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2005年9月30日

お蔭様でホビダスが、オープンから4ヶ月たちました

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 6月1日に何とかオープンに漕ぎ着けた、このホビダスだが、今日で丸4ヶ月が過ぎた。この間、日々の改良に忙しく本当にあっという間に月日が過ぎていった、という感じだ。お蔭様で、来訪者数も、PVも、今月は6月のほぼ倍を記録するようになった。しかし、サイトの出来という面では、まだ、50点ぐらいのものであろう。

 それでも、当初から比べれば、随分と良くなってきていると思う。ショピングのサイトでも、最近はよく売れるようになってきた。これからもさらにパワー・アップを図ってゆくつもりだが、もし、視聴者の方で、いろいろな改良点とか問題点の指摘があれば、どしどしとお知らせ頂きたい。

 このブログの写真のプロフィールも、模様替えをする予定である。どうか、今後ともご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月30日 15:36 | コメント (0)

2005年9月29日

創刊号と最新号 その8 ティーポ編

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▲写真左が創刊号。右が最新号。

 ティーポの創刊は1989年の6月である。この月刊誌の編集は、当時、誕生して2年目のエディトリアル・クリッパーが担当し、同社の社長の山崎憲治氏が初代編集長となった。

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▲60'sグッズ・マニュアル

 元々クリッパーとは、この創刊の前に、60'sグッズ・マニュアルという、一世を風靡した書籍で既に共同作業をしていたので、比較的スムーズに企画は進んだが、創刊号は、さっぱり売れなかった。原因は、一般誌のクルマの記事のようなテーマだけで一冊を構成したことが、結果的に専門誌としては物足りなかった、と考えられた。むしろ、今のほうが充分に通用する内容だと思うが。

 そこで、6号めで編集費を徹底して節約し、始めの半分近くにして、できるだけ取材をしなくて済むテーマを考え、“エンスー100のQ&A”という特集を組んだところ、それまでの不振がウソのように売れ、これがキッカケで一気に浮上し、今日に至っている。創刊から2年後には、デイトナも創刊され、2誌同時にコンビニでも売るようになった。

 その後、当社から出向した、嶋田智之君が今月まで編集長であったが、人事異動により、来月から、山崎氏が編集長に復帰する予定だ。エディトリアル・クリッパーとは、その後、様々な雑誌を開発し、大変良い関係を続けている。なお、嶋田君は、来月よりカー・マガジンの編集長代理となる。こちらもよろしく。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月29日 15:03 | コメント (0)

2005年9月28日

創刊号と最新号 その7 モデル・カーズ編

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▲写真左が創刊号、右が最新号。

 モデル・カーズの創刊号は、カー・マガジンがまだスクランブル・カー・マガジンという名前だった頃、1985年1月号の増刊号としてスタートした。編集を担当したのは、当社発足時からの編集部員であった、平野克己君で、本誌の編集に忙しい傍ら、模型にかける情熱だけで一気に創り上げたように記憶している。

 創刊号の内容は、当時全盛であったプラモデルの今昔物語や、野村 勲さんのホワイトメタルモデルの製作記、ディオラマの世界、果ては、スクラッチビルドの金属製モデルまで掲載されており、既に、今日の模型の世界のあらましが表現されている。その後、平野君が正式に編集長となり、刊行サイクルも、年に1回から2回へ、そして、季刊、隔月と、どんどん早くなり、今日では、月刊誌となっている。現在の編集長は、元々、デザイナーとして入社した長尾 循君で、お陰様で大変に多くの方の支持を頂いている。

 昔と違い、今日では、モデルの世界も世間に認知され、大人の趣味として発展している。これからも、モデル・カーズはそうした世界の、指針としての役割をしっかりと担ってゆくつもりである。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月28日 20:25 | コメント (0)

2005年9月27日

マセラティの新しいツールの発表会に行ってきました

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▲株式会社ヤッパの社長伊藤氏。彼はなんと1983年生まれの22歳。

