうのかもしれない。その境界線はほんの些細な部分なのかもしれない。恐ろしいことである。だからボクもそんな風にならぬよう、原稿も書かずモケーも作らず…こらーっっ! 何の脈絡も説得力もない言い逃れをするんぢゃなーい、と天の声…。日々、安穏と過ごしているだけでもめっけもん。ね、静香ちゃーん(って誰?)(続く)
投稿者 平野克巳 : 2008年07月04日 22:25
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