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2005年10月31日

いよいよ今年のカー・オブ・ザ・イヤーが始まりました

 今朝は朝5時に起きて、横浜の赤レンガ倉庫へ。今日はカー・オブ・ザ・イヤーの第一日目なので、実行委員は皆いつになく早起きをして、準備を行なうことになっていた。

 今年はこれまでと違い、全ノミネート車を展示し、一般の方にも見てもらおうという企画で、写真のように45台の新車が集まった。この整列などの作業を我々自身で行なったのである。今日は一般展示だけなので、広報担当の私としては比較的ラクであったが、明日からは新聞テレビなどの対応に忙しくなるはずだ。

 ちなみに今後のスケジュールは、明日が、10台を選ぶ、10ベストの投票と表彰式。11月2日からは、六本木ヒルズに会場を移し、10ベストカーの展示を1週間行い、11月8日にイヤー・カーの投票、そして9日に開票と表彰式を行なう予定だ。ヒルズには抽選で当たった読者の皆さんも参加することになっている。

 どのクルマがカー・オブ・ザ・イヤーに選ばれるか、実に興味は尽きない。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月31日 19:28 | コメント (2)

2005年10月28日

モーガンのパーティに出席しました

 モーガンと言えば、フレームは未だに木製で、戦前からのフェンダー・アーチが未だに残るオープン・スポーツ・カー、というイメージが強い。また、クルマ業界にいる我々にとっては、モーガンといえば、モーガン・オート・タカノとすぐに符丁のように出てくる程、馴染み深い存在であった。

 そのモーガン・オート・タカノの社長、高野氏が高齢になり、あと継ぎもいないことから、新社長、岩瀬氏に事業を継承することになった。岩瀬氏は巾広く事業を展開している傍ら、高野氏を父とも仰ぐほど親交が深く、3年もの歳月をかけて、モーガンの日本代理店の業務を習熟し、この度、屋号をモーガン・オート・イワセと変更して新しい船出をすることになったのである。

 そこで、今日、本国のモーガン社の3代目社長、チャールズ・モーガン氏を招き、英国大使館にてレセプションが行なわれた。会場には、モーガン・クラブの協力により、各種モーガンが並び、中には新時代のモーガンの象徴たる、あのエアロも既に存在していた。

 モーガン社長の挨拶では、モーガン社といえども、イノベイションは怠らず、新時代に相応しいチャレンジも積極的に行なってゆくそうだ。その表れがル・マンへの参戦などであるという。もちろん、日本市場に対しても、積極的にアプローチをしてゆくそうだ。両社の今後に多いに期待したい。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月28日 22:57 | コメント (0)

2005年10月27日

体重のこと

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▲写真は当社で発行している書籍「低炭水化物ダイエット」(写真をクリックすると購入ページへ行きます)。

 このところ、体重は71kgをなかなか切れない。私の場合、身長が168cmだから、理想の体重は65kgぐらいで、そんな時も過去にはあったが、ここ10年ほどは69~72kgの範囲を動いている。

 先日、軽い痛風になったときは、実は体重も最悪で、72kgの境界を突破しそうな状況にあった。6月後半に英国から帰ってきた時などは、時差ボケのむくみもあって、73kg以上になったこともあり、かくては成らじと、痛風を期に、食事を抑え、粗食に耐えていたところ、約2ヶ月で1.5kg減り、70.5kg近辺になっていた。

 ところが、先日のヴェイロンの取材で、シシリーに行ったため、再び、71kgを超えてしまっているのが現状である。イタ飯は美味いので、つい食べるのと、現地では活発に動くのに、行き帰りの飛行機の中はブロイラー状態なのがとても悪く、なかなかコントロールが出来ないのが現実だ。

 これから冬に向けて海外出張も無いので、何とか、再び70kgに近づけるように努力するつもりのこの頃である。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月27日 16:01 | コメント (0)

