
常にメモ帳やスケッチブックを持ち歩くようになって
どのくらい経っただろう いつも書きとめるものがないと
ひらめいたり何かを感じたりした時に イメージだけでは
後で思い出せなかったりする
一日何回 書くのだろう 何かを書くということは
イメージを具現化する 描画力も必要なのだ
みんな頭の中にイメージはできるが
それを書くことはできない 絵を描くという行為そのものが
結構難しいことなのだ
子供のころ10年以上も絵を勉強したことがこんなとこで
役立つとは 人生何ひとつ無駄な経験はないということでしょう
作曲家や作詞家なども書きとめないとだめなのだろうか?
きっとどんどん湧き出すものを書きとめないと 忘れることや
混同することもあり 何かで残すことが必要だと思われる
デザイナーという漠然とした仕事に決まりごとは何一つない
身の回りほとんどすべてのものが何らかのデザイナーによって
作り出されたものなのだ
その質が高い国は 高いデザイン性のものに囲まれて
暮らすうちに その体に染み付くセンスというものが生まれる
だから異国に文化に触れて染まろうとも
そのデザインのルーツには必ず日本があると私自身もも感じる
この日本にもとても素晴らしいデザインはたくさんある
現代にも過去にも そこにルーツがある日本の
デザインを 新たなものとして生み出すことは容易ではない
しかし車や電気製品など日本発のデザインが世界を席巻
していることも事実なのだ
デザイナーの顔が見えるかどうかは世界的にみても
見えにくくなっているのだろうが
顔の見えるデザイン これが今後のテーマだろう
これを確立できれば これは強い
しかしモノづくりの中でも一番の難関でもある
何かを創造しようという心が大事なのだろう
たとえばフロリダに船を輸入するためだけに
5年通うのと 船を造ってやろうと夢に描き
フロリダに通うのでは船を見るときの視点も視線も変わってくる
結構地道な 苦痛ではない努力が積み重ねられてるものなんですよ
同じ絵を見ている時も見てる姿は一緒だけどそれぞれ心の中は
全然異なるように 物を見て感じるには事前の準備と努力も
必要ということでしょう
まったく事前準備が必要ではなく
心に入り込むものも当然ある そしてその人の人生に深く影響を
与えるもの それを芸術と呼ぶのかな・・
今日もまたデザイン画が散乱した中に
一筋の光明を見る デザインは楽しい