 マセラティのボディ・カラーや内装の組み合わせは、これまで、セールス・スタッフがもってきた写真と、素材に本物のカラーを塗った見本で決めていたが、今回、3Dを駆使した画面を使い、実際に自分の好きな角度から、クルマのスタイルと色、果ては細かい仕様まで、考えられるほぼ全てのマッチングを見て、チェックすることができるようになるという。

 この技術は、ヤッパという日本の会社の最先端の技術を使用することにより、ネットの画面上で400万通り以上の組み合わせをみせることが実現できたそうだ。実際にデモを見せてもらったが、わざわざ模型を作ったのは、ちょっと不自然であったが、セレクトの為の併用ツールとしてみれば、なかなか有用だと思われた。このツールは、全国のショウ・ルームに配置されることになる。

 ところで、このところのマセラティの売れ行きは絶好調で、日本国内では一昨年が95台であったものが、昨年はなんと305台に増加、今年は410台が目標という。その内訳はクアトロポルテ270台、グランスポルト100台、スパイダーその他が40台と、大変な増加ぶりである。クアトロポルテに既に一年半乗っているオーナーの一人としては、街で見かける仲間が増える事はとても嬉しい限りだ。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月27日 17:15 | コメント (0)

2005年9月26日

割烹久田で食事をしました

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 昨夜は、久しぶりに家族で、食事をすることになり、広尾の割烹久田で一足早い秋の味覚を楽しんだ。

050926-02.jpg ご主人の久田さんは、テレビでもお馴染みの人気者で、女性のお客さんが非常に多いのが、この店の特徴だ。また、クルマ好きの縁で、私も以前から通っており、数年前には、著書も当社で発行している。

 今日のハイライトは松茸で、上の写真のようにフライに料理したものや、お椀、そして松茸御飯と、バラエテイに富んで、とても美味しかった。ここのもう一つの楽しみは、食事の終わった後のデザート(写真右)で、特に甘みを抑えた水ようかんは、絶品である。

 以下に久田さんの3冊の著書を掲載した。興味のある方はぜひ、ご購入を。


ごはんがおいしい和風のおかず
050926-04.jpg広尾「割烹久田」主人、久田雅隆がやさしく、わかりやすく教える和食のレシピ101種。


割烹久田のオリジナルつまみ132
050926-05.jpgこだわりの肴、簡単でおいしいつまみ、おかずにもなるつまみなどのレシピ132種。


自遊に楽しむ和食
050926-06.jpg広尾「割烹 久田」の久田氏が、和食料理を自在に作って楽しむ極意を伝授。


投稿者 笹本健次 : 2005年9月26日 18:46 | コメント (0)

2005年9月22日

レクサスISの試乗で“あさば”に泊まりました

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▲部屋から見ることができた能舞台。

 レクサスの試乗会は、士別のテスト・コースで始まり、先月は京都でGSとSCに乗り、最後が伊豆のサイクル・スポーツ・センターを基地とした、今回のISの試乗であった。

 そして、その夜の宿泊先が修善寺の“あさば”であった。“あさば”は、300年以上前から続く老舗旅館で、広大な庭園の一角に能舞台があることで知られている。むろん、ここでは、四季おりおりの能が演ぜられ、大変な人気を博している。当社発行の極上の湯宿シリーズでも、第一巻から掲載させて頂いており、とても楽しみであった。通された部屋は2階の角で、能舞台を一望に出来る開けた眺望が、まず見事であった。畳は全て、マッサラで、よく観ると調度全てが新しい。仲居さんに聞くと、最近2部屋を合わせて、1部屋としてリニューアルしたばかりだそうで、今、一番良い部屋だ、とのこと。わが身のラッキーを密かに喜んだ。