2005年10月26日

創刊号と最新号 その11 ガレージライフ編


▲左が創刊号、右が最新号(写真をクリックすると拡大します)。

 ガレージライフの創刊は1997年で、たしか増刊として一冊だけ創ってみよう、と企画したはずだ。ところが、予想をはるかに上回る評判を得、シリーズとして発刊を続け、遂には、季刊の定期誌にまで成長して、現在に至っている。

 よく話している事だが、このガレージライフ誌の成功は、まさに日本の趣味ライフ、言い換えれば、日本人の文化の成熟度が非常に深くなった証のひとつだと思っている。バブル期以前の高度成長時代には、日本人はモノを揃えることに必死であり、またそれがステイタスであった。クルマについても、より良いクルマを買うことのみが目的で、趣味としてのクルマとの生活をトータルに考え、それを実践するようなゆとりも発想も無かったのだ。

 しかし、今は違う。自分の好きなクルマを手に入れたら、それを格納するガレージを、自分の好みでつくり、そこを趣味の城として楽しむ。仲間が来ても、もてなすのは居間ではなく、ガレージで遊ぶ。この様な事が、クルマ趣味の究極の楽しみである、と考え、実践する人がとても多くなってきたのだ。こうした、先端の楽しみをリードしているのが、ガレージライフ誌なのだ。考えてみれば、ガレージの事しか載っていない本が沢山売れるのは、まさに豊かさの表れだとしみじみ思う。

 もちろん、実際の作例が無ければ、この本は成り立たないのだが、編集部には、まだまだ、未掲載の作例が沢山溜まっている。順次掲載しているので、送って頂いている方には、もう少しお待ち頂きたいが、実は、ガレージライフ誌は、世界的にも大変評価が高く、とても多くの方に見て頂いている。

 趣味の世界は、どの分野で遊ぶにしても、如何に自分の世界を造り、楽しむかに懸かっているのだ。ガレージもこじんまりとしているが、とても味の有るものから、巨大なものまで、千差万別だが、個人的には、小さくても、個性のあるガレージが、オーナーの好みがはっきりと主張されていて、好きだ。

 このガレージライフ誌の他、当社では、カー・アンド・ホームという、やや建築系の雑誌も出している。こちらは、コンクリート打ちっぱなし系の建築の本だが、図面も入っていて、これからガレージ造りを、という方には、なかなか参考になると思う。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月26日 18:36 | コメント (0)

2005年10月25日

スズキのスイフトが気になってます。


▲こちらは走りを磨いたスイフトスポーツです。

 当家では、最近、国産の1.3~1.5リッタークラスのクルマの話題が多い。なぜなら、娘の通勤用に、手軽な4駆のクルマを買おう、と計画しているからだ。4駆を選ぶ理由は、自宅のある、多摩丘陵地帯は意外に坂が多く、雪が降ると、すぐに2駆では走れなくなるからだ。

 予算は最初、100万円以内と思ったが、それだと、軽でも、4駆はかなり難しい。そこで、もう少し範囲を広げ、150万円までとしたら、物凄く選択の幅がひろがって、今度はあれこれ迷うことになってしまった。

 でも、結局、いろいろ考えた末、家族3人が一致したのは、スズキのスイフトがカッコイイということであった。たまたま、日曜の新聞チラシに、神奈川ヴァージョンというのが、載っており、それは、かなりのオプション・パーツがついて、とてもお買い得になっていた。娘はこれが気に入ってしまったので、今、最終決断をしようか、迷っているところだ。

 それにしても、今はどの車も良く出来ているので、購入の一番の決め手はやはり、デザインに尽きる、としみじみ思うのである。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月25日 15:35 | コメント (0)

2005年10月24日

もてぎは過去最高の賑わいです


▲写真は去年のもてぎでのイベントの模様。

 先週から、東京モーター・ショーが始まっているが、私にとっては、この2~3週間は大きなイベント続きで、気持ちが結構引き締まっている。

 来週末からは、年に一度のクルマの祭典ともいうべき、カー・オブ・ザ・イヤーが開催される。今年からは開催場所が変り、横浜の赤レンガ倉庫に10月31、11月1日の両日、ノミネート車全部が展示され、そこで、テン・ベストの10台が選ばれる。選ばれた10台は、六本木ヒルズに運ばれ、アリーナに1週間展示される。その後11月の8日に投票、翌9日にイヤー・カーの開票と表彰が行われる、という訳だ。私は、このイベントの広報担当を任命されているので、粗相のないように、と気配りが大変だ。

