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<title>初代編集長 平野克巳の「猫の耳に大仏」湘南鎌倉便り</title>
<link>http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/</link>
<description>モデルカーズの生みの親、平野克巳氏による目からウロコの模型小噺。さぁどんな話が飛び出しますか。乞うご期待。</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2008</copyright>
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<title>モデルカーズ的こころ(39)</title>
<description><![CDATA[<p>　夏の日射しが陰り始めて夜の帳が下りようとする黄昏れどき、開け放したクルマの窓からふと焚き火の匂いが流れ込んで来た。恐らくどこかで落ち葉でも燃やしているのだろう。昨今では焼却炉を使わずに安易に焚き火をすることは地球環境上好ましいことではないのだが、ボクの住まう此所いら辺りでは比較的良く見る光景である。それはともかく、何よりもその焦げ臭いような香りが妙に懐かしさを感じさせた。そして郷愁を覚えた刹那、切なさで胸が張り裂けんばかりになった。子供の頃の夏の夕暮れを思い出したのである。いや正確に言えばその頃の感覚が甦ったのである。ボクの夏休みは何時も独り、母方の田舎で過ごす日々であった。その田舎の周囲は農家ばかりで、庭の小屋に牛が繋がれている農家なども点在する、まさに絵に描いたような農村であった。夕刻になると妙に寂しさが募った。里心がついたのではなく、独りきりで過ごす夕刻の白い西日が哀しくて堪らなかったのだ。そんな薄暮の夕暮れどき、何時も焚き火の匂いがどこからか流れて来た。その感情の記憶が条件反射のように突然ボクの胸に拡がった。何もするでもなく、ただ漫然と預けられる際に買い与えられたプラモデルをいじりながら、長い長い夏休みの孤独を思って寂しさが募った。持たされたプラモデルはとうに作ってしまい、モーターも電池も入っている訳ではないから、ただ出来上がってしまった模型をもてあそぶくらいしかすることがなかった。イッコーの三菱500やミドリのスチールジャイアント(だったか…一寸記憶が曖昧だ)、ニチモのスターリン戦車にはそうした記憶が塗り込められている。時にはヤマダのフェザーのようにモーターも電池も奢られて、ただ独り、ひと気のない閑散とした見知らぬ小学校の防火用水地で遊んだ記憶も残されてはいるが、それは僅かな例外でしかない。夕暮れどきは寂しくて…という歌が昔あったように思うが、ボクにとっても夏の夕暮れとはまさにそんな感傷ばかりが残っている。そして、そんなシチュエーションと共に記憶されているプラモデルもまた哀しみにばかり彩られている。夕暮れと言えば新聞の映画欄が見たくて暗くなり始めた部屋の電気を灯そうとすると「未だ早い」と祖母によく怒られた。昔の人の節約振りは徹底していた。そうして育ったせいか今でも薄暗くなった部屋で、電灯もつけずにこうして仕事をしている。時には灯りを点すことも忘れて、モニターの照明だけで文字を紡いでいることさえある。帰宅した家内が「どーしたー、こんな真っ暗な中で」とスイッチを入れて、初めてもう夜なのだと気付く。いや、気付かぬ訳ではないのだが平気なだけなのである。多分、足元にぽろぽろ落っこちている我が家の猫どもは、人間より遥かに視力が優れるので、そんな暗さも意に介してはいないのだろう。いいねえ、お前たちは。そんな視力があったなら、ボクも「もちっと」ちゃんとプラモデルが作れるのだろうに、とひとりごちたりもしてみる。おらおらおら～また作らねー言い訳かあー？と妖怪沼の友人がツッ込みを入れそうだが、7月いっぴをもって目出度くも賢くも55歳となった我が身にとって、見えないというのは結構深刻で切実な問題なのである。世の昭和模型少年成れの果ての諸兄よ、つらいのお～…でもプラモデルから足を洗ったらいかんぜよ。それを無くしたら「ただの」おっさんぢゃけえ。あ、それはワシだけか…(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Fri, 18 Jul 2008 17:26:03 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(38)</title>
<description><![CDATA[<p>　「落日燃ゆ」たまさか何時もそんな時間にこの原稿を打ち込んでいる。ボクの仕事机は西に面しているので、既に夏を予感させる燃えるような落日をライブで眺めつつ、ちまちまと文字を紡いでみたりしている訳だ。山の稜線に陽が落ちた瞬間の、途端に冷たくなり始める気配がボクは好きだ。盛夏などにはこのちょっとした時間だけが「ほっ」と息をつける瞬間でもある。陽が落ちれば落ちたで真夏はこれでもかと湿度が上がるので、今時分だけが密やかさと爽やかさを堪能できる時期でもある。こんな良い「お日和り」に何をしているかと言えば、ボクは原稿を書いている。それが生業だから当然であるのだが、やはりついついバイクでどこかへ遊びに行きたくなってしまう。この前も書いたと思うが、モケイを作りたくなる、と書かないところが、ボクが決定的に職業を間違えたと今でも思う所以である。久しぶりに朝から好天なので田舎の旧家の節句鯉のぼりも如何ばかりかと思わせる満艦飾の洗濯物を済ませ、バイクで接骨院、内科と医療方面のはしごをする。そんな時は自らにも忍び寄る老人の影に怯えぬでもなし。ええーい、侭よ。どのみちあと一週間ほどで齢55ぢゃ。四捨五入すれば60ぢゃ。ろくじゅー!!   びっくりくりくりくーりくり(どーも古くていかんだがやあ)　そして棺桶に入ってしまわねいうちに書くこと書いとかねいと、と焦って原稿打ちに精を出す。ほんとは締め切りに追われて焦ってるだけなんだけどね…。そして落日燃ゆるちょうどそんな刻限、玄関に立つ人の気配。見ればオートバイのアフターケアを頼んでいる市内のバイクショップのご主人。エンジンがストールしてしまう家内のスクーター修理をお願いした筈が、代車を携え、手には新車のカタログが…。巧みな誘導で商談成立。その間、僅かに3～4分。キャブレター仕様の在庫ありますから～お安くしときますから～の誘い文句に釣られて、いとも容易く無い袖をぱたぱたと振る羽目に…。嗚呼、またしてもハーレーへの道は遠くなりにけり…って。どーせ本気で買う気もねーくせに。知人の某氏は最近、ロータス49を買ったというのに、我が身のしみったれたこの財政状況。あ、ロータス49ってF-1です。タミヤのでもイマイのでもユニオンのでもなく本物の「よんきゅー」!!　しかもジム・クラークが'68年南アGPで乗ったR4!!　買っちゃいました、の第一報がメールで入って来た時は我が目と我がパソコンを疑ったね。