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2005年10月31日
いつも一緒。
ヨーロッパの人々にとって犬は家族そのもので、カフェに行く時も、バカンスやサーキットに行く時もいつも一緒だ。それだけに犬も心得ていて、ちゃんとその場に合った振る舞いをするからすごい。
写真は昨年のファイナル・モンディアーリで出会ったマセラティ・トロフェオ・ピロータのアシスタント犬である。写真を取らして、とお願いしたところ、いきなり首筋を掴んでこの通り。いつもこうやっているのか、この状態でしばらく吊るされても嫌がることも無く、大人しくしていたのが可笑しかった。
サーキットにはこのほかにも数多くの犬君達がオーナーと一緒にやって来ていて、どれもフェラリスティが飼っている"らしい"存在感を漂わせていた。
2005年10月30日
チャレンジ・ファイナルは今年も大盛況
フェラーリ・チャレンジ・シリーズの最終戦となるフェラーリ・ファイナリ・モンディアーリ2005が10月20日から23日にアウトドローモ・ムジェロで行われた。360チャレンジの王座決定戦に加え、ヒストリック・チャンレンジも最終戦となり、あわせてF1クリエンティ(F1走行会)も行われ、まさに朝から夕方までフェラーリ尽し。更には日曜日となる23日には恒例となったスクーデリア・フェラーリのデモランに加え、注目のニューモデルであるFXXとF430チャレンジのデモラン、エンツォ・フェラーリ・ツアー参加車によるデモランも行われ、大いに盛り上がった。こちらも詳細については12月6日発売のスクーデリアNo.60をご覧下さい。
2005年10月29日
FXX姿を表わす
10月20日から23日に渡りアウトドローモ・ムジェロで行われたフェラーリ・ファイナリ・モンディアーリの中で、注目のFXXが姿を表わした。今回はファースト・デリバリー分の3台を含め4台のFXXが野太いエグゾースト・ノートを響き渡らせた。
更には21日からスタートしたエンツォ・フェラーリ・ツアーの参加車も加わり、4台のFXXが先導しながらデモランが行われ、ムジェロはエンツォ・フェラーリで埋め尽くされた。詳細は12月6日発売のスクーデリアNo.60をご覧下さい。
2005年10月28日
チャレンジ・ファイナルに行ってきました。
恒例のイベントとなったチャレンジ・ファイナルことフェラーリ・フィナーリ・モンディアーリに今年も行ってきました。今年は当初バレルンガとアナウンスされていましたが、最終的にファイナルがスタートしたムジェロが舞台です。本当はイタリアからアップしかったのですが、通信事情が最悪で、写真が送れないため少々遅くなってしまいましたが、これから順次アップしてゆきますのでお楽しみに。
今回のムジェロで姿を表わしたFXXとF430についてはニュースをご覧下さい。
2005年10月19日
東京モーターショーに行ってきました。
21日から開催される東京モーターショーですが、報道関係者向けに一足先に公開され、今日取材に行ってきました。
フェラーリ・ブースではF430ベルリネッタとスパイダー、2台の612スカリエッテッが展示されています。一見するとあまり新鮮味がないように思えますが、新たに用意されたカロッツェリア・スカリエッティ・プログラムが組み込まれていますので要チェックです。
一方マセラティ・ブースはフランクフルト・ショーでデビューしたクアトロポルテの2バージョンが早くも展示されています。そして何よりも見逃せないのがスタディ・モデルのバードケージです。かつての名レーシングマシーンであるバードケージのイメージを、MC12のコンポーネンツに組み込んだもので、もちろん日本初公開。クラシカルなイメージの中にハイテクを盛り込んだスーパー・スポーツだけに、マセラティ・ファンならずとも見逃せない1台となろう。
ただし展示されるのは今週末までとなるので、もしモーターショーに行かれるのならお早めに。
2005年10月18日
ジウジアーロGG50を見てきました。
東京モーターショーに先駆けてジウジアーロが活動50周年を記念したスタディ・モデル、ジウジアーロGG50のワールド・プレミアムに行ってきた。舞台となったのはフェラーリとパートナーの関係にあるブリヂストンの本社で、もちろんGG50にはポテンザRE050が組まれていた。