 最近の老舗旅館は、皆、古い部屋を改装するのに、苦心している。今や、露天風呂まで、個室に付く時代になってしまった。しかも、客の側は、スペックだけで選ぼうとする傾向があるから、本当の良さが伝わらず、困ったものである。本当の良さは、けっして、データでは表現できないものなのだ。しかし、この旅館のリニューアルは見事で、久しぶりに本物の日本建築の良さを味わった。もちろん、夜、演ぜられた能も素晴らしいものであった。

 一連のレクサスのイベントは、これまで、高級というより、むしろ、サプライズの傾向が強かったのだが、今回の試乗会は本物の良さを堪能でき、和の心と、レクサスの目指す、和の調和がよくマッチしていたと思う。

 ところで、肝心のISは、士別で乗った時より、はるかに良いクルマに仕上がっていた。特にお勧めは、Lヴァージョンで、乗り心地、操安ともに良く、数ヶ月でよくここまで煮詰めたものだ、と感じられた。一方のSヴァージョンは、まだ、やや、ごつごつと固めで、もう一段しなやかさが欲しい、と感じた。

 いずれにせよ、レクサスの今後に期待したいものだ。

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投稿者 笹本健次 : 2005年9月22日 20:25 | コメント (0)

2005年9月21日

いろんなところにいる“鉄ちゃん”

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 今回、民主党の新代表に就任された前原さんが、鉄道マニアであることを、テレビのワイド・ショーで知った。

 番組中の奥様のコメントで、新婚旅行は北海道で、しかもC62 3の最後の運行を撮影しに行った、と聞けば、これはもう筋金入りの鉄道マニアである。さらに、レイル・マガジン名取編集長のブログの中で、永田町鉄道研究会(?)の重要なメンバーとして、既に当社とはコンタクトがあり、しかも当社発行の書物もたくさん購入して頂いている、ということで、本当に驚いている次第だ。

 私はよく、意外なところで、“レイル・マガジンを買っていますよ”などと言われる。特に自動車の世界では、とても多くのひとが、“隠れ鉄ちゃん”として存在していて、しかも、かなりの要職につかれているから、さらにビックリするのだ。

 その方々の凄いところは、既に30数年前になる私の写真を覚えていて、あの時は……とかいう話になることだ。そういう話を聞くと、嬉しいと同時に、本当にいい加減なことはできない、としみじみ思うのである。

 国鉄時代の第3号(写真)が漸く書店に並ぶ。この本は、まさに昔、散々写真を撮りまくっていた人の為のものだ。お手にとってほしいと同時に、投稿もよろしくお願いしたい。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月21日 19:15 | コメント (0)

2005年9月20日

創刊号と最新号 その6 RMモデルズ

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▲写真左から、プレ創刊号、最新号、創刊号。

 レイル・マガジンの創刊の時は、鉄道趣味の2大分野である、実物記事と、模型の両方が一冊に入っていれば楽しいだろう、という企画でスタートしたのだが、時を経るに従って、情報が多くなり過ぎ、とても一冊に2つの分野を入れることが出来なくなった。そこで、創刊から約10年を経て、模型の部分だけを独立させて、RMモデルズとしたのである。

 このように書くと、簡単に、スッと創刊したかに思えるが、実は、決断する方としては、かなり悩んだ。というのは、分けたことにより、2冊とも赤字の媒体が誕生、という最悪の事態になることも有り得たからだ。そこで、第一号は、1995年3月号の増刊という形で、まず一冊制作し、市場の反応を見ることにした。幸いにも、マーケットの反応は大変よく、その年の10月号より、月刊誌としてスタートすることが出来た。

 創刊号を今見てみると、超精密モデルやジオラマなど、定番物の記事の他、全国スペシャル・ショップ・リストが入っている。これが発展して、ストップ・プレス(→web版ストップ・プレスはこちら)という在庫リストに変わっていったのである。広告では、今は無き、乗工社が入っている。同社の12mmゲージの蒸気機関車は、本当に素晴らしいものであった。製品の殆どが、現在でも私のガレージの棚に飾られているが、その出来の良さは、見る度に惚れ惚れするほどだ。