まあ以前からミウラSVなんか持ってる御仁だから、本気で吃驚はしないけど…凄いね～。ここまで来ると妬ましいなんてケチな感情なんかわかない。ただ「貴男は凄い。貴男は偉いっ！」と称賛するばかり。バンダイ版のヤツにはフィギュア付いてんだよね～。でも高くて手が出ないよね～なんてほざいてる我が身が蟻よりちっちゃく思えてしまう。よーし、TVRタスカンだあ(またスカタンが始まった…)、でもその前に日本文化/N.B.Kの「ねこ」だなあ…いや、それより、いくら何でもCD250のオイル交換しねーと、ん～スクーター1台買っちゃうと、当分は外食なんて出来ねーな～。話が段々しみったれてちっちゃなっていく…。哀しいけれどこれが現実。まあいいや、もうすぐ海開きだし。かんけーねーか。(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Fri, 11 Jul 2008 12:15:23 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(37)</title>
<description><![CDATA[<p>　音もなく霧雨が降り続き、庭の紫陽花が色付き始めると、季節は最も鎌倉らしい時期を迎える。家の者が出かけてしまい、猫どもも寝静まる正午前、ボクの生活空間は無音の世界と化す。その余りの静寂さに心細くさえなる。「誰か居ますかーっっ」と叫んでしまいそうになり、思わず口を手で塞いだりもする。それは嘘である。ともかく余りに度を超した静寂は、時に精神の均衡を崩し訳もなく不安にさせることがある。そんな時はギターをかき鳴らして歌う。それはウチの小僧だ。縫いぐるみのサッカーボールをくわえて1階から2階へと駆けずり回る。それはウチの風ちゃんだ。CD250に打ち跨がってプチ家出をする。それが正しい。海岸線でも走ってくるかーっっ。スコ、スコ、スコ、スココ…キックアームが空しく空を切る。結局、うなだれて部屋へと戻る。すると窓の向こうにまた音も無く雨が…あ、ウチのゴン太(CD250の名前だ。もちろん嘘である)雨に濡れたくなかったのね…。ぢゃあ、気を取り直して原稿の続きでも書くか。そういう精神構造にないのはむろんのことである。だったらモケーでも作るか。もっとそういう気分にないことは明白である。えーい、猫のとなりで寝ちゃえー。そういう猫的スローライフが実践できないワタス…。で結局、やるせなすな心を抱えたまま、3分毎と3分の倍数毎にアホになりながら、悶々と仕事を続けるのであった。こんな生活は身体に良い訳がない。おら、こんな村いやだぁ～(古い！ 古過ぎるっ！)、はあ、音しねえ、人居ねえ、とんびが何時でもく～るくる…だから誰もわっかんねーっつの。ぬぁーんて日々を過ごしていたら、久しぶりにアレルギーが出た。咳き込んでとまらない。夜になると富みに酷くまともに寝ることも叶わない。医者には「足元を猫が走り回ってる」と言ったら、そりゃ駄目だと笑われてしまった。原因は原稿らしい。嘘である。原因はモケーらしい。それも言い逃れである。正しくはハウスダストであるらしい。おーい、かっぱあーっっ、セーバーまだかあーっっ(ここを業務連絡に使うのはやめて下さいっ：担当Ｂ場)　毎日楽しくないのお。天気がこんなだと余計だのお。別に鬱ではないのだ。そうではないが、歳を取るごとに昂揚した気分は減ってゆく。身もあちこち痛くなったり動かなくなったり、心もすっきり爽快でなくなって、何だか何時もぼんやり、どんより、ぼよよんとしてくる。そんな自分の心身が鬱陶しくてならぬ。別に嫌だとか、ましてや死んでしまいたい、などとは微塵も思わない。繰り返して言うが別に鬱ではないのだ。だが煩わしい。それが歳を取るということなのかもしれぬ、と達観している。こんなことを取り留めもなく書いているが、ボクが常道を逸してしまうようなことはないだろう。だが、ちょっとだけ脇道へ逸れるようにして、精神の平静と均衡を失ってしまうと、先日の秋葉原の凶行のような事件が起きてしまうのかもしれない。その境界線はほんの些細な部分なのかもしれない。恐ろしいことである。だからボクもそんな風にならぬよう、原稿も書かずモケーも作らず…こらーっっ！ 何の脈絡も説得力もない言い逃れをするんぢゃなーい、と天の声…。日々、安穏と過ごしているだけでもめっけもん。ね、静香ちゃーん(って誰？)(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Fri, 04 Jul 2008 22:25:19 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(36)</title>
<description><![CDATA[<p>　ふと思い立ちハーレーダビッドソンのカタログなんぞを請求してしまった。そんなことをすれば先方の思う壷なのは重々承知だ。また暫くは電話やメールや手紙などによる試乗会やキャンペーンのお知らせ攻勢に悩まされることとなる。確か1～2年前にも同じ轍を踏んでいる。懲りていないのである。それでもふとカタログが見たくなる。あいや、せめてカタログだけでも欲しくなる。それでちょっとだけのオーナー気分を味わってみたりしたくなる。空しい…。なんだかHDは増々エグく高くなってしまったような気がする。元々ボクはアメリカ的エグさが嫌いではない。だが年々その度を増してゆくHDのエグ味はボクの理解と許容の範囲を逸脱してしまったように思えてならぬ。1200Rか1200Lがいーなー…などと考えていたが、既に最新モデルでは別モノのように変貌してしまった。第一キャブレターぢゃないし…。街中で最新モデルに行き交うことも少なくない昨今だが、あのHDの命とも言えるエンジンの鼓動も“スココン、スココン、スコスコスコーッッ”と何とも頼りない。ウチのCD250のほうが余程サラウンドウーハーの大迫力サウンド(苦笑)である。尤もマフラーが片方破けてるけど…。ボクはクルマもバイクも未だにエグゾーストノートで好き嫌いの判断をしているようなところがある。明らかに時代錯誤も甚だしい。だが、そうなのであるから仕方がない。となれば選択肢はひとつしかない。好むと好まざるとに関わらず新車は買わない、買えないということだ。そう言えばボクが新車を買った最後はいつだろう。恐らくは三菱ジープH-J59ではなかろうかと思う。もはや随分と昔である。あれからこっち、ずっと旧いクルマばかりに乗っている。だが、それが楽しかった時代はいい。昨今は環境問題で旧いクルマは肩身が狭くなってきた。取り合えずは自動車税の標的にされている。別に乗りたくて乗っている訳ではないのだけれど、壊れもせず格段の不満もないのでそのまま乗り続けているメルセデス190Eの税金もじわじわと上がっている。税金のことだけ考えるとコブラを手放して本当に良かったにゃ～、と安堵する今日この頃である。税金だけではない。今やガソリン価格も青空天井になりつつある。こりゃあコブラなんか持っていたら心中せにゃならんとこやった…。巷では既にリッター200円時代を想定して軽にでも乗り換えなきゃ、などと算段しているやに聞く。