 カー・オブ・ザ・イヤーが終わると、11月12、13の両日、ツインリンクもてぎで開催する、ヒストリック・オートモービル・フェスティバル・イン・ジャパンが控えている。9年目を迎える今年は、何と710台あまりという、歴代第一位のエントリー数になってしまった。こちらは、私が主催者であるため、事故が無ければ……と心配する反面、いつも、当社の雑誌を読んで頂いている読者の皆さんと直接お会いできるのが、なにより楽しみだ。

 イベントはとかく、「うまく行って当たり前。手際が悪いとすぐに非難されてしまう」といったところがあるので、とにかく、スムーズにコトが運ぶことを祈って、今から気を揉んでいる。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月24日 14:52 | コメント (3)

2005年10月21日

創刊号と最新号 その10 クアント編


▲写真右がクアントの最新号で、そして、左が創刊号……と、言いたいところだが、残念ながら手許に無いため、ティーポに出した広告を撮影した。

 クアントは、今でこそ、おもちゃ誌として成功しているが、この雑誌ほど、創刊から、コンセプトが変わった例はかって無い。

 クアントの創刊は、1994年で、当初は、日本初の個人売買情報誌としてスタートした。個人売買情報誌は、それまでにも他社で計画があったが、一番難しいのは、創刊号の情報が集まらないことで、当社では、カー・マガジンやクラブマンなどで、個人売買欄があり、それを利用して、創刊号を創り上げた。この本はとても好評で、一年ほどして対抗誌も出現し、市場は一気に活性化した。当社もこれを機会に月2回刊とし、一部を有料化して収益もさらによくなった。

 一方で、このような媒体には、詐欺などの犯罪が付き物で、当初より予想はしていて顧問弁護士まで用意していたが、それにしても犯罪の多さには、うんざりした。毎月、各地の警察が編集部に証拠固めに来ており、その内の幾つかは、新聞にも載るようになった。しかし、不幸中の幸いであったのは、その殆どが捕まったことである。

 また、ネットを利用することも早くから検討し、実際にデジ・クアントというネット版も97年に造ったが、当時はまだ、今日ほどPCが普及しておらず、全く振るわなかった。そうこうしている内に、ヤフーのオークションがスタートし、個人売買は新しい局面を迎えた。

 そこで、クアントはその使命を終えたと判断し、1999年にコンセプトをモノ情報誌と換え、一年程やってみたが、思わしくなく、遂に休刊か――? というところまで来た。しかし、当社のおもちゃ好きが、何人か集まって、この雑誌をおもちゃ誌にしたい、という提案があり、それなら、予算をシーリングして一冊だけ、という条件でやってみたところ、大きな反響があり、それから、現在に至っている。

 現編集長の畑山君は、ホビダスの名前を考え出し、別冊として出版し、それが元でこのサイトの名前がホビダスとなった。また、ホビダス・ダイレクトもクアントの会議で、議論のなかから出てきた。ということで、何かと、このサイトには縁の深いものがある。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月21日 20:19 | コメント (0)

2005年10月20日

モーター・ショーで会った人


▲奥山さんの2人の部下がデザインしたマセラティ・バードケイジ。

 モーター・ショーの会場では、取材の傍ら、普段出会うチャンスのなかなかないような人とバッタリ会うことが出来るのが嬉しい。今年も、いろいろな方とお会いできたが、なかでも、とても楽しかったのは、ピニンファリーナのデザイナーで、エンツォやクアトロポルテをデザインした奥山さんと話したことであった。

 私は、最近のピニンファリーナの作品のなかでは、クアトロポルテが一番好きだが、実は奥山さんも自分の作品の中で、一番気に入っているそうで、“写真写りはそれほど良くないのですが、実物はいいはずですよ”という点でも、全く意見が一致した。私は、クアトロのカリスマ性あふれるデザインは、近年稀にみる出来だと思っているから、その作者と会って、デザインの評価が出来、とても良かったと思っている。

