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2005年9月
2005年9月25日
★フェラーリ イン ザ バブル 第10回 モデナの剣 その2
(前回からつづく)
それにしても当時の世間のスポーツカーに対する関心の高さは、今ではとても信じられないレベルだった。
ユーノス・ロードスターは、すでにアメリカで「ミアータ」として先行発売していた関係で、国内の発売前、6月あたりから広報車を貸し出していたのだが、それを会社近くのパーキングメーターに駐車して帰ってみたら、黒山の人だかりができていた。正真正銘の黒山で、クルマが完全に見えなくなっていた。
発表直後、スカイラインGT-Rの広報車を山の上ホテルの駐車場に入れたら、ボーイがふたり、目を血走らせてダッシュしてきた。まるで人気絶頂のアイドルがビキニ姿でやってきたような興奮ぶりだった。
同じ頃、会社の先輩のNSXを山の上ホテルからほんの200メートルほど離れた会社まで移動させたら、付近を歩いていた明大生数百人から「うお~~~~~~」というどよめきがおきた。スポーツカーは、アイドルそのものだった。
そういう時代に、クルママンガの大御所にクルママンガに回帰していただいたのは、まさに時宜を得ていた。
ただし『モデナの剣』の主人公・剣フェラーリが乗るのは、非力なディーノ246GT。かつて風吹裕矢がロータス・ヨーロッパに乗ったように、主人公は非力なマシンで強敵を次々倒さなければならなかったのだ。
ストーリーはバブルとは関係なく、あくまでバトルとガールハントが中心(笑)。クライマックスは、90年2月に発売になったホンダNSXを駆るナイスミドルの風吹裕矢と、若き剣フェラーリとの勝負にあった‥‥というのが担当者だった私の個人的な思いだ。ついに登場した国産スーパーカーとフェラーリの対決は、まさに時代を象徴していた。 (以下次回)
投稿者 MJブロンディ : 2005年9月25日 13:57
2005年9月18日
★フェラーリ イン ザ バブル 第9回 モデナの剣
(前回からつづく)
蛇足ながら、89年7月、私は同じく週刊プレイボーイに、『スーパーカーシンドロームがやってきた!』と題した短期集中連載を企画、担当している。それこそ、私がスーパーカーに関わった最初の記事だった。
最初の2回は、当時すでにスーパーカーに強いライターだった山崎元裕君に、第2次スーパーカーブーム現象について書いてもらい、3回目は、池沢先生のインタビュー記事を掲載した。内容は、『サーキットの狼Ⅱ モデナの剣』の連載開始にあたって、だった。
そして次号、8月1日発売号から、『モデナの剣』は連載された。
池沢先生は、それまで週刊プレイボーイに『ビートショット!!』というゴルフマンガを連載していて、そちらも私が担当編集者を務めていた。しかし、88年後半から盛り上がったバブル経済と同調して、日本の自動車産業もバブルの様相を呈しつつあった。
89年は、7月にフェアレディZ(Z32)、8月にはスカイラインGT-R(R32)が復活し、9月には初代ユーノス・ロードスターが発表されている。スーパーカーの高騰も、一般的な話題になりつつあった。
この流れに乗って、池沢先生にクルマのマンガに回帰してもらったら、と、友人が何の気なしに私に勧めたのは、89年の春ごろだった。編集長も異存なく、急遽『ビートショット!!』を完結させ、8月から連載開始と決まった。
ちなみに私は、この年からレースを始め、それを知った池沢先生が、「ちょっと乗ってみる?」とテスタロッサの運転席に私を誘ってくれて、脳天に雷が落ちたーーというあたりの詳しい経緯については、拙著『そのフェラーリください!』等に譲りたい。(以下次回)
投稿者 MJブロンディ : 2005年9月18日 11:01
2005年9月10日
★フェラーリ イン ザ バブル 第8回 「フェラーリよりGT-R」
(前回からつづく)
私は当時、バブルとは無関係のサラリーマン編集者で、特段好景気の恩恵も受けずに暮らしていたせいか、鞍氏の話を聞いても、特に疑問を感じなかった。はあ~、時代は今そうなっているんだなぁ、と思っただけだった。
その頃私は、すでに池沢さとし先生にテスタロッサ初体験をさせてもらい、フェラーリに心を奪われていたが、欲しい、買いたいという具体的な思いはなかった。その割に「僕たちの買えるスーパーカーは!?」などと、結構詳しく聞いているから、密かな思いはあったのかもしれないが。
それにしても時代だな、と思う。90年2月と言えば、バブル経済絶頂の時期だ。また、鞍氏が当時、GT-Rに乗っていたという話は、これを読み返して初めて思い出した。
そう、当時は、GT-Rこそ世界最強のスポーツカーで、フェラーリなどより価値は上、という、ジャパン・アズ・ナンバーワン的空気が横溢していたのだ。実際、プロドライバーでもない限り、当時の気難しいフェラーリより、GT-Rの方が速く走らせることができただろう。(以下次回)
投稿者 MJブロンディ : 2005年9月10日 19:52
2005年9月 4日
★フェラーリ イン ザ バブル 第7回 スーパーカーセールスマンの告白④
(前回からの続きです)
スーパーカーはどこへ行く
最後に私自身の話を少し。
私は今まであらゆるスーパーカーを手がけ、乗りもした。15年前のブームの際には、スーパーカーのエクゾースト・ノートを録音したレコードが発売されたが、運転はすべて私が担当したほどだ。ディーノ246GT、ランボルギーニ・ウラッコ、フェラーリ308、BMW・M635、同M3などのオーナーでもあった。
しかし現在はスカイラインGT-Rに乗っている。
私が思うに、今GT-Rより速いクルマは、世界中にF40くらいのものではないか。パワー的には、当然GT-R以上のものはいくらでもあるが、ドライバーが本当にそのパワーを使いこなせるということになればGT-R以上のものは他にないと思えるのだ。それほどあのクルマの出来はいい。
もちろんスーパーカーが持つ雰囲気は国産では買えない。が、速さだけを誇っていれは国産にも負ける。だから私は、これ以上のスーパーカーのイージードライブ化はまずいと思う。乗りにくく、運転を難しくしておいたほうがいい。
スーパーカーは男の夢だ。お金さえ貯めれば誰もが手にすることができる夢だ。
やはり男なら一度は手にしてみるべき夢だ、と私は思う。
(以上にて、週刊プレイボーイ90年2月27日号掲載、鞍和彦氏の『スーパーカーブローカーの告白 後編』は了)
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投稿者 MJブロンディ : 2005年9月 4日 15:13
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