ボクもTVRがどーしたなどと阿呆なことばかり言ってもいられない。ミニクラブマンなんかいーかもなー。実はスイフトも嫌いじゃないんだよねー。いや、いっそ軽に宗旨替えしちゃおーかなー…などと取り留めもなく、ただうすぼんやりと考え続けている。そして毎度、決断も出来ぬままモーターサイクルへと逃避するのである。だがそのHDも欲しくてたまらぬ憧れでもなくなってしまった。今さら10年落ちの大古車に100万も突っ込むのはヤダよな～…マルサンの宗谷に18,2万も突っ込んどいて言うことじゃないけど…。そのうち石油製品であるプラモデルも生活必需品ではないので古いものほど税金がかかる、なんてことになったら何としよう…オークションで買うと消費税30％、作らないで持ってると固定資産税年50％なんて…。さ～て、今日もNBKのねこを求めてネットパトロールだっ(ばっかぢゃねーの…)(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Wed, 25 Jun 2008 18:33:23 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(35)</title>
<description><![CDATA[<p>　エコなオープンエアは楽しいばかりでもない。出先で突然の豪雨に見舞われたり、その予定もなかったのに前篭に納まらないほどのモノを衝動買いしてしまった時などはどーしたもんかと悩む。先日は接骨院に向かう途中で転倒してしまった。身体を治しに行く道すがらで怪我していれば世話はない。車道から歩道へ乗り上げようとしてその段差に車輪を取られて転んだ。バイクとは違って大したスピードではないので、飛ばされたり引き摺られたりすることもなく、ただ叩き付けられただけで肘と膝の皮を剥いた程度で済んだ。ただ履いていたジーンズは破け血だらけになったので、接骨院では「来るところが違うだろう」と呆れられた。まあ、たまにはそんなこともある。膝が切れてしまったジーンズを短パンに切ってしまおうか、それとも破けたそのまま履こうか悩んでいる。下らぬ悩みである。なにしろジーンズも買えば高い。といって○×クロ(チビクロではない。ましてやノラクロでもない)などの廉価ジーンズはどうも履く気になれぬ。ウエストがゴムの楽々無印ジーンズなんか履いたひには人生終わりだとさえ考えている。つまらぬこだわりである。そういえばずっとデニムのジャケット、つまりGジャンを新調したいと思っているのだが、余りに高くて未だに買う気になれない。だってデニムぢゃ～ん、という昔の感覚が頭から離れないのだ。それにどうせ買えば両袖を切り落としちゃうんだし…。スカジャンも買う度胸が未だにない。一度横須賀でダークグリーンとベージュのツートーン、背中には竹林に虎のモノホンがあってうっとり見蕩れてしまったことがある。ボクは昔からそのてのファッションが大好きだ。軍服も好きだが昨今は着ていると「ヲタク系」と間違われるのでやめている。それに軍服はホンモノのサープラスでなくてはならぬ。たとえアヴィレックスだろうがフェイクやレプリカの類いは我慢ならないのだ。アメ横で山積みで売られていた時代が懐かしいばかりである。帽子も若い頃は常用したが今はすっかりかぶらない。ボクは軍用ベレーが大好きで、今でも英国陸軍のタンクマンベレーや空挺隊レッドデビルスの赤いベレーに執心である。その昔、レッドデビルスの本物が徽章付きで輸入され、とても欲しかったことを覚えている。当時15,000円したが、ボクの給料が73,000円の時代であったからとても無理であった。ちなみにRAFのソフトヘルメット一式(酸素マスク/四眼ゴーグル/無線ケーブルなど全て)が150,000円！であった。軍用ベレーはモノによっては高価なものでもないが、近頃街でベレーをかぶった「おっさん」を見ると、自意識過剰な勘違いじじいのようでハナにつく。ボクもじじいになったので、もうわざとらしさばかりが目立ってしまうのだなと自戒することとしている。それにベレーどころか中折れソフトやハンティングさえ妙に似合ってハマってしまう年齢となってしまったので敬遠することにしている。年相応になってしまったのだ。これは嫌だ。全く嫌だ。うーむ、DIY店で麦ワラ帽でも買ってカールおぢさんと化し、庭いじりでもするか…。この微妙に変なこだわりの性癖は模型、プラモデルにも一脈通じているような気がしている。少なくとも古い友人たちはそう感じているらしい…。(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Thu, 19 Jun 2008 20:00:39 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(34)</title>
<description><![CDATA[<p>　梅雨前は一年で最も良いお日和である。コブラに乗るには最良の時期である訳だ。だが既に我が家の車庫にコブラは無く、子供たちが乗り潰した旧型スクーター2台が折り重なり、洗濯物が翻るばかりである。まあ、やがてこの空家にもTVRという新しい住人が棲みつくので(まだ言うか！)…戯れ言はともかく、天気の良い日はやはり自転車をおいてない。コブラのようにリッター当たり2.3kmものハイオクガソリンを浪費もせず、排出するのはゼイゼイと私が吐き出す二酸化炭素くらいなもの。実にエコである。それに車検もメインテナンスも税金もなく、ワタクシ的にはエコノミーのエコでもある。一寸暑いくらいな日射しを全身に浴びて、僅かに冷たさの残る風を頬に受けて走るのは、実に愉快、爽快、奇々怪々である(ラーメン、ツケメン、ボクイケメンかっ！)　音もなく風を切る快感はモーターサイクルでも味わえない心地良さだが、ついでにメタボ対策のダイエットにも帰依しているのでボクにとっては一石二鳥ともなっている。それに6段変速だ、ろ・く・だ・ん・へんそくっ!!(威張って言うようなことなのか…)　あそこの里山の緑が濃くなった、とか、八百屋のココちゃん(猫である)居るかなあ、ありゃあ、小僧寿司潰れちゃったよ～などと日々近在のパトロールを兼ねて走っている。当然♪わ～たしいい～がささあげた～そおのひとおに～を愛唱歌に走る。嘘である。第一古過ぎて駄目である。勿論、ただ日々を走り回って過ごしている訳ではない。洗濯をして干し、台所の洗い物をかたずけ、母の食事の世話をし、ポータブルトイレの清掃をし、自宅トイレの掃除もし、その他えとせとらえとせとら、結構主夫も雑事に忙しいのである。ボクはそんな事をしつつ、仕事をしては自転車に乗る。だから自転車に乗る時間は最大2時間までである。そうして日々を過ごしていると一日はとても短い。あっという間に陽が暮れてしまう。のんびりゆる～く生きたいけれど、そうもして居られないのもまた人生である。例えば今はこのブログを書いている(正しくはキーボードを叩いているのだが)のだが、これを何時までに書き上げて、次はどこそこの原稿を何時までに仕上げる、という感じで進めないと、とても物理的に締め切りになぞ間に合わない。