 奥山さんは、今、フェラーリで言えば、575の後継車の仕事は終わり、430の後継車の作業に入っているそうだ。スケジュールからすれば、そのとおりの時期だが、“フェラーリの場合は、デザインの継続性が無く、その点は面白いのだが、一方で、アストン・マーティンなどは、イメージが固まっているのでそういう行き方も大事だと思う”とのことであった。

 アストンのベッツ社長とも、彼は仕事をしたことが有り、今日のアストン3兄弟の出来が素晴らしく良いのは、全てベッツ氏の、細部までしっかりと見る彼一流の仕事の賜物だそうだ。私もインタヴューを通じて同様な印象を持っていただけに、正に同感! ということである。今度は、ぜひ、トリノの彼の仕事場を訪れてみたいものである。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月20日 18:43 | コメント (0)

2005年10月19日

東京モーター・ショーに行ってきました

 今日は東京モーター・ショーのプレスデーだ。

 朝早く家を出たので、3号線の渋滞も酷くなく、比較的早く幕張に着いた。プレス専用の駐車場は例によって、かなり一杯になっていた。会場はいつもの通りのはずだが、なんとなく、ウキウキするから不思議だ。

 今年の目玉は何と言っても、レクサスLSとスカイラインGT-Rの試作車だと思っていたが、両車とも、なかなかの出来であった。

 レクサスは、現行のセルシオに比べると、遥かに良い造形で、もし、発売されたら、爆発的に売れそうであった。一方のGT-Rは、これまでにない迫力のある、大胆なスタイルで、こちらも、話題騒然となること間違いなし、と思う。

 全体的には、日本車のデザインも、一時期の低迷を脱しつつあるような、良いデザインのモデルが増えてきたように思えた。外国勢も、いつになく、華やかな気がして、結構楽しめたのは私だけだろうか。

 詳しくは、ホビダス・オートをご覧ください。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月19日 22:29 | コメント (0)

2005年10月18日

いよいよ明日からモーターショーです


▲アストンマーティン社のベッツ社長と。

 いよいよ明日からモーターショーだ。と言っても、あす、あさっての2日間はプレスデーなので、一般の方の来場は22日からということになる。明日、このホビダスの編集部は総出で取材をし、夕方までには大半の記事をアップさせるつもりだ。読者の方はホビダス・オートを見て頂き、見たい物の目安を付けて、会場に行くのが得策だ。

 すでに、我々の場合は、昨日から、各メーカー首脳を囲む食事会や、インタビューが始まっている。私も今日、アストンマーティン社のベッツ社長から、インタビューがスタートした。

 夕方には、イタル・デザインの50周年を記念したフェラーリの612ベースのスタディ・モデルの発表があり、ジウジアーロ氏が来日して、クルマの説明に努めていた。このクルマは、ブリヂストンのブースに展示されるはずだ。イタルにとっては、日本市場は大変大事なマーケットのはずだから、力が入るのも良く解かる。

 明日は、朝早くから、インタビューが始まる。大変だが楽しみだ。


▲イタル・デザイン50周年記念スタディ・モデル発表会。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月18日 21:18 | コメント (0)

2005年10月17日

ブガッティ・ヴェイロンに乗りました

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 今、17日の夜中の3時半。自宅でこのブログの原稿を書いている。本来なら、今日の9時頃成田に着くはずの便だったのだが、現地時間で、15日の夜のJALに乗ることができたので、一日早く帰国できた。


▲すごい性能を持ちながら、街中でも自然に乗れる。

 さすがに、15日だけでも移動距離がかなりのもので、相当に疲れた。まず、朝8時半から、ブガッティ・ヴェイロンに乗り、アウトストラーダと、タルガ・フローリオのタイトなコース、150kmほどを走った。その後、旧いブガッティT35の助手席に乗せてもらって、20km程体験試乗。昼前には、ペルグーサ・サーキットまで、ヘリで移動。ここでは、ヴェイロンのサーキット走行に同乗。さらにT35でも2周した。

