2005年9月 5日
創刊号と最新号 その5 デイトナ編
当社のクルマ雑誌のなかで最も一般に知られているデイトナは、1991年の6月に創刊した。元々のデイトナの企画は、所ジョージ氏の主演テレビ番組を制作していたIVSテレビさんから当社に、番組連動雑誌を造ってほしい、という話があってスタートした。
当初は、雑誌とテレビ番組の寿命の差があまりに大きいので、(通常テレビ番組は2~3年がせいぜい、それに対し、雑誌は成功すれば20年以上は続ける)かなり躊躇したが、結局、もし、テレビ番組が無くなっても、それまでに高度をできるだけ高く保っていれば、なんとかなるだろう、ということで、やることにした。
デイトナの名前は私が選んだのだが、当時、ラッキーにも誰も商標登録をしておらず、すんなりと決まった。所さんには雑誌のトータル・コンセプターになっていただき、実際の作業は、それまでクラブマンの編集長であった山崎和彦君が横滑りして、行う事になった。
当時、所さんの“マル所印のクルマはえらい”は、火曜の夜の深夜番組にもかかわらず、異常な人気であった。しかも、デイトナの創刊号は6月6日で、放送日の翌日であったことも幸いし、アッと言う間にほぼ完売状態となってしまった。当社の電話は、朝から鳴りっぱなしで、そのパニックぶりは、空前絶後であったと思う。
創刊号は、今日まで続いている黄色ベースに黒のロゴのデザインで、所さん自身がイラストを書いてくれている。連載陣には、当時まだ、異才の番組プロデューサーと言われていた、伊藤輝夫さん(テリー伊藤さん)や、ティーポでお馴染みの田中むねよしさんが参加してくれている。
創刊から、大変に人気となったデイトナは、ティーポと抱き合わせで、コンビニでも売るようになり、遂にはテレビ番組のほうも“デイトナTV”に名前が変更になるほどになった。しかも、創刊から半年後には、16号線沿いにデイトナ・パークという施設も造り、こちらも、ファンで賑わった。
しかし、創刊から2年後には、所さんのページが一時お休みとなり、テレビ番組も終了となって、結局、当初の予想どおり雑誌のみの一人旅となった。でも、お陰様で、デイトナは十数年たった今でも、元気に発行を続けている。登場する人達は随分変わったが、コンセプトは殆ど変わらず、そして、所さんには、ガレージ造りで、今月号から、また復帰していただいている。お楽しみに。
投稿者 笹本健次 : 2005年9月 5日 20:27
コメント
私は台湾のDaytona読者です、1991年日本へ遊び行く時、初めてDaytinaを合います。そして、Daytonaの忠心読者をします。今も毎年台北の紀伊国屋で、Daytonaを買います。
私のHOTROD文化は全部Daytonaから、最初は貴社のCar Magazineの読者です、今は全部Daytonaを読みます。アメリカのHOTRODは一番大好きです。
Daytonaの最初の時、毎月も由良拓也先生のイラストを紹介します、今私も沢山のHOTRODイラストを描きます。去年の横浜のHRCSのModel Car AwardのTwo-Face、私のイラストもTwo-FaceのHPを展覧です。皆さん、御覧くたさい。http://www.2--face.com/art/index.html
TWo-Faceの皆さん、ありがとうございます。
笹本さん、ありがとうございます。
Daytonaありがとうございます。
投稿者 蔡智本 : 2005年9月 6日 15:05




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