フェラーリとジウジアーロ(イタル/ベルトーネ)の関係は、プロダクションカーではディーノ308GT4以来途絶えていたが、マセラティ3200GTからスパイダー、クーペで再び結びつきができたのは記憶に新しい。イタリア人のデザイナーとしては、活動50周年を記念する作品だけにフェラーリを題材に送り出したかったのだろう。
このGG50は、612スカリエッティのコンポーネンツをベースを製作されたもので、スタイリングはアグレッシブなイメージでまとめられているのが特徴。ボディは伝統のアルミを始めCFRPを使い、複雑なラインを表現している。インテリアも612よりラグジェリーな雰囲気に仕立てられ、個人的にはこちらのほうが妖艶な雰囲気を醸し出していて、らしく思えた。
なおジウジアーロGG50は、東京モーターショーではブリヂストン・ブースに展示されるので、フェラリスティならこの機会に見ておくことをお勧めしたい。
2005年10月17日
CANE
イタリア語で犬を表わすのがカーネ/CANE。ヨーロッパのサーキットに行くと、必ずと云って良い程オーナーが連れてくる。フェラーリ・チャレンジ・ファイナルは特に多く、パドックを100mも歩けばヨーロッパ中からやってきたフェラーリ犬を目にすることになる。こちらでは日本のように猫も杓子もチワワ、ミニチュア・ダックスと云う事は無く、それぞれ好みの種類を飼っている。そのためカーネと飼い主が何故か同じ雰囲気を持っているのが面白い。そして見逃せないのが、人権ならぬ犬権が認められていることだ。ちゃんと家族の一員としてパドックに入れ、一緒に応援しているのである。
さて、今年のファイナルでは、どんなカーネ達と出会うだろうか。
2005年10月16日
散々なシーズンは最終戦も...。

鈴鹿と連続で行われた中国GPだが、スクーデリア・フェラーリは2005年を象徴する悲惨な展開に終わった。それでも無理かと思われていたシューマッハーのドライバーズ・ポイント3位の座は、モントーヤのリタイヤ、フィジコが3位に終わったため、突然天から降ってくることになったのが、せめてもの救いかも知れない。トッドを初めティーム側からは、1位以外は意味が無いと云う強気のコメントが出されているのは、常勝ティームのプライドだろうか。
来年からは全くの新車輌規定で行われるだけに、百戦錬磨(正しくは724戦だが...)のフェラーリだけに、最初から戦闘力の高いマシーンを送り出してくるに違い無い。
再び王者と呼ぶに相応しい走りを見たいものだ。
2005年10月14日
いよいよチャイニーズGP開幕。
思惑通りに行かないのがレースの常と云うものの、王者フェラーリとシューマッハーにとっては散々な1年だった。そもそも今年のレギュレーションがフェラーリつぶしのために仕組まれたものだけに、FIAにとっては成功だったといえよう。
そんな2005年シーズンもこのチャイニーズGPで幕を閉じる。差し当たりの課題はシューマッハーのドライバーズ・タイトル3位の座を守れるかにある。追うモントーヤは2ポイント差で背後に付け、気合いもマシーンも絶好調だけに、気に掛かる存在である。
はたして明日の予選は、どのような展開になるのか楽しみだ。
2005年10月13日
フェラーリ・ファクトリーの今。
マラネロのファクトリーの内側では、確実にクオリティ・コントロールが進められている。一昔前はイタリア車といえば格好は良いけどすぐ壊れる、というイメージが先行しており、ある意味事実でもあった。しかしモンテゼモロ体制になってからは、クオリティ・コントロールが徹底され、昔のような想像を絶するトラブルは影を潜めた。
とはいえ、フェラーリといえど部品の集合体であるクルマには違いない。絶大な信頼性を誇る日本車やドイツ車だって、新車でもトラブルが発生することがあり、壊れるときはちゃんと壊れるのだ。
しかしモンテゼモロ体制となったフェラーリは、その上を行くレベルを目指していた。
写真は仕上げが終わり内視モニターでチェックが済んだシリンダー・ヘッドなのだが、組立工程への移動と保管の間に埃が付かないように、ひとつひとつラッピングされるのである。現在のファクトリーは極めてクリーンな環境にあるのだが、それにも増してパーツを宝物のように扱う姿勢からも、送り出すフェラーリへの愛情と心意気が見えてくる。この気持ちがあれば、自ずとクオリティが上がるのは言うまでもない。
この1工程を見ただけでも、フェラーリが特別なクルマであることが理解できよう。
2005年10月12日
ホビダス巻頭特集をお見逃しなく!
