2005年6月
2005年6月15日
幻想のスポルトマチック
おはようございます。清水草一です。
此の様なブログを与えていただき、バブル期のスーパーカー事情について取材してアップするつもりと言いながら、未だ一度もアップしていないことに内心プレッシャーを感じつつ、締切りがないものでついつい取材が先延ばしになっておりまして、このままではいつになったらアップできるのか見当も付きませんので、とりあえずつなぎとして一発アップさせていただくことにいたしました。
昨日、ROSSOの取材で編集部メミタと一緒だったのでありますが、ヤツは自慢の「30万円ポルシェ」でやってきました。
「おおメミタ! これがそうか!」
「そうなんです! 飯田章さんに“燃えないゴミ”と言われたボクの愛車です!」
「うーん、なるほど。いいじゃないか!」
「はいっ!」
という感じで取材の方は終了。
「それじゃメミタ、30万円ポルシェに乗せてくれ!」
「は、はい‥‥。ど、どうぞ」
返答に多少のビビリあり。翻訳すると(ええっ‥‥、大丈夫かなぁ、でもМJさんだし、嫌とは言えないし‥‥。仕方ない、目をつぶって乗せよう!)
こんな感じでありましょうか。
しかし儂はそんなことは無視して運転席へ。さてエンジンを‥‥と思って探したら、クラッチペダルがない!
「メミタ、これはスポルトマチックか!?」
「そうです!(力強く)」
「ダメだ、怖いや。お前が運転しろ。俺は助手席に乗る」
「そ、そうですか?」
スポルトマチック。それは不肖MJにとって、未知の世界である。いや、正確には幻であろうか。
今を去ること37年前。私の父は、68年式911Sタルガトップを購入。それがスポルトマチックだったのであります。つっても、別に足元なんぞには興味はないし、小1のガキには運転操作がどんなもんかも全然わからなかったし、通常のマニュアルだろうがスポルトマチックだろうが一切関係なかったのですが、「あれはスポルトマチックと言って、レバーを触ると(と確か言った)クラッチが切れる特別なクルマだから、普通のヤツには運転できないんだ」。父がそのように自慢していたことだけははっきり記憶に残っている。
よって、ワタクシの脳内の公式としては、スポルトマチック=普通のヤツには運転できない。このようになっておるわけです。
「それじゃ出発します!」
「おう。見せてくれい、スポルトマチックを!」
30万円ポルシェはブブブーとバックして道路へ。1速に切り替える。
が、ギアが抜けない。
「‥‥温まらないとバックギアが抜けないことが多いんですが、こういう時はエンジンを切れば抜けます!」
「そ、そうか! すごいな!」
一旦エンジンを切ってズゴッとニュートラルに。すぐに始動して1速へ。うーむ、頻繁なエンジンのオン・オフも自由自在。なかなかどうして程度良さそうじゃないか30万円ポルシェ。いよいよ発進だ!
ブブブブブブー。
ス、スバラシイ‥‥。
なんとも言えない感動が俺を包んだ。さすがポルシェ。なんとも言えないこの“機械感”。現代のポルシェでは決して感じることのできないダイレクトにビンビン伝わるこの歯車感。
濃い。ものすごく濃いぜこれは。
2速へシフトアップ。激しく回転が落ちる。
「うーむ、さすが古いポルシェ、ものすごいワイドギアレシオだな。これは4速?」
「いえ、3速です」
「さ、さんそくぅ!?」
「そうです。3速に入れるのは120キロからです。3速が120から200までをカバーするんです! このクルマで第三京浜に出撃すると、まさに特攻気分です!」
「まさに特攻だな‥‥」
「ではМJさん、そろそろギアも温まりましたし、このあたりで交代しましょう」
「そ、そう? いいの?」
「はいっ!」
運転席に移動。シートを合わせて、いよいよ幻のスポルトマチック初体験だ。
「1速は、このまま前に押し込むの?」
「そうです。押し込んでください!」
ズボ。
アクセルをそろそろと踏む。一瞬の後、半クラになったような「ゴン」という感触が伝わり、30万円ポルシェはそろりと動き出した。
「おおっ、動いた! これがスポルトマチックかぁ!」
「そうです、これがスポルトマチックです! あ、まだまだ! もっと引っ張ってから2速へ入れてください! ‥‥はい、そろそろどうぞ!」
スコッ。
「おお! ちゃんと自動的にクラッチが切れた! 2速に入った! これがスポルトマチックかぁ! 30年以上前のF1マチックかぁ!」
「そうです! これをあの時代に作ったポルシェは本当に偉大だと思います!」
「偉大だ! 偉大だなポルシェは!」
「偉大ですぅ!」
ということで、ポルシェは偉大なり。
投稿者 ロッソ編集部 : 2005年6月15日 16:29