しかし物事そんなにうまくは運ばない。フレーズに詰まったり、どうしても的確な表現が浮かばなかったりして、無為に時間ばかりを浪費してしまうことのほうが多い。時には「どんなに頑張っても粘っても今は絶対書けない」と感じる時もある。永年の経験で分かるのだ。昔ならそんな時はイラついたり焦ったりした。だが今は現実をそのまま受け入れることにしている。つまり一時的に断念し、DVDなどに逃避する。模型を作る、と言わないところに何だか問題ありな気もするが、とにかく気分転換に別のことをする。ボクは基本、映画が大好きなので、好きな作品は何度でも観る。映画で憂さを晴らして改めて仕事に戻る。リフレッシュすれば筆も走る走る…てな具合なら人生楽なのだけれど…。あ～どっか遊びに行きたいな～、いや酒でも飲みに行くかな～、いっそ旅に出るか～…人生に与えられた時は短い。なのに無駄にする時間ばかりが多いようだ。結局はケセラセラ、なるようにしかならない。それもまた人生。(続く)<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/archives/2008/06/34_1.html</link>
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<pubDate>Sun, 08 Jun 2008 17:41:07 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(33)</title>
<description><![CDATA[<p>　法事に行った。母方の祖母の十七回忌の法要である。十七回忌であるからこれで終わりにすると言う。これで増々親戚とは疎遠になってゆくのだなと思った。母の弟、ボクにとっては叔父にあたるコーちゃんも歳を取った。腰が痛くて歩けぬと言う。実際、その弟のカッちゃんは糖尿から来る腰痛で法要を欠席した。かつて親戚が集まれば20数人は居た血縁者もこの日は僅かに4人となった。寂しい法要である。法要のあと、船橋駅近くで鰻を食べた。江戸時代より商う由緒ある老舗である。こうした店もすっかり減って、今ではどこでも見られる全国チェーンのフランチャイズ店ばかりが居並んでしまった。高架になって京成線の大踏み切りも姿を消してしまったし、アサリだの落花生だのの露店商も居なくなってしまった。あのスピードを出すとガタゴトと横揺れした京成電車も、今では妙にこじゃれたステンレス車輌だ。“♪ルンルン京成”の車内BGMも聞かれなくなって久しい。故郷を持たないボクにとっては田舎に帰るような気分にさせてくれる数少ない機会であったのだが、それももはや遠い日の郷愁でしかなくなってしまった。<br />
　祖父母の暮らした家も取り壊されて空き地となり、今ではコーちゃんが耕す家庭菜園となった。ほんの猫の額ほどの土地でしかなく、こんなにも狭い場所で祖父母は数十年を暮らしたのかと思うと寂寥感がいや増す。時代は誰に遠慮もせずに、生真面目に律儀に時を刻んでゆき、現在を過去へ、過去を忘却へと連れ去ってゆく。いつかボクの暮らしもそのようにして消えてゆくのだろう。先ず猫たちが、そしてボクと妻が永遠に旅立ってゆく。そのあとボクの家はどうなっていくのか。多分取り壊されて跡地は見知らぬ人に売られるのだろう。そして子供たちは自分の生活へと散り散りになることだろう。そうしてボクの生きた痕跡はこの世から消えていくのだ。人生とは、生きるとはそういうものだと思っている。ただ、もしかすると幾人かの人々の本棚にだけはボクの書いた拙著が残されるのかもしれない。恐らくそれがボクの生きた証しである。そしてそれこそがボクの最も望むことである。だから赤貧に喘ぎながら今日も文字を紡ぎ続ける。それが人生だ。ドラマチックなことは何もない。ただ淡々と生き、そして死ぬ。そうしたものだと思っている。<br />
　今でもモデルカーズのバックナンバーを大切に所蔵して下さっている方々が居る。ありがたいことである。だが所詮は雑誌である。その名のニュアンスからも感じられることだが、雑誌とは所詮読み捨てにされる存在である。それには余りに惜しいのが過去に連載し、現在も連綿と続いている「古典キット倶楽部」である。もはや手に入らぬキットを惜し気もなく製作しご紹介したこのシリーズは、そのまま葬り去られるには余りに惜しい。そこでかねてより編集部には改めて一冊の本として上梓出来ぬものかとお願いし続けている。今井科学1/16ポルシェ906、コグレ1/16フォードGT40、コグレ1/12ロータス33、コグレ1/20ロータス、エリート/エラン、コグレ1/22ホンダS500…コグレばかりだな…。ともかく'60年代の傑作キットたちが綺羅星のごとく居並ぶ本は、永久保存版として多くの書架を飾ることとなる貴重な一冊となろう。ボクのプラモ人生においてももの書き人生においても何とか実現したい本の筆頭のひとつである。(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Fri, 30 May 2008 02:39:53 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(32)</title>
<description><![CDATA[<p>　喫茶店が絶滅しようとしている。昨今ではスターバックスやエクセルシオーネで手軽に済ますのが通例になってしまった。喫煙者であるボクは多少メニューが乏しくても店内が抹香臭く湿布臭くてもドトールを良く利用していたのだが、それも最近店内禁煙となったのでやめた。ミスドは喫煙ＯＫなのだが、一服の度にドーナツを食わされるのではたまらない。廃煙を達成した友人は「そういう事に悩まされないから楽だ」と言う。確かにそうだろう。模型だって塗らない、と決めれば有機溶剤の臭いに悩まされずに済む。あ、いや、そういう問題ではないか。<br />
　話が脱線した。喫茶店の話題である。喫茶店とは昭和という時代を彩るひとつの風俗文化だったように思う。古くは名曲喫茶、歌声喫茶、ジャズ喫茶、画廊喫茶など、単にお茶を飲むだけが目的ではない特別な場所であった。ボクの若い頃には未だ名曲喫茶はその威厳を保っていたし、画廊喫茶は絵を見る目的ではなかったが良く利用した。ジャズ喫茶ではカウンター内で働いていたこともある。そうした文化がやがて廃れ純喫茶が隆盛すると、純喫茶は若者のデートコースの定番となる。いかに洒落て上品な店を知っているかが勝負となり、ティーカップにこだわりがあったのもこんな時代である。彼女と映画を観て純喫茶で感想を語り合う。それが世の中ではデートのスタンダードコースであったのだ。何とも純なことである。現代のようにいきなり互いの部屋を訪問したりホテルに行ったりすることなど、良家の子息子女ならあり得ないことであった。そうした時代には喫茶店にも同伴喫茶という「一寸ばかり淫靡な形態」が流行ったが、そんな必要性も皆無となった今では絶滅してしまった。<br />