 最新号は、創刊号から見ると随分と厚くなり、記事も広告も多くなっている。これから団塊の世代が、この世界にまた戻ってくるのは間違いない。その為にも、より楽しい媒体にして行きたいものだ。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月20日 12:32 | コメント (0)

2005年9月16日

先日のドイツの路面電車が判りました

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 先日のフランクフルトの駅前で撮影した路面電車の内容が、レイルマガジンの編集長からの返答でわかった。この車両は汎用型の路面電車で、実はかなり大量に生産され、世界各地を走っているそうだ。製造元はボンバルィア社というところで、GTタイプと呼ばれ、日本でも、熊本で走っているそうである。静かで、しかも、大量輸送ができそうで、おそらく、ヒット作だったのだろう。

 ところで、写真の中で、ほかの、日本でならED61と思しき電気機関車とスマートな電車の詳細はどうだろうか。引き続きの調査を期待したい。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月16日 11:57 | コメント (0)

2005年9月15日

今年のカー・オブ・ザ・イヤーは面白い

 34の各種媒体が集まって毎年選考している、カー・オブ・ザ・イヤーが今年、大きく変わる。

 これまで、山梨県小淵沢のリゾナーレで最終選考会を行っていたのだが、今年から会場を変更し、まず、今年発表されたクルマすなわちノミネート車は、全て10月31~11月1日の両日、横浜の赤レンガ倉庫に展示する。ここで、選考委員による最終試乗会と、一般読者への展示(ここは誰でも無料で見られる)が行われ、さらに、候補車を10台に絞り込む投票が行われる。

 選ばれた10台は、第二会場の六本木ヒルズのアリーナに11月3~9日まで展示し、六本木ヒルズ全体が、カー・オブ・ザ・イヤー・ウイークとなる。この間、だれでもこの10台を観に来ることができる。

 最終の投開票は、11月8,9の両日で、特にアリーナで行われる9日の開票、表彰式は、やはり、読者の皆さんが観ることができる。という訳で、今年から、都内と近郊で行うため、多くの皆さんに、カー・オブ・ザ・イヤーの面白さが解っていただけると思っている。

 というのも、実は私が今年のカー・オブ・ザ・イヤーの広報担当で、今日もあるテレビ局の担当の方に取材のお願いをしたところだ。いつもは、取材をする側だが、逆の立場というのもなかなか不思議な感じがする。

 広報の立場から、皆さんへのお願いは、ぜひ今年のカー・オブ・ザ・イヤーに注目していただき、できれば、現地に来てみて欲しいということだ。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月15日 16:35 | コメント (0)

2005年9月14日

創刊号と最新号 その4 カー・マガジン編

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 それまで、書籍だけを発行していた当社の始めての雑誌媒体がカー・マガジンであった。創刊は1979年の暮れで、当初はスクランブル・カー・マガジンという名前でスタートしたが、正確に言うと、その年の夏、ミニを特集した創刊ゼロ号、要するに準備号を発行している。

 このミニのゼロ号を出すキッカケは、意外なことからであった。当時、シリーズとして発行していた“心に残る名車の本シリーズ”のあるタイトルが、新車の発売スケジュールの関係で、一ヶ月伸び、その間、埋め合わせに何か簡単にできる物はないか、と考えたのが、中綴じのミニの本であった。しかし、この本は、束見本をつくってみると、書籍としてはあまりにも薄く、取次ぎに相談に行くと、“どうせなら、雑誌でやる手もありますよ、隔月ぐらいなら、できるでしょ”ということで、こちらも国別かメーカー別に特集を組めば、何とかなるだろう、という、今考えれば随分と軽い気持ちでスタートした。