ホビダスのフェラーリ特集をご覧になりましたか? 手前味噌ですがエンツォ・フェラーリの実車からフェラーリのモデルカー、書籍までがウェブで買えてしまうなんて、一昔前には想像もつかなかったことです。
お宝は足で探し回る、というのがコレクターの暗黙の常識でしたが、今や自宅からネットで探すのが正解といえましょう。
ホビダスではフェラーリ・ファンの期待に応えて、近くさらにパワーアップする予定なのでご期待ください。何が出るかはお楽しみに。
ちなみにこの画像は特集ページから抜粋したもので、どれも見逃せないものばかりです。
2005年10月11日
これはなんでしょう?
画像の整理をしていたら、面白いものが出てきたのでご覧いただこう。このソフトトップ付きのF50の正体やいかに。実はF50に付属するエマ−ジェンシー用のソフトトップなのである。
ご存知のようにF50はルーフ・セクションを変えることによりベルリネッタとバルケッタにすることができるが、問題は屋根の無いバルケッタ仕様にした際、降られた時に使うのがこれ。簡単な構造でスナップで留めるだけに、もちろん高速走行はできないのは云うまでも無い。あくまでも雨がしのげるところまで使う仮設ルーフなのだ。
しかし、積極的に見せるものでは無いだけに、イタリア本国での発表会や試乗会はもちろんのこと、日本でもオーナー以外はついぞお目にかかれない幻の逸品といえた。ちなみにスクーデリア本誌でも紹介したことは無く、このスクーデリア・サイトをご覧いただいた方だけが目にできたわけだ。
これからも、未公開の写真をアップしてゆくのでお見逃しなく。
2005年10月09日
フェラーリ3位の座はほぼ確定

予選以上に見せ場の多かった日本GPは、ファンにとって今年最高の1戦となったことだろう。特に中盤のシューマッハーとアロンソのバトルは、クリーンな技の応酬が炸裂し、グランプリの素晴らしさを存分に見せてくれた。それにしてもアロンソが130Rでアウト側から仕掛けたのには驚かせられた。この思い切りの良さと天性の速さがあったからこそ、最年少ワールド・チャンピオン記録を更新できたのだ。
日本GPを終えて、フェラーリはトヨタに18ポイント差を付け、コンストラクターズ3位の座をほぼ確実なものとした。上海でトヨタが1-2フィニッシュしても、フェラーリ勢が最低でも8位に入れば3位は確定となる。一方ドライバーズ・ランキングはまだ先が見えない。今のところシューマッハーが3位をキープしているが、2ポイント差でモントーヤが追い上げてきているからだ。こちらは来週の上海で直接対決となるだけに、フェラリスティならずとも見逃せまい。
2005年10月08日
やっぱり今年は運が無いのか?