　ボクが大学生だった時分には雀荘に入り浸るのに替わって、気の合った友人や彼女と純喫茶で時間を潰すのが若者のトレンドのひとつのように思われていた。もはやテレビ中継を観る為や冷房で涼む為に喫茶店に入る時代ではなくなっていたが、どこの街にも喫茶店はあって探すのに困るようなことはなかった。以前にも書いたがボクの時代には何故かアイスミルクが流行り、苦虫を噛み締めたようなしたり顔でストレートコーヒーを頼むような手合いは「かっこ悪く」時代遅れな人種と受け止められていた。ポップでライトな世相の傾向が反映し始めた結果だったのだろう。だが、重厚な赴きのある純喫茶には抗しがたい郷愁が今も残る。木製テーブルと布製ソファーのボックス席が並ぶ仄暗い店内。手元のみを照らす淡い白熱球のスポット照明。良く吟味された陶器製ソーサーとカップ、そして銀製スプーン、金属製ミルクピッチャー、切り子ガラスの容器に入れられた角砂糖。ほど良いボリュームで流れるクラシックと一杯ごとにたてるサイフォンコーヒーの芳ばしい香り。“♪一杯のコーヒーから夢の花咲くこともある”のナツメロも知る人が少なくなってしまったかもしれぬが、まさにコーヒーを味わうとはそうしたものであり、喫茶店とはそうした場所であった。発砲スチロールの使い捨てカップで「ちゅーっ!」と飲み干してチャチャッと出る、それは単に喉の乾きという生理現象を充たすだけの行為でしかない。余裕とこだわりがない。近年はプラモデルに対する気持ちの有り様にも似た匂いを感じている。(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Fri, 23 May 2008 00:46:27 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(31)</title>
<description><![CDATA[<p>　人生何でも絶頂というものがある。そしてまた潮時というものもある。ボクは16の歳からモーターサイクルとクルマばかりに人生を費やしてきた。だが生活環境が変化したからと言うか、年齢を重ねたからと言うか、そういうものに時間や労力を割く割合いがめっきり減った。今も我が家に居る190Eなぞワックスがけはおろか洗車さえしたためしがない。うっかりすると前回のオイル交換時期さえ忘却の彼方だ。これを「老いる好漢」などとはしゃいでもいられない。3月のひと月間というもの自宅前道路が下水道工事で通行不可となり、歩いて5分ほどの空き地が代替駐車場となった。空き地と言っても雑木林なので自家用車を持つ町内有志が総出(なにしろクルマが無いと生きられない生活環境なので、どの家も2台程度は所有している)で電動ノコまで登場する騒ぎとなった。まさに整地と言うより開拓に近い。屯田兵気分である。そんな場所に停めたので潅木の枝などですっかりボディが傷だらけとなってしまった。まあ、どうせ小傷が一杯だったから…と気にしないことにした。なにしろスーパーの駐車場は行く度に傷が増える魔界空間である。それに我が家は谷戸の中にあるので湿気が酷く、既にボディには腐りも出始めている 。第一間もなくTVRタスカンに買い替える予定だし。嘘である。そんな調子で17年落ちの太古車に乗っている日々である。<br />
　モーターサイクルに対しても似たようなものである。現在の我が愛機ホンダCD250改“CBもどき”もまともにいじってやっていない。ほぼ放置プレー状態である。精々乾拭きしてたまに液体ワックス(もうシュアラスターなどとは無縁の日々…)で拭くくらいが関の山だ。時たまメッキクリーナーで錆落としをすることもあるが、十代の頃のようにひとつ錆が浮いても目の敵のようにして擦るようなこともなくなった。酸化は自然の摂理だよなあ、しゃーねーぢゃん、第一が40年選手のバイクだしな～などと達観している。まあ、それでもグリスアップや増し締め、レバー類の微調整くらいはするが、昔のようにキャブをいじったりはもうしない。<br />
　なにしろ暑い時でも寒い時でも表でしゃがんでいるのが「しんどく」なってしまったのだ。体力、気力が萎えたというよりは不精になってしまったのかもしれぬ。ならばその分は何に費やしているのか。三線の稽古に邁進している。写経にうつつを抜かしている。盆栽の剪定に余念がない。有田焼を磨いている。どれも縁がない。無策にいたずらにただ時を過ごしている、そんな気がしてならぬ。気持ちがあっても体力がない。体力が有り余っている時には気力がない。これを俗に「慢性怠け腐れ病」と言うそうだ。嘘である。ともかく全てにバイオリズム最高という日はそうそうなくなった。赤蝮ドリンクももはや効かない…ってそれはまた別の話だな…。同じようにしてプラモデルの製作もまるで手につかず捗らない。あれから幾年月、というキットが埃の中でうずたかく積まれたままである。困ったものである。焦る気持ちばかりが空回りする。潮時なのか、などと自問してみるが、未だそうも言っていられない微妙な年齢である。隠居するには未だ早く疾走するには衰えた。老いたライオンはネコと化す。にゃ、にゃおおお～んっっ！(続く)<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/archives/2008/05/31_1.html</link>
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<pubDate>Fri, 16 May 2008 02:01:55 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(30)</title>
<description><![CDATA[<p>　久しぶりに新車を買った。と言っても自転車の話である。運動不足の解消に貢献してくれていた自転車を新しくしたのである。これまでのものは国産有名ブランドものの総アルミ製だが変速機がなかった。ここ鎌倉は全くと言って良いほど平坦な所の無いような地形なので、いくら軽い自転車であっても補助動力の無い乗り物では限界があった。それに引き換え今度のものは無名ブランド、スチールフレームだが、一挙に6段変速へとグレードアップ。自転車マニアなら10段や15段は当たり前だろうが、ワタクシ的には無断変速ママチャリ風からの乗り換えなので、まるで別世界の乗り物のようだ。これまでは躊躇していた所へもズイズイと乗り入れるようになり、ちょっとだけ行動範囲が拡がった。だが、しかし買って一週間ほどした頃、交差点の中でいきなり大きな破裂音と共にブレーキが効かなくなり、危うくクルマに激突しそうになった。気を取り直して我が愛車(苦笑)を調べてみればフロントブレーキがそっくり姿を消していた。キャリパーを支えていたスプリングが吹き飛んでブレーキそのものがバラバラに分解してしまったらしい。当然クレームをつけ改めて別の新車に交換して貰った。この一件で嫌な思い出がよみがえる。「何時かはクラウンならぬ五日はクラウン事件」、そして「納車翌日に廃車となったメルセデス190E事件」である。これらは三億円事件と共に昭和の三大事件と呼ばれている。嘘である。とにかくボクには買っても縁のない新車というのがたまにある…。<br />
