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2007年4月16日

清原大将軍殿、復活までもう少しであります!

 我が軍神、オリックス軍の清原大将軍殿が、左膝の手術から順調に回復されているという情報を受け、一気に士気が高まり大興奮中のマリオ二等兵であります!!

 自分は清原大将軍殿と、「四輪兵器談義」に花を咲かせたことがあります。それは去年の5月頃のことでありました。

 ↑これは“本物”の清原大将軍殿を前にして、昇天中の自分の姿であります。いまだに思い出すだけで心臓がバクバクして参ります! 2002年6月10日より四輪兵器メディアの世界に足を踏み入れることが叶って以来、「テリ−伊藤元帥との対面」「MJ参謀本部住み込み」「試乗会での厚遇」など、数々のウルトラ奇跡なる出来事に恵まれてきましたが、清原大将軍殿との対談実現もまた、思い出すだけで鼻血が噴き出すほどの超絶経験でありました!

(写真/佐藤安孝殿)

 自分は、清原大将軍殿がPL学園時代に居られた頃からの熱列なる支持者なのであります。話せば当参謀本部ブログが清原大将軍の話だけで5年分ぐらい埋まってしまうほど長くなるので割愛しますが、自分が清原大将軍殿の魅力に惹き込まれたのは小学生の頃でありました。その当時、大阪で一大野球フィーバーが巻き起こり、「甲子園は清原のためにあるのかぁ〜!」というアナウンサーの興奮実況中継に、自分も激しく興奮したのです。それ以来熱烈なる支持者となり、清原大将軍殿が西武に在籍された頃には、藤井寺球場と日生球場に何度も足を運び、精神的後方支援活動を展開しました!

 高校時代、バイト代をはたいて母親を西宮球場の内野指定席に連れて行った時にも、アンダースローの伊藤敦殿から特大の一発を打ってくれるなど、清原大将軍殿は、自分が球場で精神的後方支援活動を行うと必ず大砲を放ち、大戦果を挙げてくれました! 
 巨人軍に移籍された後は、怪我や成績不振に陥られるなど、苦しみもがかれましたが、どれだけ叩かれてもそれをバネにして這い上がる清原大将軍殿の生き様は、自分にとっても励みとなりました。清原大将軍殿の一打席一打席が、自分をどれだけ救ってくれたか図り知れません。
 四輪兵器メディアの世界へ飛び込みたくとも、箸にも棒にもかからず、どうしようもなくなって腐りかけた時にも、清原大将軍殿の活躍を観れば、すべてが吹っ飛んだのであります!


 自分がここにこうして生きているのも、清原大将軍殿のおかげであるといっても、本当に過言ではありません。

 自分の対面に座っておられるのは、ウイングオート社の「カスタマイズ・プロデューサー」の入谷殿。顧客からの様々な要望を具現する辣腕プロデューサーであります。清原大将軍殿の、“特殊改造要望”にも見事に応えられました。推定IQは300ぐらいある方であります。


 「A-Power」という米国製四輪兵器の専門誌の兵士として活動していた自分は、ハマ−H2に乗っておられた清原大将軍殿に「はじめての米国製四輪兵器の感想」を伺う大役に任じられるという栄誉に恵まれたのでありました。

 清原大将軍殿も無類の四輪兵器マニアであり、23歳にしてテスタロッサをキャッシュで買われたなど、フェラ−リ好きとしても昔から有名でありますが、ハマ−は「関西の球団に移籍し、野球人生をかけた決死の覚悟を示すため」に買われました。今までに乗り尽くしたフェラ−リ/ベントレー/ベンツ/ポルシェではなく、あえて未経験だった米国製四輪兵器を買うことで、ご自分を変えたかったとのことであります。


 自分も、過去には米国製四輪兵器をスルーしてきたタイプなので、清原大将軍殿のお気持ちはよくわかりました。日・欧の四輪兵器は大好きでも、なぜか米国製四輪兵器には興味を持とうとしない、というタイプの四輪兵器マニアは少なくありません。