予選は気まぐれな天候に翻弄され、スク−デリア・フェラ−リは、マクラーレン程では無いものの、中段に沈んでしまった。バリチェロの時はまだダメージは軽かったが、シューマッハーはミデイアム・レインを選択したが、この時路面はヘビー・ウェット・レベルまで悪化しており、結果14位という記録に終わる。しかし、これがレース。たら、ればを言い出したら切りが無いが、今年スクーデリア・フェラーリは運気に恵まれていないようだ。
決勝は全員同一条件で走るため、経験と腕がものを云うことだろう。明日の鈴鹿はどちらともいえない天気になりそうで、チェッカーまで目が離せない展開になりそうだ。
さて、この鈴鹿ラウンドからF2005のノーズ横にロゴ・ステッカーが貼られていることにお気付きだろうか。これは2006年に開催されるトリノ冬期オリンピックのアピール用で、鈴鹿と最終戦の上海でのみ貼られるそうだ。
2005年10月07日
日本GP開幕!
2005年シーズンも残すところあと2戦になった。そのアジア・ラウンドの緒戦となる日本GPが始まった。初日のフリー走行が2本終わった段階で、シューマッハーが2位、バリチェロが4位とまずまずまずの滑り出しを見せている。果たして明日の予選の結果はどうなるだろうか。
ここで例によって鈴鹿でのシューマッハーの記録をおさらいしてみよう。
1991年 ベネトンB191フォード 9/R
1992年 ベネトンB192フォード 5/R
1993年 ベネトンB193フォード 4/R
1994年 ベネトンB194フォード 1/2
1995年 ベネトンB195ルノー 1/1
1996年 フェラーリF310/2 3/2
1997年 フェラーリF310B 2/1
1998年 フェラーリF300 1/R
1999年 フェラーリF399 1/2
2000年 フェラーリF1-2000 1/1
2001年 フェラーリF2001 1/1
2002年 フェラーリF2002 1/1
2003年 フェラーリF2003-GA 14/8
2004年 フェラーリF2004 1/1
いずれも開催年、マシーン、予選/決勝結果の順で、初優勝は1995年で、以後10年間に5回の優勝、2位2回と、ポディウム率7割とスパほどではないが相性の良いサーキットといえる。明日の鈴鹿は雨になり、日曜まで続く可能性もあるという。コンディションが悪くなるにつれ、本領を発揮するシューマッハーだけに、天気の動きも気になってくる。
まずは明日の予選に注目したい。
2005年10月06日
つい買ってしまいました。
本誌No.59のトップラインでも紹介しているボーダフォンのフェラーリ・バージョン携帯ですが、買っちゃいました。近所の量販家電店に生DVDを買いに行ったところ、何気に携帯売り場で一人輝いているモデルが目に入ってきたのです。
“あっ、これか”と思って手にとって見ると、なんとなく具合が良い。ちょうど程よい大きさで手に馴染み、ロッソ・スクーデリアの発色も良く、ベスト・プライスだったこともあり、そのままカウンターへ。
家でいろいろ試してみると、操作するたびにV10のエグゾースト・ノートが響き渡り、カミさんに笑われている今日この頃です。
2005年10月05日
明日はスクーデリアNo.59が発売です。
明日10月6日はスクーデリアNo.59の発売日です。今回は巻頭特集でフランクフルト・ショーで発表されたF430チャレンジを紹介します。ますますレーシング・マシーンへと進化した新型チャレンジ・マシーンは、ロードカーのモディファイにもいろいろと参考になる部分が多いかと思います。
もうひとつの特集は308GTBグループ4バージョンにスポットを当ててみました。近代のロードゴーイング・レーサーといえる308GTbのラリー・バージョンは、これまであまり取り上げられることがありませんでしたが、そのすべてをお送りします。
