2005年7月
2005年7月29日
★フェラーリ イン ザ バブル 第2回 土地神話
キャステルオートの鞍和彦氏は、バブル当時をこう振り返る。
「あの頃銀行は、土地を持っている人にえげつない営業をかけていたんですよ。借りてくれ借りてくれ、ってね。不動産さえ担保にあれば、評価額の2倍近くまで貸し付けるような勢いでした。あの頃は、土地は永久に値上がりするとみんな思ってましたからね。
ちょうどそんな時期、東京の下町のね、土地持ちで車も大好きな人を紹介してもらったんです。
私は、奥さんにも気に入っていただいて、足しげく通いました。そうすると、そのお宅に銀行員が毎日来てるんですよ。
その頃、その人の土地にマンションを建てる計画が持ち上がっていて、大きな融資話が進んでいたんだけど、銀行はそれとは別にあと10億円借りてくれと言っていたんですよ。
もともと車好きな人だったので、すでに5~6台、高価なレーシングカーなんかを持っていたんですけど、その10億の使い道について、私に相談してくれました。
すごい話が来たな、とは思いましたけど、さすがに全部車を買いましょう、とは言いませんでした。先のことはわからないから、半分にしときましょう、と言ったんです。
でも、残念ながら、私にも先は読めていなかった。
その時は、今、投資の対象になる車を買っておけば、先行きもっと値が上がるだろうと思っていたんです。その間、それを乗り回して遊んでればいいじゃないですか、なんて、今思えば夢みたいなことを言ってました」
鞍氏は実名は口にしなかったが、この人物は、コレクターとして有名だった江戸川区のO氏のことだろう。
私が鞍氏に初めて会ったのも、ちょうどその頃だった。
投稿者 MJブロンディ : 2005年7月29日 21:22
2005年7月24日
★フェラーリ イン ザ バブル 第1回 序章

はじめに
この連載は、基本的には、ベストカー誌『大乗フェラーリ曼陀羅』に連載していた「フェラーリ伝来」の続編です。ただし、そちらを読んでいなかった方にも楽しんでいただけるよう書く所存ですので、どうかよろしくお願いします。
★フェラーリ イン ザ バブル 第1回 序章
バブル期。一般には、88年から91年初頭まで、土地の暴騰を背景に日本経済が空前の沸騰を見せた時期を指す。
86年11月をターニングポイントに、景気回復によって企業収益が改善し株価が上昇。同時に都心部のオフィスビルの需要が逼迫して上昇し、それが一部の高級住宅地へと波及していった。
土地はどこまでも値上がりする。だから、土地を担保にすればいくらでも銀行から金が借りられる。そうして市中にあふれた金は、土地へ再投資される一方、美術品や、一部の希少性の高いクルマへと向かった。中でもフェラーリは、必ず値が上がる美術品の一種として暴騰し、輸入台数は、それ以前の10倍レベルへと激増した。
オートトレーディングルフトジャパンの元社長・南原竜樹氏によると、
「フェラーリの投機的値上がりは、最初はヨーロッパで、それが日本、そしてアメリカへと波及しました」
と言っても当初のそれは、ある程度常識の範囲内だった。
ところが88年8月、総帥エンツォ・フェラーリが死去する。これによって“エンツォ存命中のフェラーリ”への投機熱に大きく弾みがついた。
88年中には中古価格が定価を上回り、翌89年には5000万円の声がかかるまでに暴騰する。その後はしばらく、天井知らずのバブル景気へと突入した日本経済が、世界のフェラーリ相場をひとりでひっぱり上げていった。(以下次号)
投稿者 MJブロンディ : 2005年7月24日 15:44
2005年7月22日
大変お待たせいたしました~
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このようなブログを与えていただきながら、これまで一度しかアップせず、なんじゃこりゃ!? と思われていた皆様、大変お待たせいたしました(待ってないか‥‥)
以前より約束して参りました「バブル期のスーパーカー事情」について、ようやく取材が進行し、徐々にアップできる態勢が整いました。
これから新聞連載モノのように、ちょっとづつちょっとづつセコく小出しにしながら、アップさせていただきとうございます。基本的には週1くらいの感じでやらせていただつもりです。どうかよろしくお願いします。
本日の東京は、夏空ながら風がサワヤカ。今日の風のようにサワヤカな内容にする所存ですウフフフフ~。
投稿者 MJブロンディ : 2005年7月22日 13:18














