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2008年07月18日
モデルカーズ的こころ(39)
夏の日射しが陰り始めて夜の帳が下りようとする黄昏れどき、開け放したクルマの窓からふと焚き火の匂いが流れ込んで来た。恐らくどこかで落ち葉でも燃やしているのだろう。昨今では焼却炉を使わずに安易に焚き火をすることは地球環境上好ましいことではないのだが、ボクの住まう此所いら辺りでは比較的良く見る光景である。それはともかく、何よりもその焦げ臭いような香りが妙に懐かしさを感じさせた。そして郷愁を覚えた刹那、切なさで胸が張り裂けんばかりになった。子供の頃の夏の夕暮れを思い出したのである。いや正確に言えばその頃の感覚が甦ったのである。ボクの夏休みは何時も独り、母方の田舎で過ごす日々であった。その田舎の周囲は農家ばかりで、庭の小屋に牛が繋がれている農家なども点在する、まさに絵に描いたような農村であった。夕刻になると妙に寂しさが募った。里心がついたのではなく、独りきりで過ごす夕刻の白い西日が哀しくて堪らなかったのだ。そんな薄暮の夕暮れどき、何時も焚き火の匂いがどこからか流れて来た。その感情の記憶が条件反射のように突然ボクの胸に拡がった。何もするでもなく、ただ漫然と預けられる際に買い与えられたプラモデルをいじりながら、長い長い夏休みの孤独を思って寂しさが募った。持たされたプラモデルはとうに作ってしまい、モーターも電池も入っている訳ではないから、ただ出来上がってしまった模型をもてあそぶくらいしかすることがなかった。イッコーの三菱500やミドリのスチールジャイアント(だったか…一寸記憶が曖昧だ)、ニチモのスターリン戦車にはそうした記憶が塗り込められている。時にはヤマダのフェザーのようにモーターも電池も奢られて、ただ独り、ひと気のない閑散とした見知らぬ小学校の防火用水地で遊んだ記憶も残されてはいるが、それは僅かな例外でしかない。夕暮れどきは寂しくて…という歌が昔あったように思うが、ボクにとっても夏の夕暮れとはまさにそんな感傷ばかりが残っている。そして、そんなシチュエーションと共に記憶されているプラモデルもまた哀しみにばかり彩られている。夕暮れと言えば新聞の映画欄が見たくて暗くなり始めた部屋の電気を灯そうとすると「未だ早い」と祖母によく怒られた。昔の人の節約振りは徹底していた。そうして育ったせいか今でも薄暗くなった部屋で、電灯もつけずにこうして仕事をしている。時には灯りを点すことも忘れて、モニターの照明だけで文字を紡いでいることさえある。帰宅した家内が「どーしたー、こんな真っ暗な中で」とスイッチを入れて、初めてもう夜なのだと気付く。いや、気付かぬ訳ではないのだが平気なだけなのである。多分、足元にぽろぽろ落っこちている我が家の猫どもは、人間より遥かに視力が優れるので、そんな暗さも意に介してはいないのだろう。いいねえ、お前たちは。そんな視力があったなら、ボクも「もちっと」ちゃんとプラモデルが作れるのだろうに、とひとりごちたりもしてみる。おらおらおら~また作らねー言い訳かあー?と妖怪沼の友人がツッ込みを入れそうだが、7月いっぴをもって目出度くも賢くも55歳となった我が身にとって、見えないというのは結構深刻で切実な問題なのである。世の昭和模型少年成れの果ての諸兄よ、つらいのお~…でもプラモデルから足を洗ったらいかんぜよ。それを無くしたら「ただの」おっさんぢゃけえ。あ、それはワシだけか…(続く)
投稿者 平野克巳 : 2008年07月18日 17:26
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