オートトップニュース特集ブログショッピング自動車図鑑雑誌サイトホビダストップ

« 『遊裕紀行』、本誌の続き・・・。 | トップ | 現実逃避の夏。 »

2008年8月15日

アンドレアさん訃報のその後。

 先週ここでお伝えしましたアンドレア・ピニンファリーナさんの訃報。その後、本誌で記事を作ることになりいろいろと情報を集めたところ、もう少し詳細がわかって参りました。

 まずどうしてCEOのようなVIPがスクーターで通勤していたか? これは第一報を送って頂いたモデナ在住の福井恵里奈さんが答えを送ってくれました。

「世界的企業のCEOがスクーター通勤だった、こんな不思議な落差、
イタリアではありえる事だと思います。
こういう質素ギャップがある企業人、北イタリアで珍しくはなく、
メディオバンカ(フェラーリ株を所持していた投資銀行)の
エンリコ・クッチャ会長も生前は毎日、徒歩の通勤。
ボディガードも付けず、これを80歳辺りまで続けていたらしいです。

なぜこんなことを行なわれていたか。自身のルーツを失いたくないとか、
常に地に足を着けておくため、素直でいられる……、
何らかの人間的理由があったのでしょうね」。

 う~んなるほど。そして上の写真はイタリアのジャーナリスト、ジャンカルロ・ペリーニさん(今回誌面でレポートも担当)から送られてきた写真。10年ぐらい前でしょうか? 手前が前会長であり父であるセルジオさん(もちろんご存命)、右奥からアンドレアさん(会長兼CEO)、妹のロレンツァさん(役員)、そして左に弟のパオロさんが写っていますが、彼が後任を務めることになったそうです。

 パオロさんは、1999年の東京モーターショーでインタビュー記事を作ったことがあります。当時はピニンファリナー・エクストラ(←なんと南極観測基地をデザイン。工業デザインの関連会社)の社長で、現在はピニンの副会長でした。なので当然の人事と言えましょう。

 そういえばセルジオさんのインタビュー記事も、イベントで来日時に作ったことがありました。だからでしょうか? この写真を見ているととても切ないんです。ちなみにアンドレアさんは事故当日、今週末のペブルビーチで発表するロールス・ロイスのコンセプトの出発を見届けるために会社に向っていたとか。

 というワケで、そのコンセプトはある意味『遺作』。写真が入手できましたら、ここでも紹介したいと思います……。name_d.jpg

投稿者 ピーライ : 2008年8月15日 16:27

« 『遊裕紀行』、本誌の続き・・・。 | トップ | 現実逃避の夏。 »