 試乗が終わった後は、再びヘリで約一時間ほどのパレルモの空港へ。そこから、プライベート・ジェットでミラノ、マルペンサ空港に飛び、21時20分発のJAL418便に乗り換えて、11時間の飛行でやっと成田へ、という訳だ。実際には、2泊4日だから、時差ボケにはなって欲しくないのだが、この程度のスケジュールでもしっかりとボケるので始末が悪い。


▲400km/hを実現するため、空力には特に力が入っている。

 さて、ヴェイロンの試乗だが、本当に凄いクルマを造ったものだ、というのが第一の感想。なにが凄いかというと、1001馬力もあり、最高速が400km/hというようなとんでもない性能のクルマでありながら、極く自然に街中でもストレスなく乗れる点だ。アクセルを踏めば、狂ったように速いが、とても安全で全く不安なしに乗ることが出来る。


▲タルガ・フローリオの有名なコレッサーノのコーナー。

 ヴェイロンの設計陣は、ブガッティ社の創立者、エットーレ・ブガッティが、今、生きていたら、こんなクルマを造ったに相違ないと、途轍もない目標を定め、それに向かって不可能を可能にした。そこには、本当の意味で、チャレンジングな男のロマンが感じられ、実に楽しかった。


▲旧いブガッティT35。20km程体験試乗した。

 社長のトーマス・ブシャー氏は、かって鈴鹿1000kmレース出場で、何回か来日し、現在はアルファ・ロメオP3や、マセラティ450S、バードケージなどで、ヒストリック・レースにも出場する、という造詣の深さで、正にブガッティ社の社長にこれ以上相応しい人はいないのではないか、思う人であった。

 詳しい試乗記は、カー・マガジンなどの今月号を読んで頂きたいが、よく引き合いに出されるフェラーリ・エンツォとは、全く対極に存在するクルマである、というのが結論だ。このクルマを買えるような予算をもっている人なら、エンツォとヴェイロンの2台とも、ガレージに収めたい、と思うだろう。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月17日 15:11 | コメント (0)

2005年10月14日

マルペンサ空港近くのホテルにいます

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 昨日は、こちらの時間で、午後6時半にミラノに到着した。

 そこで、初めて写真の彼女、エリナ・コンチさんから、詳しいスケジュールを渡された。それによると、ミラノからシシリー島のパレルモまでのプライベート・ジェットは、今日の午後3時の出発だという。それまでは、空港近くのホテルに泊まって寛いでほしい、との事。

 今回の取材は、一日あたり世界各国から8名づつのジャーナリストを呼んでいて、日本からは、3人だそうだ。今夜は現地でブリーフィングがあり、明日一日、私も何回か走った事ことのあるタルガ・フローリオのコースの周辺を試乗し、その後、ペルグーサ・サーキットで新旧ブガッテイ競演のイベントがあるようだ。

 試乗の後は、夜、再びマルペンサに戻り、明後日の便で日本へ、という訳だ。結局、日本からの場合、便の都合で、どうしても、無駄な時間ができてしまうのは、致し方ない。

 しかし、困ったことには、アリタリアの機材の場合、全くPCが使えない。電源もなにも用意されてないので、とにかく、ホテルで書くしかなく、これだけは憂鬱で、先が思い遣られる。

 エリナさんのコスチュームは、ブガッテイの洒落たデザインで、カッコよい。そう言えば、かってのEB110の時も、ブガッテイ・ブランドのバッグなどは、とても良い製品であったことを思い出す。我が家にも、実は一個あり、女房は今だに重宝しているようだ。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月14日 18:16 | コメント (0)

2005年10月13日

成田で想うこと

 また、成田空港に来ている。

 今回はミラノに行くのだが、何故か今、ヴァージン・アトランテックのラウンジにいる。というのは、これから、JAL5061便でミラノ、マルペンサ空港まで行くのだが、この便はアリタリアとのコード・シェア便で、アリタリア航空のラウンジはヴァージンと共用と言う訳である。ヴァージンのラウンジは、写真のようにきれいで、係員の応対も良く、さらにサービスもメニューでオーダーが出来、とても快適だ。