 スクランブルという名前は、ごちゃ混ぜにいろいろな情報が入っている、という意味で名づけたのだが、英語圏の本国では、もう一つの緊急という意味にとられることが多く、その都度、説明をしていた。しかし、ラッキーにも5年程して、カー・マガジンのタイトルが手に入ったので、早速代えて今日に至っている。

 創刊号はホンダ車の特集で、2代目のシビックや、アコードなど、懐かしいクルマの特集をしている。センター見開きには、ステップVANのペーパー・クラフトが付録としてはいっていた。しかし、今みれば、全体としては実に稚拙なデキで、同人誌の域をそれほど上回っているとは思えず、よく続けられたなあ、と思う。

 実際に売れ行きが一気に伸びたのは、全面リニューアルした38号からで、平綴じとして、デザインも一新し、素人っぽさをなくしたことが好結果を生んだ。同時にこの号から、私が第一回目の編集長となっている。その後、安東、田中、中尾の各編集長を経て、2年前から、再び私が、社長業の傍ら編集長を務めている。

 今月で328号を迎えた、現在のカー・マガジンは、相変わらず自動車趣味を探求する総合誌として、多くの読者の皆さんの支持をいただいている。関連のイベントも5月のヒストリック・カー・ツアー、11月のもてぎのオートモービル・フェスティバルを開催し、何とか、自動車文化に貢献しようと、努力しているつもりだ。今後ともご愛読のほどよろしくお願い申し上げます。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月14日 18:35 | コメント (0)

2005年9月13日

フランクフルト・ショーを観ました



 昨日のプレスデイ一日だけ、フランクフルト・ショーを観、その日の夜のJAL408便に乗り、先ほど会社に着いたところだ。詳しくは、ホビダス・オートに載ると思うが、ショーで私が面白く感じたものを、幾つか、写真だけだが、ホット・ニュースとして、みて頂きたい。ショー全体の印象は、このところの、欧州車のデザインは、ますます、尖ってきていて、オーソドックスなラインは、全く影を潜めている、ということだ。日本車が皆、大人しく感じるのは、あながち見慣れているからだけではない、と思う。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月13日 20:04 | コメント (0)

2005年9月12日

アストンマーチンV8ヴァンテージに乗りました

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 金曜日の朝、ここフランクフルトのホテルから、中央駅の様子を送信し、その後、2日して、再び今、同じホテルの戻ってきて、またブログを書いている。現在の時刻は19時30分で、先程、選挙で自民党の圧勝のニュースや、F1でライコネンが勝ったことなどを確かめたところだ。

 この2日半の間に、チャーター便で、イタリア、シエナに飛び、アストン3兄弟の末っ子で、V8エンジンを搭載するヴァンテージの試乗を行った。チャーター便は、写真のようにDornier328という定員30人ほどの飛行機で、一時間半ほどのフライトの後、ただの滑走路一本の、シエナの飛行場に無事到着した。アストンのスタッフに混じって、唯一の日本人メカ、石川さんが出迎えてくれており、昨年の11月以来の再会を喜びあった。

 この日は早速、一時間ほどの、足慣らしを兼ねた試乗が用意されていた。クルマ自体は、既に、国内の発表会で見ていたが、旧いDB2/4、ヴァンキッシュ、DB9、と並んだV8ヴァンテージは最も精悍で、いかにも走りに徹した、新しいタイプのアストンに見えた。

 走り始めてまず驚いたのは、これまでと、エンジンサウンドが全く違うチューニングになっていることで、低音の野太い音質だったものが、洗練された、高音に変わっていた。試乗コースは、シエナ郊外のタイト・コーナーが続くワインディングで、すぐに、非常に優れたハンドリングを持ったクルマだ、ということが判った。詳しい試乗記は、今月号のカー・マガジンに詳しく載せる予定だが、こんなに楽しいクルマがデビュウしたことを、素直に喜びたい。というのが、ファースト・インプレッションであった。