　新緑香る春である。桜吹雪舞い散る中、暖かさを増した陽光を浴び、少しばかり冷たさの残る風を受け、自転車で走るのは実に良い気分である。確かに漕がねばならぬから楽ではないが、エンジンの音や機械の発する熱が無いのはとても爽快だ。喧噪を離れて鳥のさえずりを聴きながら走るのは、クルマやバイクでは味わえない心地よさである。こんな気持ちの良い日には部屋で原稿を書いたり模型を作ったりなぞとてもしていられない。皮膚癌の心配はさておき、日射しを浴びていたくてたまらなくなる。じっと気持ちを集中して模型とじっくり向き合うなどという精神構造は、年齢を重ねるごとに希薄になっている。巷間、歳を経れば人間落ち着く、などと宣うが、どうやらボクの場合は逆のようである。但しキャーキャー騒ぐのは体力が持たないので願い下げだが。今頃気付くんぢゃねーよ、というご意見もあろうかとは思うが、どうやらボクはプラモデル作りというのには元来向いていないようだ。血液型はＯ型だし星座は蟹座だし…余りかんけーないか…一見細やかなようでいて実は結構おおまかな性格でもある。なので細かい作業をしていると全身が虫が這うようにゾワゾワしてしまい、じっと椅子に座ってなぞ居られなくなる。バイクに飛び乗ってどこかあてもなく走りたい衝動に駆られてしまう。あー、だから1/8ホンダCS72が中々完成しないんだねぇ…それよか1/1ホンダCD250改CB250もどきをいぢっちゃうんだねぇ…ふむふむ、なるほどなあ。「ねこのや～まるで説得力のねえ言い訳してんぢゃねーぞー」  あ、河童くんやきじーさんやシゲタ博士たちが怒ってるし…いーやー、すっとぼけちゃえ。顔こしこし洗ってれば、そのうちミンナ忘れちゃうだろうしなー。月夜は狼を狂わせるけど桜は猫を狂わせるんだな。あっはっはっはっ、こりゃいいやー。にゃおおおお～んだっ!!(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Thu, 08 May 2008 19:30:17 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(29)</title>
<description><![CDATA[<p>　昨年末から本年年頭にかけて当該ブログを少なからずサボってしまった。原因はボクが12時間にも及ぶ心臓バイパス手術を受けたから、ではなく、思い付きからポケットマネーで買ったハーレーXL1200Rスポーツスターでアメリカ大陸横断の旅に出ていたから、でもなく、源氏山の裏山で瀕死の山猫を助けたら鍋島猫御殿に招待されたから、でもなく、歴代愛人全てを招待して南海の孤島ポコペン島でハーレムパーティーを催していたから、でもない(うるさいよっ!)<br />
　実は仕事が立て込んでしまったのが正直なところである。ぢゃブログは仕事ぢゃねーのかよ、とお叱りの突っ込みも戴きそうだが、まあそこいら辺りは「いんぐりもんぐり、うにゃまらぷすあにゃもねら」なのでご勘弁戴くこととして(なにをご勘弁なんだかワカンネーよっ)、ともかく猫の手も借りたらかえって尻拭いが大変だったような状況で(どーゆー状況?)、三が日からインタビュー取材だわ、松の内から編集会議だわ、セットメニューで酒宴は続くわで、てんてこ舞い、獅子舞、ちゃ～な日々であった訳だ。国産プラモデル50周年の今年は記念本の発行も予定されていて、ボクもその員数合わせに駆り出されており、またボク自身の新刊発行も重なり、続刊発行も決まったので書き下ろし原稿を書かねばならず、新たな連載も3本決まり、その第1回を2本まとめて書き、だからといってルーティンワークの鉄の馬歴史館、古典キット倶楽部、20世紀のプラモデル物語、ネコトイらをペンディングにする訳には勿論いかず、挙げ句の果てにはそうした状況を見すかしたようにコンピューターはストライキを敢行するわ、猫どもは呑気に寝てばかりいるわ、CD250改CB250風味は動かなくなるわ、買ったばかりの自転車はブレーキが分解して吹き飛び危うくクルマに屠られそうになるわ、12時40分にはセイフー惣菜売り場のメンチカツが完売御礼で食べられなくなるわ、ともかくめっきり脳が軟化してきた最近の我が身には何が何だか分からん日々が続いていたのである。何しろ一週間など矢のように過ぎて行く。気がつけば(気がつかないのだが…)ブログ更新日はとうに過ぎ、むしろ無更新を更新するばかりの日々となってしまった。<br />
　いーや、どうせ毎回覗いている人なぞおりゃせんやろー、と実は密かにタカを括っていたのだが、あにはからんや。世の中そんなにスルーしてはもらえなかった。友人知人関係あちこちから疑惑の銃弾飛び交い狼煙立ち、奴はルーマニア、トランシルヴァニアの闇に消えたのだとか、ベルリンをシュトルヒで脱出しアルゼンチンで貿易商に身をやつしているのだとか、葛原岡神社で即身仏へと入場したのだなどの噂が沸き立ったと聞く。嘘である。それでも各方面よりご心配戴き、友人の静香ちゃんには「大滝1/24デイトナクーペのセンタースピナーやるから隠居すんなや～」と檄も頂戴し、また担当のＢ娘には「人知れず孤独死し死後硬直していたらどうしよう…」と余計な心配までかけてしまったやに聞く。これもまた嘘である。他人をクサシたり言い訳したりはしたくはないが、「じゃあの」で済むような内容のブログではない(自分でそうしたのだ…)のでしんどいことは事実であるが、改めて体制を立て直しこれからも続けて更新していくつもりである。どうも相すいませんでした。じゃあの。(続く)<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/archives/2008/05/29_1.html</link>
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<pubDate>Thu, 01 May 2008 12:24:00 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(28)</title>
<description><![CDATA[<p><a href="http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/cal-1.html" onclick="window.open('http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/cal-1.html','popup','width=461,height=600,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/cal-1-thumb.jpg" width="230" height="300" alt="" /></a></p>

<p><br />
