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2006年1月17日
★フェラーリ イン ザ バブル 第25回 原点へ
(前回からつづく)
そして93年。榎本氏は、ナイトインターナショナルの望月社長に「うちに来ないか」と誘われる。
望月氏は、裸一貫から泥にまみれて稼ぎあげた金を元手に、中古バイク屋→中古ポルシェ・ベンツ専門店→中古ポルシェ専門店と成り上がってきた人物だった。そのうちたまにフェラーリも扱うようになり、榎本氏が328を仲介したのをきっかけに、彼をヘッドハンティングした。
「社長は、『竹ちゃん(榎本氏の当時の苗字は竹本。その後婿養子に行き榎本姓に)、うちでフェラーリ屋やろうよ』と言ってくれました。それで移ったんですが、僕はナイトに来て初めて、現金でフェラーリを仕入れて、利幅を乗せてそれを売る、という仕事をすることができました。八王子時代は、あれだけ苦労して10万円の利益しか出せなかったものが、同じ労力で何倍もの利益が出せるんです。これぞ仕事!! と思いましたね。
ナイトに来てからは、ひたすら誠意をもって堅実に商売をしたいという思いでいっぱいでした。もう路頭に迷いたくなかったんです。潰れた同業者もたくさん見てましたから、浮ついたことをしたらすぐにおまんまの食い上げだっていうのが身に沁みていました」
バブル崩壊で、客を食い物にボロ儲けしていた業者は、多くが資金繰りに窮し、徐々に淘汰されていった。もちろんまだ“中古フェラーリなんてシロートは絶対に手を出してはいけない危険なもの”という固定観念は根強かったが、業界は徐々にクリーン化に向かって行ったと言える。
「ナイトでは328を中心に扱ってました。93年当時で、値段は1200万くらいだったでしょうか。その頃から、ごくたまにでしたが、サラリーマンのお客さんがやってきて、フェラーリのためにこつこつ貯金していたんです、って感じで、虎の子の頭金で328や308を買って行かれるようになりました。
それまでは、フェラーリを買うお客さんといえば、あまり堅気とは言えないタイプばかりだったんですけど、ナイトに来てからは、自分の同類が来てくれるようになったんです。僕もスーパーカー世代じゃないですか。スーパーカーに対する思いは同じだったんで、これこそクルマ屋の原点だ!! って思いましたね」
93年初夏。榎本氏がナイトに入社して間もなく、当時ベストカーの編集者だった大石氏が雑誌広告を見てナイトを訪問、308GTS QVを購入した。
大石君は私に、「ナイトというお店なんですが、とても安いんですよ。清水さんのクルマも探してくれるよう、言っておきましょうか?」と言ってくれた。
1週間後。私のもとに、ナイトの竹本店長なる人物から、きわめて丁重かつ調子のいい電話があった。
「清水様でらっしゃいますか。すっばらしい348tbが入ったんですよ!!」
それは、後に知ったのだが、ミウラ商事が新車並行で入れた90年式348tbだった。輸入直後にバブルが崩壊し1年半ほど倉庫で寝かされていたが、92年2月に売却され初登録(当然店は大赤字)。しかし買主の会社も間もなく怪しくなり、回転資金にするためナイトに売却‥‥という運命をたどってきたクルマだった。
竹本店長は続けた。「大石様のご紹介ですし、早速ご覧になっていただきたいと思いまして!!」
(おわり)
「フェラーリ イン ザ バブル」は、これで完結です。ご愛読ありがとうございました。次回からはまったく別のテーマが始まります。どうかよろしく。
投稿者 MJブロンディ : 2006年1月17日 19:13
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