このほかフェラーリが初めてグランプリに参加した1948年のトリノGPを、パオロ・ダレッシオが秘蔵の写真と資料で現代に蘇らせます。これまで発表されたことのない写真を見ると、125F1がこれまで紹介されてきた姿と大きく違うことに驚かせられるはずです。
このほかモデナ・モータースポーツ・トラック・ディズ、モンテレーで開催されたヒストリックカー・イベントなどもカバー。
もちろんF1GPをはじめFIA GT,スーパーGTなど、サーキットでの活躍も余すことなく紹介し、フェラリスティには見逃せない記事を満載してお届けいたします。
まずは書店でお手にとってご覧ください。
2005年10月04日
紙とウェブ
長年紙媒体を手掛けて者にとって、ウェブは最初取っ付きにくい存在だった。紙の場合は印刷、製本されたものが完成形となり、そこからの発展はなかったが、ウェブの場合は刻一刻と変化し、さらにはリンクであらゆるところまで一本で繋がるという、有機的な展開を見せるのである。スクーデリア・サイトを丸4ヶ月やってみて、ウェブでの表現方法の勘所が見えてきた。
そんなわけで、現在スクーデリア・サイトのモデル・チェンジの準備を進めているところである。しかし、どのようにも展開できるだけに、いろいろとラフを書いてみては修正したりしているが、ウェブをつくるために紙のお世話になるところがなんとも皮肉である。
それはさておき、10月中のアップを目指して現在進行中である。
ヌオーバ・スクーデリア・サイトにご期待を。
2005年10月03日
ミッレ・ミリア・ヘルメット
今はリビング・ルームでオブジェになりかけているヘルメットだが、この中にはいろいろな思い出が詰まっている。
このヘルメットを手に入れることになったのは、クルマ趣味のお師匠さんだったM氏から、“イタリアでミッレ・ミリア・ヘルメットが出たけどいる?”と聞かれたことから始まる。ちょうど復刻版ミッレ・ミリアが開催されたことに合わせ、1984年ごろにイタリアのジェブス社がレプリカを発売したのだった。ジェブス社といえば、フェラリスティならレガッツォーニ・レプリカ・ヘルメットを作ったメーカーとしてはおなじみの存在であろう。
当時ヘルメット・コレクションに燃えていたこともあり、すぐさまオーダーを入れたのは言うまでもない。余談だが初版のみ正面にミッレ・ミリアのロゴが付くが、翌年以降に作られたものはロゴが付けられなくなっている。
入手後は趣味部屋のお飾りとなっていたが、1995年のミッレ・ミリアに弊社社長笹本のコ・ドライバーとして参加することになり、突然実戦参加することになった。あわててワックスがけをして、右横にスクーデリア・フェラーリを貼った記憶がある。こうしてミッレ・ミリア・ヘルメットは、ようやく本来の務めを果すこととなり、10余年ぶりの里帰りとなったのである。
初日のブレシアからフェラーラまでのナイト・セクションと2日目のリミーニからローマまでは雨に見舞われたが、ミッレ・ミリア・ヘルメットは風雨からちゃんと守ってくれた。出発前にストラップを締める時の緊張感と、フィニッシュ後に脱いだ時の爽快感は、今もはっきりと記憶に残っている。
それから10年。ヘルメットはイタリア生まれの仲間たちと、のんびりとお喋りしながら余生を送っているようだ。
2005年10月01日
コカコーラ・カラーの360チャレンジ

先日コカコ−ラ・カラーの360チャレンジのミニカーを紹介したが、その実物が見たい、というリクエストがあったので早速ご覧いただこう。
プロトタイプはミラノのロッソコルサ・ティ−ムからエントリ−しているもので、カンと同じデザインのマ−キングは、ロゴやデザインを印刷したカッティング・シ−トを貼って表現している。ちょうど日本のラッピング・バス(全面広告がなされた路線バス)と同じ手法だ。ただし360チャレンジだとバスとは違って曲面だらけなので、貼るのはさぞかし大変だっただろう、と要らぬ心配をしてしまう程である。
マシ−ンを良く見てゆくと、ノ−ズの下部がガチャガチャになっている。この痛み具合からも、イタリア・チャレンジ・シリーズのバトルの激しさが伺い知れよう。