　桜の花が散って新緑へと変わった４月の冷たい雨降る夜、キャルが逝った。キャルとは我が家に４匹いる猫のうち、２番目に年かさのグレーの“サバトラ”ミックスである。16歳の突然死であった。それまで何の徴候もなく、突然倒れてそのまま息を引き取った。パニックに襲われそうな気持ちを抑えて動物病院へとクルマを走らせたが、ワイパーを見詰めながらもはや手後れだと感じた。我が家で最も性格の穏やかな可愛い猫であった。いつまでもいつまでも私の顔や腕をなめ続けてくれるので「なめネコ」の愛称を持つ猫であった。室内飼いの我が家の猫たちにあって唯一狩りをしては、虫やヤモリを食べてしまう猫らしい猫であった。ただ余りに温厚でおとなしい性格ゆえか、唯一自分の安心できる場所を持てず、いつも他の猫たちに追い払われ続けているような不憫なところもある猫であった。唇にピアス、黒いマニキュアのロック小僧となった末息子がはばかることなく号泣した。多分最もキャルを愛したであろう長男はタクシーで慌てて帰宅した。ウチ中の者たちの心の中にずっと住み着いていた、親しみと慈しみは何も変わっていないのだなと感じた。その昔のずっと貧しかった時代、日曜日に駅前の不二家でモーニングセットを子供たちに食べさせることを唯一の贅沢としていた頃にキャルとは出逢った。不二家のレジに写真付きで「貰って下さい」の貼り紙があった。それがキャルだった。余りの可愛さにその足で貰いに行った。あれからもう15年以上の月日が経ち、幼かった子供たちも二十歳以上になってしまった。我が家の歴史の一部が消滅霧散したような寂しさはある。なにしろ私は自宅で仕事をしている。猫とはずっと一緒に暮らし共に時を刻んで来たのだ。その悠久のように思われた時が突然断ち切られたような哀しさ、儚さは喩えようもない。改めてこの世に永遠などないと痛感させられている。最後の晩はいつもの場所に寝かせてやった。あの猫らしく愛くるしい丸顔はそのままで、昼寝をしているいつもの姿そのままだ。だが、あの美しいエメラルドグリーンの瞳が私を見詰めることはもうない。う～ん、と鳴いてミルクをねだることももうない。時が過ぎれば何もかもが去って行く。それが人の世の定めであり人生である。暖かかった温もりの消えて行く毛足を撫でながら、そんな人の世の儚さを思う。私とていつかこの世から去らねばならない。その最後の瞬間まで大好きなクルマやバイクやプラモデルや猫たちに囲まれていたいとは願うけれども、櫛の歯がこぼれるようにして私の手の中から、ひとつ、またひとつとすり抜けて行く。哀しいけれど、寂しいけれど、それは誰にも止められない。だからせめて今日は、今この瞬間には、大好きなものたちを抱き締めていよう。さようなら、私の猫。さようなら、キャル。お前と過ごす日々はもうないけれど、お前と過ごした日々は愛しく抱き締めて忘れない。愛しい大切な想い出として。お前は本当に可愛い猫だったよ。(続く)<br />
</p>]]></description>
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<pubDate>Thu, 24 Apr 2008 13:33:23 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(27)</title>
<description><![CDATA[<p>　すっかりご無沙汰してしまった。などと言っても、本当に毎回アクセスして下さっている方が果たしてどれだけ居るのだろう…やはり古い人間としては顔が見られない、声が聞こえない、という会話はどこか虚ろで実像が伴わない。などと詰まらぬ言い訳をしてみたところでナンボのモンでもあらへんのでよしにしておこう。今年になって多忙を極めている。但しかつての雑誌屋としての第一線に居る訳ではないので、たかが知れている。それでもワタクシ的には吐き気がするほど忙しい。それが実入りとなって伴うならやりがいもあるが、フリーの下請けであるからやはりたかが知れている。そんな折り、他誌ではあるが新規に連載が２本決まった。ありがたい限りである。だが物理的な限界はあるので何でもかんでも受けてしまう訳にはいかない。そこが個人営業であるもの書きの辛いところである。もはや頭を絞るより先に脳の萎縮が始まっており、知識を活用するより先に物忘れが先行している。昨日の事は覚えておらず、40年も50年も昔のことばかり思い出す。これは明らかに痴呆の症状である…だいじょぶなのか、オレーっっ!!などとおどけてもおられぬ。本格的な健忘症が始まらぬうちにプラモデルのことだけでも書き残しておかねば、お金ってば、オカリナ、トトロ、昭和30年代は…おわわ～、どーしてもソコかいっ！<br />
　忙しさは過ぎ行く時間を粗雑にしてしまう。気がつけば1秒1分1時間1日1年が知らず知らずに失われている。先日、高校大学時代の友人から親しかった仲間のひとりが逝去したとの知らせを受けた。今年55歳、若過ぎる。だが自分もいつどうなるかなどてんで予測もつかない。だから日々を大切に精一杯生きねばならぬと改めて自らを戒めたところだ。そういえばそんな仲間たちとかつては喫茶店で無駄話ばかりした。あの時代は喫茶店に入り浸るのも若者のステータスのひとつであった。何故かアイスミルクが流行った頃だ。モデルの女の子の友だち誰もが必ずといって良いほどに「アイスミルク、ガム抜きでね」と注文していた事も思い出す。ガムシロ抜いたらただの牛乳ぢゃん、わざわざ高い金払って喫茶店で飲むものなのか、といつも不審に思ったことも思い出す。懐かしくなって冷蔵庫の牛乳にガムシロップを入れて飲んでみる。勿論カロリーハーフなガムシロである。メタボな中年を嫌というほど思い知る瞬間である。その甘さは切なく、むしろ過ぎ去った若い時代のほろ苦い味がした。若さという傲慢さから「オレたちの時代」などと粋がって、しかし何時しか時代から捨て去られていく人の世の性。それでも必死に自分たちが生きた時代にすがろうとして古いプラモデルなんぞにうつつを抜かすのか。もしそうだとしたらそんな我が身が哀れに思えてならぬ。だが、しかーし！ そんなの関係なーい(あ～古くていけねえやね…)   好きなモンは好きなのである。屁理屈無用なのである。先日、とうとうマルサン1/300南極観測船宗谷をオークションで入手した。やったぜカトちゃん(だから古すぎるって…)   18万超えである。天城超えより凄いのである。恐ろしくて女房には買ったことも言えないのである。それでも既に製作発注に出してしまった。なーんたってやるべきことをやっておかねば。金もプラモデルも抱えてあの世には行かれない。齢55にして益々「プラモ馬鹿一代」全開である。いけーっっ、オレーっっ!!!! (続く)<br />
</p>]]></description>
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<category></category>
<pubDate>Thu, 17 Apr 2008 02:39:39 +0900</pubDate>