 今回の出張は、なんと、最高速400km/hを豪語するブガッティのヴェイロンの試乗だ。これまで、何度となくショーには出品されていたが、ついに、市販される時がきたようだ。試乗のスケジュールは、場所がシシリーであるということ以外は、全く知らされていない。とにかくマルペンサに来い、ということで、とても楽しみである。

 これで、今年の海外出張は最後となるはずだ。考えてみれば、若い頃は2週間近くも滞在し、毎日休みなく取材に明け暮れたこともあるが、今はさすがにそんなことはできない。このところの出張は殆ど、2~3泊でトンボ帰りが多い。機内で十数時間閉じ込められた後、取材をし、すぐに帰って原稿書き、というのは実はかなり辛い。しかし、好きでやっているので、仕方ないか。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月13日 15:19 | コメント (0)

2005年10月12日

今朝はテスト車を見ました

 昨日と今日の2日間、朝の通勤時に、東名高速の用賀の降り口で、全く同じ2台のクルマに出会った。

 その2台とは、シルバーのレクサスGSとホワイトのマークXで、2台が寄り添うようにピッタリと走っており、丁度、信号で並んだので、ドライバーズ・シートを見ると、なにやら、メモを取っている作業服姿のおじさんが座っていた。しかも、クルマのナンバーは2台共、三河ナンバーであった。

 ここまで書けば、何かのテストをやっているに違いない、と思うのが自然で、その後もルート246で別れるまで、停止の度にノートに記録をしていた。私の穿った見方では、おそらく、近々デビューする予定の、ハイブリット車の走行テストではないか、と思うのだが、真相はむろん判らない。

 最近は、簡単なカモフラージュだけで都内を堂々とテストする輸入車も増えた。職業柄、そんなクルマを見ると、つい、追いかけたりしてしまうのだが、やはり新型車というのは、ワクワクして楽しい。

 もうすぐモーター・ショーがあり、その後は、カー・オブ・ザ・イヤーも控えている。今年も忙しくも楽しい日々が始まるのである。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月12日 14:48 | コメント (0)

2005年10月11日

創刊号と最新号 その9 オート・カー・ジャパン編

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▲左が創刊号で、右が最新号。

 オート・カー・ジャパンは2年前の4月に創刊した。

 言うまでも無いが、本家のオート・カーは世界最古の自動車雑誌として有名で、英国をベースとして、世界十数カ国で発行されている。その内容は、英国流の反骨精神を発揮した徹底した辛口批評で、しかも、新車の情報も早く、欧州のメーカーも一目置く存在であった。

 このオート・カーの日本版を出すに至った経緯は以下のようである。

 3年前の春のある日、編集部に行くと、当時カー・マガジンの編集長であった中尾君の机の上に、オート・カーが一冊置かれていた。久しぶりに手にとって、パラパラめくっていると、“この本の日本版というアイデアはどうですか”と言うので、真剣にチェックしてみると、なかなか面白い。

 そこで、早速、英国在住の当社のコレスポンダント、マイク・トンプソンに連絡し、先方の出版社に打診をしてもらった。過去にこのような事は何度もあったので、打ち合わせはスムーズに運び、この年の6月、私がエンツォ・フェラーリのお披露目に行く前にロンドンに寄り、この時、先方の出版社、ヘイ・マーケット社と基本合意に達した。

 11月には先方の契約担当が来日し、こちらも同時通訳レベルの人を雇って、2日間カンズメで契約書を作り、その場でサインした。

 さて、いよいよ創刊号の編集である。それまでのカー・マガジンのスタッフのうち、新車班はオート・カーに行かざるを得なくなり、やむを得ず、私がカー・マガジンの編集長に、なんと15年ぶりに復帰することになったのである。

 創刊時の2年前の5月には、丸ビルで“オート・カー誌に見る自動車の108年”というイベントを開催し、創刊号から、一年毎の表紙を展示して、世代の変遷を見せ、また同時に各世代を代表するクルマ5台を展示し、日本版創刊を盛り上げたのである。

 日本版のオート・カーは創刊から2年が経ち、お陰様で大変な支持を頂き、最近では本国版同様、2~3年落ちの中古車の情報も評判になっている。辛口批評の精神は、本家同様、しっかりと表現しているつもりだ。

 今、一番面白いクルマ雑誌、オート・カーをぜひ一度手に取ってみては?