 翌日も、やはり、一日試乗で、約200kmのコースを楽しんだ。私の横には、コ・ドライバーとして、石川さんが乗ってくれたので、開発の苦労などを聞くことができたが、一番大変だったのは、やはり音質だそうだ。

 試乗の後は、古都シエナにゆき、旧市内を徒歩で見て回る。1994年から4回出場したミッレ・ミリアの時は、毎回、中心部に入ったはずで、アストン社が用意してくれた特別のクラブから見た広場の眺めは、たしかに見覚えのある風景であった。

 そして、今日は、朝、ショート・ドライビングの後、キャンティ・クラシコの有力なワイナリィである、バローネ・リカゾーリ社を訪ね、試飲をした。昼食は、ブローリオ家のお城で用意されていたが、そこからの広大なシエナ近郊の丘陵地帯の眺めは素晴らしいものであった。

 という訳で、また、チャーター便にて、フランクフルトに戻って来た。さあ、明日は、フランクフルト・ショウである。何台かの注目の新車がどんなものなのか、こちらもワクワクする。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月12日 16:54 | コメント (0)

2005年9月 9日

フランクフルトにいます

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 昨日、JAL407便にてフランクフルトに着き、昨夜は中央駅前のホテルに泊まった。今日は、チャーター便でイタリアのシエナ(昨日のブログでフェレンツェと書いたのは間違い)まで行くのだが、集合が11時とゆっくりなので、今、中央駅の周りを散策してきた。

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 中央駅は、日本でいえば上野駅のように所謂ターミナルになっていて、巨大なアーチ状の建物だ。丁度、朝の列車がひっきりなしに到着する時刻で、見ているだけでとても楽しい。残念ながら車両形式などは解らないが、塗装も派手でよく手入れがされている感じだ。

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 駅前は路面電車が走っていて、これも面白い。3両の連接構造の車両が満員で次々にやってくる。地下にはたしか地下鉄もあるはずで、大量輸送の理想的な駆使の仕方をしていると思う。日本では、一つを造れば他を廃止すると言うようなことが多いが、これだけ多様な手段で都市交通を計画すれば、交通はとてもスムーズに流れるはずだ。

 一時期、日本国内では路面電車がどんどん廃止されたが、今また、見直されている。ぜひ、永い目で視た行政の判断が必要だと思う。路上もミラノのようにところ構わずびっしり駐車している街もあれば、ドイツの各都市のようにとても厳格なところもあり、ヨーロッパの街は本当に個性があって面白い。写真の車両の解説はレイルマガジンの編集部が教えてくれるだろうから、その回答を待ちたい。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月 9日 17:42 | コメント (0)

2005年9月 8日

今日から海外出張です

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▲こちらは日本で行われた発表会の時のV8ヴァンテージ。

 今、成田にいる。これからJALでフランクフルトに行き、そこから、さらにフィレンツェに飛び、アストンマーティンの新星、V8ヴァンテージの試乗をした後、また、フランクフルトに戻り、フランクフルト・ショーを見て帰国、というスケジュールだ。

 トスカーナ地方でのアストンの試乗はとても楽しみである。できれば、現地から、すぐにでもレポートを送りたいのだが、通信事情がどのようなのか不明なので、果たしてどうなることやら。実際、このブログも状況によってはお休みとなるかも知れないが、出来る限りは旅日記を送りたいと思う。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月 8日 15:40 | コメント (0)

2005年9月 7日

ヒュンダイ・ソナタの発表

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▲ヒュンダイ・ソナタ発表のニュースはホビダス・オートでも扱っています。

 昨日、ヒュンダイの新型ソナタの発表会が都内ホテルで行なわれた。このところ世界中で躍進著しい韓国車の尖兵として、これから積極的に、国内でも販売を行なうそうで、国産メーカーにとっては、海外のみならず、なかなか侮れない状況である。