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<title>モデルカーズ的こころ(26)</title>
<description><![CDATA[<p>うちのにゃんこたち、ちかごろめっきりギガンティックカワユス(>w<)</p>

<p>おまいらも猫リポートの詳細報告きぼんぬ</p>

<p>それよかPYSじゃねーの</p>

<p>じゃあの。</p>

<p>( 註：PYS　プラモやらずに死ねるか ）</p>

<p><br />
ワシも人気ブログ風を装ってみますた…。</p>

<p></p>

<p>で、唐突ではありますがこの場を借りて告知をさせていただきます。</p>

<p><strong>【モデルカーズ製作スタッフ募集のお知らせ】</strong></p>

<p>モデルカーズ誌上の「鉄の馬歴史館」および「古典キット倶楽部」で自動車、モーターサイクルのプラモデルキットを製作していただけるモデラーを募集致します。年令、性別、職業、経験の如何は問いませんが、いくら借りたいとはいえ猫な方のご応募は出来ません。また目があがって30センチ四方以下のものには焦点が合わない、プラモデルを作ると北国へ旅に出たくなってしまう、その際肴は炙ったイカでいい、腰痛が酷くてドラムスしか叩けない、奥さんが恐くてプラモデルという言葉を口に出せない、プラモデルを本能的に嫌悪している、プラモデルとはどんなモノなのか知らない、などの症状が慢性的にある方のご応募はご遠慮下さい。仕事内容はこちらの提供するキットを指定によって完成させていただきます。基本的にはキットストレート組みですが、場合によっては修正、改修をお願いする事もあります。モーターサイクルキットではワイアスポークホイールを編める方歓迎です。ある程度の実車知識を有し、自身でリサーチや考証の可能な方を希望します。掲載記事の性格上、ヒストリックモデルが大半を占めますので、旧車ファンであることも必須条件となります。完成モデルの肖像権、所有権は弊社に帰属しますが、所属クラブ展示会などへの貸し出しはご希望があれば随時行います。製作期間は通常1ヶ月半から2ヶ月程度です。決して優遇された条件ではありませんが、共にモデルカーズを盛り立てて下さろうとする熱意のある方のご応募をお待ちしております。応募に際しましては、実際に製作された未発表完成モデル乃至はその写真、画像データなどのご提出をお願い致します。なお、ギャランティなどの諸条件、その他詳細につきましてはモデルカーズ編集部まで直接お問い合わせ下さい。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/archives/2008/02/26_1.html</link>
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<category></category>
<pubDate>Wed, 27 Feb 2008 17:34:35 +0900</pubDate>
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<title>デルカーズ的こころ(25)</title>
<description><![CDATA[<p>　戦前戦中は思想教育の一貫として模型が学校の授業に採り入れられていた。それは主に模型飛行機、ライトフライヤーであった。その名残りもあって戦後も我が国では模型というと飛行機、それもライトフライヤーを指すことが多かった。ボクは昭和28年生まれであるが、やはり小学校の図工ではキビ細工をやった記憶があって、確か飛行機を作ったと思う。ボクらの世代は工作といえばボール紙やキビ、石膏や粘土などを使ったものを意味していたと思う。学校の授業にあったかどうかは失念してしまったが、ライトフライヤーも随分沢山作っては遭難させた(ちゃんと作るのは難しく、大抵は在らぬ方角に飛んで行ってしまい回収不能となった)<br />
　模型と名のつくものは色々あったが、やはりソリッドモデルと鉄道模型が当時の模型の花形であった。鉄道模型はOゲージやHOゲージが主流で、車体をボール紙で作っていた時代だ。模型と名のつくぐらいであるから、現在のように塗装済み完成品を買って遊ぶのではなく、動力部の部品を自分で組み立て、車体は自作する、工作が主体のホビーであった。ソリッドモデルとはあくまでも総称なのだが、一般的にはライトフライヤーのような実際に空を飛ばすものではなく、木製のスケールモデルを指した。要するに姿形をいかに実物に似せて作るかが要点で、実物の機能は求められてはいない。このソリッドモデルも主に飛行機のジャンルを表す名称となっていたが、プラモデルはこのソリッドモデルに替わる新たなアイテムとして登場した訳だ。<br />
　ソリッドモデルを完成させる行程には熟練の技と知識が求められた。図面をひき、木材を図面に照らし合わせて削り出し、組み立て塗装する。当然キャノピーなどは木材では作れないので、塩ビ板などのプレス技術も必要であった。ひとくちに削ると言ってもプロペラブレードなどは「捻れ」も再現しなくてはならない。ソリッドモデルとはある種「堀越二郎」的な航空機の知識と「左甚五郎」的な匠の技がなければならなかった。ある意味での特殊技能である。<br />
　しかしプラモデルの出現はそうした「模型の特殊性」を払拭した。ソリッドモデルと同等の、あるいはそれ以上の水準を、誰にも容易く可能とさせたのだ。まさに戦後インスタント文化の申し子と言えよう。しかし、いつからか「簡単であるべきプラモデル」が特殊技能による芸術品と考えられるような風潮へと転化してしまった。それをボクは日本独自の文化、大和民族ならではの生真面目さ故と考えている。まあ、それはそれで構わない。そうした志向が自らの首を絞める結果にならねば良いがと願うのみである。ただプラモデル世代の問題点はソリッド世代と違っていちから作り出すことが出来ない点にある。つまりスクラッチが不得手であるということだ。よく作品でプラキットの原形を留めぬまでの極端な改造や修正を施した例を目にすることがある。そこまでやるならなにもプラモデルをベースにする必要はあるまい、ハナからスクラッチしたほうが容易いし気分も良いのではないか…そう思う。だが、そこにプラモデル世代のアキレス腱がある。修正加工は出来ても生み出すことに長けていない。そこに日本文化との類似性を思わぬでもない。(続く) </p>]]></description>
<link>http://www.hobidas.com/blog/modelcars/khirano/archives/2008/02/25_1.html</link>
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<pubDate>Thu, 21 Feb 2008 12:48:06 +0900</pubDate>
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