 ですがそんなタイプの人でも、いざ乗ってみると、米国製四輪兵器にも「ならでは」の素晴らしさがあることに目覚めることになります。清原大将軍殿も、「アメ車はゆったり乗れてええ」「欧州車とはちゃう味がある」「ハマ−は今まで乗ってきたどのクルマよりも注目されて最高やった!」と、目を輝かせながら語られました。清原大将軍殿ほどのお方でも、「乗ると目立つ」四輪兵器に、いたく感動されたのであります。


 

 清原大将軍殿は純粋かつ真摯なマニアなので、「馬力」や「加速力」、「ホイールの大きさ」などに注目されます。「女のコの好みも、胸が大きいコがええとか、アシが綺麗なコがええとか、色々あるように、クルマ好きにも注目するとこは色々ある」ということも述べられ、おおいに膝を打ちました。「自分はステアリングフィールやエンジンフィールを重視し、女性では貧乳と黒髪を好みます」などと返す余裕がなかったのが悔やまれます。ノーマルのH2では、性能的にやや「どんくさかった」らしく、即座にスーパーチャージャーやブレンボを装着されるなど、ウンケタ万円級の費用を投入して改造されました。後席もウルトラリラックスルームに大改造されています。



 マリオ二等兵に向かい、みずからの愛車について熱く語られる清原大将軍殿であります。自分はこの刹那、「生まれてきて良かった・・・」ということをこのうえなく実感し、それを噛み締めておりました。これも四輪兵器メディア界に入れたからこそ得られた奇跡的幸福であります。嗚呼、素晴らしき哉クルマ雑誌。




 そして最後には、PL学園時代のサイン色紙の裏側に、オリックス軍のサインをいただきました。マリオ家の家宝として、子々孫々大切に伝承する所存であります。それを伝えようにも、いまだ繁殖相手の確保に難航しておりますが、今の自分は「あらゆる夢はすべて実現可能」と信じることができますゆえ、いずれ達成できると予想されます。貫地谷しほり嬢や仲間由紀恵嬢、もしくは渡辺夏菜嬢あたりと結ばれることも夢ではないと楽観視しているのです。こうして書き続けるだけでも、少しずつ近づいて行くような気がする毎日であります。そう思えるだけで自分は幸せです。

 こちらは、自分と清原大将軍殿との対談を実現してくれた功労者のお一人、名古屋のウイングオート社の小川殿であります。自分にとっては「心の親友」のひとりであります。

 ウイングオート社は、名実共に日本一のハマ−ディーラーとして、その名声を轟かせているウルトラスーパーな存在で、清原大将軍殿との一件以外にも、死ぬ程お世話になりまくりました。ハマ−以外にも様々な四輪兵器を扱っておられるので、自分は毎月のようにウイングオート社を訪問し、「上陸第一号車」の新型兵器を数多く乗らせていただきました。ウイングオート社の顧客である清原大将軍殿も、同社には絶大な信頼を置かれています。自分も、いつかウイングオート様の顧客となれるよう、昇華したいと存じます。ナイト様でも死ぬまでに(あと40年間ぐらい?)フェラ−リを買いたいと願うなど、自分にはこれから果たすべき目標がいっぱいであります!



 そしてマリオルームでは、このように清原大将軍殿の復活を祈りつつ、「熱チュ−プロ野球2005」を毎夜プレイしております。清原大将軍殿が活躍するまで何度もプレイするので、翌日の戦闘に支障をきたすこともしばしばですが、清原大将軍殿の活躍は自分の生き甲斐なので、絶対にやめられません。清原大将軍殿を大活躍させた後は、自家発電して就寝。これが自分のライフワークであります。

 それではまた明日! 敬礼!

 

投稿者 MJブロンディ : 2007年4月16日 23:24

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