 ヒュンダイは韓国国内で、傘下のキアと合わせ、何と75%のシェアを握り、このところ、その安さを武器に、ヨーロッパ、北米で、著しくシェア・アップを遂げている。正に、かって、日本車が海外で販路を広げたときと同じ手法で、日本車の後ろを、ヒタヒタと追い掛けてきているのだ。

 日本のメーカーは、さらに品質に磨きをかけるか、上級クラスにいくかしないと、価格ではなかなか勝負し辛くなっている。このソナタも新開発の2.4リッターのエンジンを搭載し、デザインも今風で、室内も広く、200万円強のプライスだから、価格重視のユーザーには全く問題なくお勧めできそうだ。まだ、試乗をしていないので、走り味は判らないが、これから、販売台数は間違いなくのびるであろう。

 発表会場では、なぜか、コマーシャルのイメージ・キャラクターのヨン様のファンと思しき、おば様たちが何人か紛れ込んでいた。先週のヨン様来日騒ぎをみても、まだまだ、韓流ブームは続いているようだ。ヨン様にあやかれるかどうかは、神のみぞ知る、というところだろう。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月 7日 12:21 | コメント (0)

2005年9月 6日

久しぶりに胃カメラを飲みました

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▲我が社では健康をテーマにした書籍も出しています。

 私の場合、健康診断は、主治医と相談のうえ、適当なサイクルで、その都度いろいろな箇所をピックアップしてチェックしている。

 大体、一年から、一年半に一回チェックというのが通例で、もし何か異常値が見つかった場合は、徹底して調べてみる。これまで、大きな問題は無く過ごしてきたが、もう、56歳になったので、やはり注意は必要だ。

 昨日は丁度一年半ぶりに、胃カメラを飲んだ。私がお願いしている病院では、麻酔を使う方法を用いているので、意識が無くなり、全く苦しくはないのだが、終わった後、2~3時間はボーっとしている。この感覚は、なんとなく不思議なものだ。

 検査技師の取り敢えずの所見は、いつものとおり異常なし、であった。この言葉に、ホッと一息。このあと、一ヵ月後に、今度は大腸のほうを行なう。こちらのほうが、よほど大変なので、今から憂鬱だ。

 でも、健康はなによりも大切ですよ。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月 6日 15:41 | コメント (0)

2005年9月 5日

創刊号と最新号 その5 デイトナ編

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▲左が最新号、右が創刊号。

 当社のクルマ雑誌のなかで最も一般に知られているデイトナは、1991年の6月に創刊した。元々のデイトナの企画は、所ジョージ氏の主演テレビ番組を制作していたIVSテレビさんから当社に、番組連動雑誌を造ってほしい、という話があってスタートした。

 当初は、雑誌とテレビ番組の寿命の差があまりに大きいので、(通常テレビ番組は2~3年がせいぜい、それに対し、雑誌は成功すれば20年以上は続ける)かなり躊躇したが、結局、もし、テレビ番組が無くなっても、それまでに高度をできるだけ高く保っていれば、なんとかなるだろう、ということで、やることにした。

 デイトナの名前は私が選んだのだが、当時、ラッキーにも誰も商標登録をしておらず、すんなりと決まった。所さんには雑誌のトータル・コンセプターになっていただき、実際の作業は、それまでクラブマンの編集長であった山崎和彦君が横滑りして、行う事になった。

 当時、所さんの“マル所印のクルマはえらい”は、火曜の夜の深夜番組にもかかわらず、異常な人気であった。しかも、デイトナの創刊号は6月6日で、放送日の翌日であったことも幸いし、アッと言う間にほぼ完売状態となってしまった。当社の電話は、朝から鳴りっぱなしで、そのパニックぶりは、空前絶後であったと思う。

 創刊号は、今日まで続いている黄色ベースに黒のロゴのデザインで、所さん自身がイラストを書いてくれている。連載陣には、当時まだ、異才の番組プロデューサーと言われていた、伊藤輝夫さん(テリー伊藤さん)や、ティーポでお馴染みの田中むねよしさんが参加してくれている。