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投稿者 笹本健次 : 2005年10月11日 11:38 | コメント (0)

2005年10月 7日

昨日の夕食会で、来た人は?

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▲写真中央がトッド氏。右にいるのがあやめさんです。

 いよいよ、今日から鈴鹿のF1グランプリが始まる。昨年までは、フェラーリ・フリークの私にとって、実に楽しい週末であったが、昨年までの快進撃がうそのような、今シーズンのフェラーリの低迷振りでは、あまり力が入らない。しかし、心配していた佐藤琢磨選手もどうやら、シートが確保できそうだし、チャンピオンが決まった後で、逆に皆、存分に力を発揮することになるので、面白いレースが期待できそうだ。

 ところで、過去に何回か、フェラーリ・チームのスタッフや、ドライバーの方々には会っているが、今回、コーンズさんの設定で、フェラーリ・クラブの面々とジャン・トッド氏との会食会が開かれ、私も参加させてもらった。

 トッド氏は、今はフェラーリ社の社長も兼ねており、モンテゼモロ会長の片腕として、経営にもその敏腕を発揮している。しかし、昨夜は仕事の話は殆ど無し。F1以外は、とても順調なフェラーリ社にとっては、既に心は来年に行っているのかもしれない。

 写真の妙齢の女性は、ティーポで連載もしてもらっていた、新橋芸者のあやめさんだ。今は、熱海の名旅館、小嵐亭の女将をやっているという。でも、クルマへの情熱は相変わらずのようだ。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月 7日 12:11 | コメント (0)

2005年10月 6日

ホビダスにお酒のショッピングが追加されました

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 ホビダスは言うまでも無く、趣味の総合サイトだが、では、趣味とそうでない物の境界線は何処? と言われると、かなり曖昧だ。

 ごく一般的なものでも、趣味心を持って接すれば、趣味の物になることもある訳で、例えば、クルマが良い例で、輸送の手段として見るか、趣味の対象とするかで全く選択が異なってくる。このホビダスでは、物を限定するのではなく、あくまで、来て頂く方が趣味心を持って来て欲しいと、願っている。

 さて、お酒の世界も奥が深い。日本各地に、知る人ぞ知る、本当に美味しい地酒がたくさんある。私も、10年程前に山形で、地酒をご馳走になり、そのまろやかさに驚いたことがある。たしか、一番美味しかったのは、“絹”であったと思う。“十四代”もかなりなものであった。

 実は、当家では、私より女房のほうがアルコールには強い。最近は、日本酒もワインも良く飲み、ワイン・クーラーは、常にいっぱい、という有様だ。酒は程々にすれば、こんな楽しいものは無いと思う。

 ということで、お酒のサイトがホビダスの新たなコーナーとしてオープンした。ずらりと並んだラベルを見るだけでも楽しくなる。ぜひ、ご活用ください。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月 6日 14:20 | コメント (0)

2005年10月 5日

クアトロの近況報告


▲写真左が前席。右が後席。

 購入から、1年3ヶ月が過ぎたクアトロポルテだが、先日、左側のドア2箇所に、凹みをつけられてしまった。明らかにSUV系の車両のドアによるものと思われるが、ご丁寧に前後2箇所で、本当に腹がたつ。

 どうやって直そうか、と今考えているところだが、今はやりのデント・ジャパンなどに頼んでみようか、とも思っている。写真の内、タッチ・アップのものは、私がすれ違いの際に、寄りすぎて、ほんの僅か擦ったところだが、こちらも一緒に直す予定だ。一年以上経つと、クルマは何かと手をいれることが出てくるものだ。因みにこの他は、絶好調のクアトロである。

