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2009年3月22日

「二等兵の80年代」 であります!

 
 


 これは、現在発売中のNAVI誌。

  


 MJ参謀長殿をはじめ、いろんな方々が登場する「私の80年代」は、たいへんおもしろいです。

 あいにく、80年代の自分はクルマとはまったく無縁の人生を送っていましたが、どうしてもNAVIのマネがしたくて、80年代の自分を探してみました。そして、現在の自分と比較してみました。
 
 
  

 
 これは、たぶん1982年頃。9歳ぐらいの自分の姿であります。「超時空要塞マクロス」が大好きで、左手にもつ「可変戦闘機・VF-1バルキリー」の超合金を我が愛機としていました。

 このバルキリーの超合金は、アニメの設定通り、戦闘機型のファイターから人型ロボットのバトロイド、そして中間形態のガウォークの3形態に変形可能な傑作品で、遊んでも遊んでも飽きることはありませんでした。耐久性も素晴らしく、中3ぐらいまで遊べたと記憶しています。我が人生最高の玩具でした。これを超えるオモチャは、この先も出会うことはないでしょう。

 自分の場合、初恋の相手は、ウルトラ警備隊の友里アンヌ(ひし美ゆり子:当時20歳)でしたが、自分の理想の女性はマクロスのヒロイン「リン・ミンメイ」です。
 これは26年経った今もまったく揺るがないどころか、ここへきて、ますます想いが強くなっているほどです。我ながら、まったく一途な男であります。
 ただし、このプロフィールは「婚活」の場では、あまり口にしないよう注意しなければなりません。


 この当時は、11階建てマンションの8階という、なかなか立派なところに住んでいました。バルキリーの超合金も、たぶん、決して安いオモチャではなかったでしょう。着ている服も、そこそこマトモです。夏には家族で鳥羽の海にも行きました。雑種ながら、愛犬もいました。

 父親はとうの昔からおらず、母親は離婚後もずっと無職のままだったので、子供心に、当時の我が家の生計はナゾでした。母親の実家は、宝塚の富豪だったので、我が家はその余韻で暮らしているのだろうと、子供ながら、希望的な観測をしていたように思います。

 しかしやがて、何かオモチャを買ってもらったり、海へ行ったりしたその翌月あたりには、怖いおじさんがやってきて、恫喝されたり、玄関のドアを蹴られたりするようになります。

 当時は、その怖いおじさんたちの正体はよくわかりませんでしたが、
「楽しい思いをすると、その報いとして、嫌な思いをしなけれなならない」というのが、世の中の理であるのだと、理解するようになりました。
 
   

  
 これは、今の自分の姿。左手の「フォッケウルフFw190」の模型は、再現イメージで用意しただけで、遊ぶことはありませんが、アンヌ隊員とミンメイは今も好きです。
 
 
 
 
 
 
 

 
 


 そしてこれは、たぶん85年ぐらいで、小6の頃の自分の姿。マンション暮らしは2年足らずで終焉を迎え、突如として文化住宅へ転居することになりました。
 四畳半二間に4人暮らしで、一家そろって低精度人間である上、大慌てのバタバタ状態で引っ越しをしたため、家の中はいつまでたってもよけいな物品で溢れかえり、足の踏み場もない日々が続きました。とにかく、家が狭かったという思い出が強いです。

 引っ越しとともに、主力テレビは大幅にポテンシャルダウン。マンション時代の食卓のイスをテレビ台として使っています。服装も、心なしか貧乏くさいように見えます。

 この頃から、兄の非行と姉の家出癖が加速しますが、兄が鑑別所に入ったり、姉が家出をすると、居住スペースが大幅に広くなるので、姉と兄が家から居なくなることを、心から歓迎していたものであります。チャンネル争いも解消し、ファミコンにも集中できるなど、メリットしかないと思っていました。

 依然として、クルマへの興味はゼロでしたが、雑誌は大好きで、徳間書店の「ファミリーコンピュータマガジン」と、アスキーの「ファミコン通信」に心酔。ファミ通には、投稿したものがよく掲載されたので、「ガバス」も相当集まり、クラスメイトの尊敬を集めていました。

 我が家は放任主義ゆえ、一日12時間以上ゲームをしていても、何も言われないという恵まれた家庭環境が奏功し、ゲームの腕はメキメキと上達。ハドソンの「スターフォース」では、誰にも負ける気がしないほどの実力が身に付きます。

 任天堂の「F1レース」の裏ワザ、「ターボ化」のコツを習得したのも誰よりも早かったなど、学校では名の通ったゲーマーとして、一定の地位を獲得。
 まったく面識のない、違うクラスの生徒から「裏技のやり方を伝授してください」と、教えを乞われることもありました。

 さらに、一部女子からも注目され、「グラディウスのモアイの面をクリアするコツを教えてほしいから、今日、家にきて」とよく誘われるなど、我が世の春を謳歌。

 この当時は、「結婚など、その気になればいつでもできる」と自信をもっていましたが、その慢心が今の苦境を招いたのかも知れません。

 この時代の小学生にとって、ゲームが上手いことは、勉強やスポーツができることに近い価値があったのであります。いい時代でありました。
 

 
 
 
 
  
 そしてこれは、現在の二等兵の姿。部屋の中がごちゃごちゃしているところや、12時間以上ゲームをしてしまうところは、昔のままです。

 雑誌への投稿は減りましたが、その代わり寄稿ができるようになったなど、みずからの成長ぶりに酔いしれております。


 
 80年代の栄光に、敬礼!

  
 
 
 

 
 
 

投稿者 MJブロンディ : 2009年3月22日 23:35

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