 創刊から、大変に人気となったデイトナは、ティーポと抱き合わせで、コンビニでも売るようになり、遂にはテレビ番組のほうも“デイトナTV”に名前が変更になるほどになった。しかも、創刊から半年後には、16号線沿いにデイトナ・パークという施設も造り、こちらも、ファンで賑わった。

 しかし、創刊から2年後には、所さんのページが一時お休みとなり、テレビ番組も終了となって、結局、当初の予想どおり雑誌のみの一人旅となった。でも、お陰様で、デイトナは十数年たった今でも、元気に発行を続けている。登場する人達は随分変わったが、コンセプトは殆ど変わらず、そして、所さんには、ガレージ造りで、今月号から、また復帰していただいている。お楽しみに。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月 5日 20:27 | コメント (0)

2005年9月 2日

痛風その後

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▲ビールと枝豆。これが最も悪いものです。

 7月の中旬に軽い痛風になったことを、このブログで記した。その後、一ヶ月半が過ぎたが、今のところ、再発はしていない。

 ここしばらくは、大好きな肉を食べず、我慢を重ねた結果、体重が1.5kg減った。これは、大変良いことで、とても体調が良くなった気がする。しかし、この間、食事の度に、チェックをしてみると、痛風に良くない食べ物が非常に多いことには驚いた。

 ある日、ファミレスに行って、メニューをみると、殆ど食べられるものが無い。また、大好きな寿司屋に行っても、イクラもウニも貝類もイカもダメ。何と、カンピョウ巻きとカッパ巻きを食べるという情けなさだ。

 8月の上旬には、取引先の某社役員とゴルフをしたのだが、何と、4人のうち3人が痛風持ちで、一日中痛風の話で盛り上がった。夏のゴルフは、汗をかき、さらに疲れて尿酸値が高くなるので、終わった後必ず痛みがでる、という話や、本当に痛い時は座薬を使う、ということとか、痛風のベテランの体験はとても役にたった。

 私の場合、ゴルフの後、確かに多少チリチリくるのだが、それで収まっている。しかし、試しに先日、80g(!)のステーキを食べてみたところ、翌日やはり、若干違和感があり、まだ、完全にOKとまではいっていないのを痛感した。体重をさらに落とし、痛風に強い体質に改善したいのだが、体が軽くなると、ゴルフの球が飛ばなくなるとも言われており、悩んでいるこの頃である。

 明日は初めてのコースでプレイする。どんなスコアがでることやら。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月 2日 18:59 | コメント (0)

2005年9月 1日

今日から、我が社は30年目に入ります

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▲創業当時(70年代)に出版した書籍たち。

 当社は8月が決算期だから、丁度昨日、8月31日で区切りの日を迎えた。そして、今日から、何と、30周年目の記念すべき年に突入した。一般的に言って、会社の寿命は30年と言われている。

 この年を乗り越えれば、安定した長寿会社として生きて行くこともできるのだろうが、創業から30年も経つと、当初のビジネス・モデルも時代の変化に対応しきれなくなり、慢心していると一気にダメになるケースが多いのだ。

 当社も、今、このホビダスを構築することにより、出版とウェブ・サイトと両輪で、新しい時代に対応していこうとしている。今は、メディアがドンドン融合して行く時代だ。我々が住む趣味の世界でも、それは当然のことで、常に柔軟な心を持って、時代に対応したいものだ、と思っている。

 今日は、月に一度の会議オンリーの日だ。新しい期にあたり、社員全員で、心を新たに進んで行きたい、と思っている。どうか、読者、ならびにサイト視聴者の皆さん、今後ともネコ・パブリッシングをよろしくお願いいたします。

投稿者 笹本健次 : 2005年9月 1日 15:47 | コメント (0)