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投稿者 笹本健次 : 2005年10月 5日 20:39 | コメント (0)

2005年10月 4日

火の用心

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 昨夜、1時半頃、すっかり寝静まった自宅のある住宅街で、時ならぬ消防車のサイレンがなり始めた。その音は次第に自宅に近づき、なんと遂に、当家の前で止まった。

 ビックリして飛び起き、2階の寝室から外をみると、当家の前の消火栓から、ホースを引き、消火活動をしようとしている。急いで外にでると、当家から、3軒隣の方から、火がでていた。

 しかし、幸いにもそれほど大きな火事ではなく、直ぐに鎮火し、ケガもなく済んだようで、御近所としては本当によかったと思っている。寝入り端を起こされ、しかも、消火活動を見てしまったおかげで、その後、なかなか寝付けなくて困ったが、それにしても火事というものは怖いなあ、としみじみ思った次第だ。

 皆さん、火の元には注意しましょう。写真は、消火活動が終わった後に念のため撮ったものだ。悪しからず。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月 4日 16:52 | コメント (0)

2005年10月 3日

先週末から今日まで、超多忙でした

 先週の金曜から今日まで、物凄く忙しく、本当にバテている。でも、その疲れはストレスを伴うような辛いものではなく、全てが楽しく、この仕事をやっていて良かったと実感できるものであった。

 まず、金曜日は、朝のANAで高松へ。そこで、新型シビックの試乗会が待っていた。試乗コースは、瀬戸大橋を渡って、岡山側に行き、鷲羽山スカイラインを通って帰ってくるコースで、ガソリン車とハイブリッド車とで2往復した。ハイブリッド車は、電力回生ブレーキが、やや、ぎこちなかったが、その他はとてもスムーズで良いクルマであった。一方のガソリン車は、文句なく、よく走るスポーツ・セダンである。

 高松に帰ってきて、たまたま港に停泊していた南極観測船“しらせ”の脇で写真を撮った。砕氷船のことを、英語でIce breakerというのを始めて知り、考えてみれば、当たり前だが、妙に納得した。

 この日は日帰りで帰京。土曜日からは、2日間の予定で、ポルシェ356クラブの30周年記念のミーティングが開催された。一日目は、横浜赤レンガ倉庫に集合し、コンクール・デレガンスを行なった後、東名高速を裾野まで走り、帝人の富士研修センターに宿泊。夜の記念パーティは、太平洋クラブの御殿場コースのクラブハウスで行なうことになっていた。当日は朝から、ドピ-カンの晴れ。天気さえ良ければ、イベントは半分成功したようなものだ。赤レンガ倉庫には、なんと70台余りのポルシェ356が集合した。

 昼どきには、友人の安岡さんの新艇のお披露目があり、こっそりイベントを抜け出して出席した。今度の新艇は、何とヴィテック製の80フィート(!)の巨大なボートで、正に辺りを圧する迫力であった。

 夕方17時前には、無事裾野に到着。30周年記念パーティは大いに盛り上がった。

 昨日は朝早くからタイム・ラリー。白糸の滝など、富士の裾野を巡る2時間ほどのコースで、この日もよく晴れて、気持ちの良いツーリングであった。昼は、帝人の研修センターの広大な芝生のなかに356を入れ、そこで、イタリアンのランチ・ボックスをケータリングしてもらった。芝生のなかに並んだ356は圧巻で、本当にこの会場を使用できて良かった、としみじみ思ったのである。

 ちなみに、このミーティングの模様は、明日ホビダス・オートで記事がアップされる。ぜひ、ご覧ください。

 さて、昨夜は東京に帰らず、箱根にそのまま泊まり、今朝は、日産のノートの試乗会に参加した。ノートも良くできたクルマである。特に、CVTのスムーズさは特筆すべきものがある。

 という訳で、楽しくも忙しい週末がやっと終了した次第だ。

投稿者 笹本健次 : 2005年10月 3日 